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From the train, with Love?
2/28 車窓より





閑散としたビュッフェでこの世の真実を垣間見た


 子供の頃、列車にあこがれていた。

 Nゲージにハマり、ジオラマを作り、車掌にあこがれ、背伸びして運転席を観察するのが大好きだった。

 そんな僕にとって、列車とそれをとりまく人々・・・それこそ保線のおじさん達から車内販売のお姉さん、きりっとした車掌さんに至るまでのすべてが高級で高尚で近寄り難く神聖なものだった。

 あまり列車にお世話にならなくなった近年では、そんな気持ちはとうに忘れていたのだ。

 そんなわけで昨日、野暮用で新幹線にのったときの話をしよう。

 ド田舎の駅から乗車したにも関わらず、不運にも自由席に空きがなく、普段なら指定席がとれる電車まで待つのだが、来月初めからの特別集中講義が控えているのでその準備があって、早めに帰るため多少立つのもやむなしとしながらも、あいてる座席を求めて列車内をさ迷った。

 しかしやはりあいている座席はない。平日の真っ昼間だというのに盛況である。仕方がないのでそのまま進んでいくと、少し開けた車両にいきあたった。

 大人でも、10人くらいは座れそうなスペースだったが、僕は座らなかった。椅子がなかったからだ。かわりに赤茶色のカウンターがあり、くたびれた背広姿の男達がぼおっと窓の外を眺めていた。

 本来ならここは食堂車のハズだが、あたりを見回すと壁に手書きで「ビュッフェ、休業」と書かれた紙が貼ってある。道理で閑散としているはずだ。

 窓の外は田んぼや住宅地が目まぐるしく後方へかっ飛んでいき、遥か遠くに聳える雄大な山々がゆっくりと動いていく。その鮮やかな"動"のコントラストにしばらく見入ったあと、私も背広組に混じってノートパソコンを広げ、キーを叩きはじめた。

 「いやぁだぁ♪」

 そんな場違いな声がしたので、思わず振り向くと、真っ青な服を着た車内販売のお姉さんが子供にスカートをひっぱられているところだった。

 そんなおいしいところを・・・・もとい、そんなお姉さんの意外な嬌声に、我々はもう心臓ドキドキだった。しかし、次に起こったできごとはそんな浮かれ気分を恐怖のどん底まで叩き落とすには十分だった。

 なんと、お姉さんはその子供をひっぱたいたのである。その場の背広組全員があきらかに動揺を隠せていなかったが、さらにお姉さんは子供が泣きそうになると、チョコレートを上げて機嫌を取り、ビュッフェから追い出した。

 そんなことがあっていいのか!?

 しかし我々背広組は、事態のあまりの唐突さに声も出せず、誰一人として子供を助けるものはいなかった(むろん僕もだ)。

 そしてなにごともなかったかのようにお姉さんは在庫整理を始めた。しばらくすると別の年配のオバサン販売員がやってきてお姉さんとだべり始めた。

 内容は主に車内販売に関することだったが、お姉さんは

 「もうやってらんないよー、12両(編成)なのに往復してたったのアイス一個だよ。ぜんぜん売れない。ムカツクー」

 と怒りをあらわにしてオバサンを困らせるかと思いきや、オバサンもそれに迎合し、

 「そうだよねぇ。こっちだって仕事だけど、ぜんぜん買ってくれないとこん畜生とか思うよねぇ」

 と、我々こん畜生の眼前でそのような会話を繰り広げた。

 耐え兼ねた我が背広組同志の一人が脱落し、おずおずとタバコやコーヒーなど、あたりさわりのないものを買いはじめたが、彼女達の"しみったれた"客に対する不満話は尽きることがなかった。

 10分ほどで井戸端会議は終了し、オバサンがまた"しみったれた"営業にいってしまうと、今度はきりっとした車掌さんが現れた。

 我々は「おお背広(に似た)姿の同志よ、こいつをなんとかしてやってくれ」と心底期待していたのだが、こともあろうに普段の営業口調とは正反対のにやけた顔で

 「○○ちゃ〜ん、次の駅越えたら車内放送してね〜」

 とこれまた顔に正比例する緊張感の欠如した猫なで声で命令してんだかお願いしてんだかわかんない嘆願を突きつけると、対する売り娘も

 「はぁ〜い、わっかりましたぁ」

 と、昔みたアニメで聞いたような台詞を言って切り替えした。

 正直言って僕はいままで自分が鉄道組織にもっていた固定観念というか常識を覆された思いだった。僕にとって、JRとNHKと大蔵省は同じく生真面目な人間が生真面目に運営されている組織だったのだ。
 しかし、この売り子はどう考えても常識的にいって妙である。こんなモラルの欠如した売り子は、バイトか新入社員のどちらかだろうと想像した。実際、喋りかたもかなりだらしない。

 ところが"次の駅"を越えたあたりで彼女はおもむろに受話器を取り上げた。なにをするんだろうと遠くから伺っていると・・・

 「本日はJRをご利用いただきありがとうございます。車内販売のお知らせです・・・」

 と、喋りはじめた。驚いたのはその声だ。

 実に峰不二子的というかウグイス嬢チックというか、とにかくハナに掛かった独特の抑揚でどこからどう聞いても完璧な車内放送である。いや、僕はこの声を、既に何年間も聞いている!まったく同じ声だ!

 さらに放送をしたあとに現れたオバサン販売員がダメ押しのように

 「○○ちゃん本当にいい声ねぇ。もうここも長いからねぇ」

 と爆弾発言。

 つまり、彼女は新米でもバイトでもなく、正規の販売員だったのだ。

 がびーん。

 そんなわけで、今日は列車も"人"が動かしている、という当たり前のことを学んだ日でした。

 ちなみに右の写真は我々が決死の覚悟で撮影したその販売員である。このときは化粧中だった(がーん)