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【第5章開始!】断罪も追放も全てを済ませた悪役令嬢のその後の人生 - 第9話「選んだ道」
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【第5章開始!】断罪も追放も全てを済ませた悪役令嬢のその後の人生  作者: 月雅
第1章

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第9話「選んだ道」




戻れる場所と、戻りたい場所は違う。


営業停止が正式に解除された朝、工房の入口に貼られていた法務院の封印を、法務官が剥がしていった。リーゼルが竈に火を入れ、村の女性たちが乾燥棚の薬草を運び込む。翠風堂が動き出す音が、朝の空気を満たした。


その日の午後、もう一通の書簡が届いた。


帝国法務院からの正式な通達。


三年前の断罪が無効と認定されたこと。ヴィオレッタ・ルーゼンに対する公爵令嬢としての身分復帰の権利が認められたこと。ただし権利の行使は本人の意思に委ねられ、強制されないこと。


権利行使の意思表示の期限は、通達受領から三十日以内。


私は通達を作業台に置き、竈の火を見つめた。


公爵令嬢に戻れる。


三年前に奪われた名前と立場が、法的に返ってくる。


ルーゼン公爵家の令嬢。帝都の社交界。きらびやかな夜会と、息の詰まる礼儀作法と、魔力ゼロを陰で嗤う視線。


あの場所に、戻れる。


「師匠」


リーゼルが竈の横に立っていた。通達の内容は見ていないはずだが、私の顔を見て何かを察したのだろう。


「大事な手紙ですか」


「ええ。大事な手紙」


「帝都から」


「ええ」


リーゼルは何も聞かなかった。半年前に交わした約束を、この子は守り続けている。


私は通達を棚にしまい、エプロンを結び直した。


「仕込みを始めましょう。注文が溜まっているから、今日中にヤナギソウの煎じを四十袋仕上げたい」


「はいっ」


リーゼルが薬草の束を抱えて乾燥棚に走った。


私は鍋に水を注ぎ、火加減を調整した。


答えは出ている。 出ているのに、まだ口にできない。


口にすれば、確定する。 三年前に失ったものを、自分の意志で手放すことになる。


三日間、私は普段通りに仕事をした。


注文分の茶葉を仕上げ、村の女性たちに新しい選別基準を教え、リーゼルと一緒に北の斜面でトウキの根を掘った。


営業再開後の注文量は、停止前の三倍に膨らんでいた。帝都での騒動が翠風堂の名を広めたのだ。宰相府が品質を保証する辺境の薬草茶。その評判は、皮肉にもマリエルの告発が裏目に出た形で加速した。


三日目の夕方、トーマス村長が工房を訪ねてきた。


「ヴィオレッタさん。少し、話があるんじゃが」


村長は竈の前の椅子に腰を下ろした。右膝をかばう仕草は相変わらずだが、以前より動きが軽い。翠風堂のヤナギソウの茶を毎日飲んでいる効果だろう。


「帝都から、お知らせが来たんじゃろう」


「……村長もご存じでしたか」


「法務官が封印を剥がしに来た時に、少し聞いた。あんたの名誉が回復されたと」


私は黙って頷いた。


「戻るのかね。帝都に」


村長の声は穏やかだった。詮索ではなく、確認だった。


「いいえ」


答えは、自然に出た。


三日間かけて言葉にできなかったものが、村長の前では迷いなく口を衝いた。


「私の居場所はここにあります。この工房と、この村に」


村長が目を細めた。


「そうかい」


「身分の復帰は辞退します。公爵令嬢に戻る必要はありません。ただ——」


棚の上から、白紙のまましまってあった顧問契約書を下ろした。


「この契約は、受けようと思います」


宰相府との顧問契約。辺境薬草茶の品質管理と調合の助言を公的に行う立場。


「帝国公認の辺境薬草顧問という肩書きがあれば、翠風堂の流通に公的な裏付けがつきます。村の産業として安定させるためには、個人の工房主のままでは心許ない」


「自分のためじゃなく、村のために受けると」


「自分のためでもあります」


正直に言った。


「一人で全部を抱える必要はないと、ようやくわかりました」


村長はしばらく黙っていた。


それから、杖を握り直して立ち上がった。


「あんたがこの村に来た時のことを覚えとるよ。行き倒れ同然で、目だけがぎらぎらしとった。あの目が、今はだいぶ穏やかになったわい」


「……村長のおかげです」


「わしじゃない。あんた自身の力じゃよ」


村長がぽんと私の肩に手を置き、そのまま工房を出ていった。


翌朝、顧問契約書に署名した。


署名欄に記した名前は「ヴィオレッタ」。姓は書かなかった。ルーゼンでもなく、公爵令嬢でもなく、ただの「ヴィオレッタ」として。


署名した契約書を封筒に入れ、宰相府宛ての返送用の便に託した。


リーゼルがその様子を見ていた。


「師匠、何の書類ですか」


「顧問契約よ。宰相府と正式に結んだの。これで翠風堂の茶は帝国公認になる」


「帝国公認」


リーゼルの目が丸くなった。


「すごい。師匠の茶が帝国公認ですよ」


「私の茶じゃないわ。もうこの村の茶よ」


「でも、あたしが採ったトウキの根も入ってますよね」


「入ってるわ」


「じゃあ、あたしも帝国公認の一部ですね」


リーゼルが胸を張った。


私は笑った。声を出して笑ったのは、いつぶりだろう。


「リーゼル」


「はい」


「あなたはいつか、自分の工房を持ちなさい」


リーゼルが目を瞬かせた。


「あたしの、工房」


「薬草の見分けの才能は、あなたのほうが上よ。もう少し調合の技術を磨いたら、独り立ちできる」


「……師匠」


リーゼルの目が潤んだ。けれど泣かなかった。代わりに、拳をぎゅっと握った。


「はい。あたし、いつか自分の工房を持ちます。師匠みたいな工房を」


「私みたいじゃなくて、あなたらしい工房をね」


リーゼルが大きく頷いた。


夕方、工房の片付けを終えた後、棚にしまった法務院の通達をもう一度取り出した。


身分復帰の権利。


これを辞退するということは、ルーゼン公爵家と正式に縁を切るということだ。


父のことを考えた。


三年前、断罪の場で私を庇わなかった人。勘当を承認した人。


恨んではいない。 けれど、許したわけでもない。


ただ、もう関係のない人になった。


通達の余白に、辞退の旨を記した。


「ヴィオレッタ・ルーゼンとしての身分復帰の権利を辞退いたします」


書き終えて、封をした。


これで終わりだ。


「戻らない」のではない。 「進む」のだ。


封筒を便の荷に加え、工房の戸口に立った。


辺境の夕空に、薄い雲が流れている。


ポケットの中に、レナードからの書簡がある。今朝、顧問契約書と同じ便で届いたもの。


「三度目の辺境訪問をお許しいただけますか。今度は公務ではなく、個人として」


私はその一文を、もう五回読んでいた。


宰相が私人として辺境を訪れる。


それが何を意味するのか、もうわからないふりはできなかった。


工房の中から、リーゼルの鼻歌が聞こえてきた。明日の仕込みの準備をしているのだろう。


私は夕空を見上げたまま、小さく息を吐いた。


怖い。 でも、逃げない。


少しずつでいいなら、と心の中で呟いた。

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