チートの血脈
こうして笹原家は一気に賑やかになった。
中でも一番テンションが上がっていたのは直哉の母、愛理だ。
リビングの隅でスーツケースを広げながら、小雪にニコニコと笑いかける。
「あなたが小雪ちゃんよね、ずーっと会ってみたいと思ってたのよ。本当に可愛い子ねえ。ハワードさんに聞いていたとおりだわ」
「い、いえ、そんなことはないです……」
ガチガチに硬くなる小雪である。
まさかこんな状況で直哉の両親に会うことになるとは思わなかったらしい。
そんな小雪の緊張を理解してか、愛理はにこやかにスーツケースから包みを取り出す。
「はいこれ、イギリスのお土産ね。よかったらもらってちょうだい」
「へ……い、いいんですか?」
「ええ。気に入ってもらえると良いんだけど。よかったら開けてみて」
「は、はい……わあ、かわいい!」
小雪の顔がぱあっと明るくなる。包みから出てきたのはカラフルな文房具や、キラキラしたアクセサリーの類いだった。いかにも女子が好きそうなラインナップである。
「でも、とってもたくさんありますよ。ほんとにいただいてもいいんですか?」
「いいのよいいのよ、お近づきの印にね。お母様や妹さんと分けてちょうだいな」
「あ、ありがとうございます!」
「ふふふ、こちらこそ。うちは息子しかいないから、娘にこういうお土産を持って帰るのが夢だったのよ~」
女性陣はきゃっきゃとはしゃいで、明るい雰囲気で満ちている。
しかし一方で……。
「「「……」」」
こたつを囲む男性陣には、まるでお通夜のような空気が漂っていた。
主にその空気を発生させているのは直哉である。
ずーんと沈みこむ理由はただひとつ。いいところで邪魔が入ったからだ。
(えええ……こんな状況ありかよ……)
先日のお見舞いのときは自分から断ったので、すこしは諦めがついた。
しかし今回はもう、災難と呼ぶしかない。
なまじ意気込んでいた分、ショックもまた大きかった。
そんな中、しかめっ面で黙り込んでいたハワードが盛大なため息をこぼし、小雪にそっと話しかける。
「なあ、小雪。そろそろお暇しないか……?」
「ええー、まだいいじゃない。直哉くんのお母さんと、もっとお話ししたいわ」
「そうねえ。私からもお願いできませんか、ハワードさん」
「ぐっ……愛理さんがそう言うのなら……」
ハワードは眉間にしわを寄せ、断腸の決断だとばかりにかぶりを振る。
しかしそうかと思えばキッと目をつり上げて、直哉の隣に座る法介を睨むのだ。
「愛理さんはいいだろう。だが、お前は娘に近付くんじゃないぞ! ホースケ!」
「ちょっ、パパ! 直哉くんのお父さんに失礼でしょ!」
「小雪はこいつのタチの悪さを分かっていないんだ……!」
「あはは、いいんですよ小雪さん」
法介は特に反論することも無く、呑気にお茶をすするだけだった。
そんな不思議なやり取りにますます小雪は首をかしげる。
「ひょっとしてパパ、直哉くんのご両親と一緒に帰ってきたの?」
「ああ、うん。そういうことになるが……」
ハワードは顔を曇らせつつも渋々うなずいてみせる。
つい一ヶ月ほど前に彼が直哉の父親と出会ったということは、小雪経由で直哉も知っていた。
意気投合したらしいとも聞いていたので、タイミングを合わせて帰国することは不思議でもなんでもない。
しかしハワードは盛大なため息をこぼし、両手で顔を覆うのだ。
「今となっては、やめておけばよかったと心底後悔している……」
「ええ……この前、義兄弟の契りを交わしたとか言ってたのに」
「あれはもう解消した」
やけに苦々しくそう言って、ハワードは法介にびしっと人差し指を向ける。
「こいつときたら、目につくありとあらゆる事件に首を突っ込みおって! なぜイギリスから日本に帰るまでに二週間もかかるんだ!? おまけにインドや中国、アメリカなどなどを経由して……無駄に世界一周してしまったじゃないか!」
「いやだって、どれもこれも人命がかかった事件だったんですから仕方ないじゃないですか」
「それは確かにそうだが……! なぜ空港ですれ違っただけの老婦人が、孫の身代金を運んでいる最中だとわかる……!?」
「いやあ、それは見ただけで普通分かるでしょう?」
「だからそれはおまえだけだ!!」
ハワードは頭を抱えて絶叫する。
誘拐事件や殺人未遂事件、飛行機のハイジャック計画、エトセトラ、エトセトラ……。
帰国の道中、法介はそうした事件の匂いを嗅ぎつけて、片っ端から首を突っ込み解決に導いていったという。そしてハワードは漏れなくそれに巻き込まれた……らしい。
しかし法介の方は悪びれることもなく、穏やかな笑みを浮かべて言う。
「向こうだとまだアジア人に偏見を持つ方がいらっしゃいますからね。私が忠告しても耳を貸してくださらないことが多く……ハワードさんが緩衝材として間に立ってくださって助かりました。今回はやはりかなりスピーディーに帰って来れた方ですよ」
「マシになってあれなのか!? 私は何度死にかけたかわからないんだぞ!?」
真剣な顔でツッコミを入れるハワードだが、小雪はそんな父に白い目を向ける。
「いくら何でも映画じゃあるまいし……私をからかってるだけなんでしょ、パパ」
「小雪はこの男を知らないからそんなことが言えるんだ。ほら、ホースケ。うちの娘にも、いつものやつをやってやれ。ただし手加減しろよな」
「はあ、どれどれ」
「へ? な、なんですか……?」
ハワードに促され、法介は小雪の顔をじーっと見つめる。
小雪は戸惑うばかりだが、やがて法介は淡々と――。
「ふむ……小雪さんは今日、友達たちと遊びに行ったみたいですね」
「はい……?」
「そこで食べたのは、パンケーキかな。フルーツがたくさん載ったものを五人くらいでシェアしましたね。飲んだのはクリームたっぷりのココア。それから服屋を見て、本屋に寄って、最後はゲームセンターに――」
「名探偵とかそんなレベルじゃないですよね!?」
真っ青な顔でそれを遮る小雪だった。そのままハワードへ、哀れむような目を向ける。
「これならパパが言ったような展開になっても不思議じゃないわね……疑ったりしてごめんなさい」
「わかってくれるか、娘よ……!」
「やっぱり初めての方はびっくりしちゃうわよねえ。この人ったらいつものことだから、私は慣れちゃったわ」
「まあ、必要がないときはここまで読みませんよ。ええ」
頰に手を当ててため息をこぼす妻に、法介は罰が悪そうに笑う。
ハワードや直哉から小雪のことを聞いていただろうが、初対面の相手だ。直哉もそんな相手のことを読むには、あれこれ尋問が必要になる。見ただけでここまで分かるのは、踏んだ場数の差だろう。
こうした個性を生かし、法介は行く先々で事件を解決している。何しろ見ただけで犯人やその企みが分かるので、チート探偵もいいところだ。
とはいえそれに巻き込まれる方は溜まったものではなかったらしい。
ハワードは苦虫を噛み潰したような顔をして法介を睨む。
「だからおまえのような死神を可愛い娘に会わせてなるものかと決意していたのに、日本に着くや否や、小雪が直哉くんと一緒にいると妻から電話を受け……慌ててここに駆け付けたというのに、何故こうも来るのが早い!?」
「……ハワードさんを逃してしまってからすぐにタクシーを拾ったからですかね。行き先は分かってましたし」
「くそっ……! そこまでしてうちの娘に会いたいか! 何を企んでいる、この悪魔!」
「えっ、いや、うーん……娘さんに会ってみたくはありましたが、どちらかというとハワードさんを引き止めたかっただけというか……うーん……」
法介は言葉を濁してサッと目を逸らす。
その様子を見て、ますます直哉は胸中で頭を抱えるのだ。
(そうなんだよなあ……この人、俺より察しがいいから……息子が家で彼女を連れ込んで何をしようとしていたか、絶対分かってるんだよなあ……!)
息子が家で彼女とイチャついている気配を察し、ハワードを空港で引き留めようとしたのだ。
とはいえそれを恩に感じる余裕は、今の直哉にはまったくなかった。
親にそういう企みがバレるのは死ぬほどキツイし、気遣いが胃に刺さる。
せめてもの抵抗とばかりに父親の顔を全力で睨みつけるのだが――そこで直哉は膝を打った。
「ほんとか、親父!」
「ああうん。道中、ハワードさんとそういう話になってね」
「もちろん大賛成だ!!」
お家デートをふいにされた恨みが、父の考えていることを読んで一瞬で吹き飛んだ。
続きは明日更新します。
書籍版は絶賛ご予約受付中!本は初動が命なので、ぜひともよろしくお願いいたします!
そしてページ最後に記載しているアンケートにご協力、いつもありがとうございます。法介の再登場や風邪のお見舞いはそちらからいただいたリクエストになります。
何分ゆっくり進行なのでリクエストを拾うのが遅くなるとは思いますが、可能な限り書いていきたいと思っております。ご希望がございましたら気軽に投げて、気長にお待ちくださいませ。