七十六服目 Play Back(22)
「確かに俺は、君の言うように偽善者かもしれない」
私を転がした後で、相手は言う。
「自分では気付いていないだけで、君を救う事で、君から好意を持たれたいとか、そんな事を考えている可能性はある」
そこで相手は、数秒だけ間を空けると「だけど」と、また話を続けた。
「だけど、君と君の師匠を救いたい気持ちに嘘はない。確かに、今の世の中の一般常識からすれば、君の師匠は犯罪者で、君はその弟子だ。でも、だからって、一方的に悪だと決め付けて断罪されていいワケがない。よほど相手がどうしようもない悪でない限りは、救われる部分もあっていいハズだ」
「綺麗事を言うな!!!!」
再び私は立ち上がり、今度は投げ技を仕掛けるべく動く。
相手の道着の肩の部分を掴み、足を引っ掛け、柔道のように……しかし事は、私の想像通りに運ばなかった。
――肩の部分を掴んだ瞬間、またしても天地が反転する。
「ああ、綺麗事さ」
そんな私に、相手は開き直ったかのように言う。
「でも、綺麗事だからこそ……誰かが率先して動いて、いつか現実にしなきゃいけないんだ。そうじゃなきゃ、世界は永遠に変わらないんだ」
「フン。その率先する誰か……変革者にでも、お前はなりたいのか?」
すると、その時だった。
いつの間にやら相手の背後の金網の向こう側にいた師が、少年に対して日本語で問いかけた。師のそのまた師である日本人から習ったという日本語で。
「世の中をナメるのもいい加減にしろよ、クソガキ」
師は眉間に皺を寄せながら、相手にだけ聞こえる声量で言った。
「俺とメイサが、いったいどれだけの地獄を見て、そこを命懸けで進んできたかを分かって言っているのか? もしそれを分からずに言っているとしたら、お前は、変革者とかじゃない。ただの口が達者なペテン師だ」
私が言いたかった事を。
怒りのせいで言いそびれていた事を。
「それにな、俺達のような存在を救ったって意味はない。まだ他にも……俺達以上の地獄を味わっている連中がごまんといる。俺達だけを救おうとするのは、さすがに都合が良過ぎるとは思わないのか?」
「ああ。確かにご都合主義な話だよ」
相手は、師の指摘を否定しなかった。
「この世は残酷なまでに理路整然とした法の下に動いてる。世の中の偉い人達が勝手に作った法という檻の中に、後世を生きる者を強引に押し込め、そしてそこからあぶれた人を処断する……そんな法の下に。
さらに言えば、この世が有限の存在である以上、必ず何かを得られない者が出るのが当たり前だ。
そしてそんな世界を変えようだなんて言葉は、一般人からすれば、残念ながら、夢物語だ。でもだからって、諦められるのか? 何か方法があるんじゃないのかと思わないのか? 少なくとも俺は、諦めたくない。
確かに今の俺は世界を動かせるような強い人間じゃない。それどころか子供だ。だけどそれは諦める理由になんかなりはしない。それに一人がダメなら、同じ考えを持つ仲間を、増やしていけばいい。仲間を増やしていけば、いつかは世界を変えられるくらいの力を持つかもしれないんだから」
…………いや。否定をしないどころか、私でさえ、考えもしなかった考えをペラペラと力説しやがった。そして、それを聞いている内に、師の目はだんだんと丸くなっていった。本当に私と同じ歳くらいの子供なのかと、信じられないのだろう。私でさえもそうなんだから、きっとそうだ。うん。
「…………面白い考えを持つガキだな。ガキのクセに」
なんとか我に返った師が、苦笑いを浮かべつつ言った。
「いったいどんな教育を受ければそんな考えを持つようになるのやら……だがまぁそこまで言われちゃ、俺もいろいろと考えざるを得ないが」
え、まさか……大人であるハズの師の心を動かしたのか?
師の言葉に、私は動揺した。
師が認めたんじゃ、弟子である私もある程度認めなくちゃいけないじゃないか。あの地獄をロクに知らない……目の前の少年の綺麗事を。
「だが、本当にそこまでの意思があるんなら……まずは手始めに、本気でウチの弟子と立ち合え。手加減しているのがバレバレだぞ」
「ッ」
相手の少年は動揺した。
やっぱり私相手に手加減をしていたのか。
「もしもウチの弟子との試合で全力を尽くしてくれたのならば……それと、最高の弁護士を付けてくれるんなら、自首しても構わねぇよ」