第十九話 いつもとは違う一日
第十九話 いつもとは違う一日
藤田さんに稽古をつけてもらったり、巴君とゲームしたりしたGW。
テレビでは京都や奈良で行われている『覚醒修行』なるものの特集や、それとは関係なしに旅行の情報が流れている。
……少し意外だったのが、『ダンジョン対策庁』を批判する報道が消えた事だ。
この前までは『徴兵じゃないか』という声が多かったし、ネットの方では未だそのまま。しかし、テレビはそもそもダンジョン対策庁に関する話すら少ない気がする。
代わりと言ってはなんだが、天使さんが警告していた魔物の襲来に関して、G20加盟国で会議があるという報道はあった。
まあ、結局の所自分にはどうする事もできない話であるが。なんせ一般人なので。
そんなこんなで、日付は5月5日。子供の日であり、巴君と遊ぶ予定の日でもある。
駅を複数跨いで、我が県の県庁所在地である街にやってきた。
田舎に片足突っ込んだ地元とは違い、相変わらず人の密度が凄い。流石に東京とか大阪には負けるけど、自分からしたら酔ってしまいそうな人の洪水である。
で、そんな所で何をしているかと言えば。
「………」
現在、駅を出てすぐの所で1人スマホを弄っていた。
この駅までは巴君と2人で来たのである。だが、『ちょっとトイレ』と言ったきり戻ってこない。
まさかトラブルかと思いスマホでメールを送れば、『もうちょい待て。せっかちな男はモテんぞ』『すまん、そもそもモテなかったなw』と通知が来た。
イラッとしつつも、周囲に危険がないかエクレールに尋ねれば安全を告げる回数の金属音。
じゃあマジであいつは何してんだよと、若干眉間に皺を寄せながら待っているわけである。
今日の天気は晴れ。もしかしたら夕方近くに崩れるかもと、天気予報では言っていた。
それでも気温は例年のこの時期よりも暑いのだが、自分はあえて上着を羽織っている。
しかもやや厚手のものなので、空調のない場所にはあまりいたくない。なら上着を脱いで手で持てばいい話なのだが……諸事情により、それはできなかった。
時折自分の右腰に手をやって隠れている事を確認しては、周囲の視線が気になって瞳を彷徨わせる。
そんな事を繰り返していて、そろそろもう1回メールを送ろうかと思った頃。周囲の人々が『ざわり』とどよめいた。
何事だと顔を画面から上げれば、駅の入口の方に視線が集中している。何人か、スマホを取り出してカメラを起動している人もいた。
芸能人でも来ているのだろうか?
そう思い、特に考えずそちらへ視線を向ける。
とんでもない美少女が、駅から出てきた所だった。
いや、巴君である。ある、のだが。
「ごめんなさい、待たせちゃったわね」
いや誰やねん。
艶やかで腰まで伸びる銀髪は黒いリボンで低めのツインテールに纏められ、幼さと大人の中間とも言える絶妙なバランスの中にある美貌には悪戯っ子の様な笑みが浮かべられていた。
服装は、上は水色の半袖シャツで、金色の第1ボタンだけが外されている。そして下はハイウエストの黒い膝丈スカート。ヒラリと舞う裾からは白い脚が覗き、更に下へいけば武骨な黒のブーツへと続く。
男の妄想を具現化した様なスタイルのその美少女は、金色の腕輪で彩った手で軽く髪を横に流した。
「あら。せっかくおめかししてあげたのに、石の様に固まったままなのは酷くないかしら」
「………またなんか状態異常になってる?」
「ドタマかち割るぞモブ顔」
「あ、いつもの巴君だ」
冷や汗を腕で拭い、改めて巴君の姿を見る。
可憐だ。じゃなくって、これはどういう事だ?
ここに来るまでは、黒パーカーにポケットがやたらある男物のズボンであったはず。フードを目深に被ったうえでマスクと、かなり不審者な服装だった。
それが、今はどう見ても女の子である。巴君がスカートを履くの初めて見た。
「そうね。でも驚くのも無理はないわ。これには海よりも深い理由があるの」
「そ、それはいったい……」
硬い唾を飲み込みながら、巴君の言葉を待つ。
あの絶対に女物を着なかった、心はまだ男なのだと主張し続けた友人に何があったのか。
銀の長いまつ毛を震わせて、一度強く閉じられた瞼が勢いよく開く。
「今までの人生で、必ず1回は『美女になって童貞の情緒弄びたい』。そう思った事はあるでしょう?アレを実践してみたくなったのよ」
「ねえよ」
「!?」
そんな地球外生命体に遭遇した様な顔をされましても。
「そんな……顔の薄さに反比例して性欲の強い幸太朗が……!?」
「失礼過ぎない?」
「でも私の胸を見ながら会話しているわよね?」
「申し訳ありません私は猿です」
斜め45度で謝罪する。
しょうがなかったんだ。超ド級のオッパイテントが目の前で張られているのである。本能には、抗えなかったよ。
クスリと、巴君が笑みを浮かべる。
「私もいつかは性別を変えられる霊薬を見つけて、元の体に戻る日がくる。だったら、偶にはこの姿で遊ばないと損でしょう?」
「はあ、まあ……君がいいのなら、それでいいけども」
「ついでに、生涯独身の未来が待っていそうな貴方にサービスして『脈がありそうに見えて実はない系女子』として振る舞ってあげましょう。感涙にむせびなさい」
「どこからツッコんでいいかわからねぇ」
「あら……突っ込むだなんて。セクハラで訴えるわよ?」
「その時はこの前の事でこっちも訴えてやる……」
「しょうがないわね。じゃあ御相子よ」
何が『しょうがない』なのか。
そう思うも、あの出来事は正直役得に思えてしまうので口には出さない。生乳って、いいよね。
そんな事を考えていると、スルリ、と左手に巴君の腕が絡みつく。
「え、ちょ」
ビッグサイズな横乳が二の腕に触れるか触れないかの距離にある状況に、目を白黒させてしまう。
視線を巴君の顔に向ければ、からかう様な笑みが待っていた。
「それより。お洒落したのに何も褒めないどころか、女の子に『荷物持ち』をさせる酷い男には罰が必要じゃないかしら?」
そう言って、左肩にかけた白い小さなバッグを見せてくる巴君。
「いや、その……」
「もしも何か買ったら、その荷物は貴方が持ちなさい。私の荷物持ちに任命してあげるんだから、光栄でしょう?」
「……『手に持つ必要は』なくない?」
「だーめ。こういうのは気分よ気分。さ、いつまでもここで立ち止まっていたらつまらないわ」
手を引かれて歩き出す。
それに自然と顔を上げれば、向けられる大量の瞳にようやく気付いた。
好奇心を隠しもしない瞳。驚いた様子で何度も上下左右に動く瞳。そして、魔物にすら迫る殺意に満ち溢れた瞳。
己の頬が引き攣るのが、自覚できる。やだ、超恐い。
「精々私を楽しませなさい。幸太朗が誘ったんだから、つまらないプランを立てていたのなら呪ってやるんだから」
「……今からでも帰らない?」
「却下。諦めて嫉妬されなさい」
クスクスと笑う、いつもと違い過ぎる友人。だがその瞳に浮かんだ、全力でふざけている時の光は自分の知るものだった。
……たぶんだけど、巴君の性自認に変化があったわけではないと思う。
これは、所謂ロールプレイというやつだ。本気で今を楽しんでいるのだろう。
何だかんだ友人のメンタルがどうなっているのか心配ではあったので、大丈夫そうだと安心した。
「最初はどこへ行くの?下着ショップ?水着売り場?それとも……私達の年齢じゃ、まだ入っちゃいけないお店?このスケベ」
「……とりあえず、映画館に行こうかなと」
「どんな映画?」
「B級ゾンビもの」
「普通の女の子相手なら最悪なチョイスね」
「嫌いだっけ?」
「大好き」
ニカリと笑うその顔に、不覚にもドキリとする。
すぐ近くで香る匂いまで、不思議と華やかな物に思えた。いや、気のせいではない。わざわざ香水までつけているのか?
それはこれほど至近距離でないと気づけないぐらいの微かな物だったけど、不思議と印象に残る匂いだった。
余計に今腕を組んでいる相手は麗しい異性の肉体を持っているのだと意識して、心拍数が上がってしまう。
「ふふ。汗が凄いわね。今日の気温が高めだからかしら?」
「いや……たぶん、はい」
「曖昧ね。そういう分かりやすい所は可愛いと思うわ」
「かわっ!?」
「なんて、冗談。自惚れないでね、モブ太朗」
再び向けられた笑みは、悪戯っ子のそれ。
無言で天を仰ぎ、嫌味なぐらいの晴天に目を閉じる。
……これは、どう接するのが正解なんですか?
神様はいるかわからないので、存在が確定している天使様に問いかけてみる。
イマジナリー天使さんが、『え、いや。知らんけど……』と困惑していた。
* * *
結論から言うと、普通にめっちゃ楽しんだ。
映画を見た後にファーストフード店で感想を言い合ったり、
「個人的には画面を暗くし過ぎるのはダメね。チープさを隠す程度で、登場人物の表情や動きはハッキリ見えるぐらいがいいわ」
「わかる。予算の都合なのか、制作側がアクションじゃなくってホラーよりで作りたかったのかは知らないけど。映画なのに『見えない』ってのはなぁ」
「そうそう。なんならメイクや小道具が雑だってわかるとしても、せっかくのゾンビものなんだったらパニックになっている様子をちゃんと見たいわよね!」
「でも最後の脱出シーンは不覚にも感動したわ」
「ええ……本当に不覚だったわ。まさかジョニーがサンダーソンとヘレンの為に……」
「そしてショットガンこそ至高って再確認した」
「ええ。ゾンビ相手には12ゲージこそ神よ」
ゲーセンで遊んだり、
「ゾンビ映画を見た後って、もしも自分がその場にいたらって妄想するわよね」
「うん。だから今シューティングゲーでゾンビ相手に戦っているわけだけど、そっちはどうよ」
「ふっ……全弾外したわ!」
「逆にすげぇよ。なんでそんなノーコンなのさ」
「試しに左手で撃ったのがまずかったのかもしれないわね」
「かもじゃねーよ!?あ、待って流石に1人で2人用の敵は無理!」
本屋さんで漫画を探したり、
「ねえねえねえ!」
「え、どったの。なんかよさげな本あった?」
「あっちに『寒村に眠る狂気~悪魔が目覚めさせたもの~』って漫画があったわ!」
「へー。ホラー?伝奇物?」
「表紙を見たら、バニーガール姿の筋骨隆々マッチョマンがサイドチェストをしていたの!その後ろに旧日本軍の戦車ぽいのが書いてあったわ!」
「なんて?」
そんなこんなで、気づいたらもういい時間に。自分達は電車に乗って、帰る事にした。
「ふう……中々に満足だわ」
「帰りもそれなのか……」
「だってもう着替えるの面倒だし」
そこそこ混んでいる車両内で、目の前で座る巴君を見下ろしながら、我ながら意外なほど順応できたものだと驚いていた。
今の巴君の容姿は、100人中100人が認める絶世の美少女である。そのうえスタイルも抜群だ。
そんな相手と1日隣にいて、遊び回ったのに緊張したのは最初だけ。映画館を出る頃には慣れてしまっていた。
口調や所作こそ女の子らしいけど、喋る内容や興味を抱くものがいつもの友人だったからかもしれない。
まあ、それでも周囲の視線やら何やらは落ち着かなかったけど。
途中、自分でも聞いた事のあるアイドル事務所のスカウトを名乗る人物が話しかけてきたのは本当に驚いた。
漫画みたいな展開に2人して驚くも、漫画と違って断ったら普通に引き下がってくれたので安心である。
何気に貴重な体験だった。それはそうと、スカウトの人が素で隣にいた僕に気づいていなかった事を爆笑していた友人には腹が立ったが。
「あら、何かしら。この私の美しさに見惚れてしまった?」
「いや。まさかマジで荷物を持たされるとは思っていなかっただけだよ」
右手で吊革を握り、左手には巴君がユーフォーキャッチャーで1万使って手に入れたフィギュアやら、本屋さんで買った漫画が入っている。
一応自分の買った本もあるが、ほぼ巴君の荷物だ。
こちらの言葉への返答は、白い小さなバッグ。
「いいじゃない。私も貴方の荷物を持っていてあげているんだし」
「不公平にしか思えねぇ……」
「ふふん。こういう時美少女の方が有利なのよ」
バッグを両手の細い指で掲げながら、顔を覗かせて笑う巴君。
無駄に絵になるのだから、確かに美少女というのは有利である。
そんな会話をしていたら、電車が止まった。窓からホームにあるプレートを見れば、次で自分達の地元である。
何となく今日という日が、友達と遊んだこの日が終わってしまうと思うと、少し寂しくなる。
だが、それだけ楽しかったという事だ。無事、我ながら満足のいくゴールデンウィークを過ごせた様である。
内心で頷いていると、ふと違和感を覚えた。
開かれた電車の扉が閉まらない。もう出入りする人はいないのに、どうしたのだろう。
疑問を抱いたのは自分だけではない様で、乗客達にもざわめきが広がり始めた。
「どうしたんだろう」
「さあ。何か事故でもあったのかしら」
そう、巴君と顔を見合わせた、その時だった。
────ガシャン。
「え……?」
力強い金属音。それは周囲のどこからでもなく、己の内側から響いてきた。
咄嗟に周囲を見回して警戒するも、周りには困惑した乗客達だけ。しかし、妙な焦燥感が胸を襲う。
『お客様の皆様にご連絡します。ただいま……な、え?』
車内に流れたアナウンス。それで聞こえてきた運転手さんの声が、困惑に染まる。
『なん……が、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?』
突如響いた絶叫。それがスピーカー越しに響き、音割れしたのか耳鳴りの様な音も発している。
騒然とする乗客達の耳に、彼の声は……悲鳴が、届いた。
『ま、ああ、だ、誰か!だれか、たすげ……!!』
ぐちゃり、と。
肉が潰れた音と、少し遅れて液体がこぼれる音。それがスピーカーから流れて、数秒ほど電車内に沈黙が流れる。
そして、驚愕の声と悲鳴の様な声が車内を包んだ。
これは、もしかして、いや、そんな……。
────ガシャン!
急かす様な金属音に、ようやく思考が再起動する。
強引に巴君の手を取って、人を掻き分けて電車の外に。
「ちょ、え、なにが」
「わからない。わからないけど、なんかやばい!」
そう言って降り立ったホーム。自分が動き出したのと同じぐらいに、乗客やホームにいた人達も動き始めていた。
「おい、今のって」
「え、まさか事件?」
「後ろだ!後ろに向かえ!」
「いや!降ろして!この電車から降りなきゃ!」
「ちょ、押すなよ!」
「お客様!落ち着いてください!とにかく前方の車両から離れて───」
それぞれ動く乗客達に、パニックになるのはまずいと声をあげた駅員さん。
自分もその声に視線を向けて。
「ぁ……」
怪物と、目が合った。
駅員さんの背後。そこには、1体の異形が立っている。
薄汚れた布で全身を覆う2メートルはあろう巨体。乱雑に巻かれた布が顔の辺りだけ解け、その下にある顔面を晒していた。
だがその容姿は、常人とは明らかに異なっている。白濁としていながらもギョロリと動く眼玉。鼻は削げ落ち、頬はこけている。骨に張り付いた皮膚は、土の様な色をしていた。
唇もなく黄ばんだ歯がむき出しとなり、開かれた口からはここまで臭うほどの腐臭が漏れている。
明らかに生者の容貌ではなく、仮装と呼ぶにはおぞまし過ぎた。
そんな怪物の手には、一振りの剣が握られている。古びた装飾が施された柄と鍔に、シンプルな刃。
ゆらりと持ち上げられた刀身が狙いを定めるのは、当然。
「───逃げて!」
「は?」
大声をあげた自分に、駅員さんが不思議そうに顔を向けて。
その顔のまま、ゴロリと駅のホームへ頭を落とした。
肉が地面にぶつかり、同時に血飛沫が周囲の人にかかる。少し遅れて残された体が倒れて、ようやく誰もが彼の死を認識した。
「き、きゃああああああ!?」
「な、なんだ!『突然、首が落ちた』ぞ!?」
「は?なに、撮影?」
「やだ、なにこれ。血のり?服についちゃったんだけど」
混乱する人々。作り物かと疑う人もいるが、そんなわけがない。
自分の掌を幾度も切って知っている。コボルトの屍を作り上げたから経験している。
ホームに広がるアレは、あの滴る赤い液体は。紛れもなく、本物の血液であると。
返り血を浴びた怪物が、電車から漏れ出る光に照らされて『ニタリ』と笑みを浮かべる。
晴天はいつの間にか暗い雲に覆われて、ポツリ、ポツリ、と雨が線路に落ちる。遠くの方では、雷鳴までもが聞こえてきた。
────終わるはずだった、今日という1日。
それは、最悪の形で延長する事となった。
読んでいただきありがとうございます。
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