第79話 父への感謝
「ふううぅぅぅ……。いいなぁ風呂は……」
ダエルさんは体を楽にし、ゆっくりと湯船に浸かっている。
俺も『苛烈な戦場』を乗り越え、やっとの事で一息付けた……。
いつもの事だけど……リーアさんが介入してくれて、ホント助かったぁぁ。
「そうか~。ついにマサユキも結婚したかぁ……めでたいな」
「報告が遅くなってしまって、すみません……」
「気にすんな! マサユキもメルディも幸せならいいじゃねえか!」
「その事なんですけど――」
「分かってるって! あっちはアンバーとリンツが何とかしてくれる! マサユキはマサユキの事に集中すればいいって話だ」
「俺は頼ってばかりで……申し訳ないです」
「なあマサユキ。お前はどうなったら満足なんだ?」
ダエルさんの雰囲気が急に変わった。
顔付きもさっきまでとは違う……。
「どうなったらって……どこまでいっても満足はしないと思います。俺の不満は、親方さんやアンバーさんが俺のやる事の前提になりつつある事です」
「……じゃあお前は、貴族なり一国の王になれ」
「ず、随分極端な――」
「それすら拒否するなら、認めろ!」
ダエルさんは何かを伝えようとしてくれているのだろうか?
いつもと同じように、考え過ぎだと言いたいのだろうか?
「考え過ぎ……って事ですか?」
「そうじゃねえ。悩み事や泣き事は聞いてやる。だが、『言い訳』を聞きたいとは思わねえ。ゼアにもアンバーにも、お前から頼んだ訳ではないんだろ? なら、受け入れるしかねえ。お前の器はそれすら受け入れられねえ、小せえ物なのか?」
正直……器があるかすら分からない。
俺は何かの上に立つ存在より、共に並び立つ友人である事を望む。
でも、何かを成し遂げようと考えるなら……認めなければならない事なのかもしれない。
今はその答えを出せずにいるが……。
「俺に器があるとは思いません。思い通りの結果でないとも思います。貴族や王様に成りたいとも思いません。悩む事は多いかもしれません……だけど、俺は俺らしく、これまで通りやっていこうと思ってます!」
ダエルさんは静かだ。
しばらく沈黙の後……。
「いいんじゃねえか?」
すんなり認められてしまった。
「あの……こんな回答で良かったのでしょうか?」
「良いと思うぜ。マサユキはグジグジ悩むより、真っ直ぐ突き進む方が向いてるからな」
「そうなんですけど……。っと! グジグジ悩むの禁止でしたね。しっかりお返しを考えないといけませんね」
「ほほぉ……。俺には何を返してくれるんだ?」
「え? ええっと……」
「まぁ本気にするな。俺は家族と幸せに過ごせればそれでいいし、この風呂だけで十分だぜ」
「そんなのはお返しになりません! 風呂だって俺が作った訳じゃありませんし……何を返せるか分かりませんけど、少しは考えさせて下さいよ!」
「分かった分かった。適当にやってくれ」
とは言ったものの、何をするのがいいのか分からない……。
考えてみれば、実の両親やじいちゃんばあちゃんには、それらしい親孝行をしてこなかった。
父の日、母の日という祝日はあったが、所詮慣習だと決め付け何もしてこなかった。
俺は他人に対しては何かをしたいとは思うが、身内に対しては何かをしたいとは思った事がない。
改めてその必要性を考えると……難しい。
ダエルさんは天井を見上げながら、ボソリと言う。
「家が必要だな」
「家ですか?」
「メルディと一緒になったんだ。新居が必要だろ?」
「そりゃーまあ……」
「なら決まりだな? この時期なら人手を借りられるし、冬までには出来るだろうしな」
「え? な、何でです? 確かにお邪魔かもしれませんけど……」
「こういうのは慣習なんだよ。それに村長の息子が結婚しても、新居なしってのはカッコ付かないだろ?」
新居は必要かもしれない。
でも、村のために宿を作ろうと計画してただけに俺の都合で後回しにするのは気が引ける。
両立も難しい気がする。
人手を集めるにも、泊まる所がない事には難しい話になってしまう……。
「ダエルさん。新居は後回しにできませんか?」
「何かやりたい事でもあるのか?」
「はい。村に宿を作りたいと思ってます。前々から計画していた温泉街計画の一つです。……駄目ですか?」
「んー構わねえんだが……あるかも分からない源泉を見つけなきゃならねえんだろ?」
「別に源泉が見つからなくてもいいんです。客人をもてなす施設が欲しいんです。その延長線上に、温泉街計画があってもいいって話なんですよ」
「なら、それなりの建物が必要そうだな。ってことは……応援を呼ばないとならんな……」
「そんな大袈裟は要求してませんよ? とりあえず区画整理をして――」
「別に金に困ってる訳じゃねんだろ? 人を雇って本格的に作った方が良いと思うぜ! 貴族共に詰まらん文句を付けられねえようなヤツをな!」
「仰りたい事は分かるんですけど……この家より立派にする訳には……」
「そういうのが「余計な心配」ってヤツだな」
「なら、家を交換しませんか? 俺がこの家に住んで、ダエルさんが新居に引っ越しって感じで」
「勝手な事を言ってんじゃねえよ! 俺は好き好んでここに住んでるってのもあるが、ここ以上にデカい家だと広過ぎて使い切れねえよ。使用人も雇わなきゃならんだろうしな」
「そうかもですけど……」
「ほら! そうやってグジグジ考え始める!」
「……分かりました! やるだけやってみましょう!」
少し大きな声になってしまったが、もう……開き直るしかない。
「やるからには徹底してやりましょう! その代わり、ダエルさんにも協力してもらいます。いいですよね?」
「その意気だ! で、何をすればいいんだ?」
「宿というか、建物の建設はお任せします。候補地の選定や区画整理の計画書は準備してあります。予算は気にしなくて結構です。偽造硬貨は使えませんが、本物を選り分ければ1万枚くらいはあるはずですからね。他の細かい判断もお任せします」
「分かった! そっちは任せろ! で、マサユキはどうするんだ?」
「俺は偽造硬貨の問題解決と、特別自治領の対応に入ります。あと、世紀の大発明をします」
「フ、フハハハハハ! いいぜいいぜ! お前らしくていいじゃねえか!」
もう宣言してしまった。
あとは、突き進むだけだ!
ダエルさんはザバーっと風呂から出る。
「なら、さっそく動こうか! 金貨の選り分けもすぐにやった方がいいしな。お前の仕事も時間がねえんだろ?」
「そうですね……」
マサユキも風呂から出る。
体を拭いているダエルさんの背中を見ながら、もう一言付け加える。
「ダエルさん」
「ん? なんだ?」
「感謝します。メルディを必ず幸せにします」
精一杯誠意を込めたお辞儀をする。
ダエルさんはしばらくその姿を見た後、肩に手を置き、
「メルディは任せた。頼むぜ」
「……はい!」
俺の涙腺はどうにも緩い。
込み上げてくる物を堪えながら、頭を下げ続けた……。
◇
ダエルさんの仕事は早かった。
早速早馬を出し、翌日から村人たちと作業に取り掛かった。
その翌々日には先駆けが数人到着し、テントの設置やら区画整理の具体的な対応を検討し始めた。
決断から1週間経つと、まだ土台整備の段階だが建設も始まっている。
一応……設計図を見たが、男爵様の館のような豪邸を建てる気でいるらしい。
広いリグングに広い応接室、機能的な広いキッチンに広い寝室の数々。
書斎や書庫などもあり、地下室には倉庫も作られるようだ。
俺の想像している温泉街とは絶対違う建物が実現してしまいそうだが……気にするのは止めた。
ここを指揮っているのは、リカルドと言う髭面の大男だ。
もう肌寒い季節だというのに、平気で薄い生地の半そでを着ている。
ガッチリ良いガタイをしていて、隆起した筋肉で半そでがはち切れんばかりだ。
そして見た目通り……ものすごく堅物な人物でもある。
声を掛けても見向きもしない。
進行状況の確認のために設計図を見ようとすれば、いきなり無言で蹴飛ばしてくる。
差し入れだけは食べてくれているようだが、どうにもコミュニケーションが取れずにいるのだ。
でも……そういう問題を差し引いても、俺は彼らに感謝している。
特別自治領やガトリール地方では建設ラッシュの真っ最中だ。
猫の手を借りたいほど仕事が山積している上に、政府施設の建設にはかなりの収入を見込める。
それを放棄してまで来てくれたからだ。
ここの建設は早くても数カ月。
冬に入っても仕事が続く訳ではないので、長期的な収益を考えるとメリットは少ない。
元々金を積んでも動かない人らしいのだけど、仕事を簡単に放棄する人でもないはずだ。
にも関わらず、ダエルさんの呼び掛けにすぐさま駆け付けてくれた。
仕事の優先度が金や名誉じゃない事はなんとなく分かるつもりだが、依頼を後回しにした時の痛手は、義理や人情では割り切れない。
だからこそ、駆け付けてくれた事に感謝しているのだ。
ダエルさんとリカルド親方の関係を聞いてみたいのだが……どうせ聞くなら、リカルド親方から直接聞くべきだと考えている。
でなければ、俺は彼らの好意に報いる事はできない。
だから、話すキッカケ探しのために毎日差し入れを届ける事にしている。
「リカルド親方。お疲れ様です。今日は寒いので温かいスープを持って来ました。昼食にでも食べてください」
「…………」
相変わらず、リカルド親方は無言だ。
「今日はこのまま帰ろう」と思い工房の方に足を向けると、唐突に呼び掛けられた。
「おい小僧!」
「は、はい!」
急に呼び掛けられ、声が震えてしまった。
何か気に障ったのかもしれない……。
「お前、いくつになるんだ?」
「今年で16です」
「16か……。こんな小僧のために館を建てるなんて、ダエルは甘過ぎだぜ」
「申し訳ありません。ダエルさんには無理なお願いをしてしまいました」
「テメェもテメェだ! 毎日ヘラヘラ差し入れ持って来やがって! 機嫌取りか何か知らんが、テメェもダエルを手伝いやがれ!」
「…………申し訳ありません。今は手伝えません」
「はぁあああ!? テメェの親父が汗水垂らして働いてるってのに、テメェは金勘定ってか?」
「いえ……お叱りは謹んでお受けします。それでも尚、今は手伝えません」
「メテェ!」
突然首元を掴まれ、宙吊りにされた。
平然と片手で持ち上げているのに、首元はギチギチと締め上げてくる。
だが、マサユキはそれでも目は背けない。
「いい度胸じゃねえか! テメェみたいな腑抜けは、俺は大嫌いなんだ!! 金は出しても自分では何もしねぇ! そんなクソ野郎の仕事をやってるかと思うと、このまま絞め殺してやりてぇくらいだ!」
「そ、その通りです。俺は金しか出してません。手伝う事もできません。ダエルさんに恩返しすらできていません。それでも、今は手伝えません」
「テメェェェエエエエ!」
両手で首を締め上げてくる。
なんとか気道確保と頸動脈圧迫を食い止めてはいるが、その行為が無駄に感じてしまうほど強力な締め付けだ。
段々と気が遠くなっていく中、リカルド親方の肩に手が当てられた。
「なんだよダエル。口出しするつもりか?」
「いや。マサユキ、お前なんで抜け出さない?」
「ダエルさんの友人に……手出ししたくありません」
「何だコイツ? この状況でまだヤレるってのか?」
「リカルド。そのくらいにしてやってくれ」
「……チッ!」
両手の力を緩められ、マサユキは地面に転がる。
締め上げられた首元は赤く腫れ上がり、それを必死に抑えていた指もジンジンと痛む。
痛みに耐え、ゴホゴホと咳をしながらも立ち上がると、リカルド親方に視線を戻す。
「ダエルの息子にしちゃ随分と肝が据わってる奴だ。だが、俺はコイツを認めねえ!」
「リカルド。マサユキはなぁ――」
「ダエルさん! ゴホ、ゴホゴホ……」
痛む喉を押さえながらダエルさんの言葉を遮る。
「俺は言い訳したくありません」
「だがなぁ」
「ダエルさん。これが俺のやり方です。口出しは無用です」
「……分かった。だが、次は反撃するなり回避しろ。でなければ、俺がお前をブン殴る!」
「……分かりました」
「リカルドお前もだ! マサユキはお前が考えている以上の男だ。次はそれなりに覚悟しておくんだな」
「チッ!」
リカルド親方は唾を吐き捨て、作業現場の方に行ってしまった。
マサユキもダエルさんに挨拶を済ませると、工房に向かう。
◇
工房に戻ると、何事もなかったかのように作業を開始する。
「おい坊主?」
親方さんがマサユキの襟元をグイっと下げる。
「血が出てるぜ? 赤く腫れ上がってやがるし……何があったんだ?」
「単なる挨拶ですよ。気にする程でもないです」
「……リカルドの野郎か?」
「だから気にする必要はありませんって」
親方さんはマサユキの腕を掴み、無理やり引っ張り休憩室に連れて行く。
そして、マサユキを椅子に座らせると手当を始めた。
「職人ってのは気難しい奴が多いが、やられっぱなしは良くねえぜ?」
「確かに気難しい方ですけど、無理を押して駆け付けてくださったんです。俺が気に入らないなら気に入らないで構いませんが、俺なりに感謝しているつもりなんです」
「そういうのは感謝って言わねえんだ。単なる『邪魔』だ。力を示せなんて言わねえが……言葉で語るより、ド突き合ってる方がよっぽどマシな気がするぜ」
「それは……感謝の表現方法としては最悪だと思いますけど?」
「まあワシも気難しい方だが、坊主とは分かり合えたんだからな。結果で示すのがいいのかもな?」
「結果か……」
「よし! これで大丈夫だ」
手当が終わり、親方さんが俺の頭をポンポン叩くと作業場の方に戻っていく。
「結果で示せか……」
しばらく考えた後、腰を上げ作業場に向かう。
そして、全身汗でびっしょ濡れの男の元に行くと、呼び掛ける。
「サーヴェントさん! 今いいですか?」
「ああ! ちょっと待ってくれ!」
サーヴェントさんは真っ黒な顔を向け答えると、視線を戻してハンマーを打ち付ける。
鍛冶仕事の見習いを始めて数週間だが、もう立派な工房員だ。
手先が器用という事もあるが、火の魔法を使うだけあって火の扱いもうまい。
着火の作業や高火力が必要な作業なんかでは、仕事にうるさい工房員たちからもお呼びが掛かるくらいだ。
「待たせたな。一体何だ?」
「特別自治領に行きたいと思います。お供して頂けますか?」
「俺は構わねえんだが……カーネリアとビードラも連れて行くか? それにミイティアちゃんもだな」
「そうですねぇ……。鵺として動くので、連れて行っていいものかと……」
「鵺としてか……。それでもミイティアちゃんには話した方がいいと思うぜ?」
「……そうですね。そうしてみます」
「んじゃ、準備してくるわ」
どうなるか分からないが……ミイティアは納得するだろうか?
別に今すぐに出発する訳ではないし、連れて行きたくない訳でもない。
ただ、こんな事に妹を巻き込んでいいのだろうか……。
ススぼけた天窓から空を眺め、静かに考えを巡らせた……。
次回、水曜日2015/1/21/7時です。