12/27
12/27
冬晴れが続く
朝は風が弱くても、昼になるにつれ強くなってしまうんだよな
今日はどうなるかな
発熱はない。喉の痛みは違和感程度にまでは軽くなった
鼻の粘膜が常時出血してる気がする。これが傷が治りにくいという副作用の顕著な表れかね。季節柄毎年のものではある気がするけど、ここまでしつこい出血はなかったような
免疫力も落ちてるのかな。落ちてるのだろうな
朝食後、吐き気を少し感じている。朝食が悪かったかな。ヨーグルト、牛乳、はちみつ、オリゴ糖を混ぜた液体にシリアル投入。25日の旅行の朝食もこれだった気がする。そして吐き気を抱えて出発したような。昨日の朝食は焼いたレーズン入り食パンだけで、吐き気はしなかった
やはり中国産のはちみつはダメなのかな(偏見
発がん性が云々って噂を聞いたことがあるし(情報源は不明
もしくは、ちゃんと固体を咀嚼して摂取するべきなのか
自分の体の事だけど分からんなぁ
10時ごろに布団を干す
陽の角度が低い。風が強くなりませんように
その後、母の送迎。車の運転久しぶりだなぁ。既に風が徐々に強くなっているような
風さえ当たらなければ、よく晴れているので暖かい
母が用事を済ましている間、外を散歩
いつもとは違う場所の散歩って新鮮味があっていいよね
風が強い。布団に土埃が付いてないといいけど
喉の保護と感染防止のために常時マスク着用。外の散歩だと外すことが多かったけど、一応ね。マスクとサングラスは二者択一なので、太陽と寒風のせいで常に目を細めることになってしまったのは致し方なし
坂の多いところだった。ゆっくり、ゆっくりと徘徊する
近くに八幡様があったので参拝する。やはり手を合わせると頭が真っ白になる
この季節だからか、外で遊んでいる子は見かけない。ママ友同士がおしゃべりしている間、子たちが何とかして暇を潰そうと、遊び始めようとしている姿くらいしか見かけなかった
花屋の表に、12月末で閉店する旨の紙が張ってある。初めて見る店だけど、少し寂しくなる。お疲れさまでした
その近くには、非常に小さそうな本屋があった。教科書取扱店の文字を見て、こっちは閉店とは縁遠そうだなと感心する
精神科医院が今日から1/8まで休業との張り紙。結構長めに休みますね。年末年始は精神的に不安定になる人が多くなりそうだけど大丈夫かしら?
神社以外には自然が少なかったけど、楽しく散歩できた
母と合流し、何処にも寄らずに帰宅。次の送迎の機会はあるかな
幸い土埃はたっていない。霜のおかげか?
干してある布団をひっくり返す
昼食に久々に納豆ご飯を食べる。これぞ日常の代名詞。お気楽ニート時代の昼食の8割くらいは納豆ご飯
納豆以外で、箸でかき回す動作ってあんまりしないよね。卵かけご飯の時くらい?久しぶりで少し楽しくなった
味はいつも通り。米が古米で、少し残念な香りを漂わせていた以外は、いつも通り美味しかった
昨夜のドキュメント72時間、夏に放送したベスト10の再放送が録画されているか確認。夏の時に録画したのは何位からだったっけ?と、録画一覧を見直す。10位から8位は全く録画できず、7位が半端に、6位以上はしっかりと録画できていた。昨夜の分で補えたね
7位の半端なのってなんだったっけ?と再生する。樹木葬の回だった。最後の10分くらいしかとれてなかった
少し見ていると、なんか要望ある?って母に問われたけど、特にない
葬られ方かぁ
家族を残して先に逝くことになりそうだから、自分の死後のそういう雑事(表現が悪い?)については全く頓着してなかったな
「千の風になって」の歌詞にあるように、墓にあるのは骨であって、俺じゃない。いや、この辺の考え方は宗教の話になるかな。キリスト教なんて復活の日のために土葬するわけだし
故人を偲ぶには、墓のような死の象徴的な存在・場があったほうがやりやすい。家に仏壇を置いて、遺影も置いてあれば、日常的に思い出すことになるだろう。でもその場合、あまりに日常に溶け込みすぎて、そのうち仏壇や遺影を見ても故人を偲ぶことすらしなくなるような気もするな
祖母や祖父の墓参りの時、偲んでいたか?と思い返すと、あんまり偲んではいないような。そこまでの深い関係性がなかったからなのかな。彼岸とお盆の風物詩の一環?みたいな。我ながら薄情者だな
うーん、こうしてくれってのは思い浮かばないなぁ
前飼ってた犬の遺骨のように、庭の木の根元に埋めても構わないような。人間の遺骨は変に扱うと犯罪になってしまうのだっけな?
以前書いたように、彼岸とお盆に少し思い出してくれたら嬉しいので、そういう機会にわざわざ訪れてくれそうな場が欲しいのは確か。具体的なことは全く提示できないけど
俺の死後のこの世なんて俺の知る由もなし
生きている人のよしなにして下さい
これに尽きるかな
そういえば父方の祖母は、夫の家の人(姑とか?)と同じ墓に入りたくないから、別の墓を設けてたような?
死後の世界の事を全く気にしたことがないけど、存在を仮定して、先客が同じ墓に入っている先人だとすると、葬られ方への考えが変わるかもしれないな
とはいえ、先人とは面識ないしな。入院の時みたいな状態が死後の世界だったら、むしろ他に人が居ない方がいいと考えられなくもないけど、ずっと一人ってのも寂しい。どれだけの時間を滞在するのかにもよるかな
想像でしか存在しない死後の世界。どんな世界を想像するか、それは自分次第ってか?葬られ方がそれに直結すると考えると、少し面白くなってきたな
この番組の樹木葬だと、見知らぬ人が何人か集まって、茶飲み話でもしながら花見してたりするのかな。そういう解釈をする場合、自然が豊かな場所に骨を埋めたくはなるわね
犬と同様に庭に埋めた場合は、犬と一緒にこの家を見守る感じ?
大切な人を既に亡くしているかつ死期が近くなった人が安らかに逝けるような気がするのは、死後の世界で大切な人との再会を夢見てると思えるからかな、と、ふと思た
俺には死後の世界で再会したい人なんて居ないよ。両親すらまだ存命なのに、先に逝くなんて、祖母祖父に合わせる顔がない
俺は安らかに逝けそうもない、かも
(上記から気分転換してから記入
でも想像次第なのだから、死後の世界を住みよい環境に整えるための露払いとして先に居て待ってるという設定もありか。それこそ異世界転生的な話になってくるけど
俺がこの年齢で先に逝って、兄姉で一番長く生きそうな長姉が天寿を全うするまで60年くらいは待つことになるな?
どんな葬られ方したらそういうことになるかは分からないけど)
長くなったな
昼過ぎ、ぼんやりと母と海外ドラマ視聴
14時を過ぎた頃、布団とついでに洗濯物を取り込む
布団を設置する前に自室に掃除機をかける
退院日以来か。もうちょっとこまめに布団は干した方がいいんだろうけどなぁ
長兄が今夜夕食を共にする予定だった友人が、今朝亡くなったらしい
心不全だったとか
嘘だろおい
俺も顔を合わせたことのある人
唐突の別れ
いろいろ思うところがあるけれど、書き始めたら止まらなくなりそうなので、今夜はここまで
人は死ぬ
当たり前だけど、忘れがち
会いたい人には会える時に会おう