第71話 ゴファール王城への潜入
『どれぐらいの精度で消えることができるのかしら?』
ソフィアが尋ねる。
「海賊船の船内センサーや見張りの目を誤魔化す程度の――まあ、狭い場所でも問題ないぐらいの実績はあります。リアルタイムで演算しないといけないので、完璧に消えるのであれば派手な動きは出来ませんが」
「こっちの世界には魔法もあるからそれも不確定要素ではあるな」
侵入はそれでどうにかするとして。脱出の方法も考えなければならない。この場合はエデルガルトの救出をしてから脱出ということになるから、場合によっては騒ぎになっているだろうし、最初は密かに動けたとしても騒ぎになるのは時間の問題だ。そうなった場合にどこかに潜んでやり過ごすというのが難しくなるかも知れない。
侵入の時には使われていなかった魔法が行使されて居場所を特定されるということが考え得るからだ。だから……緊急時の脱出方法を考えておく必要がある。城だけでなく、王都から脱出する方法もだ。
それに、エデルガルトを救出するタイミングも少し考えなければならない。先程のゴファール王達の会話は記録に残しているけれど、魔法で用意したのでは、と思われてはエデルガルトの不審を招きかねない。
あいつらが行動を起こしてエデルガルトがそれを把握した状態で救出するというのが理想なんだがな……。儀式といっていたから、妨害して中断させることはできるだろうが、そういう説明であるとか理解であるよりも、まずエデルガルトの安全が優先されなくてはならない。
「少し作戦を考える必要があるな」
「まだ時間はありますし、歩きながら考えましょう。色々な状況を想定して王都内に一時潜伏することも視野に入れた方がいいですから」
というわけで王都の通りを歩く。大通りは潜伏以前の問題だ。人気のない方、人通りの少ない道を、と選んで歩いていたら、荒れた街並みの通りに出る。
「スラムか……」
傷んだ粗末な家屋。崩れた壁。物陰から新参者を窺う住民達。貧しさと生活に伴う様々な臭気がないまぜになった混沌とした空気。
雑然とした場所だし混沌としているが、住民達が互助を行う寄る辺でもある。潜伏を選ぶならば丁度良い場所ではある。
『昔はこのあたりの通りは、こんなことになっていなかったと記憶しているのですが……』
ロスヴィータが残念そうに言う。
「貧富の差が広がったり社会的な混乱があったりすると、どうしてもこういう場所が出てくるものではあるな。程度は為政者の方針にもよるんだろうけど……」
スラムは例えば地方から仕事にあぶれた者、災害や戦火で焼け出された者が都市部に流入すると安い土地に密集して形成される……というのが典型か。流入した人口に対して安い仕事しかないだとか、流入する民に都市整備が追い付いていないだとか、色々理由はあるだろうが、安い土地に人が密集していく。ゴファールは大国ではあるようだが、外征だとか言っていたし、戦火とは無縁ではないのだろう。
ゴファール王都のスラムが王家からどういう扱いを受けているのかは知らないが、放置されているのか、巡回している兵士も少ない。
「潜伏の選択をとるには向いていそうな気もしますが」
『胡乱な連中が物陰から窺っているから、絡まれたり密告されたりはありそうだけれどね……』
「そういうリスクもあるな。ただ……まあ、どうにかなるだろ」
元々こういう場所で育ったから立ち振る舞いも慣れている。スラムの住民がどういう相手に絡むのかもわかる。
俺とエステルの場合は――まあ、冒険者として見られる程度にするということで、それほど上等な仕立ての服でもない。俺は剣を帯びているし、エステルは魔法使いと偽装するために杖を持っている。顔はテクスチャーで偽装しているが、それでも体格や装備などから警戒に値する、程度には見られているだろう。
新参の異分子であっても目的があるかのような足取りで歩いていれば迷い込んできたようにも見えず、弱者を食い物にするような連中はまずは様子見から入る。その上で利用できそうなら声をかけるし、面子に関わると思うなら潰しにかかる。手出しするにはリスクが大きすぎるとなれば味方にするか放置するか。そんなところだ。
跳ね返りや下っ端を炊きつけて様子見ぐらいはあるかも知れないが。すぐには動かないだろう。
「まあ、追跡があるなら適当なところで視線が切れたら姿を消してくれ。それで見失わせたと思わせておこう」
「わかりました」
スラムの構造や様子をエステルが探りながら進んでいく。暫くの間は絡んでくる相手もいなかったが、途中で後を付けてくる気配があった。
「マスター」
「ああ。そこの曲がり角でいいだろう」
周囲の情報はエステルが収集している。建物のどこに人がいて、どこなら視線が切れるか。温度変化や反響定位によるセンサーはスラムの物陰にいる人間の位置、見えない場所の構造なども把握できていた。王城から逃げ出してきて、どこかに隠れるにしてもここなら候補にはなるか。入り組んでいるし雑然としている。実際に使うかどうかは流れ次第ではあるが、人のいない建物を適当に見つけてそこに一時的に身を隠す、というのもできそうだ。
路地を曲がったところでエステルが迷彩を発動させると、3人ほどの男が姿を見せた。
「何だ? どこいったんだ? さっきの奴ら」
「ここ、行き止まりだよな?」
と、行き止まりになっている路地を見回しながら男達は言う。俺とエステルは姿を隠したままその脇をすり抜けるように通り過ぎ、迷彩を施したままでゆっくりと歩く。
『これで姿を隠して侵入しようというわけね。確かに、あんなに近くにいて見えていなかったというのは大したものだわ』
「ここまでの迷彩は海賊船に突入した時以来で久々ですが……体温感知や反響定位も使えそうですし、維持も問題はなさそうです」
「王城への潜入と潜伏も、とりあえずできそうだな」
「使われていなさそうな廃屋も見つけましたし、そこで色々な状況を想定しての作戦会議といきましょう」
エステルの言葉に頷き、その案内通りにスラムを進んでいった。廃屋の中はあまりいい状態ではなかったが、それだけに人もやってこない。ここで話し合い、作戦が決まったら頃合いを見て王城へ向かえばいいだろう。
「――それじゃあ行くか」
「私も一旦姿を消しますね」
諸々の作戦も決まり、顕現していたエステルがその姿を消したところで、俺達は廃屋から表通りへ出て、王城へと向かった。
すでに迷彩は使っている。侵入経路は堂々と正門からだ。人の出入りが一番多いのも正門だから、跳ね橋を通って人や騎馬、馬車の出入りがある。人の出入りは匂いや空気の動き、温度、音を伴う。迷彩を使っている俺達の気配をより薄れさせてくれる。王城に入ろうとしている馬車の後ろにつくように、俺達は跳ね橋を渡って進む。
門番に留められて来訪の目的や身分証明等をしている商人を横目に、俺達はあっさりと王城の内部に入り込むことができた。
『割とあっさりいきましたね』
「ああ」
脳内で響くエステルの声に頷く。
時刻はそろそろ夕暮れに差し掛かろうかという頃合いだ。エデルガルトの私室を目指し、俺達は王城内部を移動していく。といっても、まともな経路を使う必要はない。王城の回廊へは進まず、中庭を横切って王女の私室に近い塔の方角へと俺達は進んだ。
ゴファール王城の構造は分からないが、見張り塔の一種だろうというのがソフィアとロスヴィータの見解だ。攻め込まれた時に城下町の敵の布陣を見たり、射手や魔術師を置いて城内に侵入してきた敵を監視して必要とあらば狙撃するだとか、そういう役割の施設だ。
「塔は窓ガラスが嵌っていない。適当なところから入れそうだ」
『磁力レールで垂直移動します。壁に手をついて、片足をかけて下さい』
エステルの言葉に従う。磁力レールのルートが拡張現実の視覚情報として表示されたかと思うとカウントダウンが始まり、0になると同時に俺の身体は磁力に引っ張られ、壁に沿ってゆっくりと垂直に上昇した。
『窓周辺に人の気配はありません』
そのまま小さな窓枠に手をかけ、城内に侵入する。塔内部――螺旋階段に静かに着地していた。平時は人員も少ない場所だからか、空気は冷たく静まり返っているという印象だ。人の気配がない。
塔を降りて行けば王女の私室がある棟に合流できるだろう。城の中で身を潜めておく場所としても使えそうだ。
王女の部屋までの構造も見ておこうと階段を降りていくと――扉があった。平時は使わない施設だから施錠されているようではあるが――。
鍵穴を音の反射――反響定位で構造を探り、ナノマシンによる構築で簡単な合鍵を作製。扉の向こうに人の気配がないことを確認して鍵を開け、外に出る。
『ソーマ殿とエステル殿はその気になればどこでも侵入できそうですね……』
『その場で合鍵も作れるわけね……』
「こういう細かい単純な構造物は、制限の対象外だしな」
扉を開けると、まだ螺旋階段が続いていた。階段を降りて突き当たりから廊下を覗くと……石造りの冷たい塔内部とは装いがまた違う場所だった。調度品が置かれた、静かで品の良い回廊だ。エデルガルトの私室がある棟と同じ雰囲気……というか同じ場所だろう。スパイボットの座標とも一致する。廊下の隅から曲がり角の先を窺うと、王女の私室の前に見張りが置かれている。
ここまで王女を護衛してきた者達は旅の疲れを労われ、休息するように言われて、証拠品を引き渡した後に王女の護衛を国王側が用意した人員に引き継いでいる。
要するに、エデルガルトを守る者は今いない。部屋の前を固めている者達も護衛ではなく儀式を行うまでの見張りという方が正しい。
「……動きがあるまでここで待つか」
『祭壇に連れて行く、と言っていましたからね……』
そこに移動し、儀式を執り行うまではエデルガルトの身は安全ではあるのだろう。今後のことを考えるなら、祭壇なり祭具なりがあるのなら救出のついでに破壊しておきたい。
城の中を捜索している時間はないから、あいつらに道案内してもらうのが手っ取り早いか。
投稿時間を間違えていました。失礼しました。
次回更新に関しては通常通りになるかと思います。