81、迷宮 〜ライトとブルー
外来の侵略者の隠れ集落で出会った、水色の髪の男の子と一緒に、先の通路を歩いていく。
通路に、また転移魔法陣の装置が現れてはいけないから、手は繋げない。そう思っていたけど……男の子は、オドオドした様子で、僕の服をつかんでいる。
(置き去りにされると思ってるのかな)
「キミ、そんなにオドオドしなくても、大丈夫だよ? 名前は? 僕は、ライトって言うんだ」
すると男の子は、目を見開いて立ち止まった。服が引っ張られて、僕も立ち止まる。
「うん? どうしたの?」
なぜか、男の子の目には、涙がたまってきた。僕は、何かマズイことを言ってしまったのかな。
「…………父さん」
「えっ? 父さん?」
「あっ、いえ、父さんと同じ名前だから、びっくりしてしまって……」
男の子は、下を向いて口をへの字に結んでいる。もしかしたら、彼の父親は亡くなったのかもしれない。いや、うん、この反応は、きっとそうだろうな。
「そっか、辛いことを思い出させてしまってごめんね。キミの名前は?」
男の子は、首を横にフルフルと振った。
「名前は言えないんです。珍しい名前だから、母さんが言っちゃダメだって……」
(どこかの有名な子なのかな)
「そっか、じゃあ、適当にあだ名をつけようかな」
「あだ名ですか?」
男の子は、きょとんと首を傾げた。ふふっ、かわいい。犬系の獣人って、みんなこんなにかわいいのかな。
「名前がないと話しにくいからさ。うーん、髪色がライトブルーだから……僕がライトだから紛らわしくないように、キミはブルーにしよっか?」
「ライトブルーのブルー?」
「うん、変かな?」
男の子は、首を傾げて、うーむと考えていたけど、ふにゃりと笑った。良さそうだね。
「魔石の花の名前を半分ずつですね」
(うん? 魔石の花?)
「ライトブルーという名前の花があるの?」
「はい、氷の魔石の花は、ライトブルーという名前です」
(あっ、あの花かな)
ハデナ火山で、リュックくんが女神様の頭につけろと言った飾りだ。とても綺麗な水色の花だったな。確か、マナを溜めておく電池に使えるんだっけ。
ここに来る前に再会した猫耳の少女の頭の上に、花はつけたままになっていた。電池として便利使いしているのか、気に入っているのかはわからないけど。
「へぇ、物知りなんだね、ブルーくん」
「えっ、あ、はい」
ブルーくんと呼んだからか、物知りだと言ったからかは、わからないけど、男の子は恥ずかしそうな照れたような表情を浮かべた。
「この通路の先の街で、待ち合わせをしているんだっけ? 迷宮都市のことだよね?」
「はい、たぶんそんな名前だったと思います。僕、すぐに忘れてしまうから」
(めちゃくちゃ保護欲をかきたてられる)
困ったような表情の男の子は、つい、なでなでしたくなってしまう。だけど、今の僕は、この子と同じくらいの5〜6歳の姿だ。なでなでは我慢しよう。
「そっか、待ち合わせている人のことは、覚えてる?」
「はい、誰が来ているかわからないですけど、僕の知り合いというか、父さんの知り合いが待っているはずです」
父さんと言わせてしまったからか、男の子は、また元気を失ったみたいだ。
最近、亡くなったのかな。だから、父親の知り合いが、男の子が暮らせる場所を迷宮都市に用意したのかもしれない。
(話には、気をつけよう)
しばらく無言で歩いていると、ブルーくんは突然、地面に座り込んだ。
(ど、どうしたんだ?)
僕は、慌てて男の子に駆け寄った。
「ブルーくん、どうしたの? お腹痛い?」
男の子は、首を横にふるふると振っている。だけど、お腹を押さえているんだよな。
「お腹が減ってしまって……」
(空腹か、びっくりした)
ポーションを渡せばいいのかな。いや、でも、魔法袋には、モヒート風味の10%体力回復ポーションくらいしかないよな。
僕は、基本食べなくても大丈夫みたいだから、食料は持ち歩いていない。水なら魔法で出せるけど、食べ物は出せない。魔法袋に入れておくべきだったな。
男の子に目を移すと、何かゴソゴソしている。地面には、大きな布袋がいくつも置かれていた。
「ブルーくん、それって……」
「あ、はい。あの、ごはんを食べてもいいですか。あの、えっと、ライト……くんのも、あります」
(僕の名前も、くん呼びだ)
僕の名前を呼ぶとき、戸惑っていたのは、父親と同じ名前だからかな。でも、今は辛そうな表情には見えない。
「うん、いいよ。僕は、何も持ってきてないから助かるよ。ブルーくんは、魔法袋じゃなくて、布袋を使っているの?」
(でも、これはどこから出てきたのかな)
「魔法袋を使っているんですが、必要な物だけを取り出すのが僕には難しいので、全部取り出してるんです」
確かに、男の子の腰には、小さな魔法袋が装備されている。中身をすべて出したみたいだ。
そのために、布袋に入れてから魔法袋に入れてあったんだな。じゃないと、全部出すと、周りが物でとっ散らかってしまう。
ブルーくんは、布袋をゴソゴソして中身を確認し、いらない布袋を魔法袋へと収納しているみたいだ。
そして、布袋が二つになったところで、僕の方を向いた。お目当ての物を見つけたみたいだ。嬉しそうな顔をしている。
「ブルーくん、ごはんは見つかった?」
「はい、ライトくんの分もあります」
(さっきも聞いたよ)
「ありがとう、ごちそうになろうかな」
「はい!」
男の子は、布袋の中から、大きな布を取り出して、キョロキョロしている。ピクニックシートのつもりかな?
(あっ、首を傾げてる)
どこに敷けばいいのか、わからないのかも。
周りを見渡しても、確かに、困るよな。広い通路があるだけだ。そもそも、迷宮の中なんだよね。でも、外来の侵略者が通路を塞いでいるためか、人通りはない。
「ブルーくん、人通りはないから、どこでも大丈夫だよ」
僕がそう言うと、男の子は、嬉しそうに笑った。やはり、布を敷く場所を探していたんだな。
男の子は、この場に布を広げた。そして、その上に布袋の中身を次々と出していく。
(通路の真ん中だよね、ま、いっか)
「ライトくんも、食べてください」
レジャーシートのように広げた布に、ちょこんと座り、男の子はニコニコしている。多すぎる食べ物が並んでいるんだよね。僕が選べるように出してくれたのかな。
「うん、ありがとう。いただくね」
僕が布に座ると、男の子は、僕に大きなパンを渡してくれた。そして、彼の食事が始まった。
(めちゃくちゃ食べるんだな、この子)
ブルーくんは、手当たり次第、どんどん食べていく。小さな身体のどこに、そんなに入るんだろう?
僕が、呆然としていることに気づいたのは、彼はオドオドし始めた。そして食べる手を止めて、ジーっと見ているんだよね。
「ライトくん、パンは食べられないですか? あの、食べられるものを取ってください」
「ありがとう。ブルーくんが、めちゃくちゃお腹空いていたんだなって思って、少し驚いただけだから」
するとブルーくんは、ホッとしたような表情を浮かべた。なんだか、すごくいろいろと気にする子なんだな。まだ、僕をジーっと見ている。僕が食べないと、食事を再開できないみたいだ。
僕は、手に持つパンをかじってみた。
(あれ? なんだか、これって……)
パンの中には、ハンバーグっぽいものが詰まっている。こうやって食べると、ハンバーガーみたいだ。この世界に、こんなパンがあるのか。
「美味しいね。こんなパンは、初めて食べたかも」
僕がそう言うと、ブルーくんは嬉しそうな表情を浮かべている。そして、彼の食事は再開された。
大きなハンバーガーだけで、僕のお腹はいっぱいになった。ブルーくんは、甘いオレンジジュースも、僕に手渡してくれた。
(完全に、ハンバーガーセットだ)
僕の座る近くには、ブルーくんがいろいろと置いてくれるけど、僕はもう食べられない。
「ブルーくん、僕、もうお腹いっぱいだよ」
「えっ? パンをひとつ食べただけですよ」
「大きなパンだったし、中にいろいろ入っていたから、もう満腹だよ」
「じゃあ……」
僕の近くに置いてくれていた食べ物は、次々とブルーくんの口の中に入っていく。
(大食い選手権で優勝できそうだね)
さすがに食べすぎたのか、食べ終わるとブルーくんは、ゲプッと少し苦しそうにしていた。
そして、ウトウトし始めている。
(食べたら眠くなるよね)
声をかけようかと迷っているうちに、彼は、コテンと転がって、眠ってしまった。
(ありゃ、仕方ないな)
眠っているブルーくんの頭を少し触ってみても、全く起きる気配はない。
こんな場所で眠る根性もすごいけど、僕がいるから安心してくれているのかもしれない。
僕は、『眼』のチカラを使って、通路の先を『見て』みた。だけど、見当たらないな。
ジャックさん達とはぐれた場所で会った人に、迷宮都市は、かなり遠いと言われたっけ。
僕は、さらに『眼』に魔力を込めた。