第7話 サブストーリー:お兄ちゃんはすごい人(ミイティア)
「今日もぽかぽかしていい天気」
部屋の窓枠から足を投げ出し、遠くの景色をぼんやり眺めている。
下の方では、お兄ちゃんがたくさんの木を相手にウンウン唸りながら何かしている。
『湯船』という大きな桶を作っているらしい。
私には想像できないけど……。
お兄ちゃんが作るんだから、きっとスゴイ物が出来る気がする!
視点を空に向け、大きな雲を眺める。
私にお兄ちゃんができて、もう大分経つ。
お兄ちゃんは色々なことを知っていた。
あそこに浮かんでいる雲の話とか。小川になぜ水が流れるのかとか。私の大好きなお花の話とか。
私はあまり好きじゃないけど、算術も知っていた。
算術は少し分かるようになったけど……やっぱり難しい!
お兄ちゃんは何度も「算術はためになるよ」と言うけど、難しいものは難しいんだもの!
それから、お兄ちゃんは天使様だと思ってたけど、違ったみたい。
お兄ちゃんに聞いても「よく分からない」とばかり言われる。
何かを隠している気はするけど……なかなか教えてくれない。
いつか教えてくれる日が来るといいな~。
そうそう、お兄ちゃんはすごい強い人だって分かったんだ!
あのガルアを軽々吹き飛ばしちゃった!
前の日にあんなに酷い怪我してたのに……。次の日にまた喧嘩するなんて、私には考えられない!
心配して付いていったけど、前の日とは違って別人のように強かった。
なんか……私の知ってるお兄ちゃんが遠くに行ってしまう気がする……。
うんん! お兄ちゃんは特別な人だと思うけど……私の想像を超えた素敵なお兄ちゃんだ!
◇
今日、初めて工房に入った。
とても熱くて、顔や手がヒリヒリする。
ものすごく大きなおじさんもいたり、みんなとっても力持ちみたい。
部屋に入った時、「親方」と呼ばれている肌が黒いおじさんが出てきて、私は怖くてお兄ちゃんの後ろに隠れた。
見た目もそうだけど、声がうるさい! 耳がジンジンする!
親方って人とお兄ちゃんはずっと話し込んでいる。
また私を……のけものにしてる! もうっ!
しばらくすると、親方って人は工房に戻って行った。
お兄ちゃんは……泣いている。
話は怒られてるとかそういうのじゃなかったと思うけど……何で泣いているんだろう?
アンバーさんの家に戻る途中、お兄ちゃんの顔を見た。
さっきは泣いていたのに、今は晴れ晴れとしたいい顔をしている。
落ち込んでいたら慰めてあげようと思っていたのに……。
それに私をほったらかしでアンバーさんと話してばかり。
なんかイライラしてきちゃった!
お兄ちゃんはいぃぃぃぃっつも! 私を放ったらかしなんだから!
「おにい~ちゃ~~~ん! ま~た私はのけもの?」
本当は……こんな言葉を掛けるつもりはなかった……。
でも、こういう風にしか言えない!
お兄ちゃんにはもっと……私を見てほしい……。
お兄ちゃんは私の顔を見て、
「ミイティア。いつも構ってあげられなくて、ごめんね。それに……いつも心配してくれてありがとう」
意外だった……。
あの強くて、物知りで、よく泣いているお兄ちゃんが……。とても優しい言葉だった。
なんだか解らないけど……胸の奥が熱くて息が苦しい……。
その後、私は言い返した。
びっくりした顔をされた。……っと思ったら、ニヤニヤしてる。
なんとも馬鹿にされた気がする!
お兄ちゃんにいっぱい悪口を言いながら歩いて、いつのまにかアンバーさんの作業場に着いた。
私はまた放っておかれたけど、アンバーさんの奥さんのお手伝いと作業場の掃除をして、その日は終わった。
◇
次の日、起きたらお兄ちゃんはもう出掛けていた。
「まったく、もう!」
そう呟きながら、朝食のパンにかぶり付く!
お兄ちゃんは朝ごはんも食べずに出掛けたみたいだった。
朝食を作ったメルディが、残念そうな顔をして片づけている。
そうだ! お弁当を作ろう!
お母さんの元に行き、お兄ちゃんのお弁当を作らせてもらえるようにお願いした。
お母さんは快く承諾してくれた。
私は台所に立ち、お母さんとメルディに教えてもらいながら頑張った。
ガルアやアンバーさんもいるから、たくさん作った。
「おにいちゃん喜ぶかな?」
「間違いございません。お嬢様がお作りになったお弁当でございます。坊ちゃまもイチコロでございますよ」
「な、何を言ってるのよメルディ! 私は……そんなつもりじゃ……」
顔と体の温度が急激に上がるのを感じる。
「わ、私は……朝ごはんも食べずに出掛けたお兄ちゃんがお腹すいてるだろうって……思っただけで……。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだし……。んーもうっ!」
顔を赤くしているミイティアを見て、リーアは声を掛ける。
「さあミイティア。マサユキに届けるんでしょ? 行っておいで」
私は「うん」と一声だけ返事をして、お弁当を入れた籠を抱え、その場を逃げるように家を飛び出した。
お兄ちゃんはきっとお腹を減らしているだろう。
そう思うと体に力が漲り、いつもより早く走れている気がする!
「近道しよ!」
平原を駆け抜け、林を駆ける。
林を抜けて視界が広くなる。
「もう少し――あっ!」
小さな倒木を飛び越えようとした時、足を引っ掛けてしまった。
私は勢いよく転んだ。
「お弁当は……」
お弁当は無事でだった。
転んだ時、手と膝を擦り剥いたようでジンジンと痛い。
痛みと強い衝撃で泣きそうだ。
そう思った時、お兄ちゃんとガルアの喧嘩のシーンを思い出した。
あの時のお兄ちゃんはもっと酷い怪我をしていた!
泣きこと一つ言わなかった!
「私も……お兄ちゃんみたいに強くなりたい!」
そう小さく呟くと、痛みを堪えて立ち上がる。
泣いていることを見せたくない。ゴシゴシと裾で顔を拭う。
「よし!」
自分に言い聞かせるように声を出し、アンバーさんの家に向かって歩き出した。
◇
やっと着いた!
奥の方にお兄ちゃんが見える。
私は嬉しくなって、力を振り絞るように声を出す。
お兄ちゃんに怪我したことを悟られないように……なるべく普段通り。
でも……淡い期待と裏腹にすぐにバレてしまった。
お兄ちゃんに心配は掛けたくなかった。
次の瞬間――
体が宙に浮く!
「(えっ!?)」
顔を横に向けると、お兄ちゃんの顔がすぐ側にあった!
「(これって……お姫様ダッコよね?)」
恥ずかしさのあまり、顔をお兄ちゃんの胸に押しつけるように隠す!
こんな顔は見られたくない!
……ゆっくりお兄ちゃんの顔を見上げる。
手を伸ばせば、顔に触れられそう。
ドキドキとする胸を抑えつけるように、私は手に力を入れる。
家に入ると椅子に降ろされた。
時間が止まったような長い時間から、急激に時間が急に進むような感覚。
なんとなく……さびしさが込み上げてくる……。
お兄ちゃんは怪我の様子を見ると、奥さんとガルアに指示を出す。
お兄ちゃんカッコイイ!
ぼんやりお兄ちゃんを眺めていると、ガルアはすぐに帰ってきた。
肩で息をしている。とっても急いで帰ってきたみたい。
いきなり――
お兄ちゃんが服を脱ぎだす!
「(ええっ!?)」
声が出ない。顔が熱くなるのを感じる。
お兄ちゃんはヤレヤレって感じの顔を一瞬した後、手当を始めた。
お兄ちゃんの服が温かい……。
汗でちょっと湿っているけど……。お兄ちゃんの温かさが手と膝から伝わってくる。
そういえば……どうしてお兄ちゃんは、服を脱いで私の膝に掛けたのだろう?
意味も解らないまま呆然としていると、あっという間に手当ては終わった。
奥さんから風邪を引くからと、ガルアの服を借りて着替えている。
ちょっとブカブカしてて似合わない。
でも、さっぱりして安心したのか、いつものお兄ちゃんに戻っていた。
その後、みんなでお昼ゴハンを食べることになった。
お兄ちゃんは、私の作った変な形のサンドイッチをおいしそうに食べている。
とても嬉しい!
もっと食べてほしいから、どんどんお兄ちゃんに渡す。
するとガルアが、
「なんか、変な形だよな?」
って、失礼なことを言う!
「いいんだよ! 形云々より……(もぐもぐ)……うまいぜこれ!」
とお兄ちゃんは言ってくれる。
アンバーさんも、
「そうだぞガルア! 作り手が一生懸命作った物にケチを付けるのは良くないぞ! それにしても……うまいな! パンと具材のバランスがいいのかもしれない。口の中に広がるソースとシャキシャキしたこの噛みごたえは最高だ――」
すかさずガルアが話を止める。
アンバーさんはおしゃべりだけど、とってもいい人! ガルアも見習えばいいのに!
その日の昼食は、笑いが絶えない楽しい食事になった。
◇
お昼を終え、お兄ちゃんが私を家まで送ることになった。
私は……もっとお兄ちゃんと一緒に居たいのに……。
お兄ちゃんは屈んで背中を向ける。
私は恥ずかしかったけど……それに甘えた。
固いけど、広くて大きな背中……。そしてとても温かい……。
髪がさらさらしていて、光に輝いてとても綺麗。
お兄ちゃんがゆっくり歩き出す。
暖かくて、心地よくて、一定のリズムで揺られるのはお昼の後ということもあって……とても眠い。
いつのまにか私は寝てしまっていた。
もっと……お兄ちゃんの温かさを感じていたかったのに……。
◇
目が覚めると、私はベットで寝ていた。
手にはお兄ちゃんの着ていたシャツを掴んでいた。
シャツに顔を埋める。
「おにいちゃんの匂いだ……」
汗臭いけど、お兄ちゃんの匂いがする。
温かさを失ったシャツを抱き寄せるように、ゴロゴロしてると……
「お嬢様?」
メルディの声だ!
私はシャツを隠すように布団の奥に押し込む。
「お嬢様は坊ちゃまの匂いが、そんなにお好きなんですか?」
私は顔を真っ赤に染めながら言い訳する!
「ち、違うわよ! わ、わたしは……。気づいたらあっただけよ! 何でもないんだから!」
メルディは口元に手を当てながら、ニコニコニヤニヤ私を見詰める。
「お嬢様。こちらに坊ちゃまのパンツがございますよ」
布切れをヒラヒラさせながら、私に見せつける。
急に顔の温度が上がる!
「そんなんじゃないんだからー!!」
家中に声が響き渡る……。
腕を勢いよく振り上げると、手に巻きついていた布切れがハラリと落ちる。
あっ! と思って、手を伸ばそうと――
あれ? 手が痛くない?
手のひらを見ると、緑色の薬が薄く付いている。
傷は瘡蓋も付いてないし、少し赤いけど痛くない。
ジクジク痛むような怪我だったはずなのに……。
膝の布切れも取ってみる。
こっちも傷は小さくなってる。
メルディも興味深そうに眺めている。でも、驚いていないみたい。
メルディが手ぬぐいを出し、水差しで軽く湿らせると緑色の薬を丁寧に拭った。
やっぱり、傷は小さくなってて治り掛けていた。
私が手と膝をまじまじと眺めている間に、メルディはシャツを回収する。
メルディは軽くほほ笑んで、さっさと部屋を出ていった……。
私は……悔しいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいだ!
今度お兄ちゃんの枕でも取ってこようかしら?。
ううん、そんなはしたないことは……。
顔を赤くしたミイティアは、しばらく妄想を巡らすのであった。
◇
日が暮れ、雨が降り出した。
お兄ちゃんはまだ帰って来ない。
工房に行くと言ってたから、工房かアンバーさんの家にいるはずだと思うけど……帰りが遅い。
心配しながら窓の外を伺う。
メルディがお茶を出してくれた。
ソファーに座り、お茶を飲みながらゆっくり帰りを待つ。
玄関の方からお母さんの声が聞こえる。
お兄ちゃんが帰ってきたみたいだ!
私は玄関に駆け足で向かう!
玄関にいるお兄ちゃんは……びしょ濡れだった。
それより、酷く落ち込んいるようで元気がない。目が充血している。
いつものお兄ちゃんとは……別人みたい……。
私は「おかえりなさい」と声を掛けたかった。でも……声が出ない。
メルディが私の肩にそっと手を掛け、小さく声を掛ける。
「坊ちゃまはお疲れのようです。今はそっとしてあげましょう」
お兄ちゃんは疲れた顔のまま、2階に上がって行く。
私はただ見守るだけしかできなかった……。
◇
外はさらに雨が強くなり、遠くの方では雷が鳴っている。
私はメルディに連れられ自室に入る。
寝巻に着替え、ベットに潜り込む。布団は冷たい。
「お兄ちゃん風邪引かないかなぁ?」 と思いを巡らせていると……。
メルディが耳元まで顔を寄せ、静かに囁く。
「お嬢様。今夜なら、坊ちゃまを夜這してもうまくいくと思いますよ」
急に体の温度が跳ね上がる!
「な、ななな何を言ってるのよ!? 夜這なんて……するわけないわ!」
「では、私めが坊ちゃまを慰めて参りますね」
そう言って、部屋を出ていこうとする。
「ダメ! お願いだからやめて!」
メルディのスカートを掴んで大声で叫んでしまった!
メルディはゆっくり体の向きを変え、私の手を取ってニコニコしながら囁く。
「分かりました。今夜はお嬢様にお譲り致しますね」
嵌められた……。
悔しいような? 嬉しいような? よく分からない気持ち……。
モヤモヤと考えていると、メルディはさっさと部屋を出ていってしまった。
一人残され……私はどうしたら良いのか解らず……ただ茫然としていた。
呆然としながらも、しばらく考え込む。
そして、枕だけ握りしめる。
目標はお兄ちゃんの部屋だ!
手探りで部屋を出ると、廊下も真っ暗だった。
壁に手を添え周りを見渡す。たまに光る雷でやっと見える程度だ。
心臓がバクバクして……いつもの廊下が何倍もの大きさに感じる……。
1歩、また1歩と足を進めるたびに「ギシッ!」 という音が響く。
お兄ちゃんの部屋に着いた。
同じ作りのはずなのに……ドアは大きく重そうに感じる。
ドアノブに手を掛け、ゆっくり開ける。
中も真っ暗だった。
ピカッ! と一瞬の鋭い光が部屋を明るくする。
近くに落ちたようで、轟音と地響きを感じる。
すばやくドアを閉め、ベットの前まで来る。
足元にはずぶ濡れの服と靴が散らばっている。とても冷たい。
ベットに目を向けると、お兄ちゃんは平然と寝ている……。
これだけの轟音なのに良く寝れるなぁ。と感心しつつも、ゆっくり顔を近づける……。
お兄ちゃんは熟睡しているようだ。
枕をベットに置き、布団を持ちあげ、靴を脱いで布団に滑り込む。
お兄ちゃんとの距離が近い!
恐る恐る体に触れてみる……。
温かい……。
ピタっと張りつくようで、表面が少しだけ冷たいけど……ジワジワと温かさが伝わってくる。
寝巻を……着ている感触がない。
よく見えないけど、上も下も何も着ていない。
私の顔と体は、沸騰する勢いで熱くなる!
ふっと思い出す……。
「夜這」って何をするんだろう?
メルディは「慰める」とは言っていたけど……。よく解らない。
メルディはいつも寝巻に着替えさせてくれてたけど、人によっては何も着ないとか言っていたような?
お父さんもお母さんも朝起きてから服を着てたし、着ないのが普通なのかしら?
ううん。夫婦だから特別な関係になるために服を着ないのかもしれない。
でも……恥ずかしい!
しばらく悶々と考え。結論を出す。
私もお兄ちゃんの特別になりたい!
私は服を脱ぎ始めた。
そしてお兄ちゃんの体に寄り添うように体を預ける。
少しひんやりするけど、ジワジワと温かくなるのを感じる。
大人に比べればまだ小さな体だけど、筋肉の形を感じられる。
私は体を密着させるように体全体でお兄ちゃんを感じる。
ゆっくり呼吸する音、心臓の音が伝ってくる。
何か熱く出っ張る物があるけど、こうしているだけで私は幸せだった。
温かく、幸せな気分に浸っていると……いつのまにか私は眠っていた。