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たとえ貴方が地に落ちようと - 第97話 嫌ですーーーーーーッ!!
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たとえ貴方が地に落ちようと  作者: 長岡更紗


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第97話 嫌ですーーーーーーッ!!

ブクマ25件、ありがとうございます!

 翌日、サビーナ達はシャワンに相談し、村のみんなを集めて話し合いを行った。

 結論から言うと、一部反対する者もいたが、ほとんどの村民が賛成してくれて計画を進めることとなった。

 みんなでお金を出し合って、花好きな面々がどの花を購入しようかと話し合っている。女達は空き家の掃除を、男達は荒れた畑をさっそく耕し始めた。

 去年サビーナ達が植えた昼咲き月見草が五月頃に咲く予定なので、手始めに『月見草祭り』と称して大々的に宣伝することになった。

 サビーナも街で張り紙をしたり、出店希望者を募る。そんな最中、またセヴェリが提案をした。


「月見草の中でキスをするというイベントをしましょうか」


 主立った村の者達で会議をしているとき、さらりとそう言ったのだ。みんながぎょっとしているのを横目に、セヴェリはにこやかに周りを見渡している。誰もが呆気に取られている中で、ジェレイだけが声を上げた。


「なんだぁ、そりゃ! いきなりキスしろって言われて、する奴なんかいねぇだろ?」

「そこを恋愛スポットにするんですよ。過去にそこでキスをした者達が結婚して幸せになったという噂を流すんです。そうすれば、それに(あやか)りたい男女は、祭りが終わった後も訪れてくれますよ」

「なるほどなぁ……でも、それって嘘なわけだろ? なんか良心が痛むな」

「あながち嘘というわけではありませんよ。この場所ではありませんが、私達夫婦は月見草の中で初めてキスをして、結婚まで至りましたから」

「ちょ、セヴェ……ッ」


 己のファーストキスをバラされ、顔を熱くして抗議しようとする。しかしセヴェリはニコニコと嬉しそうに笑っているだけだ。

 ジェレイを始め、村人がこちらを向いてニヤニヤとしていて、サビーナはその視線に耐えられず、羞恥のあまり椅子から滑り落ちるようにして床にうずくまった。


「サビーナ?」

「うう、恥ずかしい……どうして言っちゃうんですか……」

「すみません、みんなにわかってもらうためには言うしかないかと」

「ううーっ」


 椅子に座り直すこともせず膝を抱えているサビーナに、みんなは苦笑いしている。余計に恥ずかしくなって、顔を上げられそうにない。口を尖らせて、拗ねた真似を続行することにした。

 セヴェリは困ったようにサビーナの頭を撫でながら、説明を再開する。


「ともかく、『クスタビ村の月見草の中でキスをしたカップルは、永遠に結ばれる』ということを強調して、売りにしていきます」


 ほとんどが嘘であるそんな提案を、なんでもないことのように言うあたり、大人の裏事情を垣間見てしまった気がする。

 アンゼルード帝国にある数々の幸運スポットや恋愛スポットも、こんな風に作られたものがあったのだろうか。


「しかし、いきなり『ここでキスをしていい』と言われても、中々できないのが実情だと思いますので、サクラを紛れ込ませたいと思います」

「サクラ?」

「ええ。最初に何組かキスをしてしまえば、後の人達もしやすくなるでしょう。ジェレイとラーシェにはその役を頼みたいのですが、よろしいですか?」

「おお、いいぜ!」

「仕方ないわね、良いわよ」


 二人はあっさりと承諾し、頷き合っている。理解し難い神経だ。そんな風に思っていると、まだ床に座り込んでいるサビーナに、セヴェリが視線を落としてきた。とてもとても嫌な予感がする。


「サビーナ、もう一組は私達が」

「嫌ですーーーーーーッ!!」


 すべてを言い切る前に全力で否定すると、セヴェリが苦笑いをしながら眉を下げている。


「お願いします。若いカップルは少ないですし」

「嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌ですっ」

「いつもしていることではないですか」

「人前ではしてないじゃないですかっ!!」


 そう抗議すると、村人達が笑い始める。


「結婚式の時にしてただろうが! それと同じだろ?」

「あううう……それは……」

「夕暮れ時の麦畑で、人目も憚らず抱き合ってたのを見たことがあるわよ、私……うふふ」

「あ、あの時は……っ」

「まぁ他にやれる奴はいねぇんだ。決まりだな!」

「お願いします、サビーナ」


 サビーナがなにか言う前に、勝手な拍手が巻き起こる。また人前でキスをするのが確定らしい。もうこうなったら足掻いたところでどうにもならない。


「うう……わかりましたっ! しますっ! すればいいんですねっ」


 ようやく椅子に座り直して半ばヤケクソ気味にそう言うと、セヴェリは意地悪く笑っている。人をからかう時のそれだ。してやられた。


 こんなことがありつつ、月日は過ぎて月見草祭り当日を迎えた。

 ちゃんと月見草が咲くか心配であったが、杞憂に終わったようだ。サビーナ達がサーフィトの畑に蒔いた昼咲き月見草は、余すところなく咲き誇っている。

 ちなみに別の畑にはひまわりの種を植えているので、夏にはひまわり祭りを開催する予定だ。秋と冬の祭りももちろん予定している。祭りだけでなく、各種果実狩りや農業体験等、常時人が足を運びたくなるようなイベントを、途切れることなくする計画である。

 ブロッカの街からクスタビ村は遠いにも関わらず、朝から大勢の人が馬車でやって来てくれた。ブロッカの街の馬のレンタル店も、さぞ盛況していることだろう。

 街から出店してくれる店舗も何軒かあり、村の人達も屋台を開いて賑わっている。ジェレイが作っているクッキーも、人気のようだ。

 さくらんぼ狩りとイチゴ狩りも並行してやっていて、そちらも大賑わいをみせている。


「思っていた以上に人が集まりましたね。予約を頂いた宿泊客も多いですし、メインイベントを来場者に焼きつけることができれば、この祭りは成功と言えるでしょうね」


 祭り実行委員の本部で、セヴェリはシャワンやジェレイらとそう話し合っている。隣で聞いているサビーナは、胃がキリキリとしてきた。


「大丈夫? サビーナ」

「うう。だって、すごい人数……ラーシェさんは平気なんですか?」

「キスするだけでしょ? 平気よ。嫌いな人とさせられるわけじゃないし」

「それはそうですけど……」


 どうやら誰も、この気持ちを理解してはくれないようである。

 メインイベントが近付くにつれて、どんどんと憂鬱になってきた。走って逃げ出したい気分だが、セヴェリに恥を掻かせるわけにいかない。

 そしてそんな憂鬱な気分のまま、とうとうその時はやってきた。

 セヴェリとサビーナ、ジェレイとラーシェを始め、村人達が祭りの間に声を掛けた何組かのカップルが、月見草畑に集まってきた。


「ああ……ついにこの時が来ちゃった……」

「そんなに私とキスをするのが嫌ですか?」

「セヴェリとするのが嫌なんじゃなく、人前でするのが嫌なんです……」


 半泣きになりながら訴えると、セヴェリは困ったように笑いながらサビーナの頭を撫でている。


「出番は近いですが、大丈夫ですか?」

「もう、なるようになれですっ」


 嫌がっていてもどうしようもなく、サビーナは心を決めた。目が据わったようになってしまったのは許してほしい。


「れでぃすあーんどじぇんとるめん!! こちらに注目してくだされ〜〜!!」


 とうとうイベント司会進行のシャワンの声が上がった。明らかに人選ミスな気がするが、シャワンはノリノリだ。


「これから本日のメインイベント、『永遠の幸せを得るキス』を始めるぞい! このクスタビ村の月見草の中でキスをしたカップルは、永遠に結ばれるという言い伝えがあるのじゃ!」


 シャワンは揚々と説明しているが、サビーナは口の端を引き攣らせる。


「い、言い伝えって……」

「物は言いようですよ。少しくらい誇張したところで、問題はありません」

「少し、ですかね……」


 去年植えたばかりで今年初めて咲いた月見草の花を見ながら、サビーナはハハハと乾いた笑いを上げた。シャワンはそんなことには気にも止めず、説明を続けている。


「幸せになりたい恋人達! 一生添い遂げたい夫婦! さあ! その中央で、く・ち・づ・け・を!! するのじゃあああ!!」


 熱弁するシャワンに苦笑いし、サビーナとセヴェリは目を見合わせた。


「あの。今の演説で『じゃあキスしよう』っていう人はいないと思うんですが……」

「お願いしていた言葉と違ってますね……あまりの盛況ぶりに、熱くなってしまったんでしょう……」


 セヴェリも少し呆然としている中、月見草の中に歩み始めるカップルがいた。言うまでもなく、ジェレイとラーシェである。

 二人は中央まで行くと、ジェレイがラーシェの手を引いて、奪うように口づけた。かと思うと、そのまま貪るように何度も繰り返している。その姿を見て、サビーナの顔から血の気が引いていく。


「え……あ、あんなにしなきゃいけないんですか?!」

「しませんよ。まったく、ジェレイはやり過ぎですね。子ども達も見ているというのに……」


 セヴェリは呆れたように口から息を吐き出しながら言い、その様子をじっと見つめている。サビーナは執拗なキスを繰り返す二人を直視できず、周りの人の反応を見てしまった。みんな、興味津々で月見草の中心に注目している。


 こんな大勢に見られちゃうの……?

 嫌すぎる……っ


 サビーナは眩暈がしてきた。先ほど覚悟を決めたばかりだというのに、もう揺らいでしまっている。


「せ、セヴェリ……私、やっぱり無理です……っ」

「困りましたね……しかし、して頂かないと祭りが失敗に終わってしまうかもしれません」

「でも……」

「とにかく行きましょう。ジェレイ達が終わりました。私達の番です」

「ええっ! 駄目ですっ! 怖くて歩けません……」


 縋るように訴えながらそう言うと、ヒョイと抱き上げられてしまった。そして花畑の通路の中を、ゆっくりと歩いて行く。周りの人が、サビーナ達に注目しているのがわかる。


「そうやって緊張しているサビーナもいいですね。最近は慣れてきたようですし」

「も、もう、意地悪言うのはやめてください……っ」


 そうは言ったが、彼の今のクスクス笑みは決して意地悪なものではなかった。


「そうですね、私達は当時を思い出して、初々しい感じでしてみましょうか」

「うう、もうお任せします……っ」


 サビーナが顔の熱さを感じながらそう言うと、セヴェリの足が止まった。中央にある石で敷き詰められた円の中に、とうとう入ってしまったのだ。

 サビーナはそっと降ろされ、どうすれば良いかとセヴェリを目だけで見上げる。そんな顔を見て、セヴェリはやはりクスッと笑った。


「サビーナ。昼咲き月見草の花言葉を知っていますか?」

「え……? 『無言の恋』ではないんですか?」

「昼咲きは、『無言の愛』というのが花言葉だそうですよ」


 そう言うと、セヴェリはサビーナの額にこつんと己の額を当てていた。

 彼の緑青色の瞳が、色鮮やかにサビーナの視界を占領する。あの時と同じ光景だ。ただ夜ではなく、昼であったが。


「あの時の私は、きっとあなたに恋していたのですね。でも、今は……」


 セヴェリはそれ以上はなにも言わず、ついばむような口づけをサビーナに施してくれた。

 月見草の優しく懐かしい香りが、サビーナの体へと染み入ってくる。この香りがリラックスさせ、全身の筋肉を緩ませる。

 一瞬瞑った目を開くと、今までに見たことのないくらい穏やかに微笑むセヴェリの顔を見て、サビーナの顔は一気に火照った。


「セヴェリ……」

「物足りませんか? 続きは帰った後でしてあげますよ」


 そう言われては、顔どころか耳まで異様に熱くなって顔を伏せた。観客の視線もそうだが、セヴェリからの視線が恥ずかしくて顔を上げられない。

 セヴェリは幼いキスで腰砕けとなってしまったサビーナを再び抱き上げて、花畑の通路から戻っていく。

 途中、「初々しい」だの「可愛らしい」だの聞こえてきて、きっと顔は朱色に染まっているだろう。


「ううー、もうお家に帰りたいです……」

「おや? 今日のサビーナはいやに積極的ですね」

「そういう意味じゃありませんーっ」


 半泣きになりながら、クスクスと笑う意地悪顔を見つめる。もうすっかり見慣れたこの表情が、やたらと愛おしく感じてしまうから困りものだ。

 セヴェリの腕から降りて振り返ると、別のカップルが口づけを交わしていた。サビーナの周りにいた観客たちが「私達も行ってみる?」と囁きあっているのが聞こえる。

 次第に月見草の真ん中は、順番待ち状態となっていた。こうなると、人に見られる羞恥心というのは掻き消されてしまうらしい。キスが終わった後の照れというのは、見て取れたが。


「セヴェリの考えた企画は、成功ですね」

「ええ。この話が街で広がり、観光客を途切れさせることなく来させられれば、第一段階は成功と言えるでしょう。まだまだ、これからですよ」


 サビーナにはこれが最終地点のように感じてしまっていたが、セヴェリはずっと先を見据えているらしい。

 サビーナはそんな彼を、手助けして行きたいと思った。もう人前でキスなどはごめんだったが。


「頑張りましょうね! 私も一生懸命手伝います!」

「ええ。一緒に頑張りましょう」


 セヴェリが村起こしを計画し始めてから、彼の睡眠時間がグッと減ってしまったことを知っている。その負担を少しでも軽減させてあげたかった。セヴェリにしかできないことがあるので、見守るしかないことも多いが。


 その日の月見草祭りは、成功裡に終わった。

 セヴェリはどっと疲れが出たようで、ベッドに倒れ込むとサビーナを抱き締めたまま、すぐに寝息を立て始めた。

 サビーナはそんなセヴェリの柔らかな金色の髪を、そうっと撫で続け……


「お疲れ様でした、セヴェリ様」


 昼間の続きをほんの少しだけ、彼に施したのだった。

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