第八十三話(その2の6~7の途中まで)
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世界が紅く染まっていた。
夕暮れの浜を、ひとり歩く。
昔はオレも、夜までには必ず家に帰っていたというのに…気づけば、こんな時間になっても出歩くことが多くなっている。
思えば、オレも年を取ったもんだ。
十五で受ける成人の儀式も、もう何年も前だからな。
まあ、それでもあんまり中身が変わった気はしねえんだけどな。
タッパこそ伸びたが、オレの心は相変わらずあの頃のガキのまんまだ。
歩いている途中、幼なじみと会った。
もっとも、この狭い村だ。
オレにとっちゃあ、会うヤツ全員が幼なじみと言っても過言じゃない。
最近は、だいぶ余所者も増えたが、それだけは今もまだ変わらなかった。
「親分、どうしやしたでやんすか?
てっきり今頃は、海賊退治のご褒美を、領主様から受け取られていられているものだとばかり…」
もうその噂が広まっているのか。
領主様も、いいかげん宴を開くのを止めても良いのになぁ……
海賊退治なんて、オレが【守備隊】を作って以来は、もう日課みたいなもんだし、適当に済ませても良いのに。
まあ、最近は【北海】もなにかときな臭い。
有事に備えて、論功行賞をちゃんとやっておくのは軍事の基本だし、それも仕方ないか。
とはいえ今回は、ちょっと事情があったんで、オレは途中で抜け出させてもらったんだけど。
「ちょっと野暮用があるんでな。
それは早めに切り上げてきた」
「野暮用、でやんすか?」
オレはああ、とうなずき、その理由を吐き出すように告げた。
「アイツが帰ってくるんだよ」
そして、オレは昔なじみと別れ、港へと向かった。
別れ際になって、投げかけられた言葉が、背中に貼りついたかのようにのしかかる。
その重みを感じながらも、オレは、ひたすら港へと足を動かし続けた。
こうなると、嫌でもこの重みの理由を意識せざるを得ない。
出来れば、“実行”までは忘れていたかったんだがらなぁ……
歩きながら回想する。
それは、つい数日前のことだった……
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「この【北海】に、工場は絶対に作らせてはならない!」
またこれだ。
オレは、あくびをかみ殺しながら、おざなりに首を動かした。
まあそれでもあちらからは、けなげに同意しているように見えているはずだ。
なにしろ、自分の見たいもの以外はなにも見えない連中だからな。
成人の儀式の直後から、ずっとこの話題だよ。
本当なら、成人後は、すぐにめでてえ話をするはずだったんだがなぁ……
オレはよりによって、『長老衆』に捕まっていた。
今度は暴力による拉致監禁じゃねえが…まあ、奇襲という意味では大して変わんねえな。
ここでは、ガン首揃えた爺様たちが、やいのやいのとしゃべりまくっている。
と言っても、開いている口の数こそ多いものの、肝心の話の内容はどれも似たり寄ったりだ。
やれ、
「もう『メクセトの災い』を繰り返させではならぬ!」だの、
やれ、
「機械技術は、海に毒を流す!
ワシらの大切な【北海】を、陸の者どもの肥溜めやゴミ捨て場にさせてはならんのじゃ!」だの。
結局は、最近北方で進んでいる工業化への非難一色だ。
ちなみに、爺さんよ、メクセトの肥料工場は、別に肥溜めじゃねえぜ。
オレも正確には理解しちゃいねえが、あの工場が災いを巻き起こしたのは、肥料を合成したときに出た『水銀』の毒のせいだったはずだ。
それも、記録を調べたらどうもメクセトのヤツのせいじゃないらしいな。
なんでも、工場を任された当時の下っ端が、排水処理に手抜きをしただか、失敗しただかって話だ。
まあ、それも頭のメクセトの管理責任だって言われりゃその通りだし、結局、失敗して毒を海にたれ流した前例を作っちまったのがヤツの帝国だってことも、また紛れもない真実ではあるんだけどな……
問題なのは、恐怖と思い込みで動いてるご老人方に、そんな事実や退屈な記録ベースの話をしたって、『糠に釘』
完全に無意味だってコトだ。
おまけに、更に厄介なのが……
「しかし、これからの北方の繁栄と連帯のためには、『商会』との協力は欠かせませぬ!
何より、工場建設は領主様のご命令なのですぞ!」
コレなんだよなぁ……
いくら『長老衆』が、このあたりの意思決定機関だとしても、さすがに領主様には逆らえない。
軍事力や財力っていう、分かりやすい力の差はもちろんだが、それ以前に『長老衆』自体が、『メクセト戦役』時代に作られた領主様の下部組織なんだ。
つまりは、領主様に忠実であることが存在意義な集団なんだよ。
ただし……