28.狼の隠れ里
シズクはどこだ。私たちの娘は。
帰ってきてはいけない。『蒼のさいはて』には“敵”の意思が働いている。
ああ、死ねない。死ぬわけにはいかない。せめて、喰い荒らす者の名をあの子に伝えるまでは。
敵の名は――。
◆◆◆
「昔、戦争で追い立てられた狼人は逃げた」
周囲の景色が草原から灌木の林へと変わりだす中、シズクは親から教わったという歴史を語って聞かせてくれている。
「男と年寄りと病人はみんな戦って死んだ。逃げたのは女子供、それに戦いに不向きな小さな種族たち。遠くに逃げた者もいたけど……。狼人はこの土地でしか生きられない。そう考えて残ったのがボクの祖父様たちだ」
「それで山へ、か」
エンデミックスキル【装纏牙狼】。土地に根差したスキルを持つ彼らにとって、この大地は生まれ故郷以上の意味を持つのだろう。
「森がどんどんなくなっていって、それにつれて狼人の力も弱まっていった。逃げて、逃げて。人間が入ってこられない険しい谷に少しだけ残った森にひっそりと住み着いて、今も暮らしてる」
そこを、シズクたちは『狼の隠れ里』と呼ぶ。
土地のことを知るために歩いて向かっているが、なるほど厳しい土地だ。脆い岩質、水はけがよいために砂っぽく乾いた土、寒暖の差が激しい気候が大軍の侵攻を阻む。
「コエさん、大丈夫か?」
「はい、マスター。ありがとうございます」
スキルの補助がなければコエさんには歩くのも難しいだろう。こんな土地に三代にも渡って隠れ住んでいる亜人がいるなど、何も知らなければ想像すらするまい。
まして、S級ダンジョンが存在しているなど。
「ダンジョンは危険だけど、中に入れば肉や素材は手に入る。『蒼のさいはて』の浅い階層に入って怪我人や死人も出しながら、ボクらは魔物の血を啜って生きてきたんだ」
それでも町の泥水よりはマシだったけれど、と。シズクが目を上げて彼方の空を見やる。その下に里があるのだろう。
「……なんだ?」
その視線を追った先に覚えた違和感。同時、【神眼駆動】が黒い煙が立ち上っているのを捉えた。
「煙だ。炊事の煙……ではないな。三代も隠れ住んでいる民にしては不用心すぎる」
「ああ、そんなはずない。里では煙をまっすぐ上げることは禁じられてる。里で、何か起きてる!」
シズクの顔から血の気が引いてゆく。緊急事態と見て、俺はコエさんとシズクを引き寄せた。
「【空間跳躍】、起動」
煙の上がっている地点の上空へ跳ぶ。空中から見下ろす先には木と石の質素な家屋が、狭い谷間で肩を寄せ合うようにして並んでいる。
その全てが黒煙を上げて炎上していた。その間を黒い魔物が這い回り、破壊音に混ざって住人たちの悲鳴が聞こえてくる。
「シズクの家はどれだ」
「あそこ、に……!」
シズクの指差した先には、おそらく最初に襲撃を受けたのだろう。他よりもわずかばかり大きな家がひときわ太い煙柱を上げていた。遠目にも見えたのはあの煙か。
「父様! 母様!」
「動くなシズク」
「でも!」
「俺の方が速い」
空中でいったんコエさんとシズクを手放し、スキルを選択。住人と魔物が入り乱れるこの状況、シズクでは速くとも軽すぎて押し通れまい。ここで必要なのは。
腕力だ。
「【阿修羅の六腕】、起動」
不可視の六本腕が現れてコエさんとシズクを抱き止めた。下の二本で着地し、脚の代わりに地面を蹴る。村を這う魔物は昆虫型が多数を占めており、単純な思考でこちらに向かってきては残りの腕に横殴りにされ息絶えてゆく。
多少は頭のいい個体が本体を狙って潜り込んできたが、突き出された顎を右手で握り砕いた。
「マスター、お怪我は」
「進化元のスキルは【腕力強化】だ。この程度は問題ない。それより、もう着くぞ」
家を眼前にしてシズクが腕を抜け出し一気に駆け寄る。
「【装纏牙狼】!!」
家に纏わりついていた魔物を引き剥がし、中へ。数秒もせずに二人を抱えて飛び出した。
地上に跳ぼうとすると障害物に食い込む恐れがあるため、感知系スキルで走査してから飛ばねばなりません。なにもない空中に出るのが一番早いのです。
次回、ダンジョンへ。
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