59、聖地リガロ 〜翔太と『ライト』
地面に出ていた胃薬味の魔ポーションを飲み切った。
(リュックくん! 飲み切ったよ)
だけど、リュックくんの返事がない。どうしよう、本当にリュックくんが死んでしまった?
(うわぁあ、どうしよう)
「ライト、どうした?」
僕が地面に座り込んでいるのを見つけたクライン様が、駆け寄ってきた。
「クライン様、どうしよう。リュックくんが死んじゃったかもしれないんです」
ぶわっと涙があふれてきた。
今の僕は、5歳児の姿をしている。精神年齢も、そのときの感情によっては、見た目通りの歳まで下がってしまうみたいだ。
悲しすぎて、自分が情けなくて、涙が止まらない。
「ライト、何を泣いてるんだ?」
クライン様が焦ってる。ゾンビの仮装をした状態でも、彼の焦りがわかるくらいだ。
クライン様に、こんな顔をさせてはいけない。それは、わかってる。でも、涙が止まらないんだ。
「ちょ、ライト、事情はわからないけど、泣いている場合じゃないんだ。青の神が、クリスタルを見て怒りだした。どうやって、クリスタルを戻したんだ?」
クライン様の視線の先には、黒い幽霊とジャックさんがいる。
(クリスタルなんて、どこに?)
まわりを見回しても、クリスタルらしきものはない。そういえば、池が消えている。そうか、だから、青の神が怒っているんだ。
(だけど、僕だって……)
僕は、立ち上がり、ジャックさん達の方に視線を移した。
さっき空に浮かんでいた魔人は、地面に降りている。レンフォードさんが、魔人の相手をしているみたいだ。
クライン様は、二人にバリアを張っている。そして、あちこちに目を配っているようだ。だから、僕に気づいてくれたんだ。
「クライン様、剣を貸してください」
「えっ? 剣? リュックくんは……」
その名を出されて、また、涙がぶわっとあふれてきた。クライン様は、慌てて、僕に剣を渡してくれた。
「これは、もともとライトの剣だよ。俺にくれた闇耐性があるドワーフの剣だ。でも、闇はまだ使えないか」
「ありがとうございます」
「ライトにもバリアを張るよ。俺のバリアは、青の神には通用しないが、魔人兵器の攻撃は防げる」
僕は頷き、ジャックさんの方へと歩いて行った。
青の神は、僕にしか倒せないと、リュックくんは言っていた。呪術系の厄介な神だから、きっと、女神様の側近であるジャックさんが、相手をしているんだ。
(リュックくん……くそっ)
何かがぷちっとキレるような感覚……僕は、黒い幽霊に対して、強い殺意を抱いた。
「あっ……」
ジャックさんが僕に気づいた。そして、僕の姿に少し驚いているみたいだ。僕は、作務衣のような服を着ているだけだもんな。
もう、リュックくんの鎧はない。
(僕の失敗だけど……だけど、だけどだけどだけど!)
チラッと黒い幽霊が僕を見た。
(なんだよ、その顔! おどけやがって)
「ライトさん、やっぱ無理っす。なんとかして脱出を……」
「ジャックさん、僕、アイツを許さない」
「えっ……ちょ、あの……」
ジャックさんが何か言っている。でも、僕にはもう聞こえなかった。
(許さない、許さない、許さない!)
僕は、黒い幽霊に向かって走った。あまりにも遅い。僕の走るスピードは、なぜこんなに……。
(リュックくんの鎧がないからだ)
僕は、ちょっと強いんじゃないかと誤解していた。リュックくんがいないと、僕はこんなに遅い。
青の神が、塩のクリスタルを溶かしたせいだ。塩のクリスタルは冷やしたけど、元には戻らない。池は消えてしまったんだ。
地底の人達は、塩のクリスタルがなくなると困るだろう。僕が、冷やし方を間違えたんだ。
(これも、僕のせいだ)
でも、だけど……そもそも、地底に侵略者が来なければ、こんなことにはならなかった。
(そうだ、青の神のせいだ)
クリスタルが消えたのも、リュックくんが死んでしまったのも、すべては、青の神のせいだ!!
僕は、あふれる涙をぬぐった。
「な、なんだ、おまえ」
「青の神、許さない! おまえがこの星に来なければ、僕は……僕達は、大切なものを失わなかった!」
「孤児か。戦乱とはそういうものだ。チカラなき者が敗れる。当たり前のことだぞ」
黒い幽霊の言葉は、妙にまとわりついて気持ちが悪い。僕の怒りをさらに増幅させる。
「許さない! 僕は、おまえを許さない!」
「ハハハ、子供には上手く言葉が伝わらぬか。ならば……」
黒い幽霊は、何かを放った。
(嫌な波動。イライラする)
僕は、僕は、僕は! 感情が制御できなくなってきた。涙があふれてくる。景色がにじむ。
「許さない!!!」
突然、僕の身体から、何かが飛び出した。一本の黒い光だ。それが、黒い幽霊が放つ波動を切り裂いた。
(えっ、何?)
そして、その波動を喰うかのように、黒い光が吸収していく。
『翔太、行くぞ』
(えっ? 『ライト』なの?)
『あぁ、俺達二人で一人前だからな。だが、二人いれば、こんなザコ、楽勝だぜ』
(う、うん)
黒い光は、パッと分かれて無数の矢に変わった。そして、シュッと黒い幽霊に襲いかかる。
青の神は、バリアを張った。
だけど、『ライト』の矢は、簡単にバリアを突き抜け、黒い幽霊を穴だらけにしている。
「な、何なんだ……くっ、何だ? なぜ穴が塞がらん?」
黒い幽霊は、ゆさゆさと身体を揺らしていたが、『ライト』を真似るように、無数の矢を、僕に向かって飛ばしてきた。
僕は、防ごうと、剣を構えた。
(えっ? 何、この剣?)
構えた剣からは、漆黒の炎がふき出している。そして飛んできた矢はすべて、漆黒の炎が吸収したんだ。
「な、何? おま……おまえは誰だ! 何者だ!?」
僕は、黒い幽霊の問いは無視した。
そして、タッと跳び上がり、黒い幽霊に、力を込めて剣を振り下ろした。
奴は、とっさにバリアを張ったが、剣が触れる前に漆黒の炎がバリアを溶かす。
ギャアァァ〜!!
黒い幽霊は、漆黒の炎に包まれている。奴は逃れようと、あらがっているが、『ライト』が奴の身体にあけた無数の穴に、漆黒の炎が入り込む。
そして……。
黒い炎の中から、一筋の光が上へと昇っていくのが見えた。その一部が、スーッとこちらに近寄ってくる。
(邪神の力なんて、いらない!)
僕は、近寄る光に向かって、剣を振った。漆黒の炎が近寄る光に絡みつき、やがて、光は炎にのまれて消えていった。
ガチャリ
黒い幽霊が消えると、レンフォードさんが相手をしていた魔人兵器が、地面に倒れたみたいだ。
ふぅ〜っと、汗をぬぐって、レンフォードさんは笑みを見せた。
「ライトは、やっぱりライトだね」
(どういう意味?)
スーッと、黒い光が僕の身体の中に入ってきた。『ライト』が帰ってきたんだ。手に持つ剣からも、炎は消えている。
「ライト、大丈夫? 顔が涙でぐちゃぐちゃだよ」
そう言うと、クライン様は、やわらかい布で僕の顔をふいてくれた。
(まるで、子供みたいだな、僕)
「クライン様、すみません」
「あはは、こんなライトも新鮮だけどさ。どうして急に泣き出したんだよ? それに、そんな剣より、リュックくんの剣の方が……えっ、ちょ、ライト」
リュックくんの名前を出されたら、無理だ。せっかく、クライン様が顔をふいてくれたのに、僕の目からは涙があふれてくる。
「クラインしゃま、すみま、てん。ぐずっ」
(な、情けない……)
すると、クライン様は優しい表情をしてくれた。ゾンビだけど。
「ライト、どうしたんだ? リュックくんとケンカしたのか?」
また、ぶわっと涙があふれ出す。僕は、首を横にふるふると振った。
「リュックくんが……ぐすっ、ずずず……リュックくんが、死んじゃったんです」
すると、クライン様は、ぽかんとした顔をしている。言葉が聞き取りにくいのかな。
「クライン様、リュックくんが……ぐずっ」
(ダメだ、上手くしゃべれない)
「ライト、なんか勘違いしてるよ?」
「してないです」
「いやいや、リュックくんは、魔道具から進化した魔人だからさ、主人が生きている限り、死なないよ? あの魔人兵器は、主人が死んだから壊れたんだ」
クライン様が僕の顔を、地面に転がる魔人兵器に向けた。
(うん? リュックくんは、死なない?)
「でも、僕が魔力値ゼロになって、リュックくんが供給してくれてて、魔ポーションを飲めって言われて飲んだけど、鎧が維持できないって言ったあと、返事がなくなったんです」
「いま、ライトの魔力値は、半分くらいは残ってるよ?」
クライン様は、首を傾げている。
「ライトさん、たぶん、リュックくんは眠ったんす。過度の魔力切れ状態だったのなら、ライトさんが全回復するまで、魔道具は主人から魔力を吸収しないっす」
「えっ、本当ですか」
ジャックさんは、コクコクと頷いてくれた。
「女神様が作った魔道具っすよ? 壊れるわけないっす。リュックくんは、魔人化したんすから、女神様が壊そうとしても壊せないっす」
(そっか、そうなんだ、よかったぁ)
僕は、へなへなと座り込んでしまった。