37話 バリア魔法と酒の席
アザゼルに秘密の大仕事を任せて、俺は屋敷へ戻る。
魔族の大半を動員しての仕事だから、屋敷は静かなものだった。
食堂を覗いてみると、そこにはご機嫌なフェイがいつも通りご飯を食べている。
今日も健康そうでよろしい。
そこには同席する、小太りの男がいた。そっちが少し気になる。
「ややっ、これは領主様。いない間に勝手に上がらせて貰い申し訳ございません」
立ち上がってあいさつしたのは、先日御用商人になりたいと申していた商人の一人だった。
綺麗なまん丸い体には見覚えがある。
小突きたくなるお腹だ。
「我があげておいた。こやつの話はなかなかに面白い」
そういえば、フェイにたかられていた商人がいたな。こいつか。
随分と懐が痛んだことだろう。
「お前か。先日はフェイがお世話になった。随分と痛い出費だったろう」
「いえ、いえ。あれしき……あっあ、あれしきでは……」
痛んでいそうだな!!
フェイのやつは人間の食べ物にやたらと文句を言うくせに、量はしっかり食べる。しかも舌が肥えていて、高級なものをしっかりと美味しいと判断するんだ。
高い酒も、高い食材も、的確に産地を当てながら飲食を楽しむ。で、最後に「まあまあじゃな」とか言うものだから、金を払う身としてはかなりイラっと来る。
けれど、結局このお嬢様には誰も逆らえないので、黙って財布の紐を緩めるしか選択肢はないのだ。
「悪いことをしたな」
けれど、その甲斐あってフェイには気に入られたんだ。
悪くない投資になったということで。
先日、フェイはこの小太り商人を有能だと褒めていた。
今日も屋敷にあげるとは、そうとうな気に入りようだ。
商人は物を見る目と人を見る目の両方が求められるという。
気に入ったものにはとことん熱をいれるらしいが、俺とフェイも気に入られたということかな?
フェイの側もこの商人のことを気に入ってしまったようだし、取り入るのも才能という訳で評価しておこう。
「名前は? 以前にも聞いたが、興味がなくてすぐに忘れた」
申し訳ないが、毎日来る有象無象の連中の名前など憶えていない。
この地位に就いてからは特に人と会う機会が増えて、どうでもいいやつは、すぐに忘れるようにしていた。
「顔だけでも覚えて頂けていたことを感謝いたします。名は、ブルックスと申します。扱う品は多く、高い品質と安いお値段で商品をお売りいたします」
顔で覚えていたというよりは、まん丸い体で覚えていたという……。
「扱う品は多いか」
俺はヘレナ国に未練はないのだが、育った孤児院で食べていたみかんがとても好きだった。
実は結構過酷な幼少期。おかげで逞しくなれた。
そのミカン、酸味が強く、皮が固いんだが、これがなんとも癖が強くて強烈に頭に残っている。忘れられない思い出の味だ。
未練というほどのもものではないが、食べられるならまた食べてみたい。
「ヘレナ王都で食べられているやっすいミカンを仕入れられるか?」
「品種を言って貰えれば」
「うーん」
知らん。おそらくどこでも手に入る安いミカンだろう。
品種なんて意識したこともない。
「わからん」
「はあ、でもお探ししておきましょう」
「頼んだ。金なら払う」
やすいミカンだが、思い出の味ってやつは格別の味がするんだ。
たまに、あの酸っぱさを体が無性に求める。ギュッと口の中をすぼめてしまうようなあの酸味がたまらん。
「お主らも仲良くなって良かったわい。こやつ、ブルックスというのか。我はフェイじゃ、よろしくな」
「あっはい、ぞ、存じ上げております」
知らなかったのか……。
凄く親しそうだったから、名前とかだけでなく、もっと深いところまで知っているものと思っていた。
今更自己紹介していることに、ブルックスも戸惑っているじゃないか。
「そうそう、こやつは海でも商売をするらしいぞ。商船をいくつか持っておるらしい」
「ああ、そうなのか」
「馬鹿たれ。そうなのかじゃあるまい」
ん?どういうことだ。
少し理解が遅れる。
……ああ、なるほど。少し間をいて、答えが出た。
ここはミナント、しかも東の領地ミライエ。エルフの島には最も近い場所だ。商人は情報にも強い。
「ブルックス、エルフと交易したことは?」
「ええ、何度かありますよ」
「こやつの話は結構知識に富んでいておもしろい。語らせるにはちと酒が足りんの。マリー、酒を持って来んか!」
こいつは理由をつけて酒が飲みたいだけ!!
フェイが声をあげて、侍女を呼び寄せる。
まあいい。確かに話が長くなりそうだし、俺も椅子に腰かけた。
働き者の侍女マリーが急いで酒を持ってきて、フェイのグラスに酒を注いでいく。
俺とブルックスにも高級なお酒を注いでくれた。
この健気な侍女は毎日忙しく働いているのに、体調も崩さずによくやってくれている。フェイの無茶な要求にもたまに答えているみたいだし、本当によく頑張っている。
それでいい。フェイの言うことはよく聞くように。
100年後はこいつが支配する世界なので、このまま真面目に働けばマリーの子孫だけは良くして貰える可能性がある。
マリー、健やかに頑張るんだぞ。
「いつもご苦労様」
「あ、ありがとうございます!領主様こそいつもご苦労様です。シールド様がこの地にいらして以来、良いことだらけです」
「そうか。それなら良かった」
恭しい態度で下がっていったマリーはまた忙しそうに他の仕事に戻っていった。
あの選別を生き残った人材はどうしてこうも有能なのか。軍もかなり優秀だと聞いている。
恐ろしい日だったけど、こんな穏やかな日が来るならあの日の犠牲もありだったな。なんてことを思ってしまう。いかん、いかん。死の領主を自分で肯定してしまっている。
「さて、酒も来たことだし、いろいろ聞かせて貰おうか」
フェイがあれだけ褒めていたんだ、楽しませて貰うことにしよう。
自治領主を退屈させるなよ? 御用商人になりたいなら、俺にも気に入られろ。
「えー、どこから話したものですかね。初めてエルフから金をだまし取ったところから行くとしますかな」
……なにそれぇ。
気に入った!! すんごい面白そう!!
酒を口に含んで、飲み込んだ。つまみにも手を出す。
「商売に失敗して借金をしてしまいましてね。ミナントじゃ悪名が流れていましたから、これは新しい商売の道を探さねばと思ったのです。ウライもヘレナも、少し遠いイリアスも商売敵が多いので、海を渡った先にいるという伝説のエルフなんてどうだろうかと思ったわけです」
なるほど、目の付けどころは面白いが、エルフは聞いたところによると無欲っぽいじゃないか。
商売人ともっとも縁の無さそうな連中だ。
そんなリスクは承知の上で、ブルックスは一世一代の勝負に出て、海を渡ったらしい。
エルフの島に無事辿り着き、彼らが聞いていたエルフとは少し違うことを知ったとか。
それが20年前の話なので、既にダークエルフの影響が島に浸透しつつあるときだったのだろう。
彼らが何を欲するか調べた結果、エルフたちは夢薬草という少し危険な薬草を求めたらしい。多くの草木を養うエルフだが、そういう危険なものは敢えて育たないようにしていた。
ダークエルフの支配する現実から逃れたかったんだとさ。眠っている間だけ幸せな夢を見られる代わりに、命を縮めることでも有名な薬草だ。
そんなものの仕入れ先も知らないし、仕入れる金もなかったブルックスは、飛び切り香りの強いハーブを仕入れて、またはるばる海を渡りエルフに売り渡した。
そのときに大量に金を巻き上げて、商人としてやり直したんだと。
とんだ詐欺師だった。
商人なんてみんな多かれ少なかれ汚れ仕事をしていると自己弁護していたが、詐欺に変わりはない。
けれど、妙に面白い話だ。クスクス笑いながら聞いていたことは黙っておこう。
エルフは金こそ失ったが、危ない薬に手を出さなくて結果良かったかもしれない。
「お前、図々しい上に、逞しいな。そういうやつは嫌いじゃないぞ」
「のう、言うたじゃろう。これはなかなかに面白い男じゃ。叩けば、まだまだ面白い話が出てくるぞ」
名前も知らなかったくせに、フェイが知った顔でブルックスを自慢する。
ブルックスの武勇伝はまた今度聞くとしよう。
「ところで、その話を信じるに、ブルックスはエルフの島への行き方を知っているな?」
「ええ、幼少より海とともに過ごしてきましたので、一度行った航路は忘れません」
なるほど。これまたいい人材を得たかもしれない。
ダークエルフどもめ、変な矢の魔法を使うかもしれないが、やりあうなら受けて立つ。
俺は負けない。バリア魔法がある限り、負けられないんだよな。
何もこちらが待つことはない。最悪、こちらから打って出てもいい。その選択肢が与えられたのだから。
「ブルックス、さっき言ったミカンを仕入れて持って来い。そしたらミナントの御用商人の座はお前にくれてやる。商売人にとって権力者と結びつくのはこの上なく美味しい話だろう?」
「はい、ありがたき幸せ。必ずや仕入れて見せましょう」
情報は少ないが、俺の過去を辿ればその安いミカンにもたどり着けるだろう。
有能なところを見せてみろ。これはいわゆる最終試験みたいなものだ。
豊満なボディをゆっさゆっさと揺らしながら、ブルックスは急いで仕入れに向かった。働き者だな、あれは。
新しい一手に討って出られる可能性を得て、俺は少しご機嫌だった。
酒をもう一杯飲む。
飲み過ぎは良くないが、バリア魔法は胃や腸に膜のような形で張れたりもできる。最悪それでアルコールをブロックするというずるいやり方もある。
バリア魔法はやはり最高である。