先日、米ボストンで会議があり、ヒラリー・クリントン前米国務長官、米上院議員をゲストにお招きした。40分ほどお話しいただき、その後、かなり突っ込んだ質疑応答をしたのだが、正直感心した。私個人の経験は限られたものだが、今までお話を聞かせていただいた政治家の中でも、デービッド・キャメロン英首相と並んで、明らかにトップクラスのシャープさと存在感。少したって振り返っても、いろいろ考えさせられる内容だったので、許される範囲でご紹介しておきたい。

 まず、登場前の紹介のされ方。クリントン議員側から「こういう紹介で」というご希望があり、それに沿って司会者が話したのだが、ここからよく考えられている。

 有名な彼女自身のtwitterのプロフィールとほぼ同じだったので、そちらを引いておこう。

 Wife, mom, lawyer, women and kids advocate, FLOAR, FLOTUS, US Senator, author, dog owner, hair icon, pantsuit aficionado, glass ceiling cracker, TBD..

 しゃれていますね。

 華麗な経歴を並べながらも、自分はどういうブランドでありたいか、ということを、自らに対する皮肉やからかいも含めて、さらっと述べている。

 様々な国から来ている聴衆の中には、かなり斜めに構えて待ち受けていた輩もいたのだが、本人登場前のこの段階で心のバリアーが相当下がったのに、まず関心。

 自明の部分も含めて、簡単に訳させていただくと、こんな感じだろうか。

  • 妻であり、母。法律家、女性と子供の権利擁護運動家。
  • FLOAR, FLOTUSというのは、それぞれfirst lady of Arkansas, first lady of the United Statesの略だそうだ。アーカンソー州知事夫人、米国大統領夫人、ですね。
  • 米上院議員にして、著作家。
  • 犬の飼い主であり、(独特の)髪型がアイコンになっている。パンツスーツの愛好家。
  • (各界での女性や黒人・ヒスパニックなどの昇進を妨げる)ガラスの天井の壊し屋。
  • To Be Decided、すなわち人生の次章は「未定」。

 この最後のTBDは、次期大統領選への出馬観測を、十二分に意識したものであることは言うまでもなかろう。

 さて、にこやかに登場し、スピーチを開始した後、すぐにアベノミクスに言及したのは、少し驚きだった。くどいようだが、聴衆の国籍は様々。日本人はその中で5%もいないので、日本人に向けたメッセージというわけではない。

 アベノミクスが女性を活用することで経済成長を図ろうとしていること、そして強い日本が世界にとっても必要だ、という中身なのだが、これが後段で彼女が主張したい2つのテーマの伏線になっているという仕掛けだった。

アベノミクスを伏線に彼女が挙げた2つのテーマ

 プロフィールの中のglass ceiling crackerとも呼応するのだが、女性やマイノリティーという活用され切っていない人的資産を、もっともっと社会全体で活用していくべき、というのが、アベノミクスにつながるテーマの1つ。

 もう1つは、世界は、中国の台頭にどう対処すべきか、というテーマだ。

 自らの国務長官時代の交渉の話にも触れながら、「センカク」という単語も明確に挙げて、後者のテーマを展開していく。

 最も印象に残ったのは、「米中は、“戦争を伴わない”スーパーパワーの交代、という世界史上にも例のないことに挑まねばならない」というくだり。

 その中で、社会体制や価値観が既存先進国と異なる中国と交渉していき、世界にとって好ましい結果をもたらすには、日本の経済的復活は不可避だ、という形で、日本の位置づけを語っていた。

 これ以外にも質疑応答でのやり取りも含め、大統領選への意欲満々とお見受けしたが、それだけではなく、知的にも、あるいはリーダーのカリスマ性としても、ますますパワーアップしておられた。

 かなり口さがない我々の各国の仲間、その中には中国からの人も複数いたのだが、彼らが口を揃えて、「これはすごい」と語っていたのは、これまであまり記憶にない。このレベルのリーダーと外交交渉するのは、相当大変だろうな、とつまらないことまで考えてしまった。

働き手だけでなく消費の担い手としてのシニアの議論も

 長々とヒラリー・クリントン氏の話をご紹介してしまったが、彼女の挙げた女性、あるいはマイノリティーの活用を通じた社会正義と経済成長の実現というあたり、この延長にはシニア層に関わる議論も出てくる。

 ミクロレベルでは、以前から複数の経営者の方々が、「女性・シニア・外国人」の活用が競争力向上につながる、という論を張り、それを実行しておられる例もある。これは、働き手としての価値に着目したものだ。

 ここにきて、マクロ経済の議論の中でも、同様の議論が「女性活用」という文脈でかなり重視されるようになってきたようだ。人口減の中での、働き手としての女性への期待だ。シニアについても、年金支給時期の高齢化という、ややマイナスのイメージの議論と併せてではあるが、65歳までの定年延長という形での「シニア=新たな働き手」の議論がある。

この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます
残り1692文字 / 全文文字

【年間購読で7,500円おトク】有料会員なら…

  • 毎月約400本更新される新着記事が読み放題
  • 日経ビジネス14年分のバックナンバーも読み放題
  • 会員限定の動画コンテンツが見放題