疲露
今日のところはそろそろ解散して、タムと二人のんびり過ごしたかったが……キリキリ働くことが局長代行の務め、と突き上げられてしまっては仕方がない。
「待ってる間、ちょっとだけ娘の様子見てきてもいいかな……?」
とはいえ……まだ小さな子を、今日届いたばかりの装置に寝かせっぱなしというのはどうにも気にかかってしまう。
メイはもう一度、睡眠導入装置で眠るタムの様子をたしかめたかった。
「大丈夫ですゾ、少しく」
「ムスメ!?」
ペドロの快諾が、マリエの叫び声……普段の彼女からは想像もつかない声量の、悲鳴めいた叫びにかき消される。
「き、急に大声出さないでよ」
メイは困惑しながらマリエへ視線を向けると……やや細い眉は釣り上がり、見開いた目の中心で青い瞳が瞬いている。
「いつの間に……貴女の娘……見てみたくて堪らない」
口元はにんまりと、三日月のようにゆがんでいる。
普段は変化に乏しいマリエの顔つきとの大きな落差が、口が裂けてしまったのかとすら思わせるほどのあからさまな笑み。
「悪霊……」
その、らしくない表情に……メイは無意識な単語を漏らしていた。
……またか。最近は少なくなってきたと思ってたのに。
まあそれは置いといて、マリエは……そんなにタムを見たいのか? 見たいというなら、別に構わないけど。
「何もなければ眠ってるはずだけど、見てみる?」
「もちろん……待ち切れない」
メイはマリエを連れて、睡眠導入装置を置いた空き部屋に入る……そこでは、先に様子を見たときと同じ安らかな寝顔で眠るタムの姿を確認できた。
「……つまらない」
安心感を抱くメイの後ろで、マリエは興を削がれたのか白けた様子でため息交じりに呟く。
「見たいって言ってたくせに……何が不満なのよ」
「だって、まるで似てない」
どうもタムの姿が理想と違っていることが不満らしい。
確かに、タムはメイではなく局長……母親に似ている。髪色も顔立ちも、ほとんど母親から受け継いだようにすら思える。
目には見えないが、突然イタズラをしてしまう性質なのも……どちらかと言えば局長似。
今のところ、メイに似ていると感じられる要素は片目の赤い瞳くらいのもの。それはメイにも否定できない。
ただ、メイに似ていないのかと文句を言われても……どうしようもない。
「これで気が済んだ? 私は気が済んだから、満足したなら会議室に戻りましょ」
「……満足はしていない、けど戻らない理由もない」
二人は会議室に戻り、ペドロと雑談しながら第五課長ジャム・イロコワの到着を待つ。
「ペドロ課長、あの睡眠装置はどのくらい連続で眠っていられるのですか?」
「肉体の衰えや精神面への悪影響が無いのは丸二日までですナ。半日以上連続する場合は、自動で栄養補給もしてくれるすぐれ物ですゾ」
「ということは、食事を取らなくても問題ない……?」
「それにしても、ジャム課長は……」
「今のところ、第五課の所属員がエステル一派と合流し加担していたという情報はありませんゾ。彼が何を急いでいるのか、よく分かりませんナ……」
と、インターホンの呼び出し音だけが室内に響いた。
一拍置いて門前の画像が表示された後でも……挨拶の声は聞こえない。
そうだった。忘れていた。
「お疲れ様です、ジャム課長ですね? 第九課のメイです」
身体構造の都合でジャムは喋らない。発声をせず、思考文章化表示システムを使って話したい内容を文章化して画面表示することで、意思伝達を図る。
メイは以前に自室を訪ねられた時のことを思い出した。
「そちらで暫……あれ? ひとまず、そちらまでお迎えにあがりますね」
メイは来訪者がジャムであることを確認しつつ、迎えに行くと言い残して玄関へ向かおうとしていた。
しかし、門前の画像として映るジャムの姿がメイの言葉を詰まらせた。
画像に映るジャムは負傷しているのか、車椅子に座っていた。
『このような姿で失礼、いやはや面目ない』
背筋を伸ばして車椅子に座っている以外は、前に会った時と変わりのない……蛇のような頭部を持つ第五課長ジャムが会議室の一卓に着いた。
「そんな……異界での負傷でしょうか? それなら、何も恥じることは……」
着いて早々に失態を恥じる文言を表示させたジャムを、メイは庇おうとした。
『それが、実は……何でもない所で腰を痛め、動けなくなってしまったのです。まったく情けない』
しかし更新されたジャムの文章は、メイの気遣いがむしろ逆効果であったことを伝えてくる。
「そういえば、前にも腰の具合がよくないと……お大事になさってください」
……て、この状態で急ぎの用……って、まさか?
メイはある懸念が浮かんで不安になり、テーブルに投げ出していた拳を思わず握っていた。
『このような有事においては、役立たぬ者にはチームをまとめられない。私は辞職し、隠居しようと思っています』
「えっ?」
……やっぱりか。
『私事ですが、先日孫が生まれました。これを機に、孫の顔でも見ながらのんびり余生を過ごそうかと』
……孫、か。
そう言われると、あまり強く反対もしづらい。
今なら、そうしたい気持ちも分かるから。
けれど、この人にも暫くは……管理局の立て直しに注力してほしい。
二足歩行では動けないってくらいで、逃げられては困る。