切創と謀略と、不運な天使
【※注意】怪我するシーン有り(軽症です!)
楽しかった打ち上げも終わり、帰り道――。
「バイバイ! 部長にサラちゃん。俺たちは買い物して帰るからー!」
「シロくん、クロくん、じゃあねー!」
シロくんとクロくんは買い物の予定があるらしく、途中で別れることになった。
なので、今のぼくはダン先輩と二人きり。
これから、ダン先輩はご両親のもとへ、ぼくは男子寮に戻る予定だ。だから途中まで一緒に、帰ることにした。
いつものダン先輩なら、気さくに話しかけてくれるのに、今日は大人しい。それが逆に……不安だ。
そう思ったとき、ふと我に返った。
(あっ、ちゃんとお礼を言わないと……! 忙しい合間を縫って、打ち上げを開いてくれたのだから)
「ダン先輩、今日はありがとうございました! 打ち上げ、すっごく楽しかったです! ごちそうさまでした!」
「あぁ、こちらこそ。君と話せて、楽しかったよ。プレゼントもありがとう。それより、さっきは……怖がらせてしまって、すまなかった」
「えっ……?」
急に謝られて、戸惑ってしまう。
すると、ダン先輩は目を細めながら、語り始めた。
「実は……最近、ウェディングドレスを着た、とても綺麗で可愛らしいお嬢さんに会ったんだ」
(それって、あの日の……!)
まさか、自分の話が出てくるとは思っていなかったため、驚いてドキドキする。
一方の先輩は、ゆっくりと思い出すように、話を続けた。
「彼女が震えていて、心配だったから……顔色を確認しようと思って、つい、ベール越しに触れてしまったんだ。了承も得ずに……。結果、彼女をより怖がらせてしまったのに、わたしは……。そのお嬢さんにちゃんと謝れなかった。そのことが心残りで、本当に申し訳ないことをしたと思っている」
(あぁ、そのお嬢さんは、ぼくのことだ……)
確かに、あのときは怖かった。
でも……ダン先輩はあの出来事をしっかり覚えていて、しかも、きちんと反省している。
前とは違って、今回は、ちゃんと謝ってくれた。
(そうだ。ぼくは知ってる。ダン先輩って、鬼族の中でも、とても体が大きくて、周りからは怖がられることが多いけど……。誰よりも優しくて、まっすぐで、立派な人物だってことを……)
「その、気にしないで――」
『ください』まで言いかけた、そのとき。
――ゴンッ!
突然、遠くから飛んできた石が、ダン先輩の右頬に直撃した。
「ッ! おっと……!」
ダン先輩が、一瞬、よろける。
「えっ! ダン先輩?!」
ぼくはすぐに駆け寄り、その体を支える。
(誰が、こんなひどいことをッ……!)
すぐにでも犯人を追いたいけれど、今は……ダン先輩の治療が最優先だ。
ぼくは先輩の手を引いて、近くの公園のベンチまで走る。
先輩を座らせて、頬をよく見ると――うっすらと傷があり、そこから血がにじんでいた。
「サラ、大丈夫だ。どうなってるかわからないが、これくらいすぐに治る。大したことないさ」
「ダメです! これから、お母様やお父様に会うのに……大切なお顔に傷があるのを見たら、きっと悲しみます!」
ぼくは迷いなくポケットに手を入れ、小さくたたまれたうさぎ柄のハンカチを取り出す。
そして、そっと、けれどしっかりとダン先輩の傷口にあてがう。
(誰もいないし……今は、とにかく、ダン先輩を助けたい……!)
周りに誰もいないことを確認してから、心の中で唱える。
簡単な回復魔法――ただ、ただ、先輩の傷が癒えるように願いながら。
(……傷が、消えますように!)
そう唱えてすぐに、そっとハンカチを外してみる。
すると、ダン先輩の頬から、傷跡がすっかり消えていた。
(うわっ……ぼくの魔力、強すぎ……? 魔力をそんなに出したつもりなかったのに! でも、焼肉をご馳走してもらったし……いいよね?)
そんなふうに、心の中で自分のことを正当化していたところ、ダン先輩に声をかけられた。
「……サラ?」
「あっ、ご安心を。早めに処置できたので! それより、お父様とお母様のところへ。帰り道、気をつけて……!」
「ありがとう、サラ。本当にすまないな……」
「いえっ! 今日は本当にありがとうございました!」
ペコリと頭を下げて、ハンカチをポケットに戻そうとしたところ、なぜか、ダン先輩が回収してしまった。
「ダン先輩?」
「このハンカチ、わたしが預かってもいいか? 今度、必ず返すから」
「あっ、そんな……気にしないでください。大丈――」
「いや、ちゃんとお礼がしたいんだ」
「わかりました……」
ダン先輩は礼儀正しい。こういう時、ダン先輩が引かないことを、ぼくは知っている。
「じゃあ……お父様とお母様と、楽しい時間を」
「あぁ!」
そう言って、ぼくはダン先輩と別れた。
先輩の背中を見送ってから男子寮へ戻ろうと思い、公園のベンチでおとなしく様子を見ていたけど、気がかりなことがあった。
(どうして、ダン先輩が狙われたんだろう? 王子様同士で何か争いでもあるのかな? それにしても、あんな酷いことをするなんて! 確か……石を投げた人が乗っていた車、青色だったような……?)
いろんな考えを巡らせているうちに、ダン先輩の後ろ姿は、もう見えなくなっていた。
(王族の内情には、関わりたくない。だから……今のことは、忘れよう)
そう思い直して、公園の入り口へ向かおうとしたら、さっきの青色の車が、停まっていた。
(あぁ……息が、できなくなりそう)
あの車の中に、ダン先輩を傷つけた人物がいる……。
許せない。本当は誰なのか知りたい。
なのに、なぜだろう――とても嫌な予感がする。
……そんな予感は、今回も当たる。
考え込んでいたぼくの目の前で、車のドアが開いた。
暗闇の中から、一人の人物が降りてくる。
顔は影になってよく見えない。けれど、どこか不敵な雰囲気をまとっている。
そしてその男は、ぼくの方に向かって歩み寄りながら、妖艶な笑みを浮かべて――こう言った。
「これは……面白いものを見つけたな」
ぼくは警戒して、公園の中へ逃げようとした。
でも、彼のほうが一歩早く、左手首を掴まれてしまった。
一気に、距離が縮まる。
すると、彼の体から、ふわりとアーモンドチョコレートの香りがした。
「あなたは……!」
「やぁ。君はこの前の……前回は、君の学ランを汚してしまって、すまなかったね。弁償もできず、心苦しかった。だから、お詫びに男子寮まで送ろうと思って」
「あ、あぁっ……!」
(最悪だ……!)
目の前にいたのは、ぼくが今、一番関わりたくなかった王子様だった。