ヴォヤージュ2011
別れ際、あの女……東條は「人助け」と言っていた。
どういう意味だろうか?
何かの意味を込めたのか……それとも、とくに深い意味のない挨拶のようなものなのか……?
メイは川上公園の近くで見つけた、良さげな雰囲気の飲食店で一人酒を飲んでいた。
そうしながら、東條から受け取った紙切れ──指定の場所を示す地図らしき絵を眺めてみる。が、当然ながら場所の見当をつけることはできなかった。
しかし幸いにも、絵の下部に注釈らしき現地語が書かれていた。またその文字の一部を最近見た覚えがあったことから……注釈は近場の地名を示している可能性が考えられた。
この文字列から、指定の場所を導き出せるかも? 一旦「インターネットカフェ」へ戻って、この文字列について調べてみよう。
と考えたメイは、公園へ来るのに乗った「電車」で戻ろうとしたが……それに乗るための駅が封鎖されており、中へ入ることすらできなかった。
どうやらこの異界の「電車」は、深夜使えなくなるらしい。
困ったな……朝まで待って、戻って調べて、また移動して……で、間に合うだろうか?
などとほろ酔い気分で迷っていると……
「キュルソン解析追加機能……異界情報案内……必要なら送信許可……」
わざと人間味を無くしたような声が、メイの脳内に直接アクセスしてきた。
なんてタイミングのいい、ともすれば都合が良すぎるくらいの情報提供。
メイは案内に飛びついた。すると感覚的に……この異界の「インターネットカフェ」なる施設は街のあちこちにあり、深夜でも来客を受け入れることが多いらしい……と理解できた。
その感覚的な理解に従って、メイは街のなかで施設の灯りを探す。
そうしているうちに、次の情報──先ほど会った二人が、今回の標的で間違いないという理解──を与えられながら。
翌日の夜、メイは指定の場所で待ち構える東條と西城を訪ねた。
「ちゃんと来てくれたんや、信じてたで」
「なんで来たんだ? そんなに俺たちの邪魔したいのか?」
メイへ静かに微笑む東條と、敵意をむき出しにする西城。
「私は、貴方たちを黙らせに来ました」
一方でメイは、逃げずに向かってきてくれるなら好都合だという程度に考えている。
「は? なんで? 俺たちゃ、未来の現実……運命を教えて回ってるだけなんだけど」
「運命?」
「死にゆく運命を教えて、導いてやっただけさ……迷える子羊ってやつによ」
「つまり、人が持つ将来への不安を煽り、死に向かわせた……ということでしょう?」
この異界の人々の、人心を惑わす輩……メイはそう聞いて、ここへ来ている。
で、ある以上……西城の物言いは、メイにとって扇動の自白でしかない。
「煽ったて……そういう運命の持ち主に、現実を教えてやっただけだって言ってるだろ……じゃあお前の運命も教えてやろうか?」
西城は妙なことを言った……何が「じゃあ」なのか理解できずメイは黙っている。
すると、男はメイを凝視してきた。
「…………あれ? なんだこれ?」
と、男には何やら想定外のことが起こったらしい。
「そうか、昨日の違和感……これか!?」
その事情はよく分からないが、男はメイを睨んだまま一歩、いや二歩後ずさりしていた。
「私の運命など、定まってはいない……ということでしょうか? それとも、貴方に私の死を定めることはできない、ということでしょうか?」
「ちッ、イヤな予感しかしねーけど……やるしかねーよなァ」
西城の発言は弱気だが、一方でメイへの殺意が伝わってくる。
「いいかい周回遅れちゃん、運命は定まってるんだ。だから『さだめ』って言うんだよ」
「なぜ? 未来は変えられる、貴方も私の運命を定められない……のでしょう?」
いつの間にか周回遅れと呼ばれだしたメイだが、そのことは流しておく。
「いや、俺には見えたよ。ただ、いつもと違うってだけでな」
「……適当な言い逃れにしか聞こえませんね」
「なに?」
「俺の力を疑る気か? そいつはちょっと……流せねえなァ!!」
西城の身体から、何かが高まっていくのが伝わってきた。
しかしメイは冷静に、ただ標的を排除するために……光学迷彩を起動した。
予め、この異界の民間人が使用できる武器について、調べておいた。
熱線銃のような、この異界にない武器を使ったという痕跡は残さない。そうすることで、民間人同士のいざこざを装う。
そう依頼された、詳しい理由は聞いていないが……ひとまず依頼どおりに。
もう一人の標的──東條は棒立ちのまま、まるで動かないことも視認しつつ……メイは姿を消す。
「き、消えた!? けど読める!」
読める、との言葉通り西城は横に飛び退き、メイの姿なき飛びつきをかわした!
避けた?
視えないはずの私から、何かを感じ取っているのか。
……それなら、反応するよりも速く。
「だからお前の考えは分がッッ!?」
身を隠したまま急に速度を上げたメイの拳が、西城の右胸を叩き潰した!
打撃の瞬間、メイは西城の身体を捉えた拳に少し柔らかさを感じたが……それはこの際、どうでも良い。
西城が有効打を受けて吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた……その事実だけで良いから。
「ほら、私の運命は定まっていなかったでしょう?」
メイは西城に近付いて光学迷彩を解き、男を見下ろす姿を晒した。
「へへ、か、かわいいもんだ……ゲホッ、変えようとするのも、それもっ、含めて……運命なんだって」
西城は仰向けで身体を震わせ、動けないでいる。
片胸を潰され、声を上げるのも苦しそうな状況だが……けして自説を曲げようとはしない。
「ぐっ、痛え……こりゃダメっ、かな……」
「マキシ……」
俯いている東條の辺りから、小声が漏れ聞こえた。
しかし動く様子はない。であれば、メイも気には留めない。
「う……最後に面白いもん見せてもらった……なんだかんだ楽しかったし、周回遅れちゃんに教えてやるよ」
「楽しかった?」
「俺はアンタの死に様を見られなかった、アンタで二人めなんだ。けどっ、東條のときとは違ってよ……ゴホッ、あ゛っ……アンタから別のものが見えたんだよ」
「ハァ、ハァ……かわりに見れた、アンタの……少し先の未来を教えてやるよ……ま、聞きたくないってんなら黙っとくけどよ」
西城がときおり喀血しながら語った内容は、メイには到底信じがたいものであった。
未来的な建物の、そこにいた半数近くの生き物を巻き込み死傷させた、大規模な破壊後の……ある局面。
辺りを広範に、跡形もなく吹き飛ばしたような爆心地……そこへ駆けつける、今にも泣き崩れそうな顔をしたメイ。
そこにはメイの隣にいる女と、メイに対峙する別の女、合わせて三人の姿があるという。
「運命、変えられるってんなら……変えてみろよ?」