12、女神の城 〜転移酔い
僕は、生まれ変わって初めてのミッションを受注した。
手続きは、レンフォードさんがやってくれたから、内容もよくわからない。困ったことに、猫耳の少女……女神様も一緒に受注したんだ。
しかも、まるで印籠のようにカードを見せた少女に、ギルドの受注カウンターの男性は、ひれ伏している。
さすがに、土下座をしたわけじゃないけど、コロリと態度を変えて、ペコペコしている。だけど、少女が女神様だとは気づいていないらしい。ただ単に、高ランク冒険者という扱いだ。
猫耳の少女は、これまで長い間、ギルドのミッションを受注していたようだ。なぜ女神様なのに、獣人のフリをして冒険者をしているのかな。この星を統べる神様なのに。
(あっ、また、ジト目だ……)
「レンフォード、いつから、行くのじゃ?」
「俺は、暇なので、いつでも大丈夫ですよ」
(警備隊の所長なのに、暇?)
あー、そっか。女神様の護衛任務ってことになるのかもしれない。僕では、逆に守られる側だもんな。
「ふむ、それなら行く前に連絡するのじゃ。城の虹色ガス灯広場で集合じゃ」
「はい、了解です。あっ、いま、虹色ガス灯広場は……」
「もう、だいぶ落ち着いておるから、大丈夫じゃ。ずっと雨は降らせておるがの」
意味不明な会話をして、二人は互いに頷いている。僕も知っていたことなんだろうか。はぁ、なんだか疎外感を感じる。城に行けば、記憶のカケラが見つかるかな。
(城って、この近くにあるのかな?)
「妾の城は、星の上にはないのじゃ」
「そらにうかんでいるのですか」
「空というわけでもない。星と宇宙の狭間の異空間に存在するのじゃ。星からは、転移魔法陣を繋げておるから、虹色ガス灯広場には、人族も魔族もたくさん出入りしておる」
「いくうかん……」
僕には、ピンとこない。だけど、レンフォードさんも普通に頷いている。考えるのはやめよう。そういうものとして受け入れないと、混乱してくる。
「ライトは、複雑な表情だね。リュックくんは、異空間を操る魔……」
「わぁあー! レンフォード、その話は、早すぎるのじゃ!」
猫耳の少女は、焦って……彼の顔に飛びついて、口を塞いでいる。むちゃくちゃだな。窒息してしまうじゃないか。
「あはは、すみません。つい……。ケホッ」
レンフォードさんは、苦笑いだけど、別に怒る様子もない。よくあることなのかな。
「じゃあ、ロバタージュの街から出るのじゃ」
猫耳の少女は、僕の手を引いて歩き始めた。レンフォードさんは、ギルドで見送ってくれた。
街の中は、少し雰囲気が変わってきている。外は太陽が出ているのに、さっき閉まっていた酒場が開いている。
空を見上げると、太陽の色が赤い。夕焼けなのかな。いや、違う。反対の空には黄色い太陽がある。
「黄色の太陽が出ている間は、昼間じゃ。赤い太陽に変わると、夜なのじゃ」
「たいようは、ふたつあるのですか」
「三つじゃ。こちらの大陸では、夜は赤い太陽じゃが、もう一つの大陸の夜は青い太陽が昇るのじゃ」
「よるも、あかるいのですか」
「地上は、ずっと明るい。魔族の国がある地底は、ずっと暗いがの」
(魔族は、地底にいるんだ)
「じゃが、太陽の光を求めて、魔族も地上に上がってきておる。もう一つの大陸やハロイ諸島には、多くの魔族が住んでおるのじゃ。こちらの大陸は、人族の王国じゃから、少ないがの」
「じゃあ、かみぞくは?」
「むむ? 神族は女神の転生者の呼び名じゃが、種族としては人族か魔族じゃ。あちこちに住んでおる。ハロイ諸島のハロイ島には、神族の街があるのじゃが……。コホン、その話は、まだまだ先じゃ」
猫耳の少女は、一瞬戸惑うような表情を見せた。ハロイ島に、何か秘密があるのだろうか。
「ぼくは、まぞくなのですか?」
「ふむ、半分は人族、半分は魔族のアンデッドというところじゃな。アンデッドの中では、圧倒的に数が多くて弱い死霊に分類されるようじゃ」
「ハーフなんですか」
「死人に宿りし命じゃからな。まぁ、ハーフは珍しくないのじゃ。レンフォードもハーフじゃ」
ロバタージュの街の門に着いた。たくさんの門番がいるんだな。街に入る人をたまに呼び止めているみたいだ。門から出る人のことは、全く気にしていないらしい。
(うわっ、何?)
門から出ると、人が次々と消えていく! 門の外には、ただの道が見えるだけなのに、何があるんだろう?
「街には結界が張ってあるから、街の中では普通の転移魔法は使えないのじゃ。だから、みんな街の門をくぐるまで我慢して歩くしかないのじゃ」
「てんいまほうって……えっ?」
突然、グラリと強いめまいのような感覚。そして、視界がぐにゃぐにゃにねじれている。
(な、何?)
何も食べていないのに、胃の中の物がこみ上げてくる。気持ち悪い。ポーションのドブの臭いが上がってきた。頭がチリチリする。
(ちょ、何? 死ぬんじゃ?)
そして、僕は、あまりの不快さに、意識を手放した。
◇◆◇◆◇
(頭が痛い……)
あまりにも体調が悪い。こんな2歳児がここまで体調悪くなるなんて……死ぬよな? いや、半分アンデッドだと言っていたっけ。どんなに気分が悪い状態でも、死ねないってことかな。
「あっ! 起きた!」
「気分悪そう。顔色が真っ白だよ」
「回復魔法を使えばいいよ」
「あたいが使っても、弾かれちゃうの」
「雨も弾いちゃうもんねー」
(えっ? 何?)
僕が目を覚ますと、たくさんの顔が僕を取り囲んでいた。回復魔法って……どうやって使うん……あれ?
ふわっと淡い光に包まれた。死にそうなくらい超絶不快な体調は、思いっきり改善されている。
(今のは、何? 僕が自分でやったのかな)
「わっ、すっごい回復力」
「でも、本当にライトさんかな? 全回復できてないよ」
「チビっ子だからじゃない?」
僕は、上体を起こした。僕を取り囲む十数人の子供。僕は、ベッドに寝かされていたみたいだ。他にもたくさんのベッドが並んでいる。病院なのかな。
他のベッドにも、付き添いをしている人達がたくさんいる。だけど、みんは子供に見えるんだよな。
「あの、ここは?」
僕は、近くにいた子供に尋ねた。
「ここ? うーんと、子供だけのお部屋」
病院の子供病棟なのかな。部屋というよりは、大きなテントに見える。
「ここは、体力と魔力の回復の部屋なんだよ。怪我は、みんな治ってる」
「心の疲れを取る部屋なんじゃないの?」
「うーん? 難しいことは、よくわかんない」
(心の疲れ?)
「ライトさんは、何も覚えてないんだよね。それに、すごく変わっちゃった。ポーションは作れなくなったの?」
この子達は、僕のことを詳しく知っているのか。
「しーっ、変なことを話したらダメなんだよ。記憶のカケラがなくなっちゃう」
「ハッ! そうだった。ティアちゃんに叱られる」
(うん? 猫耳の少女と同じ名前)
僕は、ロバタージュにいたんだよな? それで、急にめちゃくちゃ気分が悪くなって……ここは、女神様の城?
テントが少し開き、外が見えた。雨が降っている。ロバタージュは、天気は良かったのにな。
「ライトは、やっと起きたのか」
(この声は、猫耳の少女だ)
「ティアちゃん! いま、起きたよー」
「ライトさんが回復魔法を使ったのに、全回復できてないみたい」
「ふむ、そうか。魔法の使い方が、まだわかっていないのじゃろ」
猫耳の少女は、子供達と話しているけど、こちらには近づいて来ない。他のベッドを順に見回っているみたいだ。たまに、淡い光が見える。魔法を使って治療をしているのかな。
しばらくすると、彼女は僕のベッドにやってきた。
「ライト、転移酔いくらいで何日も寝込むでない。さっさと起きるのじゃ。レンフォードが待っておるぞ」
「なんにちも?」
すると子供達が、口を開いた。
「ライトさんは、丸二日寝てたよ」
「魔法が完全に弾かれるから、何もできなかったの」
(えっ……そんなに?)
僕は、ベッドから降りた。まだふらつくけど、不快な感じはほとんど消えている。
「何も食べていないから、ふらつくのじゃ。誰か、ライトをカフェに連れて行ってくれぬか? ライトが、おごってくれるのじゃ」
(ちょ、僕、お金なんて持ってないよ)
「わぁい! 連れて行くよ〜」
「ティアちゃん、どこのカフェでもいいの?」
「ふむ、天使ちゃんカフェに、レッドスノウが期間限定で登場したという噂を聞いたのじゃ」
猫耳の少女がそう言うと、子供達は目を輝かせた。
「じゃあ、天使ちゃんカフェにしよう」
「ライトさん、行こっ」
「場所、わからないよね。歩ける?」
僕を取り囲んでいた子供達だけではなく、ベッドに寝ていた子供も何人かが起き上がった。その様子を見ながら、猫耳の少女は、優しい顔で頷いている。
僕は、子供達に手を引かれ、テントの外へと出た。
(えっ……何これ)
外は、霧雨が降っていた。不思議な黄緑色の雨だ。大きな広場には、所狭しと無数のテントが設営され……プンと強い血の臭いが漂っていた。