第四十九話:その件に関しては申し訳ないです
「『サーレ・インクレデイビレ』の山本です。こちらは影山物産の影山社長。本日はお忙しい中お時間いただきましてありがとうございます。あ、お名刺など……」
俺と相田はラーメンチェーン「凄塩」の山本社長と一緒に壬生商事の本社ビルに来ていた。5階にある来客用会議室で、飲食関連部署の飯田担当課長と顔合わせだ。
お互い頭を下げながらの名刺交換行列が行き交った後、俺達は席に着いた。
「お話はメールで伺いました。ラーメンチェーンの世界展開というお話でしたね?」
「はい、では早速本題に。いわゆる意識高い系ラーメンの国内の需要は完全にサチっていますが、海外ではまだ需要が健在です。これは日本ではラーメンがラーメンという食べ物であるのに対し、一部の国ではスープ料理として認められているからだと思います。
スープで勝負するということなら、ウチにはまだ十分チャンスはあると思っていますが……」
「どうなんでしょう。そこまでのポテンシャルが日本の意識高い系ラーメンにあると思いますか?」
「うちの店は外国人観光客も多いし、概ね認められるのではないかと思います。ただ、辛くなければメシではないといった味覚の特殊地域においては何らかの対策が必要だと認識しており、現在急ピッチで激辛系のラーメンについても開発中です」
「良いと思います。今ではメシは辛いものでないと、といった方が存外多いんですよ、人口ベースでは。
私なんかは食べる時も苦手ですが、翌朝の辛さがこれまた……。それが良いって人が多いのは驚きですよ。ホント。
今までにも東南アジア限定とか、手始めに北米といった形でお手伝いしたことはありますが、どの企業さんも食材の調達と品質の維持に苦労しておられます。
それともう一つ、現地の食の保守性の強さといったらもう、どの経営者さんも皆ご苦労なさっていらっしゃるようですが、辛いもの好きに対応するだけで行けますかどうか」
「食材の現地調達の方法についてはレシピを考案する段階で厳密に精査しています。最近、海流が変わったりして魚族資源が減少しているのでスープの方の原料になる魚を養殖しなければいけないと考えているのですが、養殖業者のお知り合いはいらっしゃいませんか?」
「魚の養殖ですか? どのような魚でしょう? 難しい魚でなければいいのですが……水産資源部に繋ぐことは可能ですよ」
「えーとですね、ダツという魚です。海釣りではポピュラーな魚でして。ウチでは漁師さんと契約して上がったぶんだけ全量買い取りしています。
豊漁の時に確保したものを冷凍保存したりして切らさないようにはしているのですが、世界展開となると別の調達方法が必要になると思います。
本当はオキザヨリという魚が一番適しているのですが東京ではなかなかお目にかかれませんね」
山本社長が大型モニタにダツの写真を映して飯田課長に見せた。
「サンマかサヨリのような魚ですかね」
「そうですね。同じ目の魚です。似ていますよ」
「山本さん、サンマの飼育、養殖の難易度は特Aですよ?」
「それはサンマの市場価格が安すぎて、養殖の手間に合わないせいでしょう。試算だけして、誰も本格的に養殖に着手してこなかったと聞いていますよ。
いいですか? このオキザヨリは全長が最大で1.5mにもなる魚で、美味で高価なことで鹿児島などでは知られています。安定供給のめどが立てば市場価格的にもペイする筈なんです。
それに、海上を漂う海藻に産卵するサンマよりはダツやオキザヨリのほうが採卵が容易な筈なんですよ……食味も、サンマの旬を除けばダツやオキザヨリの方が上だと私なんかは思いますけれど」
一流商社の猛者相手に飲食ベンチャーの社長がどこまで話ができるかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。きちんと意見交換ができているようだし、後はビジネス条件さえ合えば壬生商事との業務提携まで一気に行けるかもしれない。
「失礼します。影山物産の影山社長はこちらにおいででしょうか?」
どこかで見た顔の、絵に描いたような美人秘書が会議室の扉を開けて入ってきた。会議を中断させての闖入に申し訳なさそうな顔をしている。
「あ、は〜い。いますいます。こっこで〜す」
俺はおどけて両手を上げて振ってみせたが見事に滑った。相田は同行者として若干バツが悪そうだ。スマン。
「当社顧問の壬生が面会を希望しております。こちらの会議は何時頃終わるご予定でしょうか?」
俺は山本社長の表情を確認した。少々びっくりしているようだが「ここは俺に任せて先に行け」と言わんばかりの自信満々の表情だ。相田もつられて俺の顔を見てウンウンと頷いている。お前、何が起きてるか判ってないだろ。
「山本さん、相田、ご指名が入っちゃった。ここは任せちゃっていいかな?」
「大丈夫だと思います。想定以上のお金の話は私が。事業の話は山本さんが飯田さんと詰めます」
相田はようやく自分にも出番が回ってきたので少し張り切っている。それとは対象的に飯田課長の顔が若干、引きつっているようにも見えた。
「あの、すいません。顧問の壬生さんって、前会長の壬生由武さんのことですか?」
「はい、左様でございます」
「山本さん、影山さん、壬生前会長とお知り合いなんですか?」
飯田課長は死刑台に上がったような顔をしていた。まるでこのミーティングの成否に自分の首がかかっているかのようだ。大丈夫。それ、錯覚だから! 飯田さんファイト!
「いえ、私がお正月に嵐鳳楼にご招待いただいたぐらいで、そんなに深いお付き合いではありませんよ」
「らっ……!」
ご存知嵐鳳楼は、VIPの接待には年に一度使われるかどうかの迎賓施設だ。グループ社員にとっては、社長にならない限り絶対に足を踏み入れられない聖地でもある。
「飯田課長、影山社長をこのままお連れしてもよろしいでしょうか?」
美人秘書さんが1オクターブ低い声で飯田課長に睨みを入れた。今すぐ俺を連れて行く気満々のようだ。
「はっ……はい!」
「では、申し訳ありませんが私はここで中座させていただきます。相田、終わったら俺置いて帰っていいからな。逆にこっちが早く済んだら俺は勝手に帰っとくわ」
俺はその場の皆に軽く会釈して、美人秘書さんに連れられるがまま会議室を出て行った。
「影山さん、まだお久しぶりというほどのこともありませんね。どうご挨拶すればいいのかしら」
美人秘書さんがにっこり笑って俺に話しかけた。
「貴子さん……でしたか。そうですね。ご無沙汰というほどでもありませんね」
「父から聞きましたよ。私フラれたんですってね?」
「あー……その件に関しては申し訳ないです」
壬生さんから、四女の貴子さんが俺を気に入ってるらしいとか言われていたのだが、その場できっぱり断ったことはもう本人に伝わっていたらしい。
「あれは父の勇み足です。お気になさらぬよう。それを一言言っておきたくて、この役を引き受けたんですよ」
「そうでしたか。それは良かったです。何と言うかその……安心しましたよ」
「あら、影山さんが即答でお断りになったと聞いて私これでも少し傷つきましたのよ? いくらなんでも即答はないでしょう。少しは考えていただかないと私の株が下がってしまいます」
「はは。そこは私が女性を見る目がないということで勘弁していただきたいですね。半端な成金には本当に良いものなんか分かりはしないものだとでも思っていただければ」
「半端な成金だなんて……でも、そういうことにしておきましょうか。ええ、許して差し上げます。ふふ。
それにしてもびっくりしましたわ。見ればお若いのにもう三十路を越えてらしたなんて」
「はは……童顔なんですよ。おかげで仕事では相手に舐められっぱなしで結構苦労するんです」
「そういえば、父も昔は結構若く見えてたんですのよ。昔の写真なんかを見ると、周りの方より十は若く見えますわ」
壬生さんもテロメアを弄っていたのか。テロメラーゼの発見が1985年だから丁度壬生さんのお役目期間内の出来事だな。情報が出回り始めたので自分でも試してみたというところか……。
などと計算をしていると貴子さんは人気の少ない通路に入り、関係者以外立入禁止の扉を開けて入っていった。
「あれ、エレベータホールはこちらでは?」
「役員専用エレベータはこちらです。どうぞ」
ああ、なるほど。そういえば社長が正面玄関から出勤してるのなんか見たことなかったわ。商売敵や社内政治で逆恨みした人達が何やらかすか分からないから警備上分けるよな。
チン! と古風な音がして42階に到達。そういえばエレベータホールのエレベータは39階までしか表示がなかったけど、そういうことね。
おお、絨毯の色と毛足の長さが違う。壁が高そうな木材風だ。これが大企業の役員フロアってやつか……。
ドアが半開きになっている警備室をチラと見るとモニターが並んでおり、40階以上の通路、トイレ、各部屋に至るまで全てが映し出されていた。これじゃ汚職や午後の情事は難しそうだ。
妄想を頭の中で膨らませていたのが顔に出たのか、貴子さんがエヘンと咳払いをしたので俺は慌てて背筋を伸ばした。
「失礼します。影山さんをお連れしました」
重厚な木製のドアのノックと到着報告を最後に貴子さんは向こうに行ってしまった。彼女のエスコートはここまでらしい。
「お待ちしておりました。こちらへ」
慇懃無礼なセリフとは裏腹に、俺の案内を引き継いだ男性の秘書はなんだか怖い顔で俺を睨んでいる。俺なんかしたかな?
◆◆◆◆◆
芝の壬生商事本社ビル42階。すぐ近くに東京タワーが見える。なんか強い電波来そう。
「まあ座ってくれ。呼びつけて悪かったな。君も、こちらに来る際には一言先に言っておいてくれ。いろいろ段取りってもんがあるから」
「いや、今日は投資先ベンチャーと商事さんの食品部門とのお話でして」
俺は壬生さんに勧められるがまま、高級そうな来客用のソファに腰掛けた。程よく固く、程よくスプリングが効いている。俺がカーソンで使っているのとは明らかに何かが違う。……値段か……?
「うん? うちに用があるなら儂が話を通してやると言っただろう」
「いやいやいや。いくらなんでも自分でやれるところまでは自分でやりますよ。私だってこちらには短い期間ですが出向しておりましたので少しは知り合いも……」
そう。今回は金属資源部の知り合いから話を通してもらったのだ。何度も飲みに行っておいてよかったと思った次第である。
「そうか。まあ困ったらいつでも言ってくれ。ところで、あれから何か気がついたことはあるか?」
そうだよな。そっちがメインだよな。
「ええ、まあ……。正直『あいつ』の言動を詳しく検証するなんて考えたことも無かったので、やれるところからやってみたらいろいろと突っ込みどころはありました。」
「聞かせてくれ」
壬生さんが俺の対面にぼすんと勢いよく座った。なんというか、タータンチェックのベストとネクタイがよく似合う人だな、と素直に思える。こういうのがオシャレと言うのだろうか。
俺は「あいつ」が言った言葉を思い出しては一つ一つ書き出したこと。そこから考えられることなどを壬生さんに説明した。
「ふむ。おかしいな」
「何がですか?」
「まず、『奴』が君に語った内容の中で解せんことがある。メモリ消費量をまず問題にしてるということだ。普通、処理速度への影響を問題にしないか?」
「いや、それはメモリ使用量であってるでしょう。処理速度が足りなくてコマ落ちしてもゲームは破綻しませんがメモリが枯渇すればゲームは暴走して終わってしまいます。
問題は、前回の話の通り、銀河14個分のシミュレータなのに人間が増えたくらいで『メモリが足りなくなった。だから減らせ』という話ですよ。これから考えられるのは、特定のリージョン……区域、その仕切が何に由来するものなのかは置いておいて、その中で使えるメモリは有限だということと、その上限は『あいつ』にすらいかんともし難い制限になっているということです」
「む。そうか。やはりコンピュータの知識は必要だな」
「そうですね。できれば勉強していただいたほうが……」
壬生さんの後ろにいる秘書さんが凄く怖い顔をしている。俺が壬生さん相手にあまりかしこまらず、言いたいことをポンポン話しているのが不遜で気に入らないのか。
「おう、山崎、まだそこにおったのか? 儂と影山君はゲーム仲間でな、ムカつく奴をどうギャフンと言わせてやろうか相談しておるところなんだよ。ここはいいから暫く二人にしてくれ」
「ゲーム……ですか」
「おう。あと、暫くしたら茶を頼む……それで、なんだったかな」
秘書の山崎さんとやらは壬生さんから何も打ち明けられていないのだろう。だから、俺と壬生さんが和気あいあいと話す内容も態度も、かなり異質に見えた筈だ。
経団連の理事を歴任し国家公安委員でもある壬生さんを、まるで近所の爺さんみたいに話している俺の無礼さを教育するのが先達のつとめだとでも思っているのかもしれない。
向こうに行ってくれてよかった。俺は肉弾戦は苦手なんだ。
「コンピュータのメモリは、普通、足りないなら買い足せるんですよ。ゲーム機みたいなのなら別ですが……。あ、私が聞いた言葉では『ゲーム機』ではなく『コンピュータ』でした。ただし、一度だけ『ゲーム機』と翻訳されていましたね。これは翻訳揺れというやつでしょう……『あいつ』にとって、この世界シミュレータを実行しているコンピュータがほぼゲーム専用機になっているということでしょうね。だったらメモリを増やすというやり方が採れる筈なのに、あいつは採っていない」
「……どういうことなんだ?」
「実メモリ搭載量と関係なく、この世界シミュレータ上で地球人類が使用可能なメモリ資源には上限があるということです」
「なるほど」
「それだけではありません。『あいつ』は垢バンを忌避したりもしている。どうやら『運営』とやらは『あいつ』に対してかなり優位な位置にある上に、『あいつ』はルールと『運営』に対しては、我々が思った以上に恭順の意を示しているということです」
「垢バン? なんだそれは?」
「このシミュレータの管理を『運営』から罷免され、シミュレータそのものをなかったことにされることです。資格喪失の上放逐され、復帰できない状況だと思って下さい」
「わはは! それは愉快だな! 『奴』にも怖いものがあるのか!」
壬生さん大喜び。お役目中の12年の歳月の中で一体何があったのやら。
「『あいつ』にとっても怖いですが我々にとっても相当怖いですよ。良く解らない『運営』の判断一つでこの世界はお取り潰しです」
「む。そうか……そうだな。しかし、きちんとした技術知識があるとそこまで解るものか。儂は政治経済学科卒だったからな……惜しまれるわ」
「でもテロメアをいじるところまではやったんでしょう? 凄いですよ」
「なんだ、知っておったのか。当然君もやったんだろう? その見た目で判るが」
「ええ。でも壬生さん相手にはできませんね。例の制約がありまして。申し訳ないですが……」
「それは気にするな。儂は十分いい人生を過ごさせてもらったからな。孫もおるし、一族の将来は安泰だ。これ以上は望まんよ」
できれば、脳腫瘍の残りがあるかどうかくらいは見てあげたかったが、壬生さんにだけはそれができない。地球上で唯一の俺の理解者に何もしてあげられないのは非常に心苦しかった。
「それでですね、壬生さん。例の数についてです。『あいつ』は15世紀くらいから担当者を選出して、人を減らしにかかってたって言いましたよね?」
「うむ」
「あれなんですけど、もしかしたら前回壬生さんがおっしゃっていた『担当者は自国の人間を間引きの対象にしがちになる』という特性を利用しているかもしれません」
「何……? つまり、数ではなく、特定の誰かを間引くためにやっているということか?」
俺はコクリと頷いた。
「このゲームは一旦保存したところまでリセット―― つまり巻き戻しができます。狙った人物を消すために担当者を選出している可能性が高い。そしてその担当者が間引きを成功させるまでは何度も巻き戻している可能性があります」
「それだと、短期間でバンバン殺しては自殺していった連中の説明がつかん。それに、フリッツ・ハーバーやカール・ボッシュを殺さなかった理由も説明できんだろ」
ハーバー、ボッシュは共に、空気中の窒素をアンモニアに合成して固定するという、ハーバー・ボッシュ法を確立した人物だ。
彼等のおかげで化学肥料が生まれ、19億人だった世界人口は一気に60億人にまで増えたのだと言われている。
「『あいつ』がこの世界に干渉するためには一定量のマナ、すなわち人間の信仰心のようなものが必要なんですよ。なので人口は多いほうが良いが、多すぎるとゲームが破綻する。そのバランスを取らされているのが我々担当者です。
おそらくですがハーバーやボッシュは『あいつ』のマナの獲得戦略的にはアリだったのでしょう。
短期間でお役目を自ら終えた先達に関しては、推測ですが『あいつ』の狙いや意図について『ただ殺せばいい』程度にしか理解していなかったのだと思います」
「なるほどなあ……」
「どうぞ、熱いので気をつけて下さい」
山崎さんが扉を開けてお茶を持ってきた。嵐鳳楼の時と同じく寿司屋の湯呑になみなみと。だが、壬生さんのお茶はともかく、俺のお茶はまだグラグラ煮立っているように見える
……そんなに腹が立っていたのか山崎さん。
俺はレグエディットで湯呑の温度をマイナス10℃に設定した。これで中のお茶は50℃くらいに下がる。
俺は温くなったお茶を一気に飲み干した後、山崎さんをギロリと睨んだ。あ、めっちゃ驚いてるわ。そりゃそうだよな。
「結構なお点前で……。さて、そろそろ御暇しますよ。下の会議も終わったようですし」
ちょっと前にポケットの中のスマホがブブブと振動していたが、おそらく終わったから帰るよというSMSか何かだろう。これ以上山崎さんに嫌われる前に退散しておくとするか。
「おう、また寄ってくれ」
貴子さんが俺のコートを持ってきてくれて、壬生さんと二人並んでにこやかに俺を送り出してくれた。次に来るのは山崎さんがいない日にしよう。そんな日があるかどうかは知らないけれど。
「ん……何だ?」
スマホで相田からのメッセージを読んだ後、コートのポケットへ手を入れたら、その中に見たことのない紙切れが入っていた。
「みぶたかこ 080-XXXX-YYYY おきがるに!」
気軽に電話なんぞできるかぁっ!
★★★★★
「アッ……熱ッ……」
秘書の山崎が、カラになった湯呑を下げようとして湯呑を手に持った瞬間、大きな声を上げた。山崎の指と掌の皮の一部は凍りつき、霜だらけの湯呑に張り付いていたのだ。反射的に山崎は手を大きく振り、湯呑を引き剥がした。湯呑は宙を舞い、書棚の近くまで飛んで行く。
湯呑は一見して湯気をたてていたかのように見えていたが、実は極度の低温で周囲の空気中の水分を凍らせていたのがそう見えていたらしい。湯呑は実に、マイナス150℃近くまで冷えていたのだ。
指と掌の皮がめくれた山崎は苦悶の表情で右手を抱えていた。
「なんじゃ、お前、影山君に何か悪戯をしかけたんかい」
壬生翁は「しょうがないやつだ」とため息をついて執務机についた。
「今度彼が来たら謝っとけよ。ワシャ知らんぞ」
自分に少しの同情も傾けない壬生翁の態度を見て、山崎は今日の不思議な来客と自分の敬愛する壬生翁の力関係が判った気がした。50を過ぎてこんなことで失敗するとは……いや、50を過ぎたから失敗したのか……。
「あれは……あいつは一体何なんですか……? こんな……」
「個人情報じゃ」
この返答を聞いた山崎はがっくり来て、それ以上の追及はやめた。壬生翁はこと影山に関する限り自分には冷たい。まるでこの湯呑のように。
次の来客の到着を告げに来た貴子がその光景を見て、影山に俄然興味が湧いたのはまた別の話である。