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死亡推定時刻
estimated
time of death
例題
写真と死体検案書により死亡推定時刻を割り出した上で、犯人像を推理し捜査方針を決定せよ。
 
<<死体検案書>> 現在時刻10月3日午前4時30分
被害者 : 白人女性19歳。大学生。
検案実施場所 : 被害者宅自室(コネチカット州)
発見時体位 : うつぶせ(写左)。毛布がかけられていた。
死斑 : あり
死斑退色 : あり
死後硬直 : 全身・程度強
眼球 : 角膜の微濁。溢血点あり
死因 : 扼死(頚部圧迫による窒息死)。(☆注)扼死は手による絞殺のこと。
直腸温 : 30度(気温18度)
薬物 : 反応無し
顔面 : 点状出血。うっ血。鼻と口から出血。口唇にチアノーゼ
性器 : 損傷。精液の検出あり(バエツキー染色法により確認)
肛門 : 閉
爪 : 犯人のものと思われる皮膚組織の付着

<<地元警察からの報告内容>>
第一通報者は、会社から帰宅した父親(クライスラーの支店長)。
被害者の母親(カウンセラー)は別居中で、5マイル離れた場所に居住。
付近で同様の事件は起きていない。
住民のほとんどが白人。治安の良い保守的な地域。
犯人は右ききと見られる。
繊維、足跡が発見され、電話に複数の男性の指紋。証拠を隠滅した形跡無し。
被害者の財布や指輪は残されており、物色した形跡もない。
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解説
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死後経過時間推定の根拠 |
| 死斑 hypostasis
or postmortem lividity
死斑は、血液循環が停止して血液が低位置に移動することで起きる。低位置に集まった血液を外表から見たものが死斑である。30分から3時間程度でまだら状に現れ、12―15時間程度で凝結する。死後数時間であれば強く圧迫した際に退色する(死斑退色)。死斑が体の両面にある場合には、死後に動かされたことを意味し、殺人の疑いが濃くなる。
点状出血は毛細血管が破れることで発生する。
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死斑が明らかに観察される(還元ヘモグロビン)。退色が見られることからおよそ死亡は数時間前。背中に死斑が見られないことから死後に動かされていない。 |
| 死後硬直 rigor
mortis
死亡直後、筋肉は弛緩するが、次第に硬直し関節が曲がらなくなるほど硬くなる。これは筋肉中のアデノシリン三リン酸(ATP)が急激に減少することで起きる。死後硬直は死亡後2-3時間で局部的に始まり、6‐7時間で全身に広がる。12-15時間後には壁に立てかけることが出来るほどに硬直するが、夏で2-3日、冬で4-5日で完全に緩解する。
ただし、気温や生前体温が高い場合、筋肉が鍛えられている場合などにはこれよりも早く経過する。精神的衝撃、激しい筋肉疲労、または頭部を銃で撃たれ即死した場合、死亡直後から筋肉が硬直する(強硬性死後硬直)。
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全身の死後硬直という点から12-15時間と思われるが、本件が強姦殺人であることから死後硬直がこれより早く経過している可能性も高い。 |
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角膜の混濁 cloudiness
of the cornea
死亡後には水分が補給されなくなるため、角膜は徐々に白く濁っていく。水分の減少に伴い硬度が減少、眼圧低下のため光沢が失われる。死後半日以内に混濁が始まり、2日たつと瞳孔が見えなくなる。
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微濁であるから半日以内 |
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直腸内温度 body
temperature
肛門から10cm以上温度計を差し込み抜かずに目盛りを読む。測定時刻と測定した気温をあわせて記録する。
直腸温は死後経過時間を推定するために最重要となる情報であり、様々な計算式が発表されている。(37-直腸温)×0.83に、夏の場合1.4、冬0.7を掛けるという式が一般に使用されているが、正確な推定に不向きであるため、直腸温と死後経過時間の関係を下記に掲載した。 |
(37-30)×0.83=約6
真冬ではなく、気温18度なので8時間程度と見られる。(下記表参照) |
| 窒息死体の特徴
@顔がうっ血し黒紫赤色に膨れる
A口唇などに青紫のチアノーゼ
B目の結膜に溢血点
C鼻や口から出血
その他
目を閉じている死体は死後経過時間を36時間以上と推定できない。
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検視による死因の特定
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外表所見
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死因
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頭部
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膨張、変色
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頭蓋内出血
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顔面
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うっ血
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頸部・胸部の圧迫
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目・口の溢血点
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頸部圧迫
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眼窩に青藍色変色
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頭蓋底出血
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瞳孔の収縮・変形・左右不動
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薬毒物・頭蓋内出血
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眼結膜に溢血点
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頸部圧迫
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眼鏡血腫
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頭蓋底骨折
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口唇・口腔内の腐食
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薬毒物
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口腔内粘膜・歯肉に溢血点
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頸部圧迫
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舌の突出、舌を歯で噛む
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頸部圧迫
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鼻・耳から出血
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頭蓋内出血・頸部圧迫
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耳後部の変色(バットル兆候)
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頭蓋底骨折
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鼻口からキノコ状泡沫
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溺死
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頸部
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変色、扼痕、絞痕、爪痕
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頸部圧迫
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異常に可動
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頸椎骨折
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胸部
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肋骨の骨折、胸部膨張
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打撲・圧迫
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腹部
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膨満・波動
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腹腔内出血
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創傷
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内臓損傷
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陰部
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陰部・肛門間の青藍色
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腹腔内出血
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上下肢
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バンパー創
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交通事故
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足裏の水泡
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睡眠薬中毒
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背面
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死斑の異常色
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薬毒物
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脊柱の変形・骨折
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交通事故・転落死
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注☆ 「検視」は見るだけであって解剖はしない。実務上は警官が行う代行検視を指す。また、「検死」は通常「解剖」を意味するが、死因を特定するという意味では、検視と解剖の両方を指すことがある。解剖による死因の特定をテレビ番組などで「検視」と表示していることがあるが、これは間違いである。
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死後経過時間と直腸温
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気温→
直腸温↓
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3-5
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6-8
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9-11
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12-14
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15-17
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18-20
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21-23
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24-26
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27-
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36
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1
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1-2
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1-2
|
2
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35
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1
|
1
|
1
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1-2
|
2
|
2
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3
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3-4
|
4
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34
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1-2
|
2
|
2
|
2
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2-3
|
3
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4-5
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5
|
6
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33
|
2
|
2
|
2
|
3
|
3-4
|
4
|
5
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7-8
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9
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32
|
2-3
|
3
|
3
|
4
|
4
|
5
|
8
|
10
|
12
|
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31
|
3
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3-4
|
3-4
|
5
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5-6
|
6
|
10
|
12
|
15
|
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30
|
3-4
|
4
|
4
|
5
|
6
|
8
|
12
|
14-15
|
18-19
|
|
29
|
4
|
4-5
|
4-5
|
6-7
|
7-8
|
9
|
14
|
17
|
22
|
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28
|
4-5
|
5
|
5
|
8
|
9
|
11
|
16
|
20
|
26
|
|
27
|
5
|
6
|
6
|
9
|
10
|
13
|
18-19
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23
|
30
|
|
26
|
6
|
7
|
7
|
10
|
11
|
15
|
21
|
26
|
34-35
|
|
25
|
7
|
8
|
8
|
11
|
13
|
16-17
|
23
|
29
|
40
|
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24
|
8
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8-9
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9
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13
|
14
|
18
|
26
|
32
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|
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23
|
9
|
9
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10
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14-15
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16
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20
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28
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36
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22
|
10
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10-11
|
11
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16
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18
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22-23
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30-31
|
40
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|
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21
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11-12
|
11
|
11-12
|
18
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19
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26
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33
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46
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(参考;死体の視かた:渡辺)
| <<結論>>
現在時刻10月3日午前4時30分
以上の点を総合的に考えると、死後経過時間は8時間、死亡推定時刻は10月2日午後8時30分頃と考えられる。
●帰納的プロファイル
白人男性18-30歳、被害者と面識がある。一般的に扼死は計画性がなく、殺意のない事故の場合も多いため、第一級殺人(計画性+故意)ではない。
●演繹的プロファイル
毛布をかけるのは被害者を殺害したことに罪悪感を持っているため。被害者に恋愛感情をもつ男性との間に関係のもつれがあった。この点は扼痕が強くない点からも明らか。逃亡した車の中か友人宅にいるため自宅にはいない。精神的に相当動揺しているが再犯の可能性は無い。
●捜査方針
付近の住民から逃亡した車などの目撃証言を集める。大学と高校時代の友人関係をすべて当たる。死亡推定時刻午後8:30前後における、(元)ボーイフレンドのアリバイをすべて確認する。
その上でアリバイがない者について、口腔内粘膜のサンプルを採取し、残存した精液とDNAを照合する。
マスコミに情報を流せばすぐに自首してくる可能性も高いため、地元のマスコミに連絡する。
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