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●日記の内容をくれぐれも本気にしないでください。ほぼ何にも調べずに書いています。
●何を言っているのかよくわからない場合はとりあえず用語集を参照してください。
●時々同じ事を何度も書いています。心配するだけ無駄だと思うけど。
●敬称略。
●おしゃべりがどうしても治りません。
●日記を書いていないときは何も考えていません。
●リンクは御自由に(リンクを外すのも含め連絡不要です)。
●ここに書かれていることや文章の形式などはごっそりパクっても構いません。
●万一ここに書いてあることが何かの間違いでありがたく見えてしまうときは【あるわけなかろうおれカネゴン】、あなたの精神力が弱っていますので視聴を控えてください。危険です。
●もしここからリンクされると格が下がる/貫目が落ちるとお嘆きの場合はご連絡いただければ外します。
●日記インポート時のエラーがそこここに残っていたり恥ずかしくていたたまれない箇所があったりするので、折に触れて過去の日記も書き直しています。
●こんな日記を読むより、最上の日々や最尤日記や研修用資料やactive galacticの方をお勧めします。
●twitter: orekanegon
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クローンにもれなく異常が発生。この種の起動エラーはコンピュータでは「相性」の一言で片付けられることが多い。もし遺伝子がハードディスク(ストレージ)だとすれば、細胞はPCに相当するのだろうか。PCの本質がハードディスクではないように、細胞の本質は遺伝子ではないということなのかもしれない。何だか適当なこと書いてます。
ルー・テーズ死去。テーズのことを知っているとはとても言えないけれど、映画秘宝の前身「映画宝島」の「異人たちのハリウッド」になぜか掲載されていたルー・テーズの感動的な引退秘話を読んで以来、カネゴンは頭が上がらない。人格者であるテーズは、ベーブ・ルースより遥かに偉人伝にふさわしい人だと一方的に思う【スポーツ音痴のおれカネゴン】。
大道芸に公共の場を提供(←リンク間違えてました)。そうそうたるメンバーによる審査を経たライセンスが必要になるということは、以前より遙かに制限が厳しくなったように見えるのだけど、どうなのだろう。贔屓の引き倒しというか、寛容に見えて実は排除しているというか、真綿で首を絞めるというか。決められた場所以外で無免許で大道芸を演じたときにどのようにあしらわれるのだろう。米大統領とソースコードレベルで互換性のある都知事は、元祖「ホームレス襲撃」小説を書いていたような覚えがあるだけに、怖い。
色川武大が小沢昭一から引用していたのだけど、「イタの芸人」(舞台)はさらに「スナの芸人」(大道芸)を差別していたのだそうだ。スナの芸人が舞台に出ようとすると、全力で排除していたらしい。
Slashdot.jpより。任天堂を買収しようとしたマイクロソフト。「GameCubeを捨ててXboxにつけ」」という物言いがまるで戦国武将気取り。関ヶ原の合戦か。どうせなら思い切りそういう演出で会議をやればよかったと思う。かがり火を焚いて露営し、陣地に幕を張って鎧甲(当然怖い面当てを装着)を纏ったCEOがダースベイダーのテーマに乗っておもむろに登場。「将軍」とか好きだろうし。
小田島小田嶋隆にファンレターを書いたら返事が来た。ちょっと、小躍りする。
昨日、あけてくれの「モグラ獣人」にカネゴンハウスに来ていただく。いつもすみません。
(内輪ですみません)以前から、xemacsでATOK11を使っているときに、仮名漢字変換がおかしくなる(ATOKがバイパスされてしまう)現象が起きていた。たまたまHTMLの編集中に限って発生していたので、てっきりそのあたりに原因があるかと思っていたが、どうやらxemacsで複数のウィンドウを開いて同じ一つのファイルを編集すると発生することにさっき気付く。おそらくiiimecf(ATOKとxemacsをつなぐソフト)のインスタンスが一つしか生成されておらず、一方でATOKを日本語に切り替えたままの状態で別ウィンドウで同じファイルを開いたためにファイルがロックされていたのだ。わかってしまえばどうということもない。emacsはもともとコマンドラインベースのエディタなので、xemacsになってもマルチウィンドウに対応しきれない部分があるのだろう。ファイルを決して直接開かず、コピーを作成してから開くのがunixの流儀なので、通常は問題が発生しないのだけど、iiimecfはその辺の振る舞いが今ひとつのようだ。
昨日の見解に基づき、今後「引きこもり」を「ロマンチックが止まらない」と表すことにする【過去を美化するおれカネゴン】。
葛原兄の「高校の人たち」という、ちょっと類を見ないぐらい見事な毒を含んだ傑作四コマ漫画があった(本人のページは閉鎖されていたのが残念)。そのあとがきで、「ボケ老人」にかわる言葉を募集するという新聞記事について触れられていた。その中でも「
おとぼけ老人」というのがカネゴンかなり気に入っている。プレフィックス一つでここまで言葉のニュアンスが変わるのは、「居眠り狂四郎」以来。
ちばてつや紫綬褒章受章。この賞を受賞するということは、老人の仲間入りという証だったりして。創刊間もないモーニングに連載された「男たち」という隠れた傑作がある。舞台となる北千住と登場人物が、当時その近くで住み込みで新聞配達をしていたカネゴンにとっていやというほど身近に感じられた。この漫画に登場する人たちに匹敵する癖の強い人たちが、現実にカネゴンとともに新聞を配っていた。上のリンクにも書いてあるが、どうして2巻で終わってしまったのかが解せないほどのぶち切られ方。
手塚治虫の漫画入門に、「ちばてつやさんは『あしたのジョー』で大儲けしたって本当ですか?」と開口一番に尋ねるアシスタントを怒鳴るシーンがあった。それは手塚治虫でなくても怒るだろう。光文社カッパブックスのこの漫画入門は、途中原稿の色指定の話が延々続き、途中でこれはいかんと思い直して、おかあさんが子供に描いてあげるまんがの書き方に切り替わるという怪作。よほど忙しかったのだろうと想像をたくましくしてしまうほどの一貫性のなさ。
新聞配達の頃:
住み込みの大人の大半が、創価学会員だった(配ってたのは朝日)。しかし学生の自分たちの将来に配慮してか、勧誘されることはなかった。その代わり、聖教新聞を配ってた別の販売所の販売員が、写真専門学校に通っていたKくんをしつこく誘い、「どうせ幽霊会員だろ」と承諾した翌日に巨大な仏壇が3畳間の住み込み部屋にドーンと届けられ、Kくんは配達中に販売員とストリートファイトに及ぶ(以前も書きました)。
学生はカネゴンの他にそのKくんとアニメ専門学校に通うOくん、後は女の子が2人。OくんよりもKくんの方が圧倒的に漫画がうまかったのがおかしかった。その代わりOくんはビートルズマニアで、貴重なレア版をいろいろ聴かせてもらった。Kくんはバイク好きで、月刊オートバイの「俺は天下のクラッシャーマン」(事故った瞬間の写真投稿コーナー)を見せてもらい、カネゴン笑い転げる。
Kくんがファミコンを購入。しかしTVがない。カネゴンが近所でTVを拾ってきてつなぐが、電子ビームの三原色のうち青が壊れているらしく、かなり変な映り。当時のカネゴンはいろいろクソゲーをつかんだ。このTVで最初のドラクエIをやり、しまいには販売所の大半が3畳間に押し掛けて盛り上がる。終了したのがカネゴンが受験する朝で、一同感動に打ち震えるも当然受験には失敗。
カネゴンが激安ビデオデッキを購入し、同じTVでアダルトビデオを皆で視聴するようになる。しかしカネゴンはアダルトビデオの動向に暗く、借りても借りても外しまくり、いやになる。当時借りた「日本拷問史」は本当にひどかった。アダルトビデオに詳しい人が借りたものを見せてもらう方が遙かに効率がよいことを知り、以後自分ではビデオを借りなくなった【金も払わずおれカネゴン】。
店長は伊武雅刀にそっくりで顔色が悪く、番頭さんは巨人の堀内みたいな顔でとてもいい人。彼女が創価学会で、結婚に踏み切れず悩んでいた。一番年かさのおじいさんは小指がなかった。加藤茶に似た人はとてもおとなしく、他に慶応卒の人もいた。後から入った痩せた中年の人は、まるでつげ義春の漫画に出てくるようなうらぶれた感じで、当時のカネゴンは「自分もこういう風になってしまうのではないか」と密かに恐怖していた。
トラックの運転手だったTさんは、本当にちばてつやの「男たち」に出てきそうな偉丈夫で、本名を偽っていた。喧嘩がこじれて縛り上げられ、相手のマンションに監禁された話をしてくれた。カネゴンが電気工作が好きと聞いて、CB無線を改造してくれとしつこくせがまれる。カネゴンにはそこまでの技量もなく、無線の改造が違法と知っていたので断るのに往生する。カネゴンに「学会の女と結婚するもんじゃないよ」と語ったこともあった。
住宅機器のセールスマンだったMさんは一番陽気な人で、当時の豪華な暮らしをいろいろ話して聞かせてくれた。銀座で毎晩100万円をばらまきながら豪遊していたらしい。しきりに「3Pはいいよー」と話し、カネゴン困り果てる。
近所の別の朝日の販売員だった学生は、妙にカネゴンと姿形が似ていたが、あるとき配達中に「今日痴漢してきちゃった、へへへ」と明るく語り、カネゴン返答につまる。
以前日記に書いたかもしれない。あるとき、やめさせられた元店員がバットを持って「店長を一発殴らせろ」と押し掛けてきた。上で昼寝していたカネゴンは、下の騒ぎで目を覚ますも駆けつけたときには取り押さえ完了していた。
途中から入ってきた陽気なおじさん(またすぐいなくなってしまったけど)は、缶入り飲料の自動販売機の「目押し」が神業的にうまく、見ている目の前で100円のみを投入して次々に缶コーヒーを出し、カネゴンたちにおごってくれた。当時の当たりくじつき自動販売機は牧歌的で、こういう目押しが実際に可能だった。このおじさんの活躍が原因か、その後あっという間に目押し不可能な自動販売機のみになってしまった。
拡張員は販売店とはまったく別の系列で、恐ろしく下品な人が多かった。断られたときに相手の玄関に小便を撒きちらすのが半ば習慣化し、カネゴンは何度となく代わりに謝りにいくはめになる。系列が分かれているのはトラブル時に新聞社と販売店がしらを切るためだということを知る。問題を起こしても、すぐ別の拡張会社に移ってしまい、決して改善されることはないのだそうだ。一人若い拡張員がいて、甘いマスクと話術で主婦にもて、月に数日拡張するだけで70万ほど稼いで残りの日はパチンコをしていたという。拡張員が取ってくる物件には問題が多く、三文判を買っては架空の契約書をでっち上げることもしばしば。おかげでカネゴンは何度となく空き家に配達し続けては集金時にのけぞるはめになる。
他の学生は全員バイクで配達していたが、カネゴンは無免許のため一番広いエリア(足立区は畑が多い)を自転車で配っていた。ある雨の日の夕方、空き地で水たまりに車輪を取られてこけ、新聞を見事水たまりにぶちまけてしまう。まるで「どっこい大作」のワンシーンだが、当人はたまったものではない。やけくそでそのまま泥だらけの新聞を配達するが不思議に一件も苦情が来なかった。
Slashdot.jpより。plan9がバージョン9に。カネゴンにとってはある意味mozillaが1.0になったことよりうれしい。変更が大きいので過去との互換性が取れないのだそうだけど、構うことはない、どうせ我が道を行くで互換性よりも面白いことを重視して欲しい。
日記に少しは季節感を導入せねば。
近所にやけに歌のうまいウグイスがいるらしく、朝6時にその声で叩き起こされる。カネゴンハウスの周辺は静かなので、声が意外によく響く。実に春らしい。合間にカラスがガーガーと合いの手を入れる。そろそろカラスの子供が大きくなる時期なので神経質になっているのだろうか【どこが季節かおれカネゴン】。
ミシェル・ルグランを聴くたびにあまりの素晴らしさに泣きそうになる。ルグランの音楽はなぜか冨田勲と極めて似ている。片やフランス音楽の権化、片やフランス音楽にあこがれ続けている両者が似ていることは不思議ではないのかもしれない。どちらもラヴェルの弟子みたいなものだし。特に、聴いていて頬を赤らめてしまうような小っ恥ずかしさのある人声(コーラス)の使い方が、本当にどきっとするぐらい似ている。
昔JazzLifeか何かで読んだミシェル・ルグランのインタビューによると、ルグランの音楽はフランスでは全然相手にされていないのだそうだ。糠味噌のようにあまりに身近すぎて、有り難みを感じられないのかもしれない。日本なら、浮世絵や人造人間キカイダーのように海外で誉められるとたちまち逆輸入されるところだろうけど、フランス人のプライドがそれを許さないのだろうか。
その冨田勲は、先年リリースされたジャングル大帝の復刻サントラが気に入らず、回収してしまったらしい。ラヴェルはさすがに亡き王女のためのパヴァーヌを回収はしなかったみたいだけど。
本当かどうか知らないけど、フランスでは音大を出ていないと職業的音楽家になってはいけないという話を聞いたことがある。素人が大量に参入することで音楽が安くなることを防ぐのが狙いなのかもしれないけど、同時に活力も失ってしまいそう。
「ロマンチック」とは、もともと「現実離れした」「非現実的な」という意味らしい。そうとわかると、がぜん否定的な意味を帯びてくる。「ロマンチックな人」というのは「現実に向かい合うことのできないどうしょうもない人」ということになるのか【あんたのことかおれカネゴン】。どんな言葉でも皮肉な使い方ができるような気がしてきた。
流星に水が含まれている。ということは、水を大量に保有する惑星は宇宙でざらにあると考える方が自然になる。生命は宇宙でも意外にありふれた現象なのかもしれない。
田中ニュースの新作、再び植民地にされるフィリピン。言うまでもなく、これはレインボーマンの主要なテーマの一つでもある。川内康範いわく「アメリカであろうとスペインであろうと、直接支配は行わず、タイ人などを傀儡にしたてて後ろから支配した。死ね死ね団のリーダーはフィリピン人だけど、それを後ろからあやつる存在をドラマでもそれとなく匂わせたつもりだ。」
こんなことを書くのも気が引けるけど、善意に勝る破壊力のある感情は存在しないのではないかという気がしてきた【睡眠不足かおれカネゴン】。悪意でも恨みでも悲しみでも、そういう気持ちを伸び伸びと発現させる人はたぶんいない。こういう気持ちには必ず後ろめたさがつきまとって、それが抑止力になる。でも善意がベースになっていると、それを抑止する仕組みがキリスト教に備わっていないため、いくらでも過剰になることができてしまう。贔屓の引き倒しというか、相手を無知と決めてかかって一方的に英会話や資本主義を啓蒙したり札束をばらまいたりすることができてしまうのは、善意がベースになっているからかもしれない。これはかなり大きなバッファ・オーバーフローのセキュリティホールである可能性がある。
限界は微分。どういうことなのかまたしても考えされられる。世の中謎だらけ【ここが限度かおれカネゴン】この人の、まるでメモみたいな他の雑文集もそこはかとなく面白い。引用させてください。
数学のテキストは,コメントのないプログラムのようなもので,大抵はスパゲティだし,バグも必ずある.以上を覚悟した上で,最初はインタープリタのように,二度目はコンパイラのように読むべし.
名言だと思う。
今読んでいるワンダーズ・オブ・ナンバーズという本で、女生徒が教授に「この問題を解いたら何をくれるの?」と聞き返し、教授がうれしそうに何かをくれる約束をする描写があり、目を疑う。こんなことではユークリッドに500円玉を力いっぱい投げつけられても仕方がない。彼の国は、骨の髄までクリスマスプレゼントにやられてしまっているらしい。
カネゴンはオバケのQ太郎並に犬が怖い。正確には、犬が吠えるのが怖い。犬そのものは嫌いではないし、むしろ好きな部類に入ると思うのだけど、鎖につながれていない、体格のいい犬のドスの効いた吠え声を聞くとあっという間に平常心を失ってしまう。
カネゴンが卵(幼稚園)の頃、住んでいたマンションの1Fの庭に飼われていた獰猛な犬がいた。カネゴンは無分別にも上から小石を落としたりして、常に犬を怒らせていた。ある日外から帰ってきて、マンションの階段を上ってからふと後ろを振り向くと、その犬が後ろにいた。しかも鎖につながれていない。プリンスメロンのように真っ青になったカネゴンが、そおっと階段を上ろうとしたところ、途端に「ウワンワンワンワン」とこっちに向かってきた。その後どうやってやりすごしたのかよく覚えていないが、あれ以来犬の吠え声がトラウマとして結晶化し今日に至る。
昨日の小田島小田嶋隆の日記を見て思ったのだけど、中原中也とか谷川俊太郎とか岩谷宏(ん?)とか詩の心得のある人はなぜか総じて翻訳がうまい。訳が忠実かどうかは知らないけど、妙に核心を捉えた日本語を見つけるのがうまいというか。山形浩生がちょうど逆のタイプで、あくまで散文で口語で原文のニュアンスに忠実。カネゴンは詩の不心得者につき、そんなアクロバットみたいなことはできそうにない。そもそも歌を聴いても歌詞が耳に入ってこないのが痛い。言葉といえば目から飛び込んで手から出ていくということに慣れすぎてしまったせいだろうか。嗚呼。
アフガンで米軍が現金を空中散布。これを見てもわかるとおり、彼の者らは明確に「クリスマスプレゼント」を戦略兵器として捉えている。これは逆に考えれば、この戦略が最もよく効いてしまうのは彼ら自身に対してということになる。ハコ下70000点の状況からからダブル役満を直撃するには、この辺を逆手に取るのがよいと思う。もういくつ寝るとスーパーKが大量発生するだろうか【覚悟はよいかおれカネゴン】。
また日付を間違えていた。
大切な書類をなくす先生急増。またしてもカネゴン生きる希望が湧いてくる。
クジラを獲らないと鯖が絶滅する。鯖はカネゴンの主食につき、そうなっては困る。彼の者らの薄っぺらなムード主導の捕鯨禁止には、クリスマスに匹敵するこんな戦略があったらしい。やはり「pitiful」を連発する者を信用してはいけないということか。しかも「pitiful」が不誠実な言葉であることを知ってて言っている。札束を空中から散布するのと同じく、善意から出ているところが始末に悪い。インシアッラー。
カネゴンがつまらんことを書かなくても、小田島小田嶋隆の日記で完璧に表現されている。
世界山本明会オフィシャルページ。目玉ページはやはり宇宙戦艦ヤマトの山本明。
男性が主夫になると早死にするらしい。ハウスキーピングが本質的に大変なのかそれとも単に不慣れでストレスが倍増しているのか。結果次第では世界が真っ二つに分かれて最終戦争になる可能性がある。たぶん後者だと思う。サッカー選手に重量挙げをさせるようなものかもしれない。
4/16の日記に書いた「特殊なキーボード アタッチメント」について、巨大フジ隊員の知人のIsana(リンクも名前も間違ってたみたいです。すみません)さんからタレコミをいただく。「Rapian」が正解でした。まっことありがたいことです。
今ではホールトーンというどちらかというとそっけない名前に変わったらしい。Rapianだとレイプを連想させてしまうのだろうか。
そのRapianが出た当時、こういう群論みたいな対称性の高いものが大好きなカネゴンは店頭でものすごく考えた上で購入をあきらめた。やはり普通のキーボードが弾けなくなってしまうのは痛い。ついでに言うと、Rapianでグリッサンドすると普通のキーボードの数倍痛い。Googleで検索して3件しか出なかったのが涙を誘う。ギターならまだしも、巨匠のようにピアノを運搬してもらえないカネゴンには完全に不向き【持っとらんだろおれカネゴン】。
かのTRONプロジェクトが開始されたとき、TRONキーボードに激しい拒絶反応が出たことを覚えている。あのせいでB-TRONが成功しなかったとよく言われていたけど、本当のところ開発者を惹きつけることに失敗したのが敗因だったのかもしれない(貿易摩擦で米国につぶされたという理不尽な仕打ちもあったけど)。かように、インターフェイスの変更は痛みを伴う改革になるということか。
そう言えばカネゴンも職場で使用している某社のNatural Keyboardはどう見てもTRONキーボードそのまんまだけど、スーパー301条の結果がこれとは。「自由競争」とは勝者がその場でルールを作りながら一方的に進める麻雀みたいなものだろうか。
そう言えば、Allan Holdsworthが「Atavacron」というアルバムで弾いていた極めつけの変なギターシンセSynthAxe(シンタックスと読む)も、その後弾いている人を見かけていない。フレットが完全に等間隔というのは相当アレだと思うのですが、どうでしょう。
今見ると、ジャケが相当ダサい。
小田島小田嶋隆の日記に打ちのめされる。翻訳業界はこれを読んで泣くべし。
読んでた本に「"pity" や "pitiful" という言葉は表面的で不誠実な感じがするので英文ライティングに使うべきではない」という記述があった。ビジネス文書で「かわいそう」という言葉を使う人は確かにいそうにないことから、これは英語の問題ではなさそう。そう言われると使ってみたくなってしまう【事故の元だぞおれカネゴン】。
この度は、かわいそうなお客様に大変失礼なことをしでかしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
名著と評判の高いフェルマーの最終定理(サイモン・シン著)を今頃になって読み中。早くもヒデキ指数がもらい泣き。噂通り文章も翻訳も素晴らしく、難易度を一貫して保つ原著者の力量に恐れ入る。何より泣ける話になっている【そこが好きだろおれカネゴン】。近松賞を授与したい気持ち。
このパラグラフについて、おなじみseed氏からタレコミをいただくが、返事を出したら滞留したあげく戻ってきてしまった。社内のファイアウォール変更のへまの可能性があるが、下手に突っ込むと藪蛇なので黙っていよう【そんなことではおれカネゴン】。
運気というかめぐり合わせというか、何かちぐはぐな感じ。大人しくしなければ【迷信だらけのおれカネゴン】。
不揮発性メモリはいつ登場するか。カネゴンもずっと待っている。これ以外にも現行の技術のいいとこどりをするだけでも、かなりいいコンピュータができるのではないだろうか。以下の技術を大胆に一つにしてしまう豪胆なメーカーはいないか。少しずつの進歩ではその間に地球があったまってしまう。ラオウが地上に現れる前にやっておかないと。
他にもいくらでもありそうなものだ。こうなってくると、特許というものが邪魔にしかならないことがわかってくる。嗚呼じれったい。
しかしもう一つ乗り越えないといけない壁がある。現行のPCが「CPUを強力なものにする(クロックアップ)以外に有効なスピードアップの手段がない(I/O強化もあるにはあるけど)」「古いソフトがあっという間に使えなくなる」という問題。これを乗り越えるには、パワーアップを「買い換える」のではなく「買い足す」にシフトする必要がある。結局分散コンピューティングということになるのだけど、狭いマザーボードの上でそれをやっていたのでは埒があかない。
カネゴンが妄想するのは、何と言うか、本を買い足すようにCPU(+不揮発メモリ+小型ストレージ)または周辺機能の増設ができるPCとインターフェイス。CPU+不揮発メモリ+小型ストレージが一つの単位となって、CORBAかSOAPのみで互いに結び付けられるというイメージ。肝心なのは、ストレージ上のソフトやCPUが古くなっても、ぶっ壊れるまでそのまま使いつづけられるということ。そしてもちろん、本を買い足すようにプロセッサ単位を追加購入することでパワーアップできるということ。今のアーキテクチャのままでこれをやろうとしたら、消費電力が莫大になってしまって冬に暖房がいらなくなってしまう。そのためにも上述の技術に早く登場してほしい【言うのは楽ぞおれカネゴン】。ぼやぼやしていると昆虫の方が先に分散コンピューティングを完成させてしまうかもしれない。
カネゴンは、ある程度であればCPU資源の割り当ては人間がやってもいいのではないかと思う。OS 任せにしかできないと、結局「このアプリケーション、もっと速くなんないの?」に対応できない。アプリケーションを速くするためにコンピュータ全体を速くするのは、何だかサッカー選手をムキムキのマッチョにしてしまうような無駄を感じる。
TOEICの結果は、何と前回とほとんど同じ。ゴッドシスターの教えがなければさらに100点は低かったということかもしれない。カネゴン深く深く反省。eigozai.comで勉強しなおします。
Slashdot.jpより。「AKIRA」が実写化。問題は製作がジョン・ピーターズということかもしれない。初期の映画秘宝によると、美容師からプロデューサーにのし上がった彼は、名プロデューサーと勘違いしたソニー映画から大金を巻き上げ、あげくの果てにソニー映画をこけさせた張本人だったりするらしい。その後も「ジョン・ピーターズ製作の映画は要注意」のかけ声を何度も見かけるぐらい秘宝では定着している。さすが百鬼夜行な映画業界。
これまたSlashdot.jpより、肉の味する食用細菌。キノコのようでキノコでないらしい。実際のところ製造コストはどうなのだろう。納豆並に安いのであれば世界の食糧事情を一変させる(=人口爆発を起こす)可能性があるかもしれないけど、手間暇をかけないと育ってくれないような口のおごった菌だったら従来の肉の製造と大して変わりないかもしれない。大食い番組でこれを食材に使用したら降りる挑戦者が続出しそう。
小田島小田嶋隆の日記が突然大量に更新された。2ちゃんねるへの耽溺が半端でないのが少々心配。
少しやせた。79kgから75kg。しかしこのデジタル体重計、最近+-10kgも激しく揺れるようになってきた。信用していいのだろうか、この数値。
カネゴンの知る限り、日本で最初に「引きこもり」を扱った漫画は藤子不二雄Aのそれだったはず。立ち読みで済ませたのでタイトルは思い出せないが、確か「不思議町怪奇通り」に収録されていたので、この「明日は日曜日そしてまた明後日も」だったと思う。主人公(当然引きこもる)が岡田斗司夫に激似なのは偶然にしてご愛敬。Aはいつも変な分野でパイオニアだと思う。
繭(高校生)の頃のカネゴンは、今で言う引きこもりそのものの状態だった。当時はそんな言葉はなかったけど、なくて本当に良かったと思う。言葉または概念が作られると、それを後追いするようにその患者が増える逆転現象は精神医学でしばしば見いだされる。そんな流行に乗せられるのはあんまりだ。本人にしてみても、そういう言葉があると自分を位置づけやすくて逆に安心してしまうからだろう。カネゴンに病名は与えられなかったのは本当に幸いだった(当時は医者の怠慢だと思っていた)けど、医者がそこまで考えていたかどうかは今となっては定かではない。
当時はとにかく表に出ることができない状態で(今思えば単なる自意識過剰)、東海林さだおがエッセイで「顔では苦労してきた。このままでは表に出られないとすら思ったことがある」と書いていたのが当時のカネゴンにとってものすごく痛かった。結局、そんな状態で辛くも合格した国立大を一方的に蹴って、1年間住み込みで新聞配達をしながら予備校に通うことにした。仕事として他人に顔を合わせずにはいられない状態を強引に作って、なおかつ実家から遠く離れた東京/埼玉県境に住み込みすることで退路を断ったつもりだった。結局一人でいる安心より、「このまま行ったらどうなってしまうのだろう」という恐怖の方が勝っただけかもしれない。当時は「これさえ治ってくれれば、もう他に何も欲しいものはない」と真剣に願っていた。対人恐怖が治るにはさらに数年を要したのだけど、それだけ注力してもこの程度のカネゴンにつき、もう少しましな方法はなかったかと未だに思う。周りにも迷惑をかけっぱなしだし。そんなこんなで、繭の頃のカネゴンはろくすっぽ数学を学ぶことができず、その方が今となっては痛恨【思い出話のおれカネゴン】。
結城さんの日記で紹介されていた世界征服.com。
考えてみれば、世界征服というのも以前と比べてかなり割の合わない仕事になってきた【誰の立場でおれカネゴン】。たとえ一時的に征服することはできても、それを維持することの方が遙かに困難だ。何だか、建てるだけ建てて誰もメンテナンスしてくれない安いLinuxサーバーみたい。実際、大国はここ十数年どんどん植民地を手放さざるを得なくなっている。征服後のメンテナンスの困難さは、またしても「God Save the すげこまくん」という漫画にあった台詞「そんなふうに征服しちゃって、全世界の子供たちに「予防注射のすすめ」や「入学のしおり」とかちゃんと出せるの?大変ねえ、先生応援しちゃう!」(←うろ覚え)に端的に現れている。
今はもっぱら、征服よりも「物を買ってもらう」「株式市場を開いてもらう」ことの方が主力なのかもしれない。征服される相手に気付かれないよう、一見正当な手段で買い取る方が、しかも物理的な実体より権利とかライセンスを売り買いする方が遙かに便利だ。最近の征服は以前に比べるとかなり逃げ上手になっているので、拳を振り上げる相手がなかなか見つからない。漫画で勧善懲悪が衰退したのは、意外に現実の後追いだったのかもしれない。
一日泥のように眠る。休みを取らないでいるとかなりこたえることを知る。
初めて仕事で失敗。ファイルが1行消えていた。確かに自分のPCで起きたのだけど、覚えがない。トイレに行っている間に猫がキーボードに飛び乗ったのだろうか【人のせいとはおれカネゴン】。
水曜日に、M1号、および巨大フジ隊員が参加するさる芝居を見に行く(猿芝居にあらず)。舞台ではよーこさんも活躍。どうもこの観劇中に腰を痛めたらしい。ちょうど最終日の前日ということもあり、打ち上げにお相伴させていただく(最終日は片づけで酒を呑む暇はないらしい)。ありがたいことです。よーこさんによると、カネゴンも参加させていただいたあなんじゅぱすのライブCDが完成したとのこと。おめでとうございます。なぜか大量の女子高校生が打ち上げの場にいて、しばしカネゴンは話もそこそこに鼻の穴を最大限広げて匂いを嗅ぎまくる。
舞台の上からじいっと見下ろす神々は(お面をつけていたけど)明らかに人間の所業に怒っていた。しかしカネゴンとしては、ハヌマーンのような「絶対人間の言うことなど聞いてくれそうにない」神の方がまだリアリティがある。
上記の最後のリンクにある「次へ」は是非クリックしてみてください。カネゴンはハヌマーンは間違いなくウルトラ兄弟のインスタンスであると本気で信じている。マリア観音の如く、神ですらローカライズしないと新たな神を導入することはできない【まだ言うかおれカネゴン】。マクドナルドやディズニーのように「どこでも同じ」(グローバル化)という方が謙虚さが足りないと言うか厚かましい感じがする。
色川武大のユーモア短編「今晩わ幽霊です」(「明日泣く」に収録)を久々に読み返す。この爆笑インチキ時代劇は、実は落語の「あたま山」と同じく絶対に映像化不可能なことに気付き、さらに痛快さを増す。カネゴンの中では「映像化=安っぽくすること」と一方的に再定義される【安っぽいのはおれカネゴン】。
かなり昔、吾妻ひでおの表紙絵に惹かれて堀晃の「マッドサイエンス入門」を買った(例によって手元にない)。昨今の猪口才なトンデモ叩き本や特撮科学解説本など相手にならないぐらい面白かった。作中、Galaxy誌("Anarog"誌とのツッコミをいただきました)から引用したと称した「Ditch Sunshine の小説」のあらすじがこれまた面白かったが、Ditch Sunshine が「堀晃」のもじりということに気付いたのは随分後だった。正直、短編として十分成立するほどのアイディアとストーリーを、エッセイの中で惜しげもなく消費してしまっていることに驚かされたのだけど、堀晃にとっては普通に短編に仕上げることよりもこういう形の方が性に合っているのかもしれない。特撮科学パロディ解説の最高傑作の誉れも高いラリイ・ニーブンの「スーパーマンの子孫存続に関する科学的考察」のこともこの本で知った。
マッドサイエンス入門の中でも好きな話: アポロ宇宙船が月に着陸したとき、堀晃は職場のTVでNHKを見ていたのだけど、そのNHKの解説が盛り下がることおびただしかったという。着陸した瞬間ですら「
...何か、一言欲しいですね」ぐらいしかなかったらしい。対照的に民放は大変な盛り上がりようで「やった!!やりました!!人類の偉業達成です!!」とやかましかったらしい。堀晃も「民放の方がTVのあり方として正解だった。当たり前のことを面白そうに見せる、これがTVの本質なのだろう」と的確なコメント。
青色LEDに国家規模の言いがかり。以前日記に書いたような気がするのだけど、まさか本当にやるとは【どこが予言だおれカネゴン】。
先月の日記で、矢口高雄に「好きでしたよ、魚紳さん」と話しかける秋篠宮殿下のことを書いたが、これがつのだじろうだったら「好きでしたよ、百太郎」とか話しかけることはパブリックイメージ上絶対にできないだろう。藤子不二雄Aに「真似しましたよ、魔太郎」も不可能。皇室に生まれていなくてよかったとカネゴンが思えた瞬間。
わいせつサイトは .prnに。これはコンテンツのフィルタリングが断然楽になるので、子供を持つ親および企業ネットワークの管理者にとってはありがたい話。このぐらいで言論の自由に抵触するとも思えない。
昔から不思議なのだけど、「言論の自由」はあっても「言論の義務」がないのはシステム構築上セキュリティホールになっているのではないだろうか。
光るギター。鍵盤が光るポータサウンドならカネゴンも持ってます。音楽をやらない人向けもいいけど、思い切りプロ仕様かつ精緻な象嵌や漆塗りを施したプレミアムバージョンを作って欲しい。安っちいのはもう飽きた【大きく出るぞなおれカネゴン】。
WorldLanguage。世界数十カ国のゲームやPDAや映画などを一望できる(おそらく)教育市場向けサイト。買い物サイトだけど、資料的価値も極めて高い。「Ultimate Language Store」と名乗るだけのことはある。愛用決定。
心臓が痛い。
ハリポタ真似て毒物混入。その昔にも曽根崎心中のおかげで心中が大流行したことがあった。ブルース・リーの映画を見て真似したくならない方がどうかしているように、何をどう表現しようと死人を0にすることはできそうにない。心配するだけ無駄なのだろうか。
その一方で、スターウォーズが大流行しても、悪の帝国を倒しに行くことは流行らなかったらしい。未来少年コナンが流行ってもインダストリアを倒すことは流行らなかった。流行は難しい。
助けてー。
また腰を痛めた。ううう。
今日はこれだけ。ヨーロッパで世界最大のアリの巣発見。種が異なっている巣がつながっているにもかかわらず喧嘩しないという不思議。まさにインターネットワーキングとはこのことか。
人間以外の生物の間でも、巨大な情報ネットワークを作るのが密かなブームなのかもしれない【見てきたようなおれカネゴン】。人間とは知性のあり方が異なっていても、このような情報ネットワークを形成することによって、いろんな意味で他の種に対して優位に立てるということは容易に想像がつく。となると、元からそれっぽい(個体差が小さくて「ノード」っぽい)昆虫軍が俄然有利になってくる。人間の大脳の処理能力は電気を使用しているということよりも「並列」処理が行われていることにある。とすれば、巣でも蜘蛛糸でも何でも手近な材料を使用して、個体を越えたコロニーで大脳に相当するものを昆虫がつい形成してしまうなんてことがないとどうして言えるだろう。逆に言えば、昆虫を改造して演算素子とし、密集恐怖症の人が腰を抜かすぐらいびっしり集めてみれば案外あっさり知能を持ってしまったりして。
人間が後押ししようとしまいと、人間が環境を損なおうとそうでなかろうと、一旦獲得した強力な手段を今更昆虫軍が手放してくれるとは思えない。ギドロンはこんな感じで形成されるのではないだろうか。南無阿弥陀仏。
昨日のショウジョウバエネットワークモデルについて、おなじみゲルベゾル太氏より「理論で煙に巻いた、よくあるハッタリの可能性が高いです」「マクロではうまくいっても、肝心な個別の通信がいい加減になる可能性が高い」とのコメント。ありがたいことです。さすが餅は餅屋、葬式は葬儀屋。
そして反応拡散系についての解説ページを教えていただく。ごく基本的な微分方程式と行列で表されているのだけど、その内容の素晴らしさにヒデキ指数が一気にアップ。生物学がアラン・チューリングの数学との接点を持っていたということを始めて知る。時間のあるときにJavaアプレットによる反応拡散系を動かしてみたい。こんな凄いページを気軽に読めるなんて、本当にいい時代。
戦闘用ロボットの開発。今こそ全力を挙げてこのロボットをハックすべし。自律型戦闘用ロボットは、たとえどのようなものを作ろうと、むしろ戦う相手を利するだけだと思う。何しろ攻撃対象がこれ以上ないぐらい絞られてくるのだから、誰も正面切って戦いを挑んだりしないだろう。鉄人28号からファントム・メナスまで、コントローラを奪われて壊滅的な打撃を喰らう話は枚挙に暇がない。たとえ自律型であっても、どこかで指令を受信しないわけにはいかない以上、攻めようはいくらでもあるはず。特に人質とかゲリラ戦、ブラックホーク・ダウンでソマリア兵が使ったような相手の予想を覆すような攻撃(民間人を前方に立たせて後ろの隙間から相手を撃つなど)が効果的。
そしてまったく私事ながら、おれカネゴンは6月末に結婚することと相成りました。恐れを知らぬこの所業に、果たしてどのような運命が待ち受けているのであろうか。乞うご期待【何をしでかすおれカネゴン】【しっかりせえよおれカネゴン】。
教えて欲しい。80年代半ばに突如楽器屋の店頭に現れて、何時の間にか消えてしまった特殊なキーボード アタッチメントの名前を。
その特殊な器具は、ピアノやシンセを問わず装着(鍵盤に貼り付ける)することができる。それをつけた姿は思わず絶句するほどの異形な姿となる。何しろ一つの鍵盤に打鍵面が3つもつき、まるで横長のパソコン用キーボードのようになる。そして黒鍵と白鍵盤の区別がなくなり、自由自在に転調して弾ける(その代わり、印をつけておかないと、どこがCのキーだかわからなくなってしまう)。極めつけは、和音でグリッサンドできるというものだ。このアタッチメントの名前がどうしても思い出せない。教えて。
ごはんが ごはんが すすむくん」
Slashdot.jpでも盛り上がった不滅のサンドイッチ。
巻上公一は、以前「不滅の命が欲しい」と公言し、歌の歌詞にまで歌いこんでいた。不滅の命とは果たして何なのか、カネゴンはこれっぽっちも考えないまま真似して歌っていたことに気が付いた。嗚呼。
まだ自分では見ていないのだけど、驚異の真空凍結乾燥圧縮野菜が最近 CM でオンエアされているらしいと聞いた。見た目には小さな石鹸か大きめの消しゴムみたいな形なのが、味噌汁に放り込むとたちまちブロッコリー1/2株並にまで戻るのだという。ショスタコビッチ一郎太のセリフ「そっちのほうが、ミラクルすげー」はこういうときのためのものだろう。
日記を一部上書きしてしまったことにたった今気付く。嗚呼。
龍さんの日記を見て、頭音が「一週間のうた」(ロシア民謡)に変わる。どうしてこんなに物悲しいメロディーなのだろう。
色川武大は子供のとき「村の鍛冶屋」の歌が大嫌いだったのだそうだ。「しばしも やすまず つちうつ ひびき」という歌詞に触れ、「大人になったらこんなつらいことばかり毎日繰り返すのか」と息が詰まりそうになったという。骨の髄まで怠け者だったらしい。
ブリジストンが開発した新素材電子粉流体。エクセレント。シュプリーム。ヒデキ指数(検定済み)=200に到達。この凄さは、新素材それ自体よりも概念そのものが新しいことにある。おそらく、代数(解析)に多大な影響を与えると考えられる。粉体を解析するのは誰だ【先走るなよおれカネゴン】【とっくに誰かがおれカネゴン】。この技術は、表示装置などというちっぽけなものにおさまる器ではない。どこに飛び火するかが楽しみ。(超合金Zみたいな)悪の組織に狙われる技術第一位に一方的に認定。未来の世界は、思っていたより粉っぽいらしい。
別冊宝島か何かの古本で、70年初頭の女性の雇用について書かれているものを見かけた。当時の女子社員は現在よりさらに低いレベルで苦しんでいたことがうかがえる。その一方、当時は「セクハラ」という言葉はなかったわけだけど、その概念すら存在していなかったことを確認。言葉が生まれて初めて概念も生まれるということでいいのだろうか。
仕事と何の関係もないのだけど、「〓ときたもんだ」という言い回しを英語で言うとどんなふうになるのだろう。どんな深刻なセリフであっても、その後ろに「〓ときたもんだ」をつけるとすべて台無しになってしまうことがドクター秩父山という漫画でまざまざと示されていたというだけのことなのですが。この軽さ、情けなさを表すにふさわしい表現があるはず【仕事せんかおれカネゴン】。
ショウジョウバエの細胞の発達をモデルにした電話ネットワーク。ゾル太氏をはじめ、カネゴンの周りに詳しそうな人が多そうなテーマ。制御をプログラミングするのでなく、自立的に発達させることについて懸念が表明されているのが興味深い。実は強者としてのハッカーにとって、自分のコントロールを離れてシステムが動き出すことはかなりの恐怖感を伴うものなのではないだろうか。制作者にとっては、ある種神様ごっこができて楽しいことこの上ないと思うけど。
朝一番に職場のPCを起動すると、いきなり日本語入力(IME)が死んでいた。ものすごい勢いで上書き再インストールし、やっと直る。
i-modeを悪用した詐欺。続々と類似の犯行が行われること間違いなし。世の人々が全知全能をそそぎ込んでこの犯罪を後追いするだろう。銀行の口座に「私はi-modeバンキングを決して使用しません」というフラグを立てて欲しい【貯金もないのにおれカネゴン】。なまじ他の国より先行しているサービスだけに、世界各国の食い詰め者がここぞとばかり日本で他人の口座を開いて帰るだろう。外国人だとバレやすいので、それを秘密裏に代行する新手の商売(または詐欺)までできたりして。かくして貨幣は流動する。プロレタリアート階級万歳。
70年初頭から中盤のどこかで流行った、シンセサイザーのインスト音楽があった。それも矩形波と露骨なフィルタを駆使した、ポンチャックのカラオケみたいなどうしようもない音楽なのだけど、インストということが重宝されてか、CMや劇伴(「どっこい大作」で使われていたのを覚えている)でしょっちゅう使われていた。あれは一体誰なのだろう。おそらくワルター・カーロス(スイッチト・オン・バッハは聞いたことある)あたりではないかと見当をつけているのだけど、正直確認しようもない。聞くだけ無駄だけど、教えて。
おなじみSeed氏より、面白そうなリンクを多数紹介される。もったいないので小出しに紹介します。まず古典つまみ食い。素晴らしい仕事。カネゴンは哲学のことはよく知らないのだけど、カントという人は意外にまっとうなことを言っていたらしいことに今ごろ気付く。要するにサッカーに熱を上げたりレインボーマンに入れ込んだりすることは論理では説明しようがないということなんですよね【読むとき落ち着けおれカネゴン】。誰か「おれカント」やってください。
カントはひどい悪文だったということも初めて知る。文章(散文)の質というのは意外に個人の能力よりも、その時代その時代の流行り廃りに大きく影響されるのではないかとカネゴン勝手に思っている。当時はそういうのが流行りだったのだろう。たとえば雑誌の読者の欄などを見ると、そういうことをつくづく痛感する。今から見れば、70年代の雑誌の読者欄は今ではWebですらお目にかからないような、暗い情熱に突き動かされて書いたような素朴でひねりのない投稿が大半を占めていて、ついうつむいてしまう【覚えがあるだろおれカネゴン】。
玉木宏樹の言いたい放題などが更新されている。中国軍のモラルの低下とともに軍事力まで低下しているとの話を初めて目にし、慄然。
短編の見本とも言うべき「猿の手 (The Monkey's Paw)。手頃な短さなので、翻訳の練習にいいかもしれない。
今調べていたら、サラリーマン兼SF作家の堀晃が「宇宙猿の手」というのを出しているらしい。次回作は「猿の手の逆襲」はたまた「猿の手の軍団」か「山の手」か。
再びSeed氏より「大人の科学」。メイキングオブのページが素晴らしい。こういうページは本誌にもぜひつけて欲しい。あれば子供は読んでしまう。雑誌の企画もここに至ると完全にエンニジアリングと大量生産のノウハウが欠かせないものになる。
子供向け学習雑誌の「おうちの方へ」のページには、どうせ子供が読まないと思ってか、「うちの子がオナニーを覚えてしまって」とか「盗癖が直りません」などのトピックが伸び伸びと掲載されていた。カネゴンはそういうページも余さず読んでしまっていたことを今になって思い出す。油断大敵火がぼうぼう。
中性子星ならぬクォーク星らしき天体が発見される。観測事実は理論をやすやすと飛び越える。もしかするとそのうちグルーオン星なんてものも見つかるだろうか。
先日の排中律について、ミュンヘンのゲルベゾル太氏よりお便りをいただきました。ありがたいことです。
ゾル太氏によると、これはまさに「シナジェティクス(Synergetics)」の効果そのものだとのこと。要素が多数ある場合、部分の性質が全体と一致すると限らないみたいな。優秀な社員を集めても馬鹿な会社ができたりするのは、まさにこの現象だろう。逆に一人一人の社員がほどよくユルユルでドキュンでも何故かうまく回る会社なんてものもそうかもしれない(←もしかしてこの現象は生命そのものだったりして)。実は経済学にもこの現象がつきまとうのではないだろうか。何にしろ「悪の枢軸」と呼ばわって止まない彼の国に最も欠けているのはこの視点であるとカネゴン一方的に決め付けることにする。
おりしも「馬鹿」が差別用語の仲間入りをした。カネゴンと切っても切れない属性「馬鹿」には二つの意味があり、そのうちの一つは間違いなくシナジーに由来するはず。従って、カネゴンの部分的な努力はまったく馬鹿の解消に貢献することはありえないことになる【やっとわかったおれカネゴン】。
それはともかく、「部分の品質を高めれば全体の品質が向上する」というのは意外に根が深い迷信ではないかという気がしてきた。部分の属性と全体の属性が線形である現象の方がまれであることは、カネゴンですらすぐ想像がつく。オーディオなんかだと、一番しょぼい部品で全体の品質が決まったりする。自動車なんかでも、最高級の部品を使用してもアセンブリや協調動作に問題があれば、部品の品質に比例はしないだろう。「美人」という概念ですらやはりそうだ。顔のパーツがどんなによくても、並べ方が面白すぎると悲惨だ。でも本当に悲惨なのは「顔が良くて頭が悪い男性」に尽きると思う。
こういうことをまじめに学べるシステム論の本というものはないだろうか【今度はそれかおれカネゴン】。怪しい経営学とか金儲けとかそういうのを抜きにした本は。情報求む。いずれにしろ、そういう学問が辛くも存在しているlことで、カネゴン一生の悲願である「馬鹿の数値化」の可能性が見えてきたような気がする。
有名サイト「がんばれ!ゲイツくん」の作者が心筋梗塞で倒れたとの情報。カネゴンは何となくクイーンの「Sheer Heart Attack」を連想。sheer という言葉はかなり日本語にしにくい。まずはお大事に。
と思ったら、あすなひろし公式追悼サイト主宰のたかはしさんから「読者のお便りからの引用らしい」との突っ込みが。危うく恥をかくところだった【とっくにかいとるおれカネゴン】。
Slashdot.jpより。環境庁が「空飛ぶほうき」のデザイン公募。藤子・F・不二雄の地味な漫画「T.P. ぼん」に登場した「タイムボート」のデザインを最低限の基準としたい。
失敗知識データベース。カネゴンでよければいくらでもデータを提供します【データ汚すなおれカネゴン】。どんな恥ずかしい失敗が詰まっているのだろう。新しいSMのツールとして使える可能性あり。
来月中旬に惑星直列「水金火木土」実現。月月火水木金金。どんどんぱんぱんどんぱんぱん。
クローン禁止を訴える大統領。これはおそらく、「写真を撮られると魂を吸い取られる」タイプの迷信と同じレベルで動いていると考えられる。ホワイトハウスの広報も止める暇なし。
人類学の先駆者鳥居龍蔵の貴重な資料続々。一度発掘された後、博物館で再度発掘される資料たちの心中いかに。
また腰を痛めた。「あけてくれ」のメンバーはまるでピンポンかエンガチョのように次々かつ正確に一人ずつ腰を痛めているのが不気味。次の導火線はどちらへ。
「ロード・オブ・ザ・リング」を見た。可愛げがないほどのあまりの隙のなさに、剣と魔法の世界が今や「完成度を高める」以外にもう努力の余地が残されていないことを痛感。エルフ役の口が横に大きい男がどこかで見たことがあると思ったら、「マトリックス」のエージェント・スミス役のおっさんだったことに突然後から気付く。ここはイギリスではなくアメリカであるという事実を突きつけられ、痛い。
ダンジョンのシーンを見ていて、「河童の三平(ただし漫画の方)」を連想させるシーンが多数登場。「河童の三平」は「指輪」と並んでもう一つのRPGの中興の祖とも言える存在であることは水木ファンならご存知のとおりなのだけど、ここまでそっくりとは。本人も二度と描けないところを見ると、大国主命あたりから八犬伝または中国の伝説を伝授された可能性が高い。水木しげるが描く「家獣」を始めとする一見不思議な建造物の大半が、中国雲南あたりの地方の民家そのまんまであることは夙に知られているので、十分ありえる話。
なお水木しげるは某雑誌で「ぼくの後ろに大国主命がいて、ぼくを常にキックして働かそうとするんです。しかも複数いるんです」と語っていたことあり。
「オトナの漫画」(泉晴紀/ダークマスター)を買う。このダークマスターなる原作者が誰なのか、あまりにわかりやすいヒントが単行本についているのでここには書かない(勘のいい人ならこれだけでわかってしまうだろう)。この人は自分が書きつづけてきた原作のとおりの人生を後から歩んでしまっているような気がしてしまう。過去のネタを焼きなおしているのが目に付くが、これはおそらく意図的(かつ自虐的)にやっている。何と言うか、この人の場合常に「自分を許せない」という自責の気持ちがつきまとっているみたいで、それを隠すために喧嘩したり吼えたりおどけたりしてみせていたのでは。
そういう意味で、漫画の原作者というのは漫画の人生をどこかで後追いしてしまうリスクを常にはらむ「第一種危険創作業」なのかもしれない。原作を原作としてぱっきり割り切って仕事をできるのは最近の世代だろうけど、第一期・第二期原作者群にはそんな器用なことができる人がほとんどいなかったと思われる。自分が創り出してしまったものに呑みこまれてしまうことほど恐ろしいことがあるだろうか。久しぶりの南無阿弥陀仏。
とあるインサイダー情報より、cnn.co.jpが正式に復活したとのお知らせ。「こぼれ話」にはファンの多いだけに、何ともありがたいことです。
早速その中からサッカー優勝に貢献した妖術師。もしかして阪神も陰陽師を雇って相手チームに式神を飛ばしたりしていたのだろうか。8連勝をストップされたのは式神返しだったとか。
「恐怖新聞」にも妖術を使ってドラフト一位を獲得した選手の話があったのを思い出す(お礼をケチって悪霊に取り付かれるオチもついている)。立ってるものは親でも使え、報酬は十分にはずむべし。
二日酔いで頭が痛い。
その状態で机の移動完了。6往復もするはめに。
昨日、カネゴンの先輩である「ゴッドシスター」(通訳の先生)に、TOEICの点数を最低でも100点アップする秘術を教わる。この秘術をこの日記で明かすことは控えるが、既に伝授された「あけてくれ」のガラガランダー!および悪魔くんには既に霊験あらたかであることが証明されているが、果たしてカネゴンは秘術をものにできるのであろうか。来週を待て。
というわけで、しばらくは日記の量が減ることになると思います。
847年後に小惑星が地球に衝突?。人類にちょうどよい課題が出された。この期に及んで海水浴に行ったり財テクに走る暇はない。800年などあっという間につき、すべての行動を「衝突防止」中心に回すいい機会と捉えたい【あんた何様おれカネゴン】。
Cyber World。数理科学と古代史という、まるで食い合わせのようなコンテンツ。物理が特に充実しています。
ついに商用の燃料電池車が発表される。値段は心臓が止まりそうだが、車オンチのカネゴンが初めて欲しいと思った車はこれです。高価な触媒を使っているためにこんな値段になったとのことだが、どんな触媒なのだろう。そこのところは企業秘密というのはわかるけど、是非知りたい。マンガン団塊とかに豊富に含まれていたりしないだろうか。
田中ニュースの新作「変質するパレスチナ問題」。その一方でついに中国が本音を発した。政策が変わったのだろうか。口を滑らせた大統領は、実はこれに答えただけだったりして。
おなかこわした。
フラーレンと言えば、「ムーミン」の彼女の「ノンノン」はいつの間にフローレンに名前が変わってしまったのかと思ったら、こういうことだったらしい。元は名無しだったというのも驚き。黒岩涙香が訳した岩窟王(←モンテ・クリスト伯)の主人公が「団・太郎」(←エドモン・ダンテス)にされていたようなものなのか。これこそ理想のローカライズ。
トイレが遠いのが恨めしい。
宇宙空間に全長50メートルの巨大な未確認物体が発見される。無断で公共の場にこんなものを置くなどとは、もう彼の国の仕業以外に考えられない。きっとこんな形に決まっている。自作自演の劫火をどこにお見舞いしようというのだろうか。彼の国は、すでに存在自体が教育に悪い。これが単に落っこちてきただけでも、隕石に準じるインパクトが発生する可能性がないとは言えない。みんなアエンにだまされてる【人心惑わすおれカネゴン】。発見したのは日本スペースガード協会。
ともあれ、子供のときに描いた「未来」が、こんな薄気味悪い形で目の前にやってくるとは。ばら色の未来というのはあまりに楽観的な観測だったといえばそれまでだけど。
よくはわからないのだが、阪神が凄いことになっているらしいことに薄々気付く。火災は人災 防ぐはあなた。
5月1日に世界的なストライキ。ゴールデンウィークの中日にやるのはどうも。
ただいまより席替え。最早これまでのように自由自在に日記を書くわけにはいかなくなりそう【それで上等おれカネゴン】。麻酔。
カネゴンが繭(小学校低学年)の頃、行きつけの近所の床屋にはびっしりと「うしろの百太郎」と「恐怖新聞」が置いてあった。あれのために当時どれほど夜中の排尿が困難になったことか。後年も、なぜか「ムー」を置いてある床屋をよく見かけるが、あれはいったいどのような恐怖ネットワークが床屋業界を影で支配しているのだろう。教えてほしい。
コーラン(クルアーン)には「マホメット(ムハンマド)は最後の預言者なり。マホメットの後から現れる預言者はみな偽者」というような言葉があるが、実に頓知の利いたセキュリティだと思う。その分カーネルを後からアップグレードすることが困難なので、最初にとことん仕様を吟味し、セキュリティホールをつぶした苦労がコーランからうかがいしのばれる。これは、キリスト教の巨大セキュリティホール「神が明示的に禁止していないことなら何をやっても許される」から学んだ結果と思われる。システム関係者は一度はクルアーンに目を通し、その音声(おんじょう)に触れて古代のシステム設計に驚嘆すべし。ベースクラスはこのぐらい慎重に設計する必要がある。
「赤い悪魔」やめない。この分ではさぞやデビルマンも海外で悪評さんざんかと思いきや、今のところそうでもなさそう。単にメタル系のアイテム扱いされているのか、間違えて「ネオ・デビルマン」みたいなどうでもいいものを輸出してしまったせいなのか。アモンの刺青をした人物が猟奇殺人事件を起こすまでのつかの間かもしれないけど。ハリウッドで原作に忠実に映画化希望。
NTT研究所がダイヤモンドで半導体を開発。ダイヤモンドは分子がタイトに結び付けられているために熱伝導性が極めて高いことが以前から知られていて、息を吹きかけても曇りがすぐ消えるのだそうだ。ガラス球は曇りがなかなか消えないらしい。
メモをまとめる。数学の部屋(以前にも紹介)、javaで数学、大学への物理、高校で学べなかった人のための数学。高校で学べなかったカネゴンも泣き濡れる。
今カネゴンの顔面に常時実装されている眼鏡は太めの黒いフレームで、以前の銀縁に比べると俄然酔っ払ったときにフレームをひん曲げる事故がなくなった。それでも、呑んだ翌日に目が醒めると眼鏡は指紋だらけになっている。
研究者の実力を評価するCGI(「いらっしゃい〓」と書いてあるリンクをクリック)。研究者でもないのにカネゴンがやってみると「貴方の実力は190トン、大尉クラスです。」との御託宣が出た。
「ナンパしようと」住居侵入。「ナンパ」は不良少年専用のジャーゴンだとカネゴン思っていたが、新聞記事にあっさり使われるところまでこぎつけたということは不良の勝ちということになるのかも。この他にも、どんな不良少年ジャーゴンが日常に侵入しているだろうか。さすがに今時「マッポ」は使われないだろうけど。こうした言葉を測定することにより、もしかすると「子のつく名前の女の子は頭がいい」みたいな本を書くときのいい資料になるかもしれない。
史上初、歯の再生に成功。ここ最近で最も輝かしい科学の成果。ヒデキ指数=150。これでやっと歯医者に行く決心がついた【今までどうしておれカネゴン】。きっと十数年後には喧嘩で歯を折られても安心。少年漫画の喧嘩のエピソードも変わること請け合い。
えすぱらさんの日記にあった電脳萬画館 キャラクター占い。カネゴンは「キカイダー」でした。もしかして占った人全員を「キレンジャー」にしてしまう恐怖のCGIかと疑ってかかってました。失礼しました。
キカイダーの性格人に期待したり、人に多くを求めてしまう性格。相手の小さな裏切りで傷ついてしまう自分を守るがゆえ、猜疑心を強く持ってしまい、ともすると孤独な人間になりがち。感受性豊かで洞察力があるので、人の言葉の裏まで見透かしてしまうことも多いはずです。
企画力や創造力があるので、何かを編集したり物事を組み立てていく事が大好き。
適 職
常に変化を求めるあなたには、動きの活発な職業がベスト。理想を追い求め、創造していく力には長けているので革新的な仕事も向いています。デパート関係・通訳・化粧品・美術家・漫画家・美容師・医師・医療関係・イラストレーター・教師・評論家・大学教授・音楽関係・映画関係・作家・モデル・ジャーナリスト・法律関係・セールス
嫌いなこと・短所
長い話、くどくどと粘られることが大嫌い。熱しやすく冷めやすいので、持続性に欠ける。一人の人とじっくり付き合いつづけることが苦手。
良い相性 ライダー、東堂、エッちゃん
悪い相性 キレンジャー、009
カネゴンは「家畜人ヤプー」を期待していたので残念。
昨日の日記は我ながらわけわかんない。ついにカネゴンも桜のエキスにあてられてしまったのだろうか。助けて。
稲葉振一郎の素人マクロ経済第三回。「素人による参加は必要」「玄人による啓蒙は、それ自体が何らかの不完全さを孕む」という考えにカネゴン激しく共感。これは数学の啓蒙についても同様だと思う。パソコンや携帯がここまで普及したのは、素人が参加し続けてきたからではないだろうか。ジャズでもマンガ古書でもSFでもカルト映画でもヨーロピアンプログレでも古典芸能でも共産主義でも、素人衆を排除して専門家のみに閉じた空間は淀み、やがて縮退する運命にある。芸能界は、その性質上閉じることが本質的に許されない開放系であるために性質を異にする。
SF人が「○×はSFじゃない」という言葉を使い始めたことによって縮退が始まった。これは考えようによっては最大の武器ともなりうる。彼の国をおだてて「○×はアメリカ的ではない」「×○はアメリカ的である」という言葉を草の根的に流行らせ(もう流行っているかも)、100年ほどかけて縮退に持ち込むというのはどうだろう。移民の制限に端的に現れるので観察は容易はなず【あんたがしとれおれカネゴン】
とは言うものの、「開放系」という言葉も意外にオカルト者が好むキーワードにつき、あまり絶対視するのも問題があるかも【あんたが言うなおれカネゴン】。
稲葉振一郎の経済解説は、本人が門外漢であるところから始まっているせいかとてもわかりやすい。しかしここで述べられていることを読めば読むほど、どこか不吉な匂いが漂ってくる。人々の物欲をどのようにして煽るかなどという、そんな決定的な方法を頭のいい人たちがひねり出せるはずもない以上、自動車とパソコンに次ぐ基幹産業になりうる製品の登場を待ちながら、座して死を待つよりないのだろうか。カネゴンは性急な結論が大好きです。
以前にも書いたのだけど、色川武大の「私の旧約聖書」に書かれていた「進歩するということは、終わりに近づくということだ」という言葉は、カネゴンにとって最も恐ろしい言葉の一つ。同じ著者の「怪しい来客簿」の傑作中篇「助けておくれ」にも、苦痛に満ちた肝機能検査の後に「どんなことにでも、終わりはあるんだなあ」と自問自答する場面があり、これは著者の基本的な物事の認識方法に深く食い込んでいると考えられる。
物欲を煽る効果的な方法はどうやら人類の宿題らしい。もう少し考えます。
流体物理学者によるゆで卵が立つ理由の解説(28日分の日記)。
宇宙では虫歯になりやすい。人類がどこまで広がっても、腸内細菌やミュータンス菌たちとは縁が切れそうにないどころか足を引っ張られることになりそう。