45、水野降伏
「申し上げまする! 梶川平九郎様、神谷軍を破りましてございまする!」
使番の報告に千代丸はニヤリとする。勝った。梶川平九郎の機転の利いた行動が勝敗をつけたのだ。
「兵を率いる家臣たちに伝えよ。残った水野軍を蹴散らせ。そして南に向かうのだ。緒川城を攻める。水野の息の根を止めるぞ」
「御意!」
使番が嬉しそうに部屋から出ていく。残された千代丸はすっくと立ちあがる。
「勝った……勝ったのだ……」
千代丸は内から溢れ出る喜びを止めようがなかった。水野はこれで屈服する。千代丸軍の大勝利となるはずであった。
水野の本軍である神谷軍が敗れ去ったことで浅井、久松といった軍は敗走した。稲生七郎左衛門も軍を退かせた。こうして日が沈まない内に千代丸の大軍は水野家の緒川城に攻め寄せたのである。
緒川城にいるのは水野下野守忠政、水野家当主だが、あっさりと降伏を申し出た。
岡田助右衛門の本陣には水野下野守が自ら出向いた。重臣たちも一緒である。四十をいくつか越えた精悍な顔つきの男は用意された床几に座る。
「この水野下野、これからは千代丸様に寄騎致しまする。家臣の娘を人質に差し出したく思いまする」
下野守が頭を下げると、総大将岡田助右衛門は笑みを浮かべる。
「人質無用にござる。緒川城など旧領は安堵。これから松平との戦いに寄騎してもらえばそれで良いと若君は仰せです」
「……それでよろしいので? 我らは若君を討たんとしたのですぞ……」
あまりに寛大な処置に下野守は驚きの声を上げる。
「我らは若君の命を伝えたまででござる。これからは共に戦いましょうぞ。下野殿」
助右衛門は笑みを見せる。下野守は眉根を寄せて厳しい表情を見せるもほっと息を漏らし安堵した顔になる。処刑も覚悟していたのだろう。
こうして水野家は千代丸軍に臣従を誓った。千代丸軍の兵力も石高も倍増したのである。それは隣国・松平家。そして東海一の大名である今川氏を刺激したことは言うまでもない。
日が暮れた。大高城には続々と兵が帰還する。千代丸は外の様子を眺める。夕日が美しい。千代丸は思わず目を細めた。
「若、人質を取らずに良かったのですか」
背後には孫十郎が立っていた。千代丸はくるりと振り向く。子供らしい邪気のない笑み。これでは普通の童と見分けがつかない。孫十郎は千代丸の邪気のない笑みに逆に驚く。
「良いのだ。裏切れば女子供に至りて悉く処刑する。そのことは水野下野守とて分かっておろう……それにな、平九郎の主だった男だ。首を刎ねるわけには参るまい」
確かに梶川平九郎の元主君は水野だ。それにしても底知れない童子だ。孫十郎は息を飲む。
「神谷助兵衛吉久、平九郎が捕えた男だがな。下野守から引き抜こうと思う。この男は使える。若くて元気があるからな。謀にも通じていよう……孫十郎よ、敵はな。松平だ。奴らを黙らせる。織田千代丸ここにありと示そうぞ」
千代丸がハハハと笑い声を上げる。籠城戦を経てこの童は一皮むけた。孫十郎はそう思う。頼もしい、孫十郎は主君に畏怖と共にそんな感情を覚えた。