70.超速パイプライン計画
わたしは館の扉を開ける。
「あら?」
透き通るような青い髪と、魚のヒレのような耳を持つ美女。
この館の管理人であり、セイレーンの真魚美さんだ。
「もう帰ってきたの、リオンちゃん。忘れ物?」
「ううん。ちょっと『温泉』を引きたくてね」
「温泉? ああ、地下のボイラー室の……」
彼女は首をかしげ、不思議そうにわたし達を見る。
「でも、あそこから農地までは数キロあるわよ? どうやって運ぶの?」
「パイプを繋げようと思って。……まずは『道』を作らないとね」
わたしは館のバルコニーへと上がり、遥か彼方にある農地の方角を眺めた。
ここからあそこまでは、一直線に瓦礫の山や、枯れた森林、廃ビル群が立ちふさがっている。
普通にパイプを通そうと思えば、まずは障害物を撤去して整地するだけで数ヶ月はかかるだろう。
だが、わたしにはこの店がある。
「邪魔な木々も、瓦礫も、地面も……全部『商品』だ」
わたしは右手をかざし、射線上の障害物をロックオンする。
「スキル発動――【遠隔買取】!」
ズゴゴゴゴゴ……ッ!!
轟音と共に、視界前方の景色が歪んだ。
邪魔な枯れ木が、崩れたコンクリート片が、そして余分な土砂が、次々と光の粒子となって消滅――いや、わたしのアイテムボックスへと吸い込まれていく。
「ええっ!? 森が……消えた!?」
真魚美さんが口元を押さえて驚愕する。
わたしの視線の先には、まるで定規で引いたような、幅数メートルの真っ直ぐな「溝(パイプ用トレンチ)」が出来上がっていた。
館から農地まで、遮るものは何もない。
「相変わらず……リオンちゃんのやることは規格外ねぇ」
「整地は完了だね。……次はトールだ!」
わたし達はそのまま、館内の工房へと向かった。
扉を開けると、そこには既にドワーフのトールが腕を組んで待っていた。
机の上には、青焼きの図面が広げられている。
「待っておったぞ、主よ。……パイプじゃろう?」
「ああ、さすがトール。話が早くて助かるよ」
「ふん、あの轟音を聞けばわかるわい。……ほれ、熱を逃がさず、腐食しない魔導合金の配合比率だ」
彼女がドヤ顔で指差した設計図を確認する。完璧だ。
準備は整った。
あとは、さっき「買取」で手に入れた大量の資材(木材、鉄くず、石材)を、この設計図通りに変換するだけだ。
「繋がれ、命の道! スキル発動――【仕様変更】!」
カッ!!
わたしの手元から、眩い光が奔流となって放たれた。
光は先ほど作った一直線の溝に沿って走り、その軌跡に「銀色のパイプ」を生成していく。
自動生成されたパイプは、まるで生き物のように伸び、結合し、農地へと向かって爆走する。
ガチャン! ガチャン! ガチャン!
金属音が連続して響き渡り、数キロメートルに及ぶ配管工事が、わずか数秒で完了した。
わたしはボイラー室のメインバルブに手をかける。
地下から汲み上げられた高温の源泉が、ポンプの中で唸りを上げている。
「通水!!」
バルブを回す。
ゴウゥゥゥ……ッ!!
パイプの中を、高圧の熱湯が駆け抜ける重低音が響いた。
その振動は、足元から遠くの農地へと伝わっていく。
「よし、確認に行こう! エリー!」
「御意。……失礼します♡」
エリーが待ってましたとばかりに、再びわたしを抱き上げる。
スンスンと匂いを嗅がれる隙もなく、世界が反転した。
ヒュンッ!!
一瞬の浮遊感の後。
わたし達は、再び農地のど真ん中に立っていた。
ズドドドドド……ッ!!
足元から地鳴りが近づいてくる。
コノワたちが何事かと集まってきた、その時だった。
「――来たぞッ!!」
バシュゥゥゥッ!!
新設された蛇口から、白い湯気と共に、勢いよく熱湯が吹き出した。
透明で、少し硫黄の匂いがする本物の温泉だ。
「う、うおおおおおおっ!?」
「出たぁぁぁ! お湯だぁぁ!! すげぇ勢いで熱湯が吹き出してきやがったぁぁ!!」
歓喜の絶叫が上がる。
成功だ。
これで、農地に「無限のお湯」が供給された。
「ふぅ……。これでやっと、お風呂に入れるね」
わたしは立ち昇る湯気を見上げながら、満足げに頷いた。
さあ、次は大浴場の建設だ。