Deprecated: The each() function is deprecated. This message will be suppressed on further calls in /home/zhenxiangba/zhenxiangba.com/public_html/phproxy-improved-master/index.php on line 456
第5章
[go: Go Back, main page]

第5章 タンパク質-リガンド複合体のモデリング例:クラスTMHCによる抗原提示

5.1 問題の生化学的および薬理学的記述

 細胞性免疫は主要組織適合性遺伝子複合体(MHC)としてコードされたタンパク質,抗原性ペプチドおよびTリンパ球から成るユニークな三体複合体によって仲介される。MHC分子は糖タンパク質であり,その主要機能は短い抗原性ペプチドに結合し,感染細胞の表面でそれらをTリンパ球へ提示することである(図1)。

 

5.1.1 抗原性タンパク質はノナペプチドの形で提示される

 Tリンパ球は,Bリンパ球とは対照的に,未変性のタンパク質抗原を認識しない。タンパク質は通常,抗原提示細胞の内部で分解されペプチド断片となった後,MHCタンパク質へ結合し細胞表面へ運ばれる。CD8+ Tリンパ球表面にあるT細胞受容体によって認識されるのは,このMHC‐ペプチド複合体である。クラスT MHC分子に結合する抗原性ペプチドのほとんどはナノマー(九量体)である。このことは,精製されたクラスT MHC分子からペプチドを溶離させる実験によって確認されている。ペプチドは不変残基を必ず含んでいる。ペプチドの2番目の位置にあるアミノ酸は通常不変である。これはN末端アンカー残基として機能すると考えられる。不変残基はC末端にももう一つあり,こちらはほとんどの場合,疎水性でしばしば正に帯電している。

 他の位置にあるアミノ酸は可変である。それらは,三体複合体において(T細胞受容体アンカー残基として機能し)T細胞受容体へ接触していることもあれば,MHC‐T細胞相互作用複合体の形成に何ら役目を担っていないこともある。

 単一または混合物のペプチドと結合した状態にあるクラスTMHC分子が,これまでに5種類ほど結晶化されている。これらの結晶構造データのおかげで,我々は現在MHC分子の内部におけるリガンドの位置を明確に定め,リガンド設計の基礎として役立てることができる。

 提示された抗原性ペプチドは,T細胞応答の全過程に対して決定的な役割を演ずる。MHCのリガンド設計研究へ我々を誘ったのはこの事実であった。次の生物学的応答の発端は,ペプチドの長さと配列に強く依存する。

  ― MHCタンパク質の集合と折りたたみ
  ― MHC分子へのペプチドの結合
  ― 細胞表面へのMHC‐ペプチド二体複合体の輸送
  ― T細胞受容体による二体複合体の認識

 次に続くモデリング研究のことを考えると,以下の点はこの時点で是非とも押さえて置く必要があろう。

  1. 明らかに,(ペプチドと複合体を形成していない)空のMHC分子は存在しない。したがって,MHCタンパク質だけを対象とした相同性モデリングは意味をなさない。我々は,リガンドのドッキングと結合部位モデルの構築を交互に繰り返し行なう必要がある。
  2. MHC分子へのペプチドの結合は,2番目と9番目の位置にある2つの残基だけで達成される。三体複合体モデルにおけるT細胞受容体の役割がまだ解明されていない現状では,このことは,適当な基準を設けて結合剤の良し悪しを判定する必要があることを意味している。

 

5.1.2 薬理学的標的:自己免疫反応

 正常な環境下では,免疫系は自己トレランスの状態にある。しかし,MHCに結合した外来抗原を認識するために通常選択されるT細胞受容体は,クラスT MHC分子上の自己ペプチドをときどき間違え,抗原として認識する。明らかに,自己抗原と非自己抗原は,MHCの二体複合体ではなく三体複合体の状態で識別される。自己抗原と非自己抗原を識別する能力のないT細胞受容体は,免疫系のトレランスを破綻させ自己免疫疾患(autoimmune disease)を引き起こす。

 現在の我々の知識によると,特殊な形態の関節炎は,ある種のヒト白血球抗原分子(MHC分子)の発現と強く結び付いている。ヒト自己ペプチドにきわめてよく類似した抗原性ペプチドとしての細菌タンパク質の提示は,自己免疫疾患を引き起こす分子的要因となりうる。

 これらの特別なMHC分子の結合部位を遮断することで,自己免疫疾患が治療できるとすれば,それは薬物設計のきわめて魅力ある研究テーマであると言えよう。

 

5.2 ウイルスペプチドとクラスTMHC糖タンパク質の間で形成される抗原複合体の分子モデリング

5.2.1 リガンドのモデリング

 MHC分子の本来のリガンドはペプチドである。薬物設計の研究では,我々は通常リガンドの構造的性質を記述することから始める。これは,構造活性相関が結合部位へのリガンドのドッキングを解明し,薬理作用団を同定する上で役立つという期待に基づいている。

 しかし,ペプチドは非常に柔軟であり,様々な配座に対応する数多くの局所的なエネルギー極小点をもっている。しかも,これらの配座のどれかがMHCとの結合に必ず関与しているという保証はない[1]。さらにまた現時点では,我々は遊離ペプチドの抗原性を決定する構造的特徴について何も知らない。前節で言及した生化学的な研究成果によれば,MHCタンパク質の折りたたみはペプチドリガンドの結合と協奏的に起こるプロセスである。またMHC複合体のX線構造研究の結果は,MHCへ結合したペプチドが伸張形からある種のコイル状構造に至る様々な配座をとりうることを示している。

 我々は,天然ノナペプチドTyr-Pro-His-Phe-Met-Pro-Thr-Asn-LeuのN末端とC末端から順次残基を取り去ることにより得られる一組の合成ペプチド類を基礎データとして使用し,予備的な構造活性相関を検討するところから研究を始めた。ノナペプチドからペンタペプチドまでの8種類のペプチド類に対して,CoMFA法によりペプチドらせん構造の重ね合わせが試みられた。この研究は,アンカー残基としてのC末端の重要性を明らかにした[2]表1)。モデルは,MHC分子の疎水性結合ポケットとペプチドC末端との強い疎水相互作用を想定することにより,実験事実が説明できることを示した。しかしこの知見は,孤立したC末端残基だけで考えても同じように得ることができたであろう。ペプチドのらせん構造は,この結果とどのような因果関係を持つのであろうか?残念ながら関係は何もない。それが結論であった。

 らせん配座が採用された理由は局所的なその安定性にある。これは,ペプチドの動的配座解析の際に出発配座としてらせん配座が使用されるところから思い付いたアイデアであった。また双極子モーメントの観点から,この配座がタンパク質‐リガンド相互作用を達成する上で最も有利であると主張する物理化学者が当時いたことも,我々がらせん配座を最も適当な配座として受け入れる根拠となった。

 リガンド相互作用におけるヘリックスの双極子モーメントの重要性に関する理論と,らせん配座が最も安定であるとした,孤立ペプチド類に対する真空および溶媒動力学シミュレーションの結果は,いずれもその後に行なわれたX線構造解析の結果に照らしたとき,間違いであることが明らかにされた。我々はこの問題に興味をもち,MHCに結合した様々なペプチド類に対してエネルギー極小化を行ない,タンパク質‐リガンド複合体のモデリングをさらに推し進めた。その結果明らかになったことは,らせん配座だけではなく,他の数多くの配座も同じように安定に存在しうるということであった。

 基質としてのペプチドは他の柔軟な分子と同じように振る舞い,MHCへ結合したペプチドは状況に応じて様々な配座をとりうる。我々は重要な教訓としてこのことを学んだ。

 とかくするうちに,MHC‐リガンド複合体のX線構造が他所から報告された。それによると,ノナペプチドは混合物で活性部位へ結合しており,それらに共通した構造的特徴は2個のアンカー残基を持つことであった。ペプチドの結合配座は,さらに第三の結合相手からも強い影響を受けることであろう。

 活性類似体アプローチ[3]のような方法は,合成リガンド類(アンギオテンシン転換酵素阻害薬など)の研究ではきわめて有効であったが,ペプチドリガンドのドッキング構造の評価を目的とした本研究で良い結果をもたらすとは考えにくい。

 我々はこの予備研究の苦い経験から,結合部位についてできるだけ多くの情報を収集すべきであるという結論を導いた。このような情報は,それが実験的なものであっても理論的なものであっても良いが,ペプチドのドッキング構造の自由度を抑える上で役立つであろう。

 クラスT MHC分子のX線構造は既に幾つか解明されている。また,このクラスのタンパク質は高度な構造類似性を有し,配列は70%以上の相同性を示す。我々はこれらの情報を元に,次にこの分子系列に対して相同性モデリングの研究を行なうことにした。

 

5.2.2 MHCタンパク質の相同性モデリング

 ペプチド類の親和性データは,H-2Ld受容体に対する値が使用された。この受容体はMHC型タンパク質であるが,その構造は現在まだ分かっていない。そのため,2.6Åの分解能でX線構造が解明されているヒトHLA-A2 MHCタンパク質が鋳型として利用された[4]。この分子は,ペプチドの結合部位であるa1とa2のドメイン(182残基)において,H-2Ld分子と70%のアミノ酸相同性を示す。

 

5.2.2.1 座標の作成

 HLA-A2の結晶座標はまず最初に精密化された。この操作は結晶充填効果を取り除くために必要であった。また静電気学的な効果は,次の3つのモデルに従い計算された。

  1. 距離依存型誘電関数による低誘電モデル
  2. 誘電率を50に設定した高誘電モデル(図1のD50)
  3. 水分子を明示的に考慮し,誘電率を1に設定した高誘電モデル(図1のDW)

 (X線骨格構造からのズレが最も小さい)最良構造は,高誘電モデルを使用したときに得られた。距離依存型誘電関数を用いたモデルは,たとえばリシンと酸性アミノ酸の間の塩橋をしばしば過大評価し,不適当な構造を生成した。したがって次の分子動力学シミュレーションでは,距離依存型誘電モデルは外され,良い結果を与える高誘電モデルのみが使用された。

 分子動力学シミュレーションの結果は,使用したモデルにより大きく食違った。誘電率を50に設定したモデルでは,ほぼ4Åにもなる受け入れ難い大きなズレが生じたのに対し,水分子を明示的に考慮したモデルでは,ズレは2Åであった。この結果から,内部エネルギーが極小化され,結晶固体構造に近い現実的な像を与えるモデルは,後者だけであることが明らかになった。

 (誘電率を50に設定したモデルによる)真空動力学シミュレーションで観測される構造の変形を詳細に調べてみると,次の2つの顕著な特徴が大きなrms変位(ズレ)の原因であることが分かった。1)2本の大きなヘリックスによって作られた活性部位が50%以上も縮んでいる(図1):2)ヘリックス自体も6Åほど縮んでいる。これらは真空シミュレーションでは一般によく発生する現象であるが,このように収縮した結合部位では,いかなるリガンドも収容することは不可能である。我々は,このモデルに対してさらに薬物設計を推し進めても意味はないと結論した。

 真空シミュレーションで発生した現象の一部は,疎水性表面が最小になろうとするために起こる人為的な疎水性収縮によるものとして説明される。それに対し,水明示モデルを使用したシミュレーションでは,構造はX線解析により決定された構造の回りを揺動し,このゆらぎは側鎖が溶媒環境に対して最適なエネルギー関係を樹立するまで繰り返される。構造モデルは,シミュレーションにより発生した150種の構造を平均することにより得られたが,それはX線構造骨格のそれと非常に近い骨格トポロジーを示した。X線構造と,溶媒を明示的に考慮した精密構造モデルは,いずれもその結合部位へリガンドとしてのノナペプチドを収容することができる。

 

5.2.2.2 H-2Ld分子の構築

 我々は,H-2Ldの相同性モデルを構築するための基盤として,溶媒明示環境で極小化されたHLA-A2の座標を使用した。一連の処理では骨格はそのままに保たれ,側鎖のみが変更された。前にも述べたように,側鎖は相互作用や静電気学上の問題を不問に付し,最初の段階で取り替えられた。HLA-A2とH-2Ldでは配列に差があるため,N末端の近傍でアミノ酸の欠落が観察された。この欠落はループ領域で起こった。これは当然予想されたことである。なぜならば,配列相同性のこのようなレベルでは,ヘリックスとシートは常に保存されるからである。異なる組織や種間の進化的な適応過程を受け入れるために様々な置換が起こるのは,連結ループ領域においてである。

 残基12と18の間にあるループは,全くの無から再構築されなければならなかった。ループは,結合相手がある場合には秩序ある構造をとるが,一般には無秩序な構造をとることが多い。そこで我々は,新たに構築するループが少なくとも許容構造になるように,Brookhaven結晶学データベースを利用して「ループ探索」を行なうことにした。ループ探索では,タンパク質データベースに既に存在する配列と新しくループを構築する配列との間で配列の並置が試みられる(図2)。

 この探索のためのアルゴリズムは,主要なモデリング・パッケージのほとんどに組み込まれている。それは配列並置の結果,最も良くマッチした既知配列を10個提示し,さらにタンパク質X線構造から各配列に対応するループ構造を切り取る処理を行なう。相同性モデルへ組み込まれるのは,N末端とC末端間の距離が最も良く適合するループである(4.3.3節も参照のこと)。

 本研究では,我々は程良い相同性を示し,鋳型構造のN‐C末端間距離からのrms変位が0.38Åと小さい,ループ骨格構造を見つけ出すことができた。この段階で,相同性モデルはそのおおざっぱな組立てが出来上がった。次になすべきことは,側鎖の配向を精密化することである。

 ここで一つ問題が生じた。それは,この作業をリガンドがドッキングした状態で行なうべきか,それとも結合部位が「空」の状態で行なうべきかという問題であった。文献や我々自身の経験に従えば,複合体の精密化は,出来ることならリガンドがタンパク質へ結合した状態で行なうべきである。しかし精密化の初期の段階では,リガンドを含まない状態で行なった方が良いかもしれない。なぜならば,側鎖の配向が無秩序すぎて結合部位へリガンドをすぐさまドッキングさせられないからである。誘導適合を示すタンパク質では,状況はさらに悪化する。このような場合には,多重相同性モデリングの手法が適用されなければならない。

 本研究の場合,MHC分子はリガンドが存在したときのみ正しく折りたたまれることが分かっていた。それゆえ,我々は骨格を一定に保ってエネルギーの極小化を行ない,立体相互作用を取り除いた。相同性モデルは,次に分子動力学シミュレーションに委ねられた。我々はそれがX線構造と同じように振る舞うかどうか知りたかったのである。実際,相同性モデルはX線構造と同じような挙動を示した。この場合も,水を明示的に考慮したモデルは,誘電率を50に設定したモデルよりもX線構造にはるかに近い結果を与えた。X線構造の挙動とのこの類似性から,我々は相同性モデルが少なくともある程度タンパク質の特性を備えていることを確信した。

 既に述べたように,MHC分子は通常リガンドが存在する場合のみ折りたたまれる。このことから,我々はペプチドをMHC分子へドッキングさせて二成分相互作用複合体を作り出し,さらにその複合体の構造を精密化しなければならないと考えた。これまでのQSAR研究から,リガンドのC末端は疎水性の環境(ポケット)へ結合することが示唆された。また,ペプチドの1番目と2番目の残基もMHC分子への結合に関与していると考えられる。我々はペプチドリガンドのC末端アミノ酸を収容できるが,生物試験で不活性な結果を与えるアミノ酸トリプトファンを収容できるほど大きくはない,疎水性の結合ポケットを捜すところから出発した。

 我々はグラフィックな補助手段として疎水性彩色法を使用し,H-2Ld分子の相同性モデルの表面を色分けして表示することにした。疎水性の記述には,Fauchere-Pliska尺度が適用された[5]図3を参照)。この特殊な尺度を選んだ理由は,それが実験的に決定され,しかも既にタンパク質の抗原部位の研究に適用されて成功を収めていたからである。予想された通り,親水性残基は主にタンパク質の表面に位置するのに対し,疎水性領域はタンパク質の内部に埋もれる傾向が観察された。しかし,表面に現れた疎水性ポケットの一つは十分大きく,C末端残基のドッキングを受け入れるに適した大きさであるように思われた。それは3個のトリプトファン,2個のフェニルアラニンおよび2個のチロシンから成るポケットであった(図4)。

 さらに進んだ指摘は実験からもたらされた。疎水性ポケットの位置に電子密度が余分に分布することが,2つのX線研究から示唆されたのである。これは共結晶したペプチドによるものと推定される。しかし,データの分解能は相互作用を詳細に分析できるほど十分ではなかった。我々はこの指摘から,上述のポケットがペプチドリガンドのC末端アミノ酸に対するアンカー部位であることを確信した。ではリガンドの他の構成残基は,H-2Ld分子との相互作用においてどのような役割を担っているのであろうか?リガンドの1番目と2番目にある残基がMHC分子との相互作用に重要な寄与をしていることは,QSAR研究や生化学的研究から予想されている。しかし,それ以外の残基の役割は全く不明であった。

 

ペプチドリガンドのらせん相互作用

 我々は,不運にもリガンドに関する我々の配座研究の結果に惑わされた。既に述べたように,3D-QSAR研究とさらに次の2つの理由に基づいて,リガンドがαヘリックス構造をとるものと早合点したのである。

  1. αヘリックスは分子動力学から予測されるように,溶媒中では最も安定な配座である。しかし本例では,この情報は研究の正しい方向を誤らせるものであった。リガンドに関して有用な情報を得るためには,結合部位内部でエネルギー極小化を行なう必要があり,真空中や溶媒中で極小化を試みても,その結果は意味をもたない。にもかかわらず,我々はらせん配座のリガンドをH-2Ld結合部位へドッキングさせる道を選択した。現在知られているMHC‐リガンド複合体のX線構造で,結合したペプチドが規則的ならせん配座をとっているものはない。この事実は,リガンドがらせん以外の配座でも結合しうることを示唆している。しかし不思議なことに,手動でドッキングを試みたとき,らせん配座のノナペプチドTyr-Pro-His-Phe-Met-Pro-Thr-Asn-Leuは申し分のない相互作用構造を生成した。図5を眺めてみよう。Leu9は疎水性ポケットへぴたりとはまり込み[図5(c)],またN末端のTyr1は芳香環相互作用によりMHC分子のTrp166と,静電相互作用によりTyr58と相互作用している[図5(a)]。2番目の残基Pro2もまたMHC分子のIle62とIle65の隣にうまく収まっている。これは溶媒接触可能表面と疎水相互作用が完全にマッチしている証拠である[図5(b)]。αヘリックスは,さらにC末端とN末端のドッキング位置の間にある空間に理想的に広がっている。
  2. 本例のモデルで,ノナペプチドがMHCタンパク質の高度に多形な位置と相互作用をしているという事実は,このドッキング方式の妥当性をさらに強く支持する。このような相互作用は特異的なものと考えてよい。特に注目すべきは,2番目の残基プロリンがIle62やIle65と接触していることであり,これはこれらの分子においてのみ見られる特有な相互作用である。

 以上はらせん配座が正しいとする非常に楽天的な立場から,ドッキングとリガンド相互作用を説明したものである。反対の解釈もまた可能であり,恐らくその方がより現実に即している。特異性はリガンド‐MHC相互作用において必要である。しかし,主要な接触はクラスT MHC分子の不変残基に対してなされることを考えると,可変残基へリガンドが接触するらせん配座は間違っていると見なす方が妥当である。

 MHC‐ペプチド‐TCR三体複合体におけるT細胞受容体(TCR)の寄与がシミュレーションで考慮されない限り,抗原認識のいかなるモデルも不完全なものでしかないという批判があるかもしれない。この批判に対しては,三体複合体の形成が段階的過程であり,まず最初にペプチドがMHCへ結合し,続いて新たに形成された二体複合体がT細胞受容体によって認識されるという事実を思い起こしてほしい。これは,モデリング過程において生化学的知識の統合が重要であることを示す一例である。とは言っても,T細胞受容体との三体複合体のX線構造やモデルが入手できないうちは,どの構造が実在のものであるかを知ることはやはり不可能である。モデルの分解能は,タンパク質‐リガンドとT細胞受容体との相互作用複合体に対して一意的な幾何構造を提示できるほど十分なものではなかった。

 

ペプチドリガンドの不規則な伸張型相互作用

 上の研究と並行して,我々はH-2Ldの相同性モデルに対する鋳型として使用されたHLA-A2 MHC分子とインフルエンザウイルス由来ペプチドとの間の相互作用についても検討を加えた[6]

 HLA-A2のX線構造は,ノナペプチドGly-Ile-Leu-Gly-Phe-Val-Phe-Thr-Leuをその結合部位の割れ目(結合溝)へドッキングさせる前に,a1とa2のドメイン以外を切り取られた。a1‐a2ドメインとa3およびβミクログロブリンドメインの間には,相互作用はほとんど存在しない。そのため,この近似がa1/a2ドメインの3D構造を有意に変えないことは前もって分かっていた。a3ドメインとβミクログロブリンドメインが抗原性ペプチドと接触することはない。省略構造のC末端は,非現実的な静電相互作用を避けるため,N‐メチル基で保護され,また結合部位には結晶水分子が3個布置された。結晶水分子はX線構造中にも観測され,ペプチドの結合を維持する上で重要であると考えられたからである。

 次に,我々はMHC分子の結合溝へノナペプチドGly-Ile-Leu-Gly-Phe-Val-Phe-Thr-Leuを手動でドッキングさせた。この操作では,X線構造で観測されるが,はっきりとしたリガンド構造と対応づけることができない,結合溝付近の超電子密度図が鋳型として使用された。

 この超電子密度は,ペプチドの混合物がHLA-A2分子と結晶化したために生じたものと考えられる。その密度図から分かることは,リガンドを収容する空間の広がりに関する制限条件である(図6)。ノナペプチドのN末端グリシンは,不変残基Tyr7,Tyr59およびTyr171から水素結合距離だけ離れた位置に固定された(図7)。2番目の残基イソロイシンは先に見出されたアンカー残基の1つであり,MHC分子のペプチドリガンド類の間では不変である。この残基は,疎水性ポケットの一部を形作っている三つ組のバリン―MHC分子の間で不変―へその疎水性側鎖が接触するように布置された。ペプチドは,超電子密度図に合わせながら,さらに第三,第四の残基へと引き伸ばされていった。Leu3は,チロシン2個とロイシン2個から作られ,同様に疎水的性質を帯びたポケットDの方向を向いている。しかし,このポケットを完全に満たしているわけではない。

 結合ポケットへリガンドを布置するこの過程はモデリング研究における分岐点であり,次の2つの方式が可能である。1)もしポケットが存在するならば,それは「からの空間」による大きなエントロピー寄与を避けるため,リガンドの側鎖によって完全に満たされなければならない。水分子が疎水性ポケットの「からの空間」を満たすことはありえない:2)進化は最大解ではなく最適解に組みする。リガンドは解離可能でなければならない。結合ポケットをすべて最大限まで満たすとなれば,解離に必要なエネルギーはかなり増加し,特異性を失うことなく他のペプチドを認識する能力も低下せざるを得ないであろう。また極端に高い親和性により,恐らく必要のない特異性が獲得され,免疫反応を妨げることさえ考えられる。

 

分岐点での実験的な拘束/P>

 分岐点において,どちらの選択肢に従うべきか?モデル製作者はこのことを決断するために助け(情報)を必要とする。この情報は,既に知られている生化学と薬理学のデータからもたらされることが多い。それゆえ,前にも論じたように,目的タンパク質とリガンド類に関して入手できる実験情報をできる限り収集し,それらを活用するよう努めることが非常に重要である。本例の場合,分岐点はモデリングの過程と予測結果を検証する生化学実験を設計する上できわめて良い機会を提供した。

 我々は,ポケットDで最大限の相互作用を行なう非天然ペプチドを設計することにした。この合成リガンドは,MHC分子に対して天然ペプチドよりもはるかに高い親和性を示さなければならない(その設計過程は次節で詳しく説明される)。

 また一方で,我々は天然リガンドのモデリングをさらに推し進め,超電子密度の鋳型に合わせて残基を布置していった。その結果,ポケットDの一部はLeu3によって満たされた。ペプチドの骨格は,そこから上方へ向きを変え,溶媒にさらされる結合溝の開口部へと伸びていく。Gly4とPhe5は,溶媒またはT細胞受容体と相互作用すると考えられるが,Val6は対照的に再び結合ポケットでMHCと接触する。このポケットはヒスチジン2個,トレオニンおよびアルギニンから作られており,きわめて高い極性を示す。

 ペプチドリガンドの7番目と8番目の残基(Val7とThr8)は,超電子密度の鋳型によると,再び溶媒の方向を向いている。このことは,MHC複合体から生化学的に溶離されたペプチド類がこれらの位置で高い可変性を示すことからも支持される。

 最後に,9番目の残基ロイシンは既におなじみの疎水性C末端ポケットへドッキングしており,これは前に述べたH-2Ld分子に関する詳細とも一致する。このドッキングは立体的な衝突がなく,化学的観点からも合理的であるように思われる。リガンドは非常に不規則な伸張型構造をとってはいるが,相互作用複合体の目視検査において,結合角やねじれ角の違反は全く観察されなかった。

 

5.3 MHC-ペプチド複合体の分子動力学研究

 前節では,H-2LdとHLA-A2におけるリガンドのモデリングとドッキングを議論した。本節では,2種のMHC‐ペプチド複合体―HLA-A2とHLA-B*2705―の分子動力学シミュレーションを取り上げることにしよう。特に,後者は思いがけない結果が得られるという点できわめて興味深い複合体である[6]

 

5.3.1 HLA-A2―分子動力学シミュレーションの間の複合体の運命

 HLA-A2は前節の相同性モデリング研究で鋳型として使用されたMHC分子である。シミュレーションでは,HLA-A2の二体複合体と結晶水分子3個が溶媒水分子の殻の中に布置された。周期境界条件は適用されず,溶媒原子に対していかなる位置的拘束も課されなかった。

 例によって,溶媒和複合体はまず最初にエネルギーを極小化された後,一定温度で100ピコ秒の分子動力学シミュレーションにかけられた。系は熱浴に接続され,解析は後半の60ピコ秒に対して行なわれた。分子動力学シミュレーションの平均構造は,解析の段階(40〜100ピコ秒)で発生した600配座の原子座標を平均することによって求められた。図1に示したように,ペプチドのドッキングはHLA-A2の構造に有意な影響を与えず,全体の構造は分子動力学シミュレーションを行なった後も,X線構造と比較してほとんど変化しなかった。構造のズレは―人為結果の場合でさえ―,そのほとんどがαおよびβ構造やβシートを連結するループ領域で観察された。a2ドメインの予期せぬ柔軟性は人為結果の最たるものであった。これは,完全なMHC分子を構成するa3ドメインとb2ドメインがモデルでは省略されていることによるものであろう。しかし,折りたたみの全体的な構造は,X線構造の回りを振動するだけで乱されてはいなかった。

 潜在的な構造の歪みは,二次構造に対して選択的な重ね合わせを行なうことにより詳細に吟味された。構造要素―たとえばヘリックス―を重ね合わせる方法には,大域的な方法と局所的な方法の2つがある。大域的な方法は分子全体に対して並進と回転を施す。この操作は構造を全体にわたって平均化するため,大きなrms値をもたらすことになる。一方,局所的な方法は全体の構造を維持したまま,特定の構造要素だけを並進または回転させる。この方法は前の方法に比べrms値を劇的に低下させるはずである。このようにして,もしrms値が増加したら,構造に歪みがあると考えなければならない。

 構造全体を当てはめた場合と特定配列だけを当てはめた場合について,得られたrms値をHLA-2Aの二次構造要素ごとに順次比較してみよう(表1)。3つの要素を除くすべての二次構造要素において,rms値のかなりの低下が観察されるが,これは全体の構造がシミュレーションの間維持されていることを示すものである。歪みが大きく,rms値の増加した3つの構造要素は,いずれもモデルのC末端の近傍に位置している。前にも述べたように,モデルは実際のMHC分子からa1とa2のドメインからなる結合部位だけを取り出したものである。欠如しているa3とb2のドメインは,如何なる抗原とも全く接触しないが,MHC分子の全体の構造を安定化させるのに役立っている。そのため,これらのドメインがa2ドメインの隣にない場合には,分子の柔軟性が増し,その結果歪みが生じることになろう。これは,正に我々が見出した状況そのものである。

 我々は,さらに骨格角の変化についても詳細な追跡を試みた。角φとψの約80%は20°以下の変化であった。ねじれ角に大きなズレが見出されたのは,予想された通りループ領域においてであった。おもしろいことに,C末端の構造要素に見られる角φとψの大きなズレは,配列に沿った次の角φとψによって常に相殺され,その結果,全体の二次構造と相互作用は完全に維持されていた。

 我々はさらに研究のレベルを一歩掘り下げ,原子ゆらぎの観測結果と統計学を解析することにした。すべてのゆらぎは,前に述べた全体の構造や部分構造の運動と相関していた。

 原子ゆらぎは今の場合,特に水分子に対して解析された。取り扱った系は,全体がTIP3Pポテンシャルをもつ約1300個の水分子で取り囲まれた状態にあった。

 水の酸素原子の原子ゆらぎ解析は,分子動力学シミュレーションの質を吟味する一つの方法として有用である。我々は,次の4種類の水分子をはっきりと検出することができた。1)結合溝の内部にあり,リガンドの水素結合網に関与する水分子:2)相互作用複合体の表面へ結合し,ゆらぎのみを示す水分子:3)適度に位置を変える遊離水:4)水‐真空境界面にあり,最も動きやすくrms値が1.0を越える水分子。

 

5.3.2 HLA-B*2705

 HLA-B*2705 MHC分子はX線結晶構造が解明されているので,座標はそのデータを利用した[7]。またMHC分子へ結合させるペプチド類は,X線構造の結合溝にうまく適合するナノマー,Ala-Arg-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Alaのアラニン残基を適当な残基で置き換えることにより作り出された。ペプチドの側鎖は,電子密度図に従って結合ポケットの中央に布置され,T細胞受容体との相互作用に関与すると考えられる残基は,その実体が不明ではあるが,便宜上溶媒の方向を向くように配置された。結晶構造の骨格配座は,すべてのノナペプチドに対して鋳型として使用された[8]

 これまでのところ,すべての状況は前に説明したHLA-A2複合体の場合ときわめてよく似ている。では,B*2705で興味深いのはどのような点なのであろうか?我々は様々な結合ペプチドを解析することにより,B*2705結合モチーフの特徴を明らかにしていった。結合ペプチドはHPLCを利用して元の複合体から溶離され,配列を決定された。これらのペプチド群のデータから,2番目の位置にあるアミノ酸は主要なアンカー残基で,常にアルギニンであることが確認された。その他,1,3および9番目の位置のアミノ酸もアンカー残基として機能することが明らかにされた。これらは疎水性で正に帯電している場合が多く,中でも2番目と9番目の残基は最も重要である。しかしこれらの実験データだけでは,様々な細菌ペプチドのHLA-B*2705結合性を完全に説明することは不可能であった。

 一例を上げよう。Chlamydia trachomatis(トラコーマ・クラミジア)から単離されたペプチド類はHLA- B*2705へ結合することが知られている。これらのペプチドはC. trachomatisの57 kDa熱ショックタンパク質に由来しており,慢性関節リウマチに関連した疾患を引き起こす抗免疫反応の原因であると考えられる。しかし,すべてのペプチドがHLA- B*2705へ結合するという訳ではない。たとえば,細菌ペプチドLeu-Arg-Asp-Ala-Tyr-Thr-Asp-Met-Leuは共通配列へぴったり適合する。2番目の位置のアルギニンと位置1,3および9番目の位置にある疎水性または荷電型のアミノ酸は,3番目を除きアンカー残基としての結合パターンを示す。したがって,このペプチドはHLA-B*2705に対して親和性を示すことが予想されるが,実際には認識されず親和性を示さない。一方,ペプチドArg-Arg-Lys-Ala-Met-Phe-Glu-Aspでは反対のことが成立する。このペプチドはノナペプチドではなくオクタペプチドであり,共通点は2番目の位置にアルギニンがあるという点だけである。この位置が第二の結合ポケットへ正しくはまり込んだとしよう。ペプチドは短すぎるため,ノナペプチドの9番目の残基を収容する疎水性ポケットと相互作用することはできないはずである。この相互作用は,ノナペプチドの場合,複合体を安定化する上で非常に重要である。ところが驚くことに,このオクタペプチドは,その結合モチーフが実験的に推定された許容様式とあまり良く一致しないにもかかわらずMHC分子によって認識されるのである。

 我々がB*2705複合体に関心をもち,分子動力学シミュレーションによって構造活性相関を説明しようと思い立ったのは,以上の理由からであった。研究は表2に上げた6種類のペプチドを対象に行なわれた。これらのペプチドが選ばれた論理的根拠は次の通りである。

  1. ノナペプチドArg-Arg-Ile-Lys-Ala-Ile-Thr-Leu-Lysは,複合体の結晶構造の一部として構造が既に解明されている。したがってこのペプチドは,分子動力学シミュレーションに必要なパラメータを設定する際にその基礎として役立つ。もしX線構造が特定の分子動力学パラメータ群によってうまく再現できるならば,他のペプチド‐HLA複合体のシミュレーションにも,それらのパラメータをそのまま使用することにする。我々は,この選択が実際には外挿でしかないことに十分気付いている。しかし,それはここでなすことのできる最も慎重な選択である。
  2. 2番目(Glu-Arg-Leu-Lys-Glu-Ala-Ala-Glu-Lys)と3番目(Arg-Arg-Lys-Ala-Met-Phe-Glu-Asp-Ile)のペプチドは高い結合親和性を示すので,正の対照として役立つ。一方,4番目のペプチド(Glu-Arg-Leu-Ala-Lys-Leu-Ser-Gly-Gly)はB*2705へ結合しない。したがって負の対照として利用できる。

 我々はまた先に述べた2種のペプチド(Arg-Arg-Lys-Ala-Met-Phe-Glu-Asp,Leu-Arg-Asp-Ala-Tyr-Thr-Asp-Met-Leu)も試験事例として解析に含めることにした。これらのペプチドの予想に反した結合特性が,この研究から解明されるかもしれないと考えたからである。

 オクタペプチドのドッキングに対しては,幾つかの妥協が必要であった。ドッキングは,オクタペプチドのAspがノナペプチドの正常なC末端をシミュレートできるという仮定に基づいて行なわれた。しかし,ノナペプチドの正常なC末端残基に対する結合ポケットFは,それ自身2個のAsp残基から作られているため,オクタペプチドのAspとの間で相互作用を想定することは不可能であった。それゆえオクタペプチドは,このポケットFと相互作用しないような配座でドッキングさせる必要があった。図2(F)に見られるオクタペプチドのかなり伸張した配座は,通常4番目と7番目の残基の間にあって,T細胞受容体への結合に関与すると考えられる膨らみ部分を調節することにより実現された。

 

5.3.2.1 分子動力学シミュレーションの間の複合体の運命

 ここでは,「良い」結合剤と「悪い」結合剤を見分ける上で役立つ主要な概念について論ずることにする。この問題の詳細に関心のある読者は,すべての水素結合相互作用をリストアップした原報の解析結果をお読みいただきたい[8,9]

 分子動力学シミュレーションは,細菌ペプチドの異常な結合特性を見事に説明することができた。前にも示したように,ここでもモデルの良否を判定する最も重要な基準は,水素結合,溶媒接触可能表面積および原子ゆらぎであった。原子ゆらぎからまず始めよう。我々の主な関心事は,アンカー残基2と9と関係のある結合ポケットの挙動であった。不活性なペプチドGlu-Arg-Leu-Ala-Lys-Leu-Ser-Gly-GlyとLeu-Arg-Asp-Ala-Tyr-Thr-Asp-Met-Leuは,天然ペプチドと比較したとき,結合ポケットの原子ゆらぎを劇的に増加させた。予想されるように,ポケットの原子運動はペプチドの側鎖の性質と明らかに相関している。良い結合剤では,側鎖はポケットと完全に相補的な関係にあるのに対し,不活性なペプチドでは,このような側鎖相互作用は欠如しており,あっても弱い相互作用でしかない。悪い結合剤とドッキングしたとき,ポケットの原子運動性が増加するのはそのためである。ペプチド‐MHC相互作用における水素結合も,同様に考えれば解析することができる。我々は,ここでも残基2と9に対する結合ポケットに焦点を合わせることにした。

 分子動力学シミュレーションは,天然複合体(X線構造)で観測される2番目と9番目の位置での水素結合相互作用15個のうち,4個を除くすべてを再現することができた。これは,きわめて単純化されたモデルが使用されたことを考えると,非常に多い数である。シミュレーションによると,水分子はN末端へゆっくりと入り込み,側鎖をその結合ポケットから少しずつ引き離していく。おもしろいことに,結晶構造から失われた4個の水素結合相互作用は,すべてこのN末端での水の挿入効果とかかわりがあった。この水分子の挿入はシミュレーションによる人為結果かもしれない。しかし,溶液と結晶状態の原理的な差を見事に反映した結果である。

 不活性なペプチドでは,水素結合相互作用の劇的な減少が観測される。7個の水素結合のうち残るのは2個だけというその結果は,原子ゆらぎ解析からも予想されたものである。2種の不活性ペプチドのいずれにおいても,C末端は本来あるべき水素結合を失い,N末端も水素結合を形成していない。

 最も興味深いのは,オクタペプチドに対する結果である。水素結合は150ピコ秒の分子動力学シミュレーションの間に13個出現する。主要なアンカー残基のアルギニンは,その本来の位置であるポケットBに収まっており,ペプチドの中央部分(残基4〜7)とMHC分子の間に相互作用は全くない。またノナペプチドの正常なC末端カルボキシル基は,アスパラギン酸の側鎖カルボキシル基に取って代わられている(図2)。

 

5.4 分子動力学シミュレーションから得られたモデルの解析

 リガンド‐タンパク質複合体の結合状態を解析し,それらを実験結果と少なくとも定性的に相関づけるためには,判断の基準となる尺度が必要である。現在使用されている基準は,1)水素結合網;2)相互作用エネルギー;3)溶媒接触可能表面;4)原子ゆらぎの4つである。

 分子動力学シミュレーションの結果を定量化することは非常にむずかしい。特に相互作用エネルギーは,上で述べた4つの基準の中で最も説得力に欠ける基準である。静電相互作用と疎水結合は定量化に際して思い切った単純化が必要なため,リガンド‐タンパク質相互作用の大まかな推定にしか利用することができない。モデルのもつ還元主義的な性格と相互作用エネルギーに基づいた定量的な構造活性相関が両立するのは,ごくまれな場合だけである。リガンド‐タンパク質相互作用を熱力学的に解析する方法が現在検討されている。この方法は,相互作用エネルギーの計算結果を補正する手段としていずれ利用されるようになるであろう。また,Poisson-Boltzmann方程式を使用して静電気学的性質を計算する厳密なアプローチも提案されている[10]。これは相互作用エネルギーの詳細を定量的に解析したい場合に有用である。

 

5.4.1 水素結合網

 本章の研究では,水素結合相互作用は,受容体(A)‐供与体(D)距離が0.35 nmより短く,D-H-A結合角が120〜180°の範囲に収まるものだけが考慮された。扱われた配座はほとんどの場合,シミュレーション時間が200ピコ秒までの時間平均配座である。

 解析によると,一般にMHC‐ペプチド水素結合の総数は,ドッキングしたペプチドの結合特性と厳密に相関していた。また結晶構造で観測される水素結合網のうち重要なものは,すべてのシミュレーションで再現することができた。低親和性のペプチド(非結合剤)では,一般に水素結合の劇的な減少が観測されたが,これはN末端とC末端で特に顕著であり,主要なアンカー残基2の位置においては大きな変化はなかった。

 水素結合様式が結晶構造と比較して異なる現象は,高親和性リガンドの場合にも同様に観察された。それが人為結果なのか,解離の初期段階を実際に再現しているのかは不明であるが,たとえば水分子はシミュレーションの進行に伴い,C末端やN末端を収容する結合ポケットの中へ入り込んでいった。

 我々の見解では,分子動力学シミュレーションは,溶媒和のほとんどすべての状態を再現することができる。また分子は運動エネルギーを供給されれば,必ずしも大域的な極小点へ向かうだけではなく,それ以外の新しい位置を探り当てることも可能である。結晶構造との異同が結合ペプチドの末端で観測されるならば,その分子動力学シミュレーションの結果は,リガンド‐タンパク質複合体の実際の解離挙動を幾らか反映していると考えても差し支えないであろう。本例のリガンド‐MHC相互作用の場合には,我々は水素結合様式の入念な解析から,相互作用しないスペーサー残基で置き換えることのできるリガンド部分を正しく推定することができた(5.5節参照)。

 表1は,分子動力学シミュレーションから明らかにされたリガンド‐MHC複合体における水素結合様式の異同をまとめたものである。低親和性の結合剤(ペプチド4,5)は,MHCと結合した天然リガンドの結晶構造(第1列)に比べて,水素結合相互作用がはるかに少ないことに気付かれるであろう。

 

5.4.2 原子ゆらぎ

 我々は,次に原子ゆらぎを計算し,結晶学的に決定された温度因子からのゆらぎと比較した。この比較は,天然のX線構造を基準としたときの柔軟性の相対的な得失を明らかにする上で有用である。

 原子ゆらぎは静電/疎水相互作用の強弱を直接反映するため,活性と関連したリガンドの性質についての直接的な洞察を可能とする優れた物理尺度である。またグラフによる表示は,リガンドの結合特性を同じ尺度で直接比較したい場合に便利である。次に実際の例を見てみよう(図1)。

 図1の上のグラフは,HLA-B*2705の結合ポケットにおける原子ゆらぎの変動をプロットしたものである。ゆらぎは,分子動力学シミュレーションで発生した最後の500配座の時間平均から計算された値である。結合ポケット自体は高々6個の側鎖で作られている。活性ペプチド―高い親和性を示す結合剤―を調べてみると,残基2に対するポケットB,残基3に対するポケットDおよび残基9に対するポケットFのゆらぎはいずれもきわめて小さい。また2番目の位置のアミノ酸(残基2)は,どの活性ペプチドにおいても高い親和性でポケットBへ結合しており,ポケットの側鎖はその運動を著しく拘束されている。ポケットBのrmsゆらぎが0.65Åの付近に集まっている事実はこのことを裏付けている。

 低親和性のペプチド(非結合剤)に話を移そう。状況は大きく変化する。ポケットBを作り上げている残基のrmsゆらぎは0.7と0.8Åの間にある。これは,結合ポケットがより高い柔軟性をもつこと,すなわちペプチドとポケットとの間の相互作用が弱いことを示している。状況は残基9と通常結合するポケットFの場合にはさらに顕著であり,原子ゆらぎの差は最大0.4Åにも達する。これはポケットFが激しく運動しており,ペプチドのC末端残基との間で相互作用が存在しないことを意味している。最大のゆらぎが観測されるのは,このように不活性なペプチドとの複合体においてである。

 図1の下のグラフは,上のグラフと相補的な関係にあり,リガンドすなわちペプチド側のゆらぎの様子を示している。グラフの解釈は容易であろう。小さな原子ゆらぎ値は,ペプチドがポケットへぴったりと結合していることを示しており,大きなゆらぎ値はその逆を表している。ここでも最も小さなゆらぎ値は,最も活性なペプチド1,2および3で観測される。

 この点に関してきわめて興味深いのは,オクタペプチドの挙動である。このペプチドもまた活性である。したがってT細胞受容体へ提示されるためには,MHC分子へしっかりと結合しなければならない。オクタペプチド(*)は中央の配列部分―残基4から7―において大きなゆらぎを示す。しかし,1,2および8番目の位置にあるアミノ酸のゆらぎはきわめて小さい。

 このオクタペプチドの例は,ペプチド提示における結合ポケットの重要性を明らかに示している。ポケットA,BおよびFへのリガンドの残基1,2およびC末端の結合は,T細胞受容体へのペプチドの提示に必要な前提条件であるように思われる。

 

5.4.3 溶媒接触可能表面積

 受容体表面にあるポケットへペプチド側鎖が結合する過程を考えてみよう。この過程は,溶媒へ接触可能な残基表面と結び付けて考えると分かりやすい。X線研究[7]によると,ペプチドリガンドの残基2とC末端の側鎖は,結合ポケットBとFの中に実際にはまり込んでいる。このことは,リガンド側鎖に溶媒和した水分子がその側鎖から取り除かれ,結合ポケットの壁面を作り上げている受容体タンパク質の側鎖との相互作用で置き換えられたことを意味している。溶媒へ接触可能な残基表面は,ドッキングした後もポケットへの結合の深さを計る尺度として役立つ。これはポケットとの結合の密着度と相関し,また相互作用の強度や数とも幾らか関連をもっている。

 本例では,接触可能表面積と埋没表面積は,Connollyのアルゴリズム[11]を使用して計算され,リガンドやその可視部分の表面を転がるプローブ原子には,1.4Åの半径のものが用いられた。プローブのこの半径は水分子を想定した値である。また結果をパーセントで表すために,Gly-Xaa-Glyの一般形で表される伸張配座の遊離ペプチド類が組み立てられ,同様の方法で計算が行なわれた。これらは,分子表面が完全に溶媒和されうる―完全に接触可能な―ペプチドの例として参照された。

 我々はリガンド‐タンパク質複合体をこの記述方法で解析することにより,MHC分子の重要な結合ポケットを簡単に同定することができた。図2は,B*2705‐リガンド相互作用の場合についてその解析結果を示したものである。図1と同様,ここでも活性ペプチドは実線,不活性ペプチドは点線で表され,オクタペプチドは*印で標識されている。グラフの中央に引かれた水平線は,埋没表面積の割合が50%の状態を表す。グラフによると,活性ペプチドの1,2および9番目の位置にある残基はほとんど完全に埋没している。これは,これらの位置がMHC分子との結合において重要であることを示すものである。ちなみに低親和性のペプチドでは,その側鎖はC末端でさえ溶媒へ70%露出している。グラフは,ここでもペプチドリガンドの薬理作用団に関して具体的な情報を我々に提供している。MHCへ結合する残基は,その高い埋没率から見分けることができる。不活性なペプチドでは,これらの位置の埋没率はきわめて低い。また逆にT細胞受容体へ結合するリガンド側鎖は,MHCの結合溝に埋もれていてはならず,溶媒側へ露出していなければならない。高親和性の活性ペプチドの残基4〜7は,正にその通りの状態になっている。

 溶媒接触可能表面積は,このように実験的な観測結果と密接に相関しており,リガンド‐タンパク質相互作用の注意深い詳細解析に役立つ優れた手段であるように思われる。

 

5.4.4 相互作用エネルギー

 相互作用エネルギーの解析に関する問題は既に幅広く議論されており,中には水素結合エネルギーのように現在もなお論議が続いているものもある。研究者の多くは,使用されるポテンシャルに弱点があることから,相互作用エネルギーの計算は無意味であると考えている。静電相互作用は一般に単純なCoulomb式で見積もられ,疎水相互作用は通常無視される。相互作用のエネルギー的な適否は,幾つかの構造が比較できる場合には,このような単純な計算からでもある程度推定することができる。

 しかし相互作用エネルギーの計算では,ごく小さな差を得るために,非常に大きな数を加え合わせなければならないことに注意されたい。このことは,計算の結果が出発構造や電荷計算の質にきわめて敏感に反応することを意味している。

 本例の場合,我々は荷電残基,中性残基,ペプチド全体および水分子に対して残基当りのエネルギー値を計算し,その値を利用してタンパク質‐リガンド複合体の相互作用エネルギーを解析した。これらの部分構造の内部エネルギーは,分子動力学シミュレーションの間,20ピコ秒ごとに計算された。

 もしシミュレーションから得られた構造が強い相互作用を含む人為結果であるならば,それは,中性残基における内部エネルギーの増加によって見分けることができるはずである。しかし実際には,すべての部分構造において内部エネルギーの増加は全く観測されなかった。

 結合したペプチドのエネルギーは,きわめて興味深いことに,シミュレーションの間,非常に大きく変動し,最終的には,ドッキングの前にエネルギーを極小化された出発構造のそれに比べ,一般に30%以上も低いレベルにまで下がった。これもまた,結合部位に拘束されたリガンドに対して分子動力学による最適化を試みなければ知ることのできなかった成果である。

 我々は常にエネルギー的に完全な条件での解析を追求した。真空中や溶媒中でのリガンドのエネルギーは,ドッキングしたリガンドにおける極小エネルギーとは大きく異なる可能性がある。もちろん,薬物設計のさらに先の段階で利用できる唯一妥当な構造は,ドッキングした状態でのそれである。溶媒配座と真空配座,特に後者は,たとえば剛体分子のような例外を除き,ほとんどの場合まったく役に立たない。

 またその他に注目すべき結果として,荷電残基に対する内部エネルギーの全体的な低下があり,その値は残基当り約60 kJ mol-1に達した。結合したペプチドと中性残基またはペプチド自身との相互作用も観測されたが,それによるエネルギーの変動はわずかであった。ドッキングの過程において,ポテンシャルの弱点を考慮しつつ疎水相互作用を慎重に最適化したことを考えると,これはもっともな結果と言えよう。このように周到な分子動力学シミュレーションでは,大きな変化は起こり得ない。

 相互作用エネルギーは,以前期待されていたようには,タンパク質‐リガンド相互作用の定量化に役立つことはないであろう。しかし我々は,それらが相互作用の適否を評価し,分子動力学シミュレーションの間に起こりうる事象を理解するために利用できる有用な手段であると感じている。

 相互作用エネルギー計算の質が―たとえばPoisson-Boltzmann式を考慮した―さらに高度な計算により改善されるかどうかは,未解決の問題として残されている。このことは,また量子化学的な相互作用エネルギーの計算においても同様である。たとえば,非共有相互作用に対するab initio基底系の信頼度については,特に多くの問題点が指摘されている。しかしきわめて簡単な基底系を使用した量子力学的計算からでも,良好な結果が得られる場合がないわけではない。かなり以前になるが,著者の一人が報告した半経験的方法による芳香環とアンモニウム部分構造との相互作用の予測は,このような例の一つである[12]。この相互作用は20年ほど後,アセチルコリンエステラーゼのX線構造から完全に追認された[13]

 

5.5 分子動力学シミュレーションから得られた抗原性ペプチド類のSARおよびクラスTMHCタンパク質に対する高親和性リガンドとしての非天然ペプチド類の設計

 前節で述べた解析から,非天然リガンドの設計に役立つ多くの情報がもたらされた。我々は,結合ポケットの部位,柔軟性および側鎖相互作用に関する知見を前にしたとき,それらが天然リガンドによってすべて最大限に利用されているかどうかを調べる必要性を感じた。予備研究の結果,ペプチドリガンドの3番目の位置にある側鎖と相互作用する結合ポケットDは,天然の側鎖を収容するに必要な大きさよりもはるかに大きいことが明らかとなった。この事実は,このポケットへさらにかさ高い側鎖や置換基を配置することによって,新しい結合相互作用が付加される可能性を我々に示唆した。この相互作用は結合エネルギーを増加させ,高い親和性を示すリガンドを生み出すはずである。

 ポケットDはチロシン,ヒスチジン,ロイシン,チロシンおよびロイシンから作られており,疎水的性格をもっている。結晶構造依拠型相同性モデルにおいて見られる通り,天然リガンドの側鎖は疎水性ポケット上部のへりにある2個のチロシンと相互作用するだけで,他のアミノ酸とは相互作用しない。

 

5.5.1 新しいリガンド類の設計

 ポケットDへの疎水性側鎖の結合を理論的に説明するために,我々はまず最適相互作用部位を算定することにした。計算はGRIDプログラム(4.6.2節参照)を使用し,メチル基をプローブとして,孤立したポケットに対し行なわれた。格子の分解能は0.5Åであった。ポケットの壁面とメチル・プローブとの相互作用が計算され,結合エネルギーが負となる領域を示す等高線図が作成された。この地図は,ポケットと安定な相互作用を行なうことのできるリガンド側鎖のおおよその大きさを明らかにした(図1)。

 我々が予想した通り,等高線は天然リガンドの側鎖よりもはるかに深く,ポケットの奥へ広がっている。それは,たとえばフェニルアラニンよりもさらに大きな残基でも収容できるほどの広がりである。我々は,分子グラフィックスを利用することにより,ナフチルアラニンのようなかさ高い残基がポケットの中へうまくはまり込むことを確認した。このことは,ペプチドリガンドの骨格に構造的な歪みを引き起こすことなく可能であった。

 ここで想定された相互作用は,上の静的な描像から示唆されるように本当に安定なのであろうか。我々は,次に溶媒和複合体の分子動力学によりこの問題を確かめることにした。細菌ペプチドの一つ(Lys-Arg-Gly-Ile-Asp-Lys-Ala-Ala-Lys)が鋳型として使用され,3番目の位置のGlyは他のより大きな非極性側鎖で置き換えられた(表1)。

 前節で説明した解析手法を用いて,構築したモデルが安定で合成に値するか否かが吟味された。水中での150ピコ秒間の分子動力学シミュレーションは,ポケットDに入り込んだ新しい置換基がいずれも結合溝の3D構造に影響を与えないこと―少なくとも複合体を破壊してしまうほど大きな影響は及ぼさないこと―を明らかにした。X線構造や前の相同性モデルからのrms変位はいずれも小さく妥当な値であった。

 表面積の解析は,3番目の位置に新しい非天然側鎖をもつペプチドの複合体が安定に存在しうることを示した[図2(a)]。埋没表面積(溶媒接触可能表面積の逆)は,結合ポケットと相互作用するN末端とC末端のアンカー残基1,2および9では100Å2よりも大きく,一方,リガンドの中央部分(残基4〜7)では60Å2よりも小さい。しかしこれらは,天然リガンドでも同じように見られる特徴である。両者の間に著しい差が観測されたのは,ポケットDと相互作用する残基3の位置においてであった。この位置の埋没表面積は,天然ペプチドの側鎖(Gly)では10Å2よりも小さいが,非天然ペプチドでは,残基の大きさに依存して140Å2まで増加することが分かったのである。表面積のこの解析結果は,ナフチル誘導体のような非天然側鎖が元の残基よりもポケットDへしっかりとはまり込み,結合をより安定化するというGRID計算からの予想を見事に裏付けている。

 非常によく似た結果は,原子ゆらぎの解析からも引き出すことができた。図2(b)を見てみよう。予想された通り,いずれのペプチドにおいても,ゆらぎはアンカー残基1,2および9の位置で最小値を示す。高い運動性は残基4〜7の位置で観測されるが,これはこのリガンド部分が溶媒やT細胞受容体の方向を向いていることと関係がある。天然リガンドと新しい合成リガンド類の間で,ゆらぎに明らかな差が認められるのは,ここでも残基3の位置においてである。この位置での原子ゆらぎは残基の大きさ,したがってポケットDとの相互作用の数や強度と厳密に相関している。最も柔軟なリガンドは,グリシンを残基3とする元の天然ペプチドである。グリシンとは対照的に,ナフチルアラニン残基はポケットDへぴったりと結合し,ペプチド全体の運動を拘束する。これらの結果から,我々は3番目の位置に非天然側鎖をもつペプチドが元の天然ペプチドよりも高い親和性を示すであろうことを確信した。そして,MHC分子の結合ポケットの壁面を構成する残基と最大限の相互作用を行なうためには,それらの側鎖は疎水的性格をもつ芳香環でなければならないと考えた。

 

5.5.2 設計されたリガンドの実験的吟味

 モデルを検証するために,5個の異性体のすべてが合成され精製された[14]。結合試験は免疫反応に基づいた方法で行なわれた。MHCタンパク質‐リガンド複合体に対して産生された抗体は,活性部位を作り上げているポリペプチド鎖の構造を認識することができる。しかし実験からも確認されているように,MHC分子は通常リガンドと結合している場合しか正しく折りたたまれない(5.2.2.2節を参照)。非結合性のリガンド類は,抗体によって認識可能な正しく折りたたまれた活性部位の数を有意に減少させるはずである。このような配座特異的抗体は,本例においても産生させることが可能であり,またリガンドの親和性を測定する手段として実際に有効であった[14,15]。結合試験によると,非天然ペプチド類は天然ペプチドに比べて有意に高い親和性を示し,そのレベルは細菌に由来するGROE 1のような高親和性の天然結合剤のそれに匹敵するものであった[14]

 今までのところ,実験データは理論的研究から導かれた仮説を完全に支持している。しかし,この成功は全体の話のほんの一部であることに注意しなければならない。たとえば,ペプチドの3番目の位置にあるグリシンとロイシンは,ポケットDに対してそれぞれ異なる親和性で相互作用することが予想された。しかし実験結果の詳細な分析によれば,それらは等しい結合親和性を示すと考えざるを得ない。グリシン相互作用のこの過小評価につながった主な原因は次の2つである。1)使用したモデルがT細胞受容体‐MHC相互作用を完全に再現したものではなかった;2)MHCへの残基の結合に有意な寄与をしているにもかかわらず,エントロピー項が力場計算で考慮されなかった。上の例は,グリシンの高い配座的柔軟性がvan der Waals相互作用の欠如をエントロピー的に埋め合わせた結果である,と考えれば理解することができよう。

 

5.6 要約および結論

 本章の主な目的は,リガンド‐タンパク質複合体の性質を記述することにあった。溶媒接触可能表面積の計算や原子ゆらぎ解析のような理論的手段を注意深く適用することにより,我々はタンパク質‐リガンド相互作用の詳細像を描き出すことに成功した。相同性モデリングから得られたモデルを静的な状態で吟味するだけでは,新しいリガンドの設計に役立つ十分な結論を導き出すことはできない。リガンド‐タンパク質複合体の分子動力学シミュレーションは,完全な溶媒和環境で行なわれた場合のみ,重要なアンカー残基の位置や,結合の最適化に際し無視しても差し支えない分子部分を同定することができた。

 我々の見解では,このことは一般に当てはまる問題である。新しいリガンドの設計においては,結晶構造を考慮すればそれで十分であるとする考え方が一般的である。しかし,我々は完全な溶媒和状態で分子動力学シミュレーションを行なうことが非常に有用であることをここで指摘しなければならない。このシミュレーションは大規模で時間のかかる計算を必要とする。しかしこのような計算のみが,リガンドの設計において究極的に重要となる結合の詳細を明らかにできるのである。また原子ゆらぎの研究に必要な手段を提供し,新しいリガンドの結合能力を予測できるのは,分子動力学シミュレーションを措いて他にはない。相互作用エネルギーは原子ゆらぎに比べると,設計されたリガンドの適否を判断する手段としてはるかに重要性が低い。

 実験データはモデルから導かれた仮説を支持しており,研究の全体は機構的な解釈面においても設計段階においてもきわめて将来性を感じさせるものであった。この結果はリガンドを最適化し,さらには全く新しい構造を生み出していく構造依拠型設計アプローチの能力と可能性を示していると,我々は考えている。最近の研究によれば,相同性モデリングから作り出されるタンパク質‐リガンド複合体モデルは,ペプチドリガンドへの非ペプチド部分構造の組込みのみならず,de novo設計法に従ったヘテロ環式非ペプチドリガンドの創製の試みに対してさえ好結果をもたらすことが示されている。

 

引 用 文 献

  1. Nicklaus, M.C., Wang, S., Driscoll, J.S., and Milne, G.W.A. Bioorganic Med.Chem. 3, 411-428 (1995).
  2. Rognan, D., Reddehase, M.J., Koszinowski, U.H., and Folkers, G. Proteins 13, 70-85 (1992).
  3. Sufrin, J.R., Dunn, D.A., and Marshall, G.R. Mol.Pharmacol. 19, 307-313 (1981).
  4. Lambert, M.H., and Scheraga, H.A. J.Comput.Chem. 10, 770-797 (1989).
  5. Fauchere, J.L., and Pli?ka, V. Eur.J.Med.Chem. 18, 369-375 (1983).
  6. Rognan, D., Zimmermann, N., Jung, G., and Folkers, G. Eur.J.Biochem. 208, 101-113 (1992).
  7. Madden, D.R., Gorga, J.C., Strominger, J.L., and Wiley, D.C. Cell 70, 1035-1048 (1992).
  8. Rognan, D., Scappoza, L., Folkers, G., and Daser, A. Biochemistry 33, 11476-11485 (1994).
  9. Rognan, D., Scappoza, L., Folkers, G., and Daser, A. Proc.Natl.Acad.Sci. U.S.A. 92, 753-757 (1995).
  10. Honig, B., and Nicholls, A. Science 268, 1144-1149 (1995).
  11. Connolly, M.L. J.Appl.Crystallogr. 16, 548-558 (QCPE-Program No.429).
  12. Holtje, H.-D., and Kier, L.B. J.Pharm.Sci. 64, 418-423 (1975).
  13. Sussman, J.L., Harel, M., Frolow, F., Oefner, C., Goldman, A., Toker, L., and Silman, I. Science 253, 872-875 (1991).
  14. Daser, A., Henning, U., and Heuklein, P. Mol.Immunol. 31, 331-336 (1994).
  15. Ellis, S.A., Taylor, C., and McMichael, A.J. Human Immunol. 5, 49-59 (1982).