勇者との遭遇
「やぁ、また会いましたね」
人好きのしそうな笑顔だが、場所が場所だけに何か企んで居そうに思えたのは俺だけではないのだろう。
ホーリーライト王国の武族「エトワール」のゲイル・ブロムバッハ
彼が先の岩水晶大蟹と戦ったメンバーと一緒ということはあのPTもホーリーライトの人々かな
先ほどのルークの口調から察するに「他国の冒険者が承認なしに狩りをする事」は通常行われない事なのだろう。
「調査にしても事前通告なしに他国での戦闘行為は問題になると思いますが、それが教会の試練だとしても」
うちのリーダーのロバートは比較的冷静な口調だが厳しい表情だ。
「ホーリーライトの王都から月影湖に来る途中にウッドワースの首都に通じる街道と標識には気づいてなかったのですか? 」
ゲームでは道路標識の類は気にしてなかったがここで会話に口挟むほど空気読めないじゃない
全体地図と領域地図、索敵地図は画面切り替えで「俯瞰」で見てたが
いまの視点はFPV(当事者の眼)のそれなので意識して無いと見落としし易い、肝に銘じよっと。
「我等はこの辺りの地理には不馴れゆえ気分を害したのなら済まぬ、正直腕試しの気持ちも有ったのは認めよう」
自分に非があるのを認めたな、倣岸不遜な人物では無い良識ある人物かな? 見た目は頑固そうだが。
「ここから北に300mほど行けば月影湖警邏隊の詰め所があります、そこで来訪理由と無許可狩猟の詫びを報告したほうがよろしいですよ」
腹立たしいのはここに居るグリンワルド住民共通の意識だが、さりとて俺たちには彼らを罰する権限は無い。
処分を決めるのは冒険者協会か国の治安活動を担う軍警邏隊の仕事だ
ロバートもこれ以上追及するのは止めて自分達のクエストに戻る頃合と思ったのだが……
「ご忠告痛みいる、後ほど参上させていただこう」
「ここで会ったのも何かの縁だ、互いの紹介した方が良いと思いますよマクギャバン殿。……エル・ロイカ殿の事もありますし」
向こうのリーダーも謝辞を述べて立ち去ろうとした時に爆弾が落とされた。
「エル・ロイカ」と言う単語が出てロバート達は瞠目した、
俺はいまいちピンと来ないので小声でルークに尋ねる
「神のごときってなんか仰々しい響きだが、そこら辺で出くわす事って良くあるのか? 」
「……エル・ライクじゃなく勇者と言ってましたね、勇者とは『世界が危機に瀕した時に現れる者』と言い伝えられています。あちらとこちらとでは些か解釈に違いがありますがね」
ルークの解説によると過去の国家間の戦争でホーリーライト王国は幾度となく「勇者が出現した我が国に義有り」と主張してきたらしい
40年前の異界からの侵略者との戦い『魔導大戦』で4カ国が共同戦線を結んで侵略勢力を退けたのも一時的な事でその後も4カ国はなにかと衝突しているとの事
35年前に「傷の荒野の戦い」で敵の首魁と相討ちの形で勇者の命と引き換えに勝利を得たことを誇りに思う気持ちは判らないでもないが、その後の国家間の紛争で事ある毎に勇者の功績を持ち出すのはいかがなものかと。
なるほど、マクギャバン達一行が単なる魔獣の調査じゃなく「勇者」の名を持ち出してきたのはきな臭い話だ
そしてそれは俺にとっても対岸の火事と看過できない風向きである……
「異界からの侵略」それはゲームだと「魔族」とか「悪魔」がその役を担う
そして勇者はそれらと戦う、神の祝福とか加護を得て世界を救う、よくある設定だ。
だが……それがマッチポンプだとその世界の人が知ったらどうなのだろう
信仰を失い、自暴自棄となり好き勝手に振る舞い、結果世界が荒廃するのか
それとも神に頼らず別の価値観を見出し歩んで行く道を探り進むことが出来るのか
家庭用ゲーム機だと「ラスボスを倒してゲームクリア」と言う終着点が明確にある
……なかには「やりこみ要素」と言ってラスボス倒した後もアイテムコレクションや異性とのラブのすべてのルート解明とかに力入れているソフトも無いでもないが。
閑話休題
「勇者」を持ち出したゲイル・ブロムバッハ
彼の発言を無視できずロバートは彼等PTの情報開示を求めた
……キノコ森で俺と遭遇したばかりに冒険者協会のお偉方に呼び出されたと
このクエスト受注した後苦笑混じりに俺に話してくれたからな、その気持ちは判らないでもない
でもそれはなんらかのフラグ立てにならないか?
リーダー同士と言う事で主にロバートとマクギャバンで会話し、俺たちはその傍らで聞く形となる
向こうのPTリーダーはオーズ・マクギャバン、職業は侍祭
はじめ見たときはてっきり僧兵と思ったのだが戦時中でもない限り僧兵は国外にそうそう出張らないらしい
「勇者と旅の同行者と言えば僧侶じゃないの? 」と小声でルークに聞いてみたが
「司祭は基本任命された教区から離れて旅はしない」と教えてくれた
司祭に任命される前の修行の身として各地を歩くことは「神殿」が奨励してるらしい
その際冒険者に同行して魔物退治や市井の民に治癒の技を施す事で神殿の権威を高める目的もある
射撃士のゲイル・ブロムバッハはホーリーライトの貴族の四男坊で
父方の祖父は伯爵だがその息子、ゲイルの父親は子爵でホーリーライト王家に拝謁できる地位ではあるが領地はさほど大きくない
四男ともなると家督を相続する可能性は低く、伝手で宮殿に文官として仕官できれば御の字で大方は騎士の従者から始めて騎士の道を進むか聖職者の手伝いを勧められる。
腕に自身のある者は冒険者となり名を上げて武官にスカウトされて出世して騎士爵となり、地方領を治める代官となる可能性に賭ける。
ここに比べて土地が広く、貴族や官僚の多い国であるホーリライトは国境での功績上げは比較的機会が巡って来易いと言えるだろう。
「神殿」が後援者となる勇者の任務の同行者はこれ以上無い好機に違いない
PTリーダーであるマクギャバンとして今の時点で勇者が表沙汰になる事は望ましいことかどうかは別だが……
その勇者は魔法使いらしい青年と二人で岩水晶大蟹を解体している重甲戦士であった
背甲部分と腹甲の間の比較的殻の薄い部分に長剣を刺して亀裂を作り、魔法使いは腕力と器用度上昇の補助魔法を彼に掛けている
「ひとまずあれを片付けてからが良いのでは? 」
倒してから解体するのにあまり時間を掛けるのは良くないのでそう提案する
岩水晶大蟹の表面保護装甲の結晶は魔獣の死後魔力が放散するにつれ急速に質が劣化する
魔力が多く残って居る薄紫色なら武器や防具の加工素材として需要は高いが、魔力がほとんど抜けて濁った白色だと細かく砕いて研磨剤くらいしか用途は無い。
まぁ、表面装甲より魔獣の体内に形成される『魔核』の方が価値としては比較にならないけどな
サイズにもよるが岩水晶大蟹だと最小で鶏卵サイズは有るだろう、成人男性四名の宿泊費の10日ぶんは賄える。
表面装甲の劣化に比べて『核』の劣化はそんなに足が速いものではないが取り出して手早く残骸処理を進めないと核を取り出した後の魔獣の遺骸は異臭と場合によっては瘴気を放つ
「くさい」で済めば可愛いもので下手すると周囲の野生生物の変異を招く原因となる。
彼らの素材採取を手伝う見返りに我々の依頼を手伝い、その後情報提供する確約を取り付け我々も大蟹の解体を手伝う。
とは言っても俺は力仕事は向いてないので魔法で彼らの身体能力一時上昇の補助を掛ける役割だ
筋力上昇・器用度上昇・体力回復速度上昇を物理戦闘職5名にそれぞれレベル4で掛ける、持続時間20分あれば充分だろう
消費したMPもそのくらいならお座り回復で魔力回復薬使用せずに足りると思う。
戦闘開始時とかだとそれらに加えて防御力上昇・回避の為の敏捷度上昇・対魔法防御などなどで回復薬使用しないと自然回復じゃ追いつかないけどな。
……岩水晶大蟹の解体は15分もかからず終了した
補助の効果があるとはいえ中型ワゴン車ほどの代物を手際よくバラしていくのは壮観だ
表面装甲の薄紫色の残る結晶は頭陀袋にまとめて収納され、『魔核』はマクギャバンの腰の鞄に収めらた。
ちなみにサイズはソフトボールよりやや小さいくらい青緑色の透き通った煌めきを放っていた。
「肉は食えないかな? 」
魔獣とはいえ死んだらただの大型蟹にしか見えない
蟹と言えばカニすきや焼きガニを思い浮かぶのは日本人の性だよね、うん
「岩蟹なら料理素材の依頼も出てたりしますが岩水晶大蟹は食べるのに適さないと聞きます、『食べると中る』事が少なくないとか」
そう教えてくれたのは『調理師』のサブスキルを持つアイリスである
シガテラ毒みたいなものかな、違うかもしれない、異世界だし。
食中毒は治癒では治せず解毒の魔法が必要なのだが彼女はまだその習得レベルに達していないので万一のことを考えると食べることは止めとしたほうが良いのではとすまなそうに言った
ゲームでは食中毒にかかるイベントとか無かったので知らなかった、ありがとう。
そう、俺のやっていたゲームではRPGに付き物の「状態異常に対する魔法」は殆んど無かったのだ
毒や火傷の時間経過に伴う追加ダメージ、眩暈や混乱・魅了や睡眠も数秒の操作不能時間を設けても待てば元に戻る仕様だった。
減った体力はショートカットに入れていたポーションを連打で回復するパワープレイ、そんな歪な冒険だが
この世界の冒険者は当然そんなことは想像さえしてないだろう……
食えないならもったいないけど仕方が無い、採取業者が掘ってくれた直径3m深さ2mほどの穴に大蟹の残骸をみんなで放り込みながら確認する
「瘴気が出るなら焼いたほうが良いかな? 」
「いや、埋めたら大地に魔素として分解・吸収されるとかで深さが充分なら森の肥料となると聞いた」
微生物分解による資源の循環か、思ったよりもエコロジーな発想が定着しているんだな。
寄せられていた土を掛け終わって心持ちなだらかになった土饅頭に両手を合わせておく、南無南無
岩蟹からの魔石採取はマクギャバン達の参加によって意外と早く済んだ
特に『勇者』こと重甲戦士の手際の見事さは目を見張るものだった
本来二人一組で蟹の動きを押さえる役と急所を攻撃する役を必要とする素材狩りなのだが、彼は軽くステップを踏み蟹が威嚇姿勢取った瞬間の隙を付いて目玉の間を刺し貫く、刺突剣じゃなく長剣でよくやる
あの動きは重甲戦士とは思えない、「さすが勇者」と言うべきか
「なんか重甲戦士と言うより軽業師の動きを見ている感じだな」
双剣士のハンスは複雑な心境だろう、重い鎧を着てあのように俊敏な動きを見せられては心穏やかで居られないと推測する
ちなみにこちらはロバートとルーク、俺とハンスの二人組の2ペアで岩蟹狩りをしている
「見た目はずいぶん若いように見えるけど相当のベテランかな? 」
魔法媒体用杖を使うのはもったいないのでそこらで調達した2mほどの木の棒で押さえ役をしながらそう答える
剣術スキル四連咬牙を習得しているならレベル55は達しているだろう
プレイヤーなら容易く上げられるがこの世界の人間だとかなりの使い手とされるレベルがその辺りだ
この世界だと10歳くらいから街中の依頼を受けて一年くらいの下積みでランク上げ、森での素材採取と害獣駆除手伝いで実戦経験積めば10代半ばは成長著しい、と酒場でこの国の常識を聞いたのでよその国の冒険者の実情は推測でしかないが。
魔石採取後の岩蟹の遺骸はインベントリーに収納する
料理素材として使えるらしいし、一部今夜のおかずに出来るだろう
残りの依頼対象は泥蛙だが、日がだいぶ傾いているので周囲が森に囲まれている湿地での狩りはこの辺で切り上げるとロバートは決めた
順調そうな流れで足元すくわれるのは有りがちだしな、キノコ森の苦い経験も薄れてないのかな。
「森林警邏隊の駐屯所のそばに冒険者用野営地ありますが、報告後今夜はそこで我々と過ごしますか?」
徒歩だと月影湖からウッドワース王都まで約二時間
騎乗動物持ちなら四半時間(14~5分)程度で着く距離だが、事情聴取とかはそう短時間では済まないはずだ。
夜間の移動もこの辺りならさほど脅威といえる生物は居ないとはいえ
日が暮れてからの街の出入りは顔見知りならともかく不審者と思われるとそこでまた時間をとられる。
「『郷に入らば郷に従え』との言葉も有りますし、ここは彼らの言うように事情聴取受けた後ここで野営しましょうか 」
「不慣れな土地で夜間に魔獣と鉢合わせは好ましくないですからそうしまょう」
勇者と魔法使いの青年はロバートの提案に賛成する
異世界にも日本のことわざが有るのかとちょっと驚いたが多分翻訳がうまいこと仕事しているのだろう。
岩蟹から採取した魔石はリーダーのロバートが保管して、かさばる素材部分は俺のインベントリーに収納
レベル90ある俺の異次元倉庫なら岩水晶大蟹でさえも入れてまだ余裕あるけどな。
まぁゲイル達の獲物を持ってやる義理は無いので言わないで置くが彼らも冒険者用収納袋は持っているだろう先ほどの様子だとレベル30くらいだと目星つけてある
俺たちは野営地、マクギャバン達は警邏隊詰め所、此処から其処まで道筋は同じなので歩きながら雑談
「勇者」らしい重甲戦士はオルラント、魔法使いはクロフォードと名乗った
オルラントは一月ほど前13歳になったとの事、日本だと小学生から中学生に上がったばかりの年頃か
冒険者になって永いのかとの問いには冒険者になって3ヶ月ほど、最近ようやく野営にも慣れて来ただと、この世界の平均はどうか知らないが中級スキル使えるのは早すぎじゃないかと思うのだが……
「勇者どのは先の大戦で亡くなられた先代勇者の生まれ変わりであらせられる、成長早いのはその証である」
先を歩いていた侍祭のマクギャバンが振り向きもせずそう言い放った
聞いていたのかよ、つか「生まれ変わり」だと?
それは「転生者」と言う事なのか