67.スラッドが勇者になれればよかったのです
王都の冒険者ギルドには、たくさんの支部がある。
俺たちが向かったのは、もともとシーチャが利用していた支部だ。
新たに冒険者パーティを結成した俺たちはここに集まるようになっている。
「あ、スラッドだ。やっほー」
酒場スペースにいたシーチャが手を振ってくる。
ギルドの一番奥の角にあるテーブル席が俺たちの定位置になっていた。
レメリも同席していて、最近挑戦を始めたフルーツエールをちびちび飲んでいる。
「やあ、ふたりとも」
「エチカは相変わらずスラッドにべったりです。お似合いのカップルなのです」
レメリがいつもみたく囃し立ててきた。
「やめてレメリ! スラッドに迷惑なのだわ!」
「俺は別に迷惑なんてしてないよ」
「スラッドも! そうやってニコニコ笑いながら見守るような視線を送ってこないでほしいのだわー!」
俺とエチカは半ばパーティ内で公認カップル扱いされている。
不快ではないし、慕ってもられるのは嬉しい。
俺の中ではそんなに気持ちが燃え上がってるわけではないけど、エチカは大切な子だ。
「おっ、今日もエチカちゃんは元気だなー!」
「いいぞいいぞー!」
隣席の冒険者たちが喝采を飛ばしてくる。
エチカは支部のちょっとしたアイドルだ。
子供っぽいところがウケたのか、それとも身に纏う外套からチラッと見える肌色に目を奪われるのか。
たぶん両方。
「むーっ、ちょっと掲示板で依頼を見てくるのだわ! 注文来たら、いつものイチゴジュースでお願いねー!」
照れながら掲示板に走り去っていくエチカ。
その間も、ぴゅーぴゅーと冒険者たちの口笛が鳴りやまない。
アレスの元パーティというところからもっと悪評が立つと思っていたけど、エチカのおかげなのかそういう話はほとんど聞かない。
「ディシアは、やっぱり神殿?」
例によってディシアだけ姿が見えないのでシーチャに確認する。
旧大陸の勇者派閥を王都の神殿から追い返してからというもの、ディシアはとても忙しくしている。
神殿を改革するという俺との約束を守るために必死で頑張っているのだ。
俺とエチカ以外は全員が冒険者以外の仕事を掛け持ちしているから、みんなで改めて冒険者パーティを組むことにはしたけど……なかなか全員揃うチャンスがない。
「そうだね~。例によって例のごとく『真の勇者』の選定をやってるみたいだよ。もっとも、ディシアの御眼鏡にかなう勇者様がいるとは思えないけどね」
肩を竦めるシーチャに俺も頷き返す。
ディシアは自分に厳しいが、他人にも厳しい。
それが勇者ともなれば実力も人格も徹底的に査定されているだろう。
『偽勇者アレス』の前例があるから尚更だ。
「スラッドが勇者になれればよかったのです」
この話題になるとレメリがいつも同じセリフを言う。
どんだけ俺を勇者にしたいんだろう。
「俺が《勇者の資質》をもらったところで、俺のユニークスキルには無職の縛りがあるからね」
「なんでシーチャの《才盗り》はユニークスキルを盗れないのです?」
「そんなこと言われても、こればっかりは仕様なんだよ~」
シーチャが肩をすくめると、レメリはちょっぴり不満そうに唇を尖らせる。
「ユニークスキルは《鑑定》できないのです。どうしてわかるのです?」
「確かにそうなんだけどさ~」
シーチャが困ったように諸手を挙げた。
まあ、ユニークスキルを持っていないレメリにはわかりにくい感覚だよね。
「たしかに《鑑定》でわかるのはユニークスキルの名前くらいだね。だけど一応、ユニークスキルの取得者には使っているうちに、だいたいわかってくるんだ。というか、使ってみないとわからないことも多くて」
俺も冒険職に就こうとしたとき、感覚的にユニークスキルのせいで無職でいるしかないと、はっきりわかった。
あのときは……ものすごく、がっかりしたっけ。
シーチャも《才盗り》ではユニークスキルを盗むことができないって本能的に理解しているんだと思う。
「だからレメリ。シーチャのことをあまり責めないで。どっちみち俺に勇者をやる気はないんだし。そもそも向いてないよ」
「むぅ……ディシアも同じことを言っていたのです」
ディシアの俺に対する評価は、とても正しいと思う。
見た目こそ若い人と同じだけど、中身は四十過ぎたおじさんだからね。
もっと若くてやる気のある人に勇者をやってもらったほうがいい。
「ところで今日の仕事なんだけど……」
「どうせ今日もゴブリン退治なんでしょ? ボクはパス~」
話をもちかけた途端、シーチャが手をひらひらと振った。
俺は未だにエチカと一緒にゴブリン退治に出かけるんだけど、他のみんなには不人気な仕事だ。
「薬草採取なら手伝うのです。でも、ゴブリンは嫌なのです」
レメリも渋い顔をしてる。
『魔女』の冒険職は、クラススキルで《ポーション作成》を覚える関係で《薬草知識》のコモンスキルを取得するのが就職の前提条件になる。
だから、レメリが手伝ってくれると質のいい薬草が採りやすい。
報酬も、ちょびっとだけ上がる。
「実はそれなんだけど――」
「スラッドー!」
俺が言いかけたところでエチカが笑顔で駆け込んできた。
「ほら、見て見て! 掲示板に貼ってあったのだわ!」
エチカによってテーブルにひろげられた羊皮紙を全員が覗き込む。
そこには『オークの討伐証明を合計30個提出でパーティ全員がEランクからDランクへランクアップ!』と書いてあった。
「この依頼は報酬がランクアップなんだね」
「そうなのだわ!」
俺の言葉にエチカがウンウンと頷いた。
「ゴブリン退治ができればEランク、オーク退治ができればDランク冒険者って言われるぐらいだし。難易度としては妥当じゃない? ただ、お金的にはオークの討伐報酬って一匹150ゴールドだから微妙な塩梅だと思うよ~」
まあ、お金についてはシーチャの言うとおりだ。
しかも俺たちの中で『パーティ全員ランクアップ』の恩恵が受けられるのはエチカだけだし。
「問題ないと思うのです。エチカがEランクのままだと私たちも上位の依頼が受けられないのです」
レメリの言うとおり冒険者が受けられる依頼は1ランク上までとなっている。
Cランク冒険者ならBランク冒険者向け、Bランク冒険者ならAランク冒険者向けといった具合だ。
もちろん、人数的にもパーティ編成的にも無茶だと判断された場合は窓口で止められるけど。
「これ、剥がしてきちゃって大丈夫だったの?」
「ちゃんと戻すから問題はないのだわ! とにかく成功させればあたしもようやくDランクになれるの!」
そっかそっか、エチカもランクアップのことをちゃんと考えていたんだね。
そういうことなら――
「レメリ。薬草を渡すから、ポーションを多めに作ってもらっていいかな?」
「やるのです?」
少しばかり口端を吊り上げるレメリに、俺は笑顔で頷き返した。
「実は、俺もエチカのランクアップを手伝おうと思ってたんだ」
「じゃあ、決まりね!」
エチカが嬉しそうに手を打ち鳴らす。
久しぶりの真新しい依頼にわくわくしているみたいだ。
今までゴブリン退治ばっかりでごめんね。
「じゃあ、依頼を受ける前にディシアを呼んでくるよ。その間に買い出しとかの準備だけ先に整えておいてね」
「おっけーなのです」
「まっかせて~」
レメリとシーチャの返事を聞いてから、俺は冒険者ギルドを出た。