第14撃: ―静かなる嵐の胎動―
一真は酒場の喧騒に包まれながら、店内をぐるりと一瞥する。
油断のない目線で、客の顔ぶれを吟味するように。
(さて……金貨二枚分の情報は引き出せるかな?)
そう考えながら、晶の手を取って、店内奥の大きな丸テーブルへと向かう。
そこには五人――男三人に、女二人。
他の客とは違い、彼らにはどこか“整った空気”があった。
汚れた鎧や、雑多な装備ではない。
彼らが纏っているのは、使用感の中にも、手入れの行き届いた質の良さが見える防具と装具。
明らかに只者ではない。
一真は人懐こい笑みを浮かべ、気取らずに声をかけた。
「邪魔するよ。楽しんでるかい?」
その声に、五人の視線がぴたりと二人を射抜く。
その圧に、晶の肩が小さく跳ねた。
しかし、戦士風の男と、魔法使い風の女は、すぐに興味を失い、酒を飲み始める。
次の瞬間、女の一人――深紅の髪に妖艶な色香をまとう女性が、にやりと笑って晶に視線を向ける。
「あら、可愛い子ね。お姉さんと一緒に、楽しむ?」
その艶めいた口調に、晶の顔が一気に真っ赤になり、一真の背中へと隠れた。
「……からかわないでくれ。話をしに来ただけさ」
そう言って、やや苦笑する一真。
紅髪の女は肩をすくめて、舌を出す。
「リューネ。やりすぎだ」
低く、落ち着いた声がテーブルの奥から響いた。
それは、五人の中でも最も落ち着いた雰囲気を纏う、大柄な男だった。
「はーい、ごめんね?」
リューネと呼ばれた女が、悪びれず晶にウインクを投げる。
一真は、改めてテーブルに視線を戻す。
リーダー格――ビルと呼ばれたその男が、重々しく口を開いた。
「……何が聞きたい? 馳走になった分くらいは、答えてやる」
「話が早くて助かるよ」
一真はニッと笑いながら、静かに腰を下ろした。
「おたくら、冒険者……で間違いないかな?」
「間違っちゃいない。だが、知りたいのはそれじゃないはずだ」
重い声とともに、ビルの目が細められる。
「じゃあ本題に入る。エルサリオンって国と、魔王軍について――
知ってる範囲で構わない。情報が欲しい」
その問いに、最初に反応したのはビルではなかった。
向かって左手に座っていた細身の男――
暗灰色のフードを被り、目元を隠したまさに“盗賊然”とした人物が、ニヤリと口元を歪めた。
「……ふぅん。大人と子ども。異国の雰囲気。……それに、その容姿の特徴――
エルサリオン、魔王軍ね。あんたら……もしかして噂の“追放勇者”か?」
一瞬、場の空気がぴんと張り詰める。
「……ザック」
ビルの低い声が、その盗賊風の男の名を呼ぶ。
「へいへい。何もしやしないさ」
ザックは肩を竦めて笑う。
「ただな、せっかく酒を奢ってくれたんだ。
少し話してやろうじゃないか」
一真は内心で舌を巻いた。
(やれやれ。どうやら俺たち、かなり有名になってるらしいな。
追放したならほっといてくれりゃいいのに……)
そんな一真の思考を見透かしたように、ビルが続ける。
「……魔王軍については、俺たちもそこまで詳しいわけじゃない。
だが、あの連中が内部分裂を起こしているのは、確かだ。
最近はそれに触れたがらない者も多い。異様な緊張感が走っている」
(……外した、か?)
一真がそう思いかけたとき、ザックが口を挟んだ。
「魔王軍のことは、それこそ“内部の奴”にでも会わなきゃ分かりゃしない。
だが、エルサリオン――あそこは最近、噂が絶えないぜ。
あんまり良い噂じゃねぇがな」
「……例えば?」
一真は身を乗り出し、静かに問い返す。
ザックは指でコップの縁をなぞりながら、低く答える。
「今回は三〇人以上の“勇者様”が召喚されたらしいが……
ついさっき届いた情報だと、この数日で、生き残ってるのは半数以下。
今回はほとんど子どもだったらしいな。……可哀想な話だ」
その言葉に、リューネが溜息混じりに続けた。
「女の子の勇者が二人、城を抜け出して逃げたって話もある。
今は“脱走勇者”として手配されてるって。……何を考えてるのかしら、あの国」
一真は唇をかみ、眉を寄せた。
(僅か数日で、半数以下……。俺たちが追放されて、すぐに事が動いたというわけか)
最後に、ビルが重く口を閉じた。
「……俺たちが提供できるのはこの程度だ。
情報屋じゃないんでな。
酒の礼には及ばないかもしれんが」
「いや、十分すぎるさ。感謝するよ。邪魔して悪かったな」
一真はそう言って席を立ち、晶の手を取った。
彼の手は冷たく、少し震えている。
テーブルでは、残る二人――戦士らしき男と魔法使いの女はすっかり酔い、卓に突っ伏して寝息を立てていた。
(……これ以上、得られる情報は無さそうだな)
一真は改めて酒場内を見渡したが、有益そうな人間は見当たらなかった。
そのとき、晶がそっと彼の袖を引いた。
「……一真さん」
「……ああ。大丈夫だ。ちょっと休もうか」
一真は晶の頭に手を置いて、優しく撫でる。
(やはり、単純に“魔王を倒して終わり”という話じゃなさそうだな。
一度、“帰らずの森”に戻ろう。そこを拠点にして、少しずつエルサリオンの裏側を探る)
その決意を胸に、一真は静かに酒場を後にした。
夜の風が、どこか不穏に、彼の髪を撫でていた――。
いつも読んでくださって、本当に有り難う御座います!
ワタクシ嬉しいです!
ブックマークや高評価も本当に本当に、有り難う御座います!