第四十八話(36~37の途中まで)
そして今度は、私の番だ。
義務を果たさなけば。
母から受け継いだ伝統を、この身をもって実現させなければいけないのだ。
そう、決意を固めかけたちょうどその時。
また彼が話しかけてきた。
「さて、落ち着いたところで一つ質問良いか?」
「なんでしょうか?
なんだって答えますよ」
あれ、なんだろう?
首をかしげる。
まさか、なにか失礼をしてしまった?
ご不快な思いをさせてしまったのだろうか?
…いや、そんなはずはない。
私の礼儀作法は代々受け継がれた伝統通りのもののはずだ。
それは間違いない。
だから、問題などみじんもない、そのはずなのだが……
否応もなく不安が高まり、緊張してしまう。
しかし、彼が次に投げかけてきたのは、意外にも当たり前すぎる問いかけだった。
「今がどういう状況か分かるか?」
え?
「今、ですか?」
「そうだ。海賊から逃げられた、その後のことだよ」
どういう意味なのだろう。
よく分からない。
「そんなの簡単ですよ。
それは…」
そう、様々なトラブルを乗り越え、海賊に捕まって、でもその海賊が【北辺海の主】に襲われたから、なんとか自由になれた。
そしてその後に何が起きたのか、
それは……それは……
*
「もう大変だったじゃないですか。
海賊が」
「それはもう良い。
海賊の後に何があったか、それは覚えているか?」
「えっ?」
その瞬間は、まるで時間が凍りついたかのようだった。
まるで本当は全てが闇であり、私はたった一人になったかのような…そんな感覚。
いけない。
黙り込んでいては、本当に闇が来てしまう…何か悪いことが起きてしまったかのようではないか。
早く、答えないと。
「きっ、きっとすぐに思い出します!
ちょっと待っ…」
けれど、
「いいや、待たないよ」
「そんな!」
彼は待ってくれそうにない。
「さて、答えてもらおうか。
俺は、『神の使い』なんだろ?
だったら、正直に質問に答えてもらっても、バチは当たらないはずだ。
それとも、はぐらかし続けて、なにもかも全部無しにするか?」
「え、えーと、その…」
分からない。
本当に分からないのだ。
「う、うう」
頭が、痛む……
「あ、あれ、やりすぎたか?
おい、ラム!
しっかりしろ!
おい!
おい!
おい!」
あれ?なにを必死に叫ばれているのだろうか…?
わからない、なにも……
いしきが、
だんだん…
きえて…
*
*
*
「元気になったから良いじゃないですか
きっとすべては神々のお導きなのですよ!」
「う、うん?
だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。私はいつだって大丈夫なんです。
だって、私は、伝統を守り忠実に生きる【心臓】の娘なのですから」
それにしても、こんなふうに気軽なおしゃべり出来るのも、旅に出たおかげだろうか。
こうして笑いながらおしゃべり出来るようになって、本当に良かった。
と、私はそんなふうにのんきに思っていたのだが……
「さて…そうだな。
ええと、以前聞いた神さまの名前が思い出せないんだけど、知ってるか?」
突然、彼は、妙なことを尋ねてきた。
はて、一体どういう風の吹き回しだろう?
「神々の名前でしたら、大半は分かります
【里】では、色々な神々を祀っていましたからね
さあ、どうぞなんでもお聞きください」
「すごく有名らしいんだが、子どもを叱りつけるときとかに言う神さまなんだ。
あとは、肉をマズくするとか」
「…さあ、知りませんね」
この方は、一体何をおっしゃっているのだろうか?
「そうか。
くどいようだが、本当に知らないんだな?」
「知りません。全く見たことも聞いたこともありません」
否定する。
知らない。
そんな恐ろしい名前、■■■■■■■など知るわけがない。
絶対に、知っていてはいけないのだ。
だって、アレのせいで…
あの光のせいで、『彼』は……
うっ…頭が痛む…それに、まためまいも……
「だ、大丈夫か?」
「うう…だいじょうぶです!
私は健康です!問題が無い、どこに出しても恥ずかしくない立派な『心臓』ーー食材なんです!」
「…気分が悪そうだし、質問を変えよう」
「はい、あなた様がそれでよろしいのでしたら」
今度は…なんだろう。
今度こそ、ちゃんと答えないと…でないと、私は…私たちの血族は……
そして、彼は問うてきた。
とても意外で、しかし簡単なはずの、その質問を。
「俺の名前は分かるか?」
何を言っているのだろうか。
そんなもの…あれ?
そんな簡単な質問、答えられないはず、ないのに……
分からない……分からないのだ
どうして?
私は一体、どうしてしまったというのだろうか?