たまに18歳未満の人や心臓の弱い人にはお勧めできない情報が含まれることもあるかもしれない、甘くなくて酸っぱくてしょっぱいチラシの裏。
DESKTOP.Good-Day.netのブログに時々書くLinuxとかオープンソースとかの話題を参照したり、RSSによる簡単な更新情報を利用したりすると、ハッピーになるかも知れませんしそうでないかも知れません。
なんか最近、心が荒んでると思う。人の嫌がることや不謹慎なことを言うのが愉快に思えてしまう。そんな自分が嫌だ。
ふと思ったけど、次の課題は「平面的な絵にならないようにする」ってことだろうな、と。なんか全体に渡ってハイライトとか影とか律儀に付けようとするからメリハリが無くて平坦な絵になってしまうんだな。これは拡大して部分部分を塗ることの弊害だ。openCanvasは高解像度での拡大縮小が死ぬほど重いので、余計にそれが助長されてしまう。つうかやっぱデュアルディスプレイに対応して欲しいよ……
ゆきちさんが風博士関係の名目で訪阪されるついでに座談会というか雑談会を催そうということになり、僕も休日出勤ですよ。そしてzoeさんと三人で、Macの1ボタンマウスをクソミソに貶したりディスプレイというユーザーインターフェースにおける最大のボトルネックをクソミソに貶したりFirefoxのUIをクソミソに貶したりしました。詳細はゆきちさんがレポートにまとめて下さることでしょう。
思ったのは、やっぱみんな現行のソフトウェアのUIに並々ならぬ不満を感じてるんだなあということ。そしてそれなりの考えに基づいて行動していること。でも、それがなかなか実を結ばないということ。「直感的で分かりやすいUI」を追求しすぎると「過去の経験が使えなくてまったく分からないUI」になるし、「伝統通りのUI」を作ると「直感的でないUI」になる。もう、ソフトウェアの問題っていうよりコンピューティングの問題なんでしょうね、きっと。
TBEをグダグダにした責任の一端はユーザにもあると思うよ、と言ってみるテスト。だってみんな、ちょっとずつ違った要望をあげてくるんですから。「それぞれのタブにクローズボックスがあるならタブバーのクローズボックスは不要でしょ」という人がいる一方で、「各タブとタブバーの両方に同時にクローズボックスを表示できないのはおかしい」と言う人がいたりして、その両方のニーズに応えるために余計なチェックボックスと条件分岐が増える、みたいな感じで。
……こういうことが重なってくると、僕自身が僕というユーザのためにFirefoxの細かい気に入らないとこを自力で直してるだけなのに、他のユーザの人が僕を「ユーザ」ではなく「開発者」という壇上に押しやってる、という風にすら思えてくる。いや、押しつけられたんだと言い切ることはできなくて、もちろん自ら開発者的なスタンスに立とうとしている側面も否定はできないんだけど。だからって、他のユーザの人達が彼らと僕との間に進んで壁/断絶を作ってしまうのは、それってどうなのよと思う。
ジュンク堂に行ってみたらFirefox本二冊ともすでに棚に並んでたし。インプレスのものは献本して頂けることになったのでちらっと立ち読みするだけにして、参考資料(?)として辰巳出版のものを買ってきた。そして読む。おお、まさに乗り換えのための本ですな。キーボードショートカット一覧とか拡張のピックアップ紹介とか。userContent.css/userChrome.cssにも触れてたり。Thunderbirdの解説もあるけど、ということは、Thunderbird解説書としてはこれが初になるのかな。
対するインプレスの本は、隠し設定の紹介とかに力を入れてる印象だった(「できるシリーズ」のノリなのか、「○○するにはどうすればいい?」という視点でのまとめ方)。browser.jarを展開して中身をいじる方法についても触れてたり、意外とディープですね。しかしあれで分かる人がどれだけいるんだろうか……
脈絡のない長めのつぶやき。
……で、だからどーした? 口だけ達者なこの糞厨が!自分