精神分裂病が猟奇殺人の原因になることは多い。トレントン・チェイスの場合は、血液を飲まないと自分の血が粉になるという妄想が見えていたため、妊婦の腹を裂いて血液を飲むといった殺害を繰り返したことを「完全な正当防衛だった」と主張した。
ここまで極端な精神状態になることはさほど多くなく、一般的には「誰かが俺を殺そうとしている」とか「皆が俺の悪口をいっている」といった妄想・幻覚が見える。ムンクの「叫び」という有名な絵画があるが、あの叫んでいる人物は背景に描かれている二人の人が自分のことをうわさしていると思って叫んでいるのだそうだ。
善悪の区別がつかないため、裁判で心神喪失を理由に無罪になることが多いが、日本の最高裁は、精神鑑定は裁判官の判断を必ずしも拘束せず、犯行時の状況・精神状態などを総合的に考えて判決を出すという方針をとっている。
分裂病の発生率は1000人に8人で時代によってあまり変化しない。つまり、100人に1人はかかるという極めて発生率が高い病気だ。なお、この確率は日本で白人を見かける確率の5倍程度だ。
平成10年のデータでは、殺人総数が1388件でそのうち精神障害者が犯したのは42件、全体の3%である。しかも、そのうち分裂病が占めるのは全部ではない(6割)。
また町田静夫(精神科医)によれば「精神分裂病の患者が犯罪を犯す確率はヤクザの1/100」であり、分裂病の患者は圧倒的多数が社会には何の害も及ぼさないという。しかし、一部の犯罪があまりに猟奇的であるために「精神異常者は隔離せよ」という世論が高まることになる。
昭和34年3月、分裂病の青年(のち精神病院で自殺)が、アメリカ大使ライシャワーを刺傷した事件をきっかけに精神病院の数は飛躍的に増加。
そして多くの罪のない患者たちが次々と鉄格子付の精神病院に収容されていった。粗製濫造された病院では、精神科医の十分な治療など行われるはずもなく、治療に費用がかからないために専門医でもない医者が金儲けに精神病院を立てるといった事例も多かった。
こうした流れは国家によって強力に推進された。昭和25年に制定された精神衛生法が41年に改正されたが、これによって精神医療は救いがたい状況になり、精神病院は「強制収容所」と化して行く。
昭和59年3月、精神病院で数人の看護士が鉄パイプで患者を殺害するという宇都宮病院事件がおきた。「いうことを聞かない」として集団で殴る蹴るの暴行を加え、腹の上に飛び降りるといった残忍な犯行だった。病院は癲癇発作で死亡と発表したが、後に真実がマスコミにもれて大問題となった。こうした暴行事件はその後も後を絶たず現在に至っている。
世界の先進国はおおむね患者を社会に戻し、ケア体制を充実させる方向で動いている。もっとも極端なのがイタリアで、1978年公立精神病院を廃止する方向で法律を制定した。
ただ、退院後の支援体制がないままに精神病院を廃止することには大きな問題がある。
アメリカでは1955年当時、精神病院入院患者数は55万人いたが、1966年コロンビア州立病院に強制入院させられていた患者が、「治療を受けていないのに自由を奪われているのは違法」だとして勝訴した。さらに1970アラバマ州立病院の患者が勝訴(ジョンソン判決:治療のない拘束は違法とし、35か条にわたって受け入れ態勢の詳細を規定)
したのをきっかけに、精神医療の費用が高額化したため、支援体制が整わないまま患者を退院させる病院が続出した。
73年には入院患者は25万、90年に入ると10万をきるまで減少、暴力事件も後を絶たない。
放り出された患者たちはホームレスになったり、ギャング・麻薬の売人・売春婦がたむろする地区に「ゲットー」化したスラムを形成。
共和党は伝統的に小さな政府を目指し弱者に冷たいが、レーガンの時代には減税と国防費増大で精神衛生費は大幅にカットされ、精神医療は目を覆うばかりの惨状を呈する。
罪のない人間を鉄格子の中に押し込めることは絶対にあってはならない。一方、ルーカスの場合が典型だが、猟奇殺人犯・連続強姦魔を「病気が治った」として仮釈放してしまい、取り返しのつかないことになるといった事例はアメリカには非常に多い。
ほぼ全てが安全である精神病患者という集合の中から、例外的に非常に危険な犯罪者をいかに見分けるかという点に、患者の人権と社会の安全という問題を解く全てがかかっているように見える。しかしそれは現実には難しい。
"精神分裂病が異常な猟奇殺人の原因となることは多いが、精神分裂病患者が犯罪を犯す確率は一般人のそれより遙かに低い。ただ、最高水準の精神医学でも患者の言うことを原則として全て事実としている点で、患者の危険度を測る客観的な尺度が現実には存在しない"
(Ressler, Burgess, and
Douglas in Sexual Homicide: Patterns and Motives)
また、治療に積極的な病院ほど事故・自殺が多いことは、多くの精神科医が一致して指摘している。それは治療によって病状の進行・人格解体を防ぐことができた反面、巧妙さ・計画性を妄想に加味してしまったということだろう。
現在、日本には精神病院は1600(私立85%)あり、入院患者は35万人いる。
マクノートン準則
心神喪失による無罪や減刑を認める際の基準。
1843年イギリスの裁判所が貴族院に提出。アメリカの判例に採用。日本も同様の方針をとっている。
「精神異常を根拠に弁護を成立させるためには、犯行時に当事者が、精神の疾患の故に理性を欠き、自分の行っている行為が何であり、どういう性質のものであるかを知らず、または知っていてもその行為が悪いことであることを知らなかったということが明白に証明されなければならない」
マクノートンはイギリス首相ピール暗殺未遂事件の犯人で、首相の秘書が死亡した。弁護士が「妄想」に取り付かれていたと主張、精神障害と認定され無罪となった。
======診断基準=======
「世界保健機構(WHO)のICD10版(国際診断統計10版・1993)」
a.
自分の考えが声になって聞こえる、またはそれが他人に分かってしまう。自分の考えではない考えが頭に入ってくる。
b.
支配・影響される、あるいは抵抗できないという妄想が、現実に身体・四肢の運動・行動・感情に明らかに関連付けられているという妄想。または知覚妄想(直感的に非現実的意味付けを思いつく
c.
自分の事を話題にしている幻聴、または身体のある部分から発せられる幻聴がある
d.
宗教的・政治的身分、超人的能力といった不可能な妄想が持続している(例:天候を変えられる。宇宙人と交信している。)
e.
持続的幻覚が、種類を問わず、明らかな感情的内容を欠いた不動性妄想・部分的妄想・持続的支配観念を伴う。またはそれが数週間以上継続的に生じている。
f.
思考の流れに中断・挿入があるため、まとまりのない話し方をしたり、奇妙な新語を独創する
g.
興奮、常同姿勢・ろう屈症・拒絶症・昏迷(無動、無反応状態)などの緊張病性行動。
h. 著しい無気力・会話の貧困・情動的反応の鈍磨。
i.
関心喪失・目的欠如・無為・自分のことだけに没頭した態度、および社会的引きこもりのような顕著な変化
以下のうちどれかが当てはまる場合に分裂病と診断される
@ a-dに一ヶ月以上当てはまる
A a-dに近い症状が2つ以上あり、一ヶ月以上続く
e-iのうち、2つ以上が一ヶ月以上続く
DSM
の定義
the Diagnostic and Statistical Manual of Mental
Disorders
DSMはアメリカ精神科協会(APA:American
Psychiatric Associationが制定した「精神疾患の診断・統計マニュアル」
分裂病質人格障害
Schizoid Personality Disorder
A.社会的関係からの遊離、対人関係状況での感情表現の範囲の限定などの広範な様式で、成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち4つ(またはそれ以上)によって示される。
(1)家族の一員であることを含めて、親密な関係を持ちたいと思わない、またはそれを楽しく感じない。
(2)ほとんどいつも孤立した行動を選択する。
(3)他人と性体験を持つことに対する興味が、もしあったとしても、少ししかない。
(4)喜びを感じられるような活動が、もしあったとしても、少ししかない。
(5)親兄弟以外には、親しい友人または信頼できる友人がいない。
(6)他人の賞賛や批判に対して無関心にみえる。
(7)情緒的な冷たさ・よそよそしさ、または平板な感情。
B.精神分裂病、精神病性の特徴を伴う気分障害、他の精神病性障害、または広汎性発達障害の経過中にのみ起こるものではなく、一般身体疾患の直接的な生理学的作用によるものでもない。
分裂病型人格障害
Schizotypal Personality Disorder
A.親密な関係で急に気楽でなくなることとそうした関係を持つ能力の減少、および認知的または知覚的歪曲と行動の奇妙さの目立った、社会的および対人関係的な欠陥の広範な様式で、成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。
(1)関係念慮(関係妄想は含まない)。
(2)行動に影響し、下位文化的規範に合わない奇異な信念、または魔術的思考(例:迷信深さ、すなわち千里眼、テレパシー、または‘第六感’を信じること:小児および青年では、奇異な空想または思い込み)。
(3)普通でない知覚体験、身体的錯覚も含む。
(4)奇異な考え方と話し方(例:あいまい、まわりくどい、抽象的、細部にこだわりすぎ、紋切り型)。
(5)疑い深さ、または妄想様観念。
(6)不適切な、または限定された感情。
(7)奇異な、奇妙な、または特異な行動または外見。
(8)第1度親族以外には、親しい友人または信頼できる人がいない。
(9)過剰な社会不安があり、それは慣れによって軽減せず、また自己卑下的な判断よりも妄想的恐怖を伴う傾向がある。
B.精神分裂病、精神病性の特徴を伴う気分障害、他の精袖病性障害、または広汎性発達障害の経過中にのみ起こるものではない。
======= 参考文献 ======
心病める人たち 石川信義
精神病院の底流 富田三樹生
世界保健機構(WHO)ICD10版(国際診断統計10版・1993)
G・O・ギャバード 精神力動的精神医学 その臨床実践(DSM-W) 岩崎学術出版 p144
遠山照彦 分裂病はどんな病気か 萌文社
精神病理学と脳 フロア−ヘンリー
司法精神鑑定例 風祭元・山上皓
Ressler, Burgess, and Douglas in Sexual Homicide: Patterns and Motives
http://www.aafp.org/afp/981015ap/pingitor.html
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