うまうまタイム
「馬が集まるところなら知ってるっす! 案内するっすよ!」
そう言って、オズワルドくんは牛の顔を笑みの形にする。精肉店のマスコットキャラみたいな人懐っこい笑みだった。
更にオズワルドくんは僕に大きな手を差しのべて、「乗ってくださいっす!」と言ってきた。紳士的な対応だ。
いっそその辺の男性より紳士かもしれない。少なくとも、いきなり求婚してくるような人よりは紳士かな。
お言葉に甘えて手のひらに腰掛けるとそのまま肩の上へと上げられたので、今度はそちらに腰を落ち着ける。
図らずして、乗りたいという願望が叶ってしまった。ちょっと楽しい。
「ゆっくり歩くんで、揺れがひどかったら言ってくださいっす!」
「いえいえ、快適ですよ」
「あざーっす!!」
はた目から見ると魔物使いか、或いは少女を連れ去る魔物か。
幸い周りの目は無いし、凄く楽なので甘えることにした。これもお詫びの一部と考えて良いだろう。
「いやー、密猟者じゃなくて良かったっすよ! アルジェ姐さんがガチ密猟に来てたら、俺絶対敵わないっすもん!」
「密猟者って、結構来るんですか?」
「来ますね。人間の里からは離れてるから、なんつーんすか? 国が開発しに来たりとかはしないんすけどこの森、貴重な薬草とか生えてますから。そういうのって許可ないと栽培したり、採ったり売ったりしちゃいけねーらしいんすよ。人間のルールだと。だから密猟者がこの森に、ルール破りにくるんすよね」
「はあ、なるほど」
許可が必要な事業なら、その許可をどこに出すかにもよるけど、それが国にしろ、協会とか組合にしろ、その事業を行うことで「仲介料」とか「会費」とかを取られるのだろう。
でも密猟なら、利益は全部密猟者のものになる。栽培の手間もかからないし。
危険はあるし違法だけど、大金が手に入るとあれば飛び付く人はいるだろう。
「あとは、俺らっすね」
「オズワルドくんたちですか?」
「人間の金持ちに、食うやついるんすよ……魔物の肉。まあそっちは違法じゃないんすけど……俺らから見れば密猟というか、敵っすね」
……確かにオズワルドくん、歯応えがあって美味しそう。
ちょっとそんなことを考えたけど、黙っておいた。
「まあ俺ら魔物は人間からは基本害獣みたいな扱いで、デミとは別口っすからね!」
「でみ?」
「デミ・ヒューマン。亜人ってやつっすね! エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、魔人、吸血鬼、獣人……ある程度人間に近いやつっす! デミは人間に敵対してるやつと、してないやつがいるっすからね」
「ふーん……そうなんですか」
「例えばエルフは人間に敵対してるってわけじゃねーんすけど、隠れ里で他の種族と交流を断絶してるやつらと、逆に人里に降りて積極的に人と関わってるやつらがいるらしいっすね!」
「オズワルドくん、物知りですね」
「へへへ、渡り鳥のやつらが話してくれるんっすよ! でも、アルジェ姐さんもそれくらいは知ってますよね?」
「いえ、生後半月くらいなんで全然知りませんね」
「マジっすか!? やっぱアルジェ姐さんパッネェ! 生後半月でその強さとかパネェ!」
オズワルドくんは饒舌だ。この後も結構いろんなことを話してきた。というより僕が生まれたてだから、気を使って色々教えてくれたのだろう。
吸血鬼やドワーフも人間と敵対していたり、そうじゃなかったりするというお話も聞いた。
フェルノートさんが言ってた「目立つから正体は黙ってなさい」は、たぶんそういう意味合いもあったんだろうな。敵視される場合もあるから、吹聴するな。そういう意味が。
……あんまりこの世界の話とかされましてもー。
気を利かせてくれるオズワルドくんには悪いのだけど、世界情勢の話なんてされすぎても困る。
だって興味がないし、そもそも一気にされても理解しづらい。
相手の話がだんだんと長くなってきたので、途中から適当に生返事を繰り返すことにした。
一応話された内容はちゃんと覚えてるので、また必要なときに思い出して理解すれば良いや。
そうして森を進んでいると、動物以外にもオズワルドくんと同じミノタウロスと何度かすれ違った。
オズワルドくんの方が一回りくらい大きいのは、さすがに森の守護者ということか。
あとはちっちゃい緑色の小人みたいなのとか、同じく小さい二足歩行の犬みたいなのとかも見掛けた。
「緑のはゴブリン。犬っぽいのはコボルトっすね! よう、ゴブゾー! コボッチも! 元気でやってるっすか!?」
なんだろうと思ってたら説明してくれた。どっちもファンタジー小説でよく見る魔物のようだ。
……そうそう。そう言うので良いんですよね、情報の開示って。必要なときに必要なものだけで。
オズワルドくんは僕にいろんな話をしつつ、すれ違う魔物や動物にも声をかけながら歩いていった。
その様子は古くから慣れ親んだ町を歩く人間と、そう変わらないように見える。顔は牛で、斧持ってるけど。
「まあそういうわけで、じっちゃんの代から森の守護者やらしてもらってるっす」
「その割りに、僕に気付くの遅かったですね」
「ふつう、夜に森に来た密猟者は明かり使うし、使わなくても動くんで……アルジェ姐さんは不審な動きがなかったんで、発見遅れちまったんすよ。朝に報告聞いて、飛び起きたっす」
「あー……寝てましたからね」
暗闇で、ローブを着て、草に埋もれるようにして寝ていたのだ。
それならば確かに、朝まで気付かれなくても不思議はないかもしれない。
結果として結構ぐっすり眠れたから良かったのだけど、オズワルドくんには悪いことをしてしまったかな。
「一応、ゴブリンとかは戦えない奴等が罠も仕掛けてたりもしてくれてるんっすけどね。鳴子とか」
「はあ、そうですか」
鳴子というのは、木々などの間を紐やロープで結んでそこに木の板などを通すことで、なにかが触れると音が鳴る仕組みのものだ。
罠と言うよりは自然物を使った簡易の警報装置というのが正しいけど、口振りからして他にも色々仕掛けられているのだろう。
「あんま仕掛けすぎると俺らも生活しづらいんで、ほとんど夜の間だけ使うように……っと。そろそろ着くっすよ」
オズワルドくんが手を肩に持ってきたので肩からそちらに移ると、ゆっくりと降ろしてくれた。
地面に降りてまず感じたのは、濡れた匂い。強化された吸血鬼の嗅覚で、水の匂いだとすぐに解った。
匂いのする方へと歩き出す。木々の合間をいくつか抜けると、匂いの発生源が見えてきた 。
湖と表現していいくらいの、大きな水の溜まり場。木漏れ日を反射して輝く湖は、とても幻想的に感じる。
湖の周囲には馬や猪、リスや鳥、猿。そういった動物たちだけではなく魔物も多くいて、それぞれが自然の恵みを堪能していた。
動物と魔物。その双方の水飲み場だ。
「じっちゃんのその前の代くらいから、ずっとここには水が湧いてるんすよ。馬以外も結構いますけど、ここが一番集まってるっすよ!」
「……こういうところがあるなら、ちゃんと身体を洗った方が良いですよ?」
「申し訳ないっす! 今日から気を付けまっす!」
「そうですね。お願いします」
腰を思いっきり曲げて頭を下げてくるオズワルドくんに適当に声をかけて、僕は湖畔に近づいた。
動物も魔物も、僕の方を一瞥するだけで、逃げたり威嚇したりはしてこない。
「皆びっくりしないんですね」
「俺が連れてきたんで、大丈夫だって思ってるんすよ」
なるほど。森の守護者だけあって、彼の影響力は強いらしい。
警戒されないのはわかったので、水を飲んだり草を食んだりしている馬たちを、一匹一匹遠慮なく眺めていく。
僕の体躯は少女と言っていいものだ。あまり大きな馬には乗ることができないから、 身の丈に合いそうな馬を探すことにする。大きいと乗るのが面倒だし。
数は少ないけど、角のついた馬もいた。たぶんユニコーンなのだろうけど、どの子も結構大きくて気軽に乗れそうにはなかった。
湖畔をなぞるように歩いていき、やがてある一匹の馬と目が合った。
青毛と呼ばれる真っ黒な毛並みで大きさは中型。
シルエットは細身だけど、頼りない感じはしない。寧ろ「引き締まった結果として細身になった」という印象を受ける。
馬特有のつぶらな瞳は明らかに他の馬よりも色が深くて、どこか理性的な輝きを感じる。じっと見てると吸い込まれそうな黒い瞳だ。
……良いかも。
特に、たてがみが好みだ。ふわふわで寝癖みたいな感じがかわいい。
言語翻訳はきちんと効果範囲を広げてあるので、まずは挨拶から。
「始めまして。僕の名前はアルジェント・ヴァンピールです」
「……名前はない。ただの馬だ」
あ、良い声。
声域は低い。きっぱりとした口調からは、意思の強さを感じ取れる。
大人の男の人って感じかな。人間なら、バーで静かにお酒のグラスを傾けているのが似合いそうな声だ。馬だけど。
「えーと……僕のことを、乗せてくれませんか?」
「ほう、お嬢さんを」
「はい。それで、この国の外まで連れていってほしいんです」
「良いだろう。しかし条件がある」
「なんですか?」
さすがに僕もただで乗せて欲しいとは思っていない。馬だからお金には興味ないだろうけど……ニンジンくらいはお支払いするつもりでいた。
相手からなにか求めてくるというのなら、なるべく応えてあげようと思う。寄生相手じゃないなら、ちゃんとお返ししないとね。
そういうことを聞こうという意思も含めて、言語翻訳の効果範囲を広げたのだから。
名無しのお馬さんは小さくてツヤのある瞳で僕を見つめつつ、言葉を作った。
「俺は俺より遅いやつの言うことは聞く気はない。俺に乗りたいなら捕まえてみるんだな、お嬢さん」