43.アレスはそれでも勇者なんだよ
長い沈黙が訪れた。
アレスのことを内心で毛嫌いしていただけのシーチャも、アレスに勇者の資格がないと断じたレメリも、重苦しい雰囲気に圧倒されているエチカも無言だ。
「……そこまであいつのことがわかっていて、あなたは唯々諾々とアレスの横暴に耐えてきたの?」
アレスに『勇者をさせる』つもりだったディシアだけが、かろうじて口を開く。
「耐えたことなんてないよ。アレスはそういう奴なんだってわかってたんだし……まあ、嫌われてるとは思ってたけど追放したいほど目障りに思われてたのは予想外だったかなぁ」
荷物持ちのアイテム係なんて眼中にないと思ってたのに、いるだけでも駄目なんて。
「アレスが本当にそこまで醜い人間だとしたら、この世に生きていてはいけないわ」
「ディシア。聖女の君がそんなことを言っちゃいけない。それに何度も言ったと思うけど、アレスはそれでも勇者なんだよ」
「ねえ、スラッド。そうは言うけどさ……そんな勇者がいないと救われない世界なんて、いっそ滅びてもいいって思わない?」
シーチャがあっけらかんとした顔で言う。
おそらく勇者パーティにいる誰もが一度は考えたことだろう。
「うーん」
だけど、これはきっとシーチャの本音じゃない。
少し考えて、シーチャの意図が『俺に否定してもらうこと』だと予想しながら口を開く。
「それが言えるのは、この世界に住んでいないか、自分を世界の一部だと自覚できない人だけだと思うよ。それこそアレスみたいにね。シーチャもそうなの?」
「んー、正直世界の命運にはあんまり興味ないけど、身近な人が死んだりするのを見るのは嫌かな。それに、悲劇が起きてから気づくんじゃ遅いってことはさすがにわかる」
シーチャがレメリを盗み見る。
レメリは俯いて押し黙ったままだ。
何も事情を知らないはずのエチカに「大丈夫?」と寄り添われると、レメリは少し驚きながらも礼を言っていた。
「そういうあなたはどうなの?」
ディシアが問いかけてくる。
「そうだね。俺も世界のために、みんなのために何かできるならって、思ったんだけど……」
魔王軍が地上に戦争を仕掛けた結果、いくつかの種族が絶滅して、人々の過半数を殺されたっていう話も……俺が生まれるより以前の話。
瘴気でモンスターが凶暴なのも、弔われなかった隣人がアンデッドになって蘇ってくるのも、生まれたときから当たり前。
戦争の恐ろしさを語るのは、いつだって老人たち。
俺は、大多数の人々と同じく魔王が物凄い脅威みたいには感じてない世代だ。
それでも俺が勇者パーティにいるだけで世界が救われるなら、そんないいことはないと思っていた。
たとえアレスがどうしようもなくても、俺がどう扱われようと、全自動スキルが一助になるなら構わないと。
でも、考えが甘かった。
「……わかった。アレスが目覚めても、スキルのことは言わないわ」
ディシアはまだ納得しきれてない様子だけど、その瞳から強い意志を感じた。
「まあ、目覚めさせられると決まったわけじゃないしね」
「スラッドなら!」
俺が冗談めかして言うと、突然エチカが叫んだ。
みんなの視線がエルフの少女に集中する。
「スラッドなら、できると思うのだわ。いや、スラッドにしかできない!」
「エチカ……」
驚いた。
そんなふうに言われたのは、初めてだった。
いつだって活躍するのは俺の仲間で、だから俺は仲間たちをとっても信頼していて。
俺自身はいつだってそこにいるだけで事足りていたから。
「それに世界を救うための希望を絶やしたら駄目なのだわ。アレスがどんな奴でも」
この中で、エチカだけが勇者パーティじゃない。
アレスの顔すら見たことがないし、世界の命運なんて深く考えたことのない世間知らずの女の子だ。
でも、だからこそ第三者として世界を代表して声をあげているように俺には見えた。
もちろん本人にそんなつもりはなかっただろうけど。
「しょーがないね。ここはボクらが折れるか~」
「はい、です。アレスのことをたたき起こすのです」
シーチャとレメリが笑ってる。
ディシアですらクスッとしていた。
きっとみんな、俺と同じような感想を抱いたんだろう。
「な、なに。あたし、変な事言った……?」
エチカだけが不安そうにあわあわしている。
「スラッド。アレスの馬鹿を頼んだわよ」
ディシアが俺の肩を叩いた。
「そうだね。責任重大だ」
「スルーしないでほしいのだわーっ!」
「エチカの言葉、感動したよ。ありがとう」
「うっ……!」
俺が笑顔で礼を言うと、何故かエチカの顔が真っ赤になった。
なにやらレメリとシーチャに慰めてられている。
みんなと仲良くなれたみたいでなによりだよ、うんうん。
「あ、それと勇者を続けさせるかどうかに関係なくアレスのことは一発殴るわ」
「それは大賛成~!」
「私も殴るのです!」
ディシアが満面の笑みで指をぽきぽき鳴らすと、シーチャとレメリも諸手を挙げて賛成した。
こうしてアレスには大変不本意であろう決定により、みんなの心がひとつになった後。
俺は三度目となるナイトメア・フェアリー訪問に挑むのだった。