42、ブリザ湿原 〜心配性な魔王ノム
黒土の中から無数の、赤いだるまのような何かが飛び出してきた。
「なんだ? 見たことのない魔物だな」
クライン様は、警戒を強めている。
赤いだるまの大群は、僕達を見て口をパクパクさせている。魚みたいな動きだ。
(うん? 口の中に……)
僕は、赤いだるまを『見て』みた。赤いだるまは鎧なのかな。だるまの中には、僕の背丈くらいの人型の何かがいる。
「ちょ、脅かさないでよ。何してんのっ!」
サラマンドラの魔王サラドラさんが、怒鳴った。
「サラマンドラか。何をしに来た? そんな姿でいると、死ぬぞ!?」
「あんた達を避難させる手伝いよっ。そんなヘンテコな格好をしているなら、避難所は必要なさそうねっ」
「サラドラちゃん、喧嘩しないでよね〜。無事でよかったよ、ノームのみんな。ふふっ、不思議なゴーレムね」
黒魔導の魔王スウさんが、そう言うと、だるま達は嬉しそうに、ぴょこぴょこと踊っている。
その中から、一体のだるまが近寄ってきた。
「魔王スウ、のんびりしていては死ぬぞ。気持ちはありがたいが、この地を我々が離れると、奴らは次の村を襲う」
「魔王ノムちゃんってば、相変わらず心配性ね〜」
(このだるまが、ノームの魔王なんだ)
ノームも、サラマンドラと同じく妖精だっけ。
だるまの中のノームは、僕と同じくらいの背丈だ。サラマンドラは僕の半分くらいなのに、サラマンドラの方がノームより強いらしい。
(どちらも剣士なんだよな)
僕の世話をしてくれていたリザードマンは、水辺の剣士だと言っていた。門番を務めるくらいだし、確かに剣士らしさがある。
だけど、サラマンドラもノームも、剣士って感じはしないんだよね。僕のイメージが間違っているのかな。
「ここの魔物を駆除すればいいんだよね」
クライン様がそう言うと、だるまは、僕達の方を向いた。だるまの口を開けて、僕達をジッと見ている。
「クラインか。横にいるのは、おまえの子か? いや孫か?」
(えっ? 孫?)
「彼は、俺の第1配下だよ。魔王ノムさんは、会ったことなかったね」
「クラインの第1配下は、神族のライトさんだろう? ワシも、それくらいのことは知っているぞ。ふざけている場合ではない。奴らが上がってくる。チビは、一番に喰われるぞ」
ノームの魔王は、僕に近寄ってきた。守ろうとしてくれているのかな。
「魔王ノムちゃん、ボケたのかしら〜。サラドラちゃんより若いんじゃなかったの〜?」
「ふっ、ワシがボケるわけないだろう? 魔王スウ、油断するなよ」
魔女っ子には、優しいんだな。たぶん同じことを魔王サラドラさんが言うと、めちゃくちゃ怒りそうだけど。
魔王達の関係って複雑だな。それぞれの種族の長だから、いろいろな経緯があるんだろうけど。
黒土が、波打つように揺れた。
(何か、来る!)
でも、クライン様は冷静な表情だ。魔王の女子ふたりも、余裕の表情をしている。ノームの魔王が大げさなのかもしれない。
ザザザッ!
黒土の中から、無数の何かが飛び出してきた。だるまよりも小さい。つまり僕の背丈よりも小さい。
(うん? 何?)
グロッ、グロッ、グロッ
(うわぁ、巨大なカエルじゃないか)
黒土色のカエルのような魔物だ。鳴き声が、低くて耳障りだな。どんどん増えてくる。
魔女っ子が、サッと手を上にあげた。すると、黒い雲が現れ、ザーッと強い雨が降り始めた。
(えっ、雨は、サラドラさんが苦手なんじゃ?)
炎に包まれたトカゲの姿をした彼女は、雨を寄せつけないみたいだ。クライン様がバリアを張っているのかな。
僕も、雨には濡れない。
「いっくよ〜。ノームのみんな、避けてね〜」
バリバリバリバリバリ!
雲から雷が落ちた。それと同時に雨が止んだ。
「いっくよ〜。みんな、避けなさいっ」
今度は、魔王サラドラさんが、ボォッと炎を吐いた。
(ひゃ〜っ、地獄絵図じゃん)
だるま達は、一斉に黒土に潜っている。黒土の上は、まるで油を撒いた上に火をつけたかのような、とんでもない火の海になった。
僕は、ノームの魔王に守られている。サラドラさんが炎を吐いた瞬間、大きな土器のようなものに包まれたんだ。
(なんだか、落ち着く)
だるまと壺の中に居るのも、変な感じだ。でも、不思議と落ち着く空間なんだよな。
「坊や、このゴーレムなら、あのアホの炎は通さない。安心しなさい」
(土器は、ゴーレムなのか)
「はい、ありがとうございます。なんだか、この中って、落ち着きますね」
「ふっ、妙なことを言う子だ。悪魔族は、嫌がるものなんだがな」
「僕は、悪魔族ではありません。半分、アンデッドなんです」
僕がそう言うと、だるまはこちらを向いた。
壺の中は暗いけど、覗き窓から、火の海の灯りが入ってくる。だるまの口から、ヌーっと顔が出てきた。白髪で白ひげのお爺さんだな。
「坊やは、もしや、神族か?」
「たぶん、そうみたいです。まだ、あまりよくわからない部分もあるんですけど」
「ライトさん、か?」
「はい。ただ……」
「なるほどのぅ。死霊は、自己転生をすると、記憶の引き継ぎが難しいからな。カースの術か。それなら大丈夫だろ。しかし、なぜ、そんな幼な子の姿に生まれ変わったのだ?」
「えーっと……」
(何を話すべきか、わからない)
「いや、妙なことを尋ねたな。心配する必要はない。きっと、良い変化をもたらすはずだ」
「はい、ありがとうございます」
炎が収まってくると、真っ黒な土が見えてきた。大量のカエルの姿はない。
魔王スウさんが感電させて奴らの動きを止め、魔王サラドラさんが焼き払ったということかな。
(さすが仲良し。すごい連携だな)
「もう、魔物は駆除されたんでしょうか」
「表面をウロウロする奴らは一掃された。あのバカの炎は、跡形も残さないからな。クラインが、土に潜った者達を炎から守ってくれたのはいいが……」
(まだ、地中にカエルはいるんだ)
パッと、土器は消えた。黒土に降り立つと、まだ熱さを感じる。とんでもない炎だったんだ。
「ライト、大丈夫だった?」
クライン様が、自然にライトと呼んでくれるようになっている。うん、僕は、ライト、だよな。
「はい、ゴーレムの中は涼しかったです」
「そっか。魔王ノムさんは、子供には優しいんだ。ちょっと心配性がすぎるんだけどね。あはは」
クライン様は、魔王ノムさんとも親しいのかな。子供に優しいってことは、子供のときに世話になったのだろうか。
「クライン、まだ終わっていないぞ。問題はこれからだ。本当に奴らを、駆除できると思っているのか?」
「次は、兵隊が出てきて、その次がボスでしょ? いま、ここには魔王が3人もいるんだから、余裕だよ」
「だがボスには、魔法は通用しないぞ。ライトさんも、まだ、こんなに幼な子では……」
だるまは、僕に目を向けた。魔王ノムさんの顔は見えないけど、子供だから無理だということだよな。
それに、以前の僕は、ほとんど戦えなかったんだよな。通常時は弱かったって、リュックくんは言っていたけど、通常時じゃない時って、何なんだろう?
(あっ、闇?)
まだ、闇は使えないと何人かに言われたっけ。僕は、闇属性だから、それを使うと強い攻撃ができるのかもしれない。
でも、今の僕には、リュックくんの不思議な鎧がある。それに、戦い方のサポートもしてくれる。だから、以前よりはマシなはずなんだ。
「次は、あたしが、ぶわってやるから、ノムがパリンってやんなさいよっ」
魔王サラドラさんが、何を言っているかわからない。魔王ノムさんは、表情は見えないけど、彼女を無視している。仲が悪いみたいだよね。
(同じ妖精族同士なのにな)
「ライト、似た立場の者は、争う関係にあるんだよ。サラマンドラとノームは、剣士の上位争いをしているからね」
クライン様は、小声で教えてくれた。
「えっ? リザードマンもですか」
「リザードマンは、剣士だけど、妖精族ではない。だから、ちょっと関係性は違うんだよ」
「なるほど」
「そろそろ本番だよ。ノームの砂嵐に巻き込まれないように気をつけなきゃね。あっ……ありゃ」
クライン様は、剣に手をかけた。
魔王3人も、何かを察知したようだ。一気に緊張感が漂う。
ドッドッドッドッ
まるで爆破されたかのように、黒土の中に潜っていたノーム達が、ドバドバと土の上へ放り出されていく。
「ちょっと、おかしいわね〜。まだ、兵隊は出てきてないのに〜」
魔女っ子は、空中にふわりと浮かんだ。
「両方来るんじゃない? あたし達にビビって逃げるのかもっ」
「バカなことを言うな、サラドラ! 逃げるなら地中深くに潜る。おまえが派手に炎を吐くからだろ」
「二人とも喧嘩しないの〜。うーん、ここは、私達はガードに回る方がいいかしら? クライン、ライト、任せるね〜」
(えっ……)
「俺も、バリア係に回ろうかな。ライト、よろしく」
(ええ〜っ……)
「来るぞ!」
黒土が盛り上がり、弾け飛んだ。
グロッ! グログロッ!!
(ちょ……怪獣じゃん)