第61撃:「血塗られた記憶」
ここからかなり重い話になります。
苦手な方は御免なさい。
森の中。焚き火のぱちぱちと弾ける音が、闇に小さく響く。虫の羽音が遠くから混じり、一真の語る声を淡く縁取っていた。
彼は火を見つめながら、過去を掘り起こすように静かに口を開く。
「……続けるか。あの時のことをな。俺は、家族の険しい表情を見て……怖くなったんだ。子どもでも分かる。何か、とんでもないことが起きてるって」
目を伏せる一真。火の揺らめきが彼の横顔に影を落とす。
「俺は声を絞り出した。『お母さん、何が起きてるの?』ってな」
──あの日の記憶が蘇る。
母・静子は振り返りもせず、声だけを潜めて言った。
「一真……声を出しちゃダメ。そのまま物陰に隠れていなさい」
言われても、幼い好奇心と不安に勝てず、俺は物陰から少し顔を出してしまった。
そこで目にしたのは――黒尽くめの男たち。何人もが銃を構え、低く何かを怒鳴り合っている姿。
胸がざわついた。
――銃? 本物……なのか?
祖父・一心と祖母・巴が、黒尽くめに気づかれぬよう客を誘導して逃がしているのが見えた。
(やめろよ! おじいちゃん、おばあちゃん! 危ないって!)
心の中で叫んだ瞬間、銃声が轟いた。
乾いた破裂音。誰かの悲鳴。そして倒れた人の下に広がる、赤い液体。
血――。
「いやだ……もう嫌だ……聞きたくない……」
耳を塞ぎたかった。だが、次の瞬間、黒尽くめの男が小さな女の子を引きずり出し、人質に取った。
俺より小さな子だった。泣きじゃくる声が、店内に響く。
「お母さん……! みんな……倒れてるよ……血を流してるよ……! あの子も……怖いよ……!」
母は振り向き、震える俺に微笑んだ。
「大丈夫……一真。必ず私たちが守るから」
その言葉は優しかった。けれど、子ども心には全く届かなかった。
「何言ってるんだよ! 意味がわからないよ!」
――また銃声。倒れる音。
夢であってくれと願ったが、現実は残酷に続いていく。
人質の女の子が甲高く悲鳴を上げる。銃口を押しつけられ、黒尽くめが何かを叫んでいる。
――うそ……あの子、このままじゃ……!
その時だった。祖父・一心が女の子に向けて動いた。
巴に客の誘導を託し、迷わず敵へと飛び込む。
「貴様ら! 恥ずかしくはないのか! その子を解放しろ!!」
銃を向けられても怯まず、躱しざまに一撃を叩き込み、人質を解放させた。
やった――! やっぱり俺のおじいちゃんは強い!
だが、その直後だった。
パァン、パァンッ――!
乾いた銃声が重なり、祖父の身体が揺れた。鮮血が飛び散る。
「……え……」
祖父の背が、ゆっくりと沈んでいく。
「親父ぃぃぃっ!!」
父、静真の絶叫。怒りと悲しみの入り混じった声が店内に響き渡る。
「貴様ら……許さんぞ!!!」
父は形意拳を叩き込み、次々と黒尽くめを倒していく。一人、二人、三人……。
その姿は凄絶で、幼い俺には英雄に見えた。
けれど――祖父はもう動かない。
母の顔を見上げる。泣いていた。いつも強かった母が、涙を堪えきれずにいた。
「おばあちゃんは……?!」
俺は必死に店内を探す。
祖父が、先ほど助けた女の子を店の外へ逃がしているのが見えた。
「やめて! 危ないよ!!」
そう叫ぶ間もなく、祖母は敵に捕まった。だが、巴はただの老婆ではない。合気道の達人だ。
自らを掴んだ男を投げ飛ばし、女の子を外へ逃がす。
やっぱり俺の家族は強い! おじいちゃんも助けてくれるはず――。
だが、また銃声。
巴の身体が弾かれ、床に崩れ落ちた。赤が広がっていく。
「……うそ……おばあちゃん……?」
父と母が何かを叫んでいた。確かに日本語のはずなのに、その時の俺には何を言っているのか理解できなかった。
頭が真っ白になって、ただ世界が音を失っていく。
――ねぇ。これって……本当に現実なの?
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