十六服目 中南米から来たアイツ(中)
「…………正気か?」
ドン引き開始から、約二十秒後。
最初に口を開いたのは、霧彦だった。
「なんで、病院で煙草を吸わなきゃいけないんだ!? しかも! 原因不明の喘息気味なクロードくんの前で!! それも君の所有する煙草を!!」
当たり前だが、それはどこまでも正論だった。
体に変調をきたした者が通ったり入院したりするハズの病院で、なぜわざわざ体に変調をきたすような行為をしなければいけないのか。もしもこれで悪化などしてしまえば、さらに金や労力が掛かるだろうに。
しかしカノアは、そんな正論を気にする事なく告げた。
「す、吸えば……分かる……ケホッ……それに、体に……ケホケホッ……合わないなら……口に入れっ……ゲホッ! ……た、時に……わか、る……」
「いや、だから体に合うとかそういう事を言っているんじゃ――」
聞き分けのないカノアに、霧彦はさらなる説教をしようとした。
だが途中で彼は、視界の隅で不審な動きをする者を視認し……言葉を止めた。
まさかと思い、彼はそちらへと視線を向ける。そこにいたのは、カノアの鞄からパイプ煙草を取り出した陽だった。
「あぁもう。話が進まないな」
このまま説教とそれへの返答の無限ループに入る予感がした彼女は、気怠げに、そしてスタイリッシュな動きで、カノアのパイプ煙草を口に含んだ。そして次に、パイプの中に、同じく鞄の中に入っていた……透明な小さい袋にパックされていた煙草の葉をパラパラと、まるでふりかけのように入れた。パイプ煙草の入れ方など彼女はまったく知らないが、それでも説教無限ループに入るよりはマシだろうと、慌てて己を止めようと手を伸ばす霧彦の手を、ギリギリ躱しつつセットし、同じく鞄の中に入っていたマッチを用いて……点火する。
次の瞬間。
陽は反射的に、口からパイプ煙草を抜いた。
別に、途中でカノアとの間接キスだと気付いたからとか、そんな理由ではない。というか間接キス程度、彼女は気にしなかった。というか赤子の頃、同性の幼馴染にファーストキスは奪われている(ぇ
ならなぜ、陽は口からパイプ煙草を離したのか。
それは彼女自身にも分からなかった。だが代わりに分かった事もある。
――心よりも先に、体が無意識の内に反応した事だ。
「……なるほど。どういう事か分からないけど、とにかく私じゃダメみたいだね」
フ、と陽は自嘲気味に思わず笑う。
そして次に彼女は、パイプ煙草を美彩に投げて寄越した。
「いや、だから未成年の喫煙は――」
再び霧彦が説教をしようとするが……途中で彼は、なぜか言葉を無くした。
それを見た陽は、いったいどうしたのだろうかと一瞬思った。だがすぐに「ほら美彩、吸ってみ?」と、友人を悪い事に誘うかの如く煙草を勧めた。
「じゃ、じゃあ遠慮なく…………ッ!?」
親友の言葉に唆されるように、続いて美彩もパイプ煙草を口に含む……直後に、彼女はそれを、顔を強張らせつつ口から離した。
どうやら、彼女の体にも合わなかったようだ。
「な、なんかイミフだけど……はい、璃奈」
今度は、璃奈の手へとパイプ煙草が渡った。
「…………ああもぅ。ここでアタシがやんなきゃバカみたいじゃん!」
なんだか度胸試しのような変な流れになりつつある煙草リレーに、璃奈は難色を示したが……思い切ってカノアのパイプ煙草を吸ってみた。
するとその直後。
璃奈は不思議な感覚を覚えた。
まるで体が……春の縁側にいるかのようにポカポカしてきた。かと思えば、次にその身を、涼しい風が駆け抜けるかのような爽快感を覚えた。
暖かさと涼しさの、絶妙なハーモニーが彼女の全身を駆け巡る。
下手をすればそのまま寝てしまいかねない心地良さを感じ、璃奈は思わず、心を奪われそうになった……が、途中で自分が呼吸を忘れている事に気付いた。
――さすがにこのままじゃ死ぬだろ。
あまりの快感のせいで頭の片隅に追いやられていた理性にそう警告され、彼女は慌てて、肺の中に溜まった煙ごと……呼気を吐き出す。
するとその瞬間。
世界は一変した。
古き氣の循環は形を無くし。
今ここに、新鮮な氣の循環が生まれた。
「…………ッッッッ……フゥゥゥゥーーーーーーーーッッッッ!!!!」
そしてそれと、ほぼ同時だった。
なんとカノアは、気持ち良さそうにその場で伸びをした。
先ほどまで、彼女が辛そうにしていたのを見ていた璃奈達には、とても信じられない衝撃の光景だった。先ほどまでの不調が、嘘だと言われた方がまだ信じられるほどだ。
「……あ~~っ!! ようやく楽になったのじゃ!! というワケで!!」
しかしカノアは、そんな璃奈達の驚愕など気付いていないのか。
「ワシが清雲高校に来たワケ。そしてパイプ煙草の正体を……改めて、全て明かすのじゃ!!」
もう退院してもいいくらい元気な声で、宣言した。