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法医昆虫学は日本ではほとんど研究されておらず、裁判で証拠にされたこともない。法医学の専門書でも名称にしか言及していない場合がほとんどで、本格的に研究した論文などは存在しない。
最前線のアメリカでも脚光を浴びてはいるが研究者が少ない分野となってる。将来的には日本でも本格的に発展すると予想されるため、短期間でパイオニアとしての地位を築くことができる数少ない学問分野だろう。
ただ、壮絶な腐敗臭に耐えながらウジの観察を行うことには揺ぎ無い信念が必要かもしれない。
法医昆虫学者の仕事は、死体に付着した昆虫を採取して研究データと比較し、死亡推定時刻(死後経過時間)を求めることにある。ただ、死亡時刻と現場遺棄時間が大幅に異なっている場合(例:屋内に放置していたが腐敗が進んだため山に捨てた)、法医昆虫学が求められるのが現場に遺棄されてからの時間であるために、死亡時刻の推定は他の方法に拠らねばならない。
昆虫は場所によって生息種が違い、温度・湿度・遺体の状態など様々な条件で生育速度が違ってくるため、膨大なデータを事前に蓄積しておかないと実用性はかなり乏しいかもしれない。
通常、昆虫が産卵するのは顔面の開口部(目鼻口耳)が多く、出血している場所はさらに昆虫が集まりやすい。出血箇所に昆虫やその卵が観察されない場合、死体が屋外に捨てられてから時間がたっていないことを意味する。
口を開けているにも関わらず、口腔内に昆虫がいない場合、毒物摂取の可能性が非常に高くなる。コカインを過剰吸引して死亡した死体の場合、鼻孔の中のウジが通常より速い速度で成長する。他の部位よりも成長が異常に速い場合は薬物の可能性が考えられる。逆に殺虫剤による自殺の場合、死後経過時間に比して昆虫数が異常に少ない。
通常、性器や肛門の周辺は昆虫が集まることは多くないが、生前に性的暴行を受け出血している場合、妊娠している場合、糞尿での汚染がある場合は群生していることが多い。
一般的に、死亡後経過時間が長いほど死亡日時の確定は難しい。また、遺棄される前に何日かの間、死体が屋内にあった場合、ハエの成育状況のみから判断するのは困難になる。また毛布などによる密閉度が高い場合にも昆虫の発生が遅れる。
死後経過時間を推定するには、通常はハエ類の生育状況を見ることになるが、ウジは見た目で種類を判定するのが難しく、生育速度が気温や湿度に影響を受ける。そのため、的確に推定するためには、類似環境での生育データだけでなく、死体から採取した昆虫を成虫まで飼育することが必要になる。
実験する場合に最も良いのは人体だが、体重23-25kgの豚であれば人体とほぼ同一のデータが得られる。FBIの研究所でも豚が使用されている。
日本の場合、イエバエ類の発生は3月下旬から増加、7月に発生のピーク、8月には若干減少、秋口には再び増加。イエバエは成虫に羽化してから約1カ月間ほど生存し、雌は死ぬまでに3〜4回、1回に50〜150個の卵を産卵。卵から幼虫(ウジ)、サナギをへて成虫になるまでの日数は気温が高いほど短くなり、気温が20度の時は約20日、30度の時は約9日で成虫になる。
成長した幼虫は湿った場所から這い出し乾燥した場所で蛹(サナギ)になる。成虫は夏場には比較的涼しい場所を好む。イエバエは餌のある場所にとどまる傾向があり、風のある日には800mほど飛ぶこともある。
ウジは呼吸のための気門を2対もっており、1対は頭、もう1対は尾にある。成長段階は、初齢(first
instar)から三齢まであり、三齢になると気門の数が3個に増える。
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