第91話 どちらか選べ
主人が半鐘の音を聞き広場に到着した際、戦闘は激化していた。
多くの冒険者が治療を受けつつ銅像と主人の奴隷達の戦いを見守っている。
広場で動いているのはエルザ、アズ、アレクシアの3人と銅像だけだ。
魔導士達は魔力切れで魔法が撃てない。
しかし、その成果は銅像のダメージとなってあらわれていた。
銅像の体は全体的にデコボコになっており、左肩は溶けて腕がぶら下がっている。
銅像は片腕で錫杖を振り回すが、エルザがメイスで応戦する。
エルザは正面から押している。
「すげぇなあの司祭」
主人の隣にいた冒険者が呟く。
「あのちっこいのもやるじゃん。ずっと動いているのにスピードが落ちてない」
別の冒険者がそう言う。
主人はやや誇らしい気持ちになる。
「あの嬢ちゃんもよく魔力が切れないな」
魔力切れで座り込んでいた魔導士がアレクシアを見て言う。
銅像は怒りに任せてひたすらに暴れているように見えたが、この調子であれば銅像を倒せそうだった。
エルザが銅像の錫杖を弾き、銅像の左ひざをメイスで打つ。
銅像は姿勢を崩し、そこをアズが追撃する。
アズはすでに何度も首の部分を攻撃して削っており、この追撃で更に首を削る。
銅像がぶら下がっていた左腕をゆっくりと動かして首を押さえた。
銅像の口元が歪んでおり、青い目は揺れている。
あと少し。
戦いに疎い主人から見てもそう感じた。
同時に、暗かった領主の館が灯がともされ明るくなっていく。
ようやく事態に気付いたのだろう。
この状況を見て、領主の息子ははたしてどうするのだろうか。
だが、あの銅像は破壊しなければならない。
犠牲者が出てからでは遅い、と主人は思った。
銅像がエルザに背を向け、人の少ない方へと走りだそうとした。
逃走を図ろうとしているのだろう。
しかし、それに気付いたエルザがすぐさま跳んだ。
メイスを大きく振りかぶり、銅像の頭を狙う。
アズが銅像の前に立ちはだかり、剣を構えた。
銅像は一瞬足を止め、錫杖を握った右腕でアズを打つ。
アズはそれを回避し、首を突いた。
アレクシアの魔法も首を狙って当てている。
首が更に削れ、一瞬ぐらついた瞬間にエルザのメイスが横から頭を打ち抜く。
その威力に銅像の頭は首から外れ、広場を転がった。
頭を失った銅像の体は力を失い、倒れ込む。
銅像の頭は口を開けて何かを言おうとしたが、エルザは右足で踏みつけ止めを刺した。
真夜中にもかかわらず冒険者達の大きな歓声が広場を包む。
主人が労うためにアズ達に近づくと同時に、警備隊の集まりが道を開けた。
神殿騎士達を連れてきた領主の息子が到着したのだ。
「なんだこれは! 貴様らなにをしているのだ!」
騒ぎを咎めた領主の息子は倒れ込んだ銅像を見て頭を抱えた。
「ど、銅像が……貴様、足をどけろ!」
領主に言われ、エルザは銅像から足をどけた。
「不敬、不敬不敬不敬だ! 私がどれだけ無理を言ってこの銅像の許可を貰ったのか貴様ら分かっているのか!」
「建てたのは俺らの金だろ」
領主の息子がそう叫んだ後に、小さい声で冒険者が呟く。
「今喋ったのは誰だ!」
「うるせぇ!」
段々と抗議の声が増えてくる。冒険者だけではない。
様子を見る為に集まった人々も領主の息子に対して文句を言い始めたのだ。
領主の息子はそれに対しても凄まじい剣幕で言い返していたが、数の差には勝てず押されていく。
街の住民たちは鬱憤が溜まっている。
高い税金で生活が苦しい上に夜中の襲撃騒ぎだ。
その犯人である銅像が壊され、それを造る指示をした領主の息子がのこのこと出てきたのだ。
烈火の如く非難が飛び交う。
これには領主の息子も圧倒されて後ろに下がった。
この調子であれば、なんとかなるかもしれない。
そう主人が考えたが、しかしそううまくは行かなかった。
武装した神殿騎士達が現れると、非難の声が緩む。
神殿騎士を束ねるエヴリスがそっと領主の耳に何かをつぶやく。
「アバウス殿、今はとにかく銅像を破壊したものを罰するべきです」
領主の息子であるアバウスをそれを聞いて、見る見るうちに勢いを取り戻した。
冒険者達と神殿騎士達は睨みあいが起き始めていた。
だが冒険者達は銅像との戦いで消耗しており、神殿騎士とその後ろの警備隊は準備万端だ。
分が悪いように見えた。
「ここに集まっている冒険者達がこれをやったのだな。特にそこの3人!」
アバウスが指をさす。
それはアズ、エルザ。アレクシアの3人だった。
「ンンンンン、おやおや。この3人は奴隷のようですなぁ」
片眼鏡を通して3人を見たエヴリスがそう喋る。
魔道具を使用したようだ。
「奴隷!? 奴隷如きが太陽神様の銅像を壊したのか!」
「何が太陽神様の銅像だ! その銅像が夜な夜な暴れていたんだぞ」
大柄の冒険者がそう言うと、エヴリスが無言で剣を抜く。それを合図に神殿騎士達も剣を抜いた。
「ンンン。そんな訳があるものですか。大方税金に不満を持っていたのでしょう。我々が見たのは壊された銅像のみですからなぁ」
わざと遅れてきやがったな、と主人の隣にいた男が呟く。
銅像に入れ込む領主の息子はともかく、エヴリスという男はやりそうだなと主人も思った。
「処刑だ、処刑してやるぞ。エヴリス、やれ!」
「おやおや。勝手に奴隷を殺すのは問題がありますぞ。まずは奴隷の持ち主に出て来てもらわねば」
処刑と聞いて街の住民や冒険者がざわめく。
正当防衛だ、という声も上がる。
主人はそこまで聞いた後、アズ達の前に出た。
「俺が3人の主人だ」
主人とアバウスの視線が交わる。
「お前の顔は何処かで見たな……、そうだ、以前抗議してきた商人だな。また貴様か」
アズ達が武器を構えようとするのを主人は制止する。
「お前は随分金の事で煩かったな……選ばせてやろう。その奴隷達は許さん。が、銅像の金を弁償すれば別だ」
「この状況を招いたのはお前だろう」
「黙れ。私がこの街の支配者だ。何をしても許される」
再び上がる周囲の非難の声をアバウスは無視した。
「金貨2万枚か奴隷の首か。選べ。選ばないならお前の首を落とす」
アバウスが首を動かすとエヴリスが瞬時に動き、主人の首に剣を添えた。
動こうとしたアズをエルザが押さえる。
「放してください」
「今はだめよ」
「なんで」
奴隷達の声を聴きながら、主人の額に冷汗が流れた。