23、アージ沼 〜リザードマンのすみか
僕は、怪物、リザードマンによって、彼らのすみかに連れて来られた。狭い場所だと言っていたけど、僕の目には、とても広い沼地に見える。
「ここが、すみか? ひろいね」
「坊やみたいに、小さくて可愛い子には、そう見えるのかもな。俺達にとっては、狭く感じるよ。ここは、リザードマンの新領地、アージ沼だ」
わらわらと見物人が集まってきた。僕みたいなのは、珍しいのかな。
「トンガリ、その子供はどうしたんだ?」
(彼は、トンガリという名前なのかな)
「迷い子なんだよ。すみかに送り届けようとしたら、ニクレア池は、外来の魔物の巣になっていたんだ。あんな場所には置いておけないから、ここに連れてきた」
「ニクレア池? 完全に人化しているが、この子供はアンデッドなのか?」
「あぁ、死霊だよ。小さくして死んだんだろうな。あまり、この国のことをわかっていないようだ」
僕のことを死霊だと知ると、見物人たちの表情がやわらいだ。死霊は弱いから、安心したのかな。もしくは、弱い者が好きなのかもしれない。
「死霊で、人化できるってことは、高位の種族だったのか」
「石山のホップ村に行きたいと言ったから、石山の生まれだろう。まだ弱いが、とてもバランスのよいステイタスだ。育てば、リッチに進化できるかもしれない」
「そうか、石山の……。可哀想にな。石山はもう跡形もない。もしかすると、あの、ふた月前の激しい戦乱で死んだ子なのかもしれんな」
(どうしよう……話が……)
石山生まれは.否定したつもりなのに。なんだか勝手に、僕は、可哀想なアンデッドとして注目を浴びている。
彼らの僕を見る目が、やはり、ちょっと気持ち悪い。目が合うと、なんだか悶えてるんだよね。みんな、小さくて弱い者が好きなのかな。
(どうしよう、正体がバレたら……)
彼らは、神族のライトを嫌っているみたいだ。僕が、そのライトだとバレると……大変なことになりそうだ。
「坊や、大人の話は難しいだろ。ごめんな。さぁ、坊やの寝床を用意しような」
「ありがとう、オジサン」
「あぁ、足元が悪いから、手を繋いで行こうか」
僕は、差し出された手に、僕の手を重ねた。やはり、彼は、嬉しそうに悶えてる。
(でも、子供には優しいよね)
「坊や、わからないことは、気軽に俺に聞いてくれよ」
「あの、オジサンって、トンガリっていうなまえなの?」
「いや、俺達には名前はない。トンガリってのは、俺の家の特徴だ。俺の家族は、みんなトンガリと呼ばれているぞ」
「そうなんだ」
「坊やには、名前があるのか?」
(げっ、どうしよう)
でも、下手に嘘をつくと、面倒くさくなるかな。
「ぼくは、しょうた、だったとおもう」
「ショータか。かっこいい名前じゃないか」
(そう発音すると、違う名前に聞こえる)
「でも、いまは、よくわからない」
(まだ、ライトの記憶は、ほとんど戻ってないもんな)
「死霊には、名前を付けないからな。ショータでいいじゃないか」
「……うん」
(なんだか、騙してるみたいな気もする)
「しかし、ニクレア池は、大丈夫か。大魔王様が……あ、いや、なんでもない。坊やは、心配しなくていいからな」
「はい」
(子供には、ほんと、優しいよな)
あの後、彼が呼んだリザードマンが、ニクレア池にたくさんやってきたんだ。外来の透明な魔物を駆除するらしい。
騒ぎを聞きつけて、全身毛むくじゃらの暑そうな獣系の種族もやってきた。魔法が得意らしくて、魔法で網を作って池の中から、透明な魔物を引きずり出していた。
通りすがりの魔族も、次々と助っ人に参加してきた。なんだか、力自慢が始まってしまったようにも見えたんだよな。
でも、すべての魔族にとって、ニクレア池は神聖な場所だということが伝わってきた。そんな場所をけがされたら、みんな怒るのは当然だよね。
「さぁ、着いたぞ。俺の家だ」
(家? かな?)
沼地の一部に、とんがった石が突き刺さっている場所で、彼は立ち止まった。だから、トンガリなのかな。
そして、大きな水草の葉をかき分けると、入り口らしき場所が現れた。泥の中で暮らしているのかな。
すると、その入り口らしき場所から、たくさんの怪物の顔が現れた。
「ひっ……」
(あ、まずい。思わず……)
「おい、おまえら、坊やを驚かせるんじゃないぞ。坊や、いや、ショータだったな。ごめんよ、怖かったな」
頭をそっと撫でられている。どう触れたらいいかも、戸惑っているみたいだ。
「か、かわいい生き物だ」
「何これ? 泣いてるんじゃない?」
「目がうるうるしてて、可愛い」
「オラも、触りたい」
(なぜか、モテ期が到来している)
「おまえらが邪魔で、家に入れないじゃないか」
たくさんの顔が引っ込むと、出入り口が現れた。彼は、僕の手を引いて、中に入った。
「わぁっ! ひろい」
家は、土でできている。粘土状のものを焼いたのだろうか。とんでもなく巨大な陶器の中に入ったような感じだ。天井も高い。
窓はないけど、たくさんの灯りがあるから、外よりも明るい。それに、つるされている草から、いい匂いがする。芳香剤なのかな。
「ショータの家よりも、広いか?」
「うん」
そう答えると、彼はまた嬉しそうに悶えている。だいぶ、見慣れてきたかも。
「父ちゃん、これ、何? 人間?」
さっきの顔が寄ってきた。みんな同じ顔に見える。彼の子供達なのかな。
「いや、死霊の坊やだ。ニクレア池が、いま大変なことになっているから、ちょっと保護したんだ」
「人化できるのに死霊? あっ、ドラゴンだったのかな」
「でも、この子、すっごく弱いよ」
「死霊は、弱いに決まってるだろ」
(ステイタスって、子供でも、見られるんだな)
「ニクレア池がどうしたんだい?」
大きなリザードマンが近寄ってきた。僕をここに連れてきた彼よりも、ひと回り大きい。人間の倍くらいありそうだ。
「外来の魔物の巣になってたんだよ。この坊やは、ニクレア池に輝きが戻るまで、ちょっと預かるけど、いいよな?」
「なぜ、あんたが預かるんだい?」
「俺が門番をしていたときに、保護した迷い子だからな」
「ふーん、死霊だと聞こえたよ? あちこちに死臭をばら撒かれたら困るんだよ。ただでさえ、この沼は臭いんだからね」
「大丈夫だよ。この子は、完全に人化できる。家の中では、死霊の姿にならなければいいんだろ?」
(どうしよう……僕は、迷惑なんだ)
「あの、ぼく、かえります」
僕は、ぺこりと頭を下げて、出入り口へ向かった。
「ちょ、坊や……ショータ、待てよ。もう、おまえがグダグダと文句を言うから、坊やを怖がらせたじゃないか」
「母さん、あの子、可愛いよ。ウチで飼おうよ」
(えっ? 飼う?)
「死霊なんかを飼うわけないだろ! あー、もう! また、あんた達が開け放すから、沼の臭いが入ってきたじゃない!」
大きなリザードマンは、出入り口をピシャリと閉めてしまった。えーっと、僕は、追い出されないの?
ジーッと、睨まれている。
(こ、怖い……)
やばっ。こういう恐怖には、この身体は弱い。また、涙が出てきた。まだ、泣きわめかなくなっただけ、ヨシとするか。
「か、かわいいじゃない。本当に、臭い死霊なの?」
(えっ?)
他のリザードマン達と同じく、気持ち悪い顔になっている。なんだか、不自然に悶えるんだよな、この種族。
「あぁ、小さな青い火の玉みたいな死霊だ。地上に行っていたみたいだから、何か変な物を食べて変色したんだろう」
「魔石の花を食べると、その花の色に染まるんじゃないかい? だから、魔力値が高いのかもしれないね」
「じゃあ、本当に、リッチに進化できるかもしれないな。ショータ、やったな!」
(なんだか、勝手に話が……)
「ちょっと、あんた! そんな難しい話をしても、この子が困っているじゃないか。ほんと、無神経なんだから」
「そうだよ、父ちゃん。母さんの言う通りだよ」
「リッチになるより前に、生き延びられない可能性の方が高いじゃん」
「死霊って、すぐに死んで、また死霊に生まれ変わるだろ? そのうち、全部忘れてしまうよ」
(そうなんだ……)
アンデッドって、永遠に死なないのかと思ってたけど、違うんだな。永遠に、死と生まれ変わりのループ? なんだか、可哀想な種族だな。
あー、だから、彼らは、死霊と知ると、こんなに優しいのか。すべての魔族は、死霊に生まれ変わる可能性があるみたいだもんな。
「おい、おまえらの方が無神経だろ。坊やが、また泣きそうになっているじゃないか」
(えっ? あ、いや……)
たくさんの顔が一斉に僕を見た。近距離で怪物に見られるのは、ちょっとストレスが……。
ぽとりと涙がこぼれる。はぁ、まぁ、泣きわめくよりはマシか。我ながら成長したもんだ。
リザードマン達は、僕の涙に焦っているみたいだ。
僕は、チクチクと、良心が痛む。騙すつもりはないんだ。半分アンデッドだから、嘘はついていない。ただ、神族のライトだとは、言えないだけなんだ。