68.アンバードラゴンと古き賢者(中)
『──汝らよ。その者に手を出すでない』
そう語りかけてきたのは、一つの家よりも巨大な体躯を持った、琥珀色に輝く鱗の巨龍。
おそらくはこいつこそが──。
「アンバー……ドラゴン!?」
ラスターが震える声でその名を口にしました。
なるほど、これが生きた龍ですか。さすがの私も生きているものを見るのは初めてです。
めったにない機会ですので、試しに鑑定してみるとしましょう。
── 【琥珀龍】 アミティ ──
370歳、雌
種族:龍《ストーンドラゴン:琥珀種【レア】》
ギフト:『龍の魂』、『アンバー・ブレス』、『琥珀鱗』
称号:『真龍』、『琥珀の主』、『幻の龍』、『地上最強種』、『賢者の守護者』
素体ランク:SS
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いやぁ、なんというギフト。なんという称号。目のやり場に困るくらいです。
さすがは最強種《龍》ですね。まともにやりあって勝てる気がしません。
ですが、幸いにもこの個体は理性を持っているどころか、人語を話しています。
ということは、交渉が可能なはずです。さっそく話しかけてみることにしましょう。
「お嬢様、危険です! 俺の後ろに──」
「下がりなさい、ウルフェ。ここは私に任せるのです」
「なっ?! お嬢様!?」
「初めまして、琥珀の主。私はユリィシア・アルベルト。どこにでもいるしがない下級貴族の令嬢ですわ」
「へ?」「は?」「ほ?」
ウルフェたちが変な声を上げますが……無視です。
『……盗賊どもよ。あのように琥珀に閉じ込められたくなければ、いますぐ此の地を立ち去る良い』
そう言いながらアンバードラゴンが首で示したのは、琥珀の中に閉じ込められた大量の──かつて人だったものたちの残骸。
なるほど、あれはこの地に忍び込んだ盗賊たちの末路なのですね。鑑定したらゾンビや腐骨の適性ばかりですから、よほど悪事を働いてきた素体なのでしょう。
しかし興味深いのは、あの盗賊たちは明らかに死んでいるのに、『石の賢者』は琥珀の中で生きているということです。
やはりこのアンバードラゴンは──『石の賢者』を守っていますね。称号にも『賢者の守護者』なんていうものもありますし。
さて、こうなると問題は、琥珀の中から出す方法と、守護者である龍への対応です。
どうすればこの守護龍を説得して、極上素体を頂くことができるのでしょうか。
私はまどろっこしいのが嫌いです。
なので、一気に核心に迫ることにします。
「私はあなたに話があります。アンバードラゴンの『アミティ』よ」
『なっ?! 汝──なぜ……我の名を知っている?』
「ええ、知っていますとも。あなたがこの琥珀の中にいる賢者──クリストル・ヴァン・ガーランディアの守護者であることもね」
『おおッ!? 汝は──いったい何者なのだ?』
お、龍が動揺していますね。
これは面白いです。動揺する龍など滅多に見れませんからね。この調子でグイグイいってみましょう。
「改めて名乗りましょう。私はユリィシア・アルベルト。この石の中にいる賢者を救いに来たものです」
『救いに……』
「お、お嬢様! 龍を刺激するのは危険では……」
「大丈夫ですよ。この龍は、賢者を守るために琥珀で包み込んでいるだけですから。しかも──300年以上の長きに渡って、ですね」
「な、なんと!?」
「さ、300年以上!?」
「うわー、すごいですね……ですがなぜお嬢様がそれをご存じで?」
まぁ鑑定で分かった結果を口にしているだけなのですが、私は鑑定眼のことを誰にも話していないので、みんななぜ私が知っているのか驚いているようです。特に龍は疑心暗鬼になっているようですね。
「ふふふ……」
私は意味深な笑みを浮かべてごまかします。この調子で知ったかぶりを続けたらどうなるのでしょうか。
警戒されるのか、あるいは──。
──賭けに勝ったのは私のほうでした。
しびれを切らした龍が、先に口を割ったのです。
『そこまで知っているのか……もしや汝が『予言の人』なのか?』
なんですかそれは。
予言の人? 聞いたことがありませんね。
ですがこんなときは曖昧な笑顔を浮かべていると、物事が上手く動くことを私は経験から学んでいます。
実際にほら、今も──。
『なるほど、そういうことなら理解した。約束の時が来たのだな。であれば……我は盟約に従い、琥珀の賢者の封印を解くとしよう』
勝手に都合よく解釈したアンバードラゴンの体が、突然明るい緑色に輝き始めます。
その輝きが収まったときには──巨大な龍の体躯は消え失せ、代わりに琥珀色の髪をした、額にエメラルド色の宝石を埋め込んだ8歳くらいの幼い幼女が立っていました。
……えーっと、この子は誰なんですかね?
「りゅりゅりゅー。改めまして、あたちはアンバードラゴンのアミティでりゅ。クリスとの盟約に従って、彼を琥珀化して350年間ずっとこの地で守っていたりゅ」
「龍が……人間に……」
「龍が女の子に……」
「龍が幼女……」
なんとびっくり、この子はアンバードラゴンが人化した姿でした。
魔獣が人化する逸話を聞いたことがありましたが、まさか龍が幼女化するとは──。
「あなた、人化できたのですね」
「アミティは龍でりゅ。それくらい朝飯前でりゅ」
「でも、なぜ幼女?」
「あたちは真龍の中でもまだ若い個体でりゅ。人間に換算すると、このくらいの年頃なんでりゅ」
「さっきまでの荘厳な口調は?」
「あ、あれは……真龍としてのキャラづくりでりゅ!」
キャラづくり……。
いろいろと突っ込みどころはあるのですが、今はそれよりも優先することがあるのでぐっと疑問を飲み込みます。
優先事項は──もちろん、『石の賢者』を手に入れることです。そのためにはこの幼女龍の説得が必須ですからね。
「『石の賢者』はあなたにとって大切な存在なのですか?」
「クリスはあたちの友達りゅ。まだ生まれて間もなかったあたちにいろいろなことを教えてくれたりゅ」
「そのクリストルを……なぜあなたは琥珀化していたの?」
「クリスは……不治の病になっていたりゅ。だからあたちが琥珀化して、ずっと守ってきていたりゅ」
なるほど。どうせ不治の病で放置していても死ぬだけだったので、琥珀化して時を止めたってわけですね。
「クリスは言っていたりゅ。これを治せるのは大聖女様くらいだと。あなたは──大聖女りゅ?」
「違いますわ。ですが、そういうことであれば私が治療いたしましょう」
さっそく琥珀の中にいる賢者を《鑑定眼》で調べてみると──なるほど、これはやっかいな病ですね。
特に内臓ひどくて、ボロボロになって腐り落ちかけています。どうやったらこんな病になるのでしょうか。なにせ『不治の病(余命3/多臓器不全)』などというヤバそうな称号があるくらいですからね。
ただ彼の場合、病というよりも……一種の呪いのようにも見受けられます。もっとも、仮に呪いであったとしても私の左手にかかれば万事問題なしなのですがね。
「本当に……治せるりゅ?」
「もちろんですわ」
「もしクリスを治療してくれるなら……どんなことでもするりゅ!」
お、聞きましたかー?
言質取りましたよー!
これでアンバードラゴンの素体ゲットですね。
「ではさっそくですが治療を開始いたしましょう。アミティ、琥珀の解除をお願いできますか?」
「はいでりゅ。琥珀化を解くでりゅ!」
アミティが琥珀化を解くと同時に、崩れ落ちるクリストル。
私はすぐに抱きしめると、彼の頭の上に《祝福の唇》を落とします。これで祝福チャージ完了です。
続けて『生命の樹』を立ち上げると、クリストルの内臓を再構成して、復元するイメージを作り上げます。これですべての準備完了です。
「治癒魔法発動 ──『治療』」
──そのまま一気に魔力を込めた治癒魔法を打ち込みました。
久しぶりの全力全開の治癒魔法です。しかも浄化までプラスさせています。
5万近くまで膨らんだ私の魔力を一気に解放して、ありったけの治癒力をブーストしまくって元『石の賢者』に叩き込みます。特に内臓に関しては、腐り落ちようとしている内臓そのものを取り換えて、新たに作り出すくらいの勢いです。
結果──効果は抜群。死にかけていたクリストルの体がみるみる回復していきます。
同時に──えもいえぬ快感が、私の背筋を突き抜けてゆきます。
これは──。
「あぁ……有頂天ですわ」
どうやらSSランクの素体は、治癒によって得られる効果もSSランクのようです。
気が付くと私の意識は──久しぶりに快楽とともにぶっ飛んでいました。