82 ジャックの哀歌
その後しばらくは無言の食事タイムが続いたが、パメラが落ち着いてから授業の話を聞いてみた。
「勉強はお母さんに教えてもらってたの。お店で働くには絶対に必要だからって」
やっぱりカミラに勉強を教わっていたようだ。お店のママさんとなると、さすがに読み書き計算が出来ないと話にならないだろうしな。おっと、そういえば聞きたいことがあった。
「パメラは今は見習いだよね? いくつくらいになったらお店で接客をするようになるの?」
ちなみにギルが母さんにお店の説明をしていたときに聞いていたんだが、思っていた通りカミラのお店は、店の女の子がお客さんと一緒にお酒を飲みながら楽しくお話をして終わりの健全なお店のようである。
この世界ではアルコールが法で禁止されていると言うことはない。しかし子供のうちから酒に溺れると勉強や仕事が手に付かないということで、十二歳くらいまでは周囲の大人がいい顔をしない。
俺は前世で酒が原因で死んだせいか、それとも体が子供なせいか、今はまだ飲みたいとは思わないけどね。
「お母さんは十二歳くらいにお店で働き出したって言ってたから、私もそれくらいかな?」
パメラはコテンと首を傾けた。
十二歳で普通に働き出す子が多い世界だし、夜のお仕事でもその辺は変わらないのだろう。とはいえ、夜のお店に十二歳の子供が接客に来ても一部の性癖の方以外は困るよな。
そんなことを考えてると、ニコラがニンマリしながら念話を飛ばしてきた。
『あのマダムなら十二歳の時でも色気ムンムンだったんでしょうねえ』
『やっぱそうなのかな。それでもさ、パメラはそりゃ母親に似ているけど、後三年でお客さんを取れるような女の子になれるとはちょっと思えないんだけどね』
『女の子は恋をすると綺麗になると言いますからね。ここから急成長するんじゃないですか』
『あーそれな。教会学校には出会いが多いからなあ。そういうこともあるのかもしれないな』
『そうですねー』
ニコラのそっけない返事を聞きながら、念話の間ずっとパメラの顔を見ていたせいか、パメラがまた赤くなって俯いた。人見知りもまだまだ改善の余地があるのかもしれない。
昼食を食べ終わり、午後からは宗教教育の時間だ。聖書を読んだり女神様の逸話をリーナが生徒に語ったりしながら神の教えを学ぶのだ。
一度死んだ時に爺さんの神様に会った俺からすると、相変わらずこの世界を作ったという女神様には違和感がある。……とはいえ、宗教に異を唱えるとかヤバい未来しか想像できないので、俺は大人しく授業を受けるのみだ。
最後は賛美歌を生徒全員で歌って今日の授業は終了した。
――――――
「パメラ、また来週ね! マルクとニコラはまたあとで!」
こちらに向かって手を振るデリカとユーリとは教会でお別れだ。今日はこの後、俺とニコラ、パメラの三人はパメラの実家「アイリス」に出向くことになる。今日作った料理をアイテムボックスで保存して、領主さんの視察で書き入れ時になるであろう明日に放出するだけの大変ラクな仕事だ。
まずは大通りを町の中央に向かって歩いていると、知った顔に出会った。ジャックの兄のラックだ。
初めて出会った時はまだ顔にあどけなさが残っていたが、この二年で随分と大人びた顔になり、冒険者らしい革鎧を身に纏った姿が様になっている。
「おお、マルクと妹ちゃんじゃねえか!」
突然の若い兄ちゃんの登場に、隣のパメラがしゃっくりをしたかのようにビクッと震える。ラックがいるということはジャックが近くにいるのかなー。あんまり会わせたくないんだけどなー。
「今日は両手に花だな! ウチの弟もそれくらいモテればいいんだけどなー。見習わせたいぜ」
「こ、こんにちはラック兄ちゃん。今日はジャックは一緒にいるの?」
ジャックの兄と察したのであろう、パメラの顔が一瞬強張った。もういたずらをされることはないとは思うけど、一度ついたイメージはなかなか抜けないよね。
「そうだよ、それだよ。聞いてくれよ! 明日領主様が視察にくるだろ? それで今日は町周辺の魔物討伐依頼があってよ。かなり大掛かりな依頼だったから、いくつかのパーティで合同で挑んだんだがな――」
ラックが何やら話し始めた。俺としてはジャックが近くにいるなら、さっさとここから立ち去りたいんだけどなあ。
「その合同パーティにな、珍しく回復魔法の使い手がいたんだ。ジャックよりいくつか歳上の女の子だ。それで狩りの終盤にジャックがちょっとヘマして傷を負っちまってよ。討伐依頼が完了してパーティが解散する前に、その子のところに回復魔法をもらいに行ったんだけどよ」
そこまで話すとラックはクククと含み笑いをし、
「その子がジャックの顔見た瞬間、『あんたなんかこれで十分でしょ』って軟膏を顔にぶん投げられてたんだよ! あの時のジャックの顔は傑作だったな!」
ラックがジャックの顔マネだろうか、白目を剥きながら続ける。
「それでジャックがトボトボと戻ってきてな。なんか訳ありっぽかったから聞いてみたんだよ。すると教会学校で色々とやっちまったことのある子だったらしいんだよ。ほんとバカだよな!」
ラックはついにゲラゲラと笑いだした。
「それで今は一人でポーションを買いに行ってるよ。自分の身から出た錆だから自腹でな! すっげーヘコんでて笑えたぜ。俺があれだけ女にはやさしくしろって言ったのにな。これでようやく身に沁みただろうよ」
どうやら被害者の一人に数年越しの仕返しを食らったらしい。
『へっ、ざまぁみろですね。私も少々ヤツは反省が足りないと思ってました』
『お前はいたずらされたときにブチ切れてたもんな』
ニコラが俺からしか見えない角度で邪悪な薄ら笑いを浮かべていた。
「……と、まぁジャックの話はいいや。それよりマルク、聞いたぜえ? 蛇狼の残党を捕まえたんだってな! 小さいガキが運良く仕留めたとかギルドで噂されてるのを聞いてピンと来たぜ」
「ああ、うん、まぁ運良くね」
「なーにが運良くだよ。俺はお前の実力を知ってるんだぜ? ……なぁ、お前が十二歳になったら俺たちと組まないか? お前とならC級どころかもっと上だって目指せると思うんだよな」
「う、うーん。今後の予定は未定かなあ……」
「そっか、まあ気が向いたら声をかけてくれよな! じゃあな!」
言いたいことを言いまくってスッキリしたであろうラックは去っていった。相変わらず忙しないというかなんというか。一緒にコボルトの森に行った時は頼れる兄貴だったんだけどね。しかしまぁ……
隣のパメラは今の話をどういう気持ちで聞いてたんだろうか。じっと見つめていると、パメラは気の抜けたような口調で話し始めた。
「……今の話を聞いたら、何だか、かわいそうかなって思っちゃった。お母さんは一生忘れないで、いつかお店に来た時に仕返しをしなさいって言ってたんだけど」
ある意味怖いねカミラさん。
「それじゃお家に行こ? こっちだよ」
パメラは俺とニコラの前を歩き手招きした。少しだけ傾き始めた日差しを背に受け、パメラの表情はよく見えない。それでもなぜか、さっきまでのパメラとは違う顔をしている、そのように思えた。