第二十三話 未熟者の原点
第二十三話 未熟者の原点
『ヴォォオ゛オ゛オ゛オ゛!!』
雄叫びをあげ、こちらを囲うようにして武器を手に襲い掛かるドラウグルの集団。その数、およそ50。
数こそ病院で相対したものと変わらないが、あの時と違って雨を利用する事はできない。
だが、それでも地力…レベルが上がっている。
「『エンチャント:ストレングス』『クイックネス』!」
エクレールに付与魔法を発動し、自分は前に出過ぎずに巴君の傍で盾を構える。
少し情けないが、たぶんこれが一番強い。
大剣を肩に担ぎ、右端のドラウグルに吶喊する白銀の騎士。振り下ろされた斬撃を、剣を持った個体が受け止めようとした。
その構図は駅で見たものと同じながら、しかし結果は違う。
『ガッ……!?』
刃同士の衝突が、轟音を響かせた。かざされた剣を押し込み、勢いを一切緩めずに大剣が脳天に直撃する。
それで刃は止まらず、股まで通って両断してみせた。受けようとした剣はへし折れ、宙を舞う。
「あの位置から抜ける!」
エクレールが作ってくれた包囲の穴に、巴君と共に突っ込む。
続けて隣のドラウグルへと白銀の騎士は横薙ぎに剣を振るい両断し、別の個体が突き出さした槍を籠手で弾き飛ばした。更には飛翔するサーベルが、自分達に向かってくるドラウグルを牽制する。
エクレールの進撃は止まらない。圧倒的膂力と速度でもって、防御ごと怪物達の身を断ち切っていく。
囲まれるのを避けるように、白銀の騎士は足を止めなかった。ドラウグルの集団をかき乱す様に、泥を跳ねさせ具足で地面を踏みしめた。紫色の腰布が、走りに合わせてはためく。
それに、自分達も追随。だが、障害なくとは言えるわけもなく。エクレールが斬り、サーベルで追い散らせようとも一部のドラウグルが前方に立ち塞がった。
止まれば、囲まれる。大丈夫と自分に何度も言い聞かせながら、盾を構えて飛び込んだ。
『ガァッ!』
突き出された槍に、盾を斜めに合わせる。右側に流し、続けて左側に向かって思いっきり振る。
右肩に盾を受け、僅かに怯んだドラウグル。その隙を逃さず、即座に警棒を叩き込んだ。頭狙いの一撃が奴の左腕に防がれるも、手応えあり。巨体を押しのけ、強引に突破する。
左腕が折れたドラウグルが振り返って槍を振るおうとするも、その首をサーベルが斬り裂いていった。
「ナイス!」
「そっちこそ!」
今回の一件。もしも良いとこ探しをするのなら、それは経験値稼ぎという点だろう。
自分も巴君もレベルは10に到達し、その分能力も上がっている。エンチャント有りなら、力比べでドラウグルに並ぶほどだ。正直、割に合わないとは思うけど。
だが、やれる。戦える。
突っ込んで来たドラウグルの剣を盾で受け、膝に警棒を叩き込んで距離を取りながら周囲に視線を巡らせた。
既にドラウグルの数は20を切っている。増援の気配はない。
エクレールは健在。鎧の各所に細かい傷こそあるものの、大きなダメージは見られなかった。
そして巴君は────。
「後ろ!」
「っ!?」
自分の背後を走っていた巴君。更にその背後に、斧を持ったドラウグルがいる。
2メートルを超える長身を仰け反らせ、握りしめた得物を全力で投擲してきた。エクレールがこちらに振り返るも、乱戦故に間に合わない。
「こ、の……!」
咄嗟に巴君を押しのければ、既に斧が目の前に来ていた。
ぎりぎりで盾で受ける事に成功するも、衝撃に尻もちをつく。
「ぐ、ぅぅ……!?」
「幸太朗!」
投擲した個体にサーベルを差し向けながら、巴君がこちらを抱き起す。
「すまん、油断した」
「いや。無事で何より……」
素で喋る巴君に頷いて返す。それに、油断というなら自分もだ。
一切気が抜けない。敵の攻撃はこちらの命を瞬く間に奪えるのだ。レベルの上昇で全能感を抱く暇などない。
自分の脚で立ち、再度周囲を見渡す。
いつの間にかエクレールが傍に立ち、大剣を構えていた。そして、ドラウグルも残り10程度となりじりじりと後退している。
そして、弾かれたように散開して撤退。ダンジョンの奥へと消えていった。
追うのは……やめておこう。それより藤田さんだ。
巴君とエクレールに頷いてから、彼の痕跡を探す。すると、地面に横たわる一台の白バイを見つけた。
「これって……」
車体に大きな傷が入り、オイルが漏れ出ている。部品を泥の上に散らせ、無残にも転がっていた。
刻まれた傷はまるで『剣』で裂かれた様だが……あまりにも大きい。尋常な生物による攻撃ではない。魔物だ。
しかし、重要なのはそこではない。
「この、血は……」
血だまりが、出来ていた。
漏れ出たガソリンとは別に、赤い水たまりが広がっている。それもかなりの量だ。
「幸太朗、落ち着け」
愕然とする自分の肩を巴君が叩く。
それにどうにか我を取り戻し、急いで血痕を追っていく。
ぽつぽつと続く、赤い道筋。足跡と共に刻まれたそれは、状況から考えて藤田さんのもので間違いないだろう。
重傷を負っている様だが、それでも生きている。そして、諦めていないはずだ。だったら、まだ……。
どんな怪我だって、治してみせる。毒だろうが、呪いだろうが。
だから────。
「ぁ……」
盾を構え、警戒しながら進んだダンジョン。
古代の物と思しき家の陰。曲がりくねった道の先に、壁に背を預けて倒れている老人がいた。
その四肢は力なく投げ出され、右肩から左脇にかけての傷から大量の出血をしていた。内臓と思しきものまで、こぼれ出ている。
血も、肉も。あまりにも失い過ぎた体。医学の知識などなくともわかる。アレは、既にこと切れていた。
「ぁぁ……」
異能者としての、高い身体能力が。優れた視力が、否応なく彼の顔を捉えてしまった。見たくなかったのに、認めたくなかったのに。
それでも、瞼を閉じるのは間に合わなかった。
直視してしまう。鼻と口を赤く濡らし、生気のない瞳をした死に顔を。
────ズゥン……。
「っ、幸太朗!」
エクレールが鎧を鳴らし、巴君が肩をゆすってくる。
のろのろと顔をそちらに向ければ、巨大な影が近くの家から姿を現していた。
土色の肌に、白濁した瞳。全体的なシルエットこそ他のドラウグルと同一ながら、装いと大きさが異なる存在。
泥と虫食いだらけの紅いマントに、元は上等だったのだろう衣服。手には3メートルを優に超える、巨大な西洋剣を握っている。
そして、4メートル以上の巨体。エクレールですら見上げるしかない巨躯を揺らし、その怪物は姿を現した。
間違いなく、このダンジョンの主。そいつはまるで歓迎でもするかのように大口をあけて笑い、右手でゆっくりと剣を構えた。
その振り上げられた刃には────べったりと、血がついていた。
「お前、かぁぁああああああああ!」
頭に血が上るのがわかる。
喉が裂けるほどに吠え、盾と警棒をそちらに向ける。同時に、エクレールが走り出した。
大剣を構え、怪物へと斬りかかる。相手もまた迎撃として刃を振り下ろし、衝突。巨大な鉄塊同士がぶつかった、重く、それでいて甲高い音が響き渡る。
そして、エクレールが数歩押しやられた。
力負けしている。あのエクレールが、明らかに。
「『エンチャント:ストレングス』!『クイックネス』!」
咄嗟にエンチャントをかけ直し、自分も盾の裏から魔石を引き抜いた。
購入した魔石は予算の問題で2つ。残らず奴に叩き込んでやる!
「『エンチャント:ウィズ・ワンド』!」
「飛べ、『アンサラー・アサルト』!」
「『ファイヤーボール』!」
放たれた火球と、弧を描く様に飛翔したサーベル。
エクレールを打ち払った怪物に、両方ともが命中。だが、
「嘘だろ……!」
巴君の声が震える。
火球は左掌に受け止められ、微かな焦げ跡をつけただけ。サーベルに至っては、厚い皮膚にかすり傷すらつけられていない。
信じられない頑強さだ。しかし、だからどうした。
「エクレール!」
吠えながら、自分も駆ける。巴君が後ろから呼び止めてくるも、無視。
この化け物は、ここで殺す!
怪物が腕を振るえば、巨体からは想像もつかない俊敏さで刃が振り抜かれた。それを盾で受けるも、耐え切れずに地面を転がる。手から盾が飛んでいき、その辺に落ちた。
泥まみれになりながら立ち上がれば、エクレールが奴の懐に飛び込んでいる。
「やれ……!」
藤田さんの、仇を……!
『■■■……』
「────え?」
目の前の光景が、信じられない。
怪物の巨大な左手。その五指がつまむ様にして、白銀の大剣を止めている。
片手1本での白刃取り。それをなした怪物は、ニタリ、と笑みを浮かべた。
そして放たれた横薙ぎが、騎士の鎧へと吸い込まれる。咄嗟に剣を手放し後退するも、回避は間に合わなかった。
騎士甲冑の左肩から先が、飛んでいく。衝撃で爪先が浮いたエクレールに、続けて怪物が左の拳を叩き込んだ。
トラックの衝突事故を連想させる音と衝撃。そして、白銀の騎士は銀色の破片を散らしながら自分の目の前まで吹き飛ばされた。
胸甲は前面が砕け、左腕はない。ひび割れた隙間から、中の空洞を覗かせている。
人間であれば間違いなく致命傷。それでも騎士は立ち上がり再度剣を手に生み出すが、その動きは鈍い。
対する怪物は、油断なく剣を構え直していた。口元こそ愉悦をこぼす笑みを浮かべているが、白濁とした瞳は真っすぐにエクレールへ注がれている。
奴の意識は、騎士にのみ向けられていた。自分達など、敵ですらないとばかりに。
びきり、と。額に血管が浮かんだのを自覚する。
考えろ……考えろ……!
どうやれば奴を殺せる!あの醜悪な怪物を死に至らせ、恩師の仇をとれる!
警棒の柄をギリギリと握り、前へ出ようとした。
どれだけ頑丈でも、奴は魔物だ。尋常な生物とは違えど、完全無欠であるはずがない。殺し方など、幾らでもあるはずだ。
そうだ。藤田さんから、どこを狙われるのが危険かを教わってきた。その箇所を狙えば────。
パァン!
「っ!?」
突然尻に衝撃が走り、たたらを踏んで背後を振り返る。攻撃!?
そうして目に入ったのは、仏頂面を浮かべる友人の姿だった。その右足が少し浮いていて、あの足に蹴られたのだと遅れて理解する。
「よう、幸太朗」
青い瞳が、こちらを見据える。
「お前、何がしたい?」
「────」
何がしたい?
そんな事は決まっている。自分は、奴を、藤田さんを殺した化け物を殺したくて……。
───違う。違わなくはないけど、元は。こうして、戦いを始めた理由は、
『人生の転機と呼べる様な出来事に遭遇したら、『原点』を思い出す事をお勧めしたいな』
「……ふぅぅぅ」
大きく息を吐き出し、警棒を強く握りしめていた指を解く。ストラップで手首にぶら下げ、落ちていた盾の方は、一端放置。
そして、両の掌を力強く合わせた。
柏手では発生しないはずの、清涼な鐘の音。それがエクレールへと届き、瞬く間に鎧の傷を修復した。肩からなくなっていたはずの左腕さえ、万全な状態で復元する。
少しだけ眩暈を覚えるも、数瞬とはいえあの騎士の傷を放置した自分へのケジメとして受け止めた。
じりじりと間合いをつめていた怪物が、目を見開く。そして、その白濁とした瞳をこちらに向けてきた。
先の攻防では眼中にないと言わんばかりだったのに、今は何か強い感情を向けてきている。
だが、どうでもいい。今はそんな事、気にする事じゃぁない。
思い返す。自分は何のために武器をとったのか。何のために、彼に戦い方を教わったのか。
それは。
「……死にたくない」
「おう」
「生きて、帰りたい」
「奇遇だな。オレもだよ」
こちらの尻を蹴り飛ばした友達が、軽く銀髪を掻き上げる。
「なら────どうしましょうか」
「どうにかしてあいつを倒す。逃げたいけど、逃げられそうにない」
この位置は、まるで追い込まれたかの様に……いいや、事実追い込まれたらしく周囲を岩と住居に囲まれている。
よじ登る事は可能だが、そんな隙を見せたら即座にあの巨剣が飛んでくるのは想像に難くなかった。
「生きる為に、戦おう」
「了解。死なないでよ?親友」
「そっちこそ」
『■■■■■■■■────ッ!!』
怪物の咆哮が、周囲を揺らす。地面すら震わせる雄叫びを上げながら、奴は真っすぐにこちらへ走ってきた。
その大口から涎を垂らし、瞳を限界まで見開いて手を伸ばしてくる。先ほどまではあった理性などかなぐり捨てて、ひたすらにこの身を食らう為に。
だが、その眼前に立ち塞がる騎士がいた。
『■■■■■■!!』
「エクレール!!」
大剣と巨剣のぶつかり合い。衝撃波で押しやられながらも視線を向ければ、今度は弾かれるのではなく受け流した騎士の姿があった。
膂力で負けていようとも、エクレールの技量は奴を上回る。そして、速度も。
繰り広げられる高速の剣戟。義経と弁慶の様に、剛力と神速が入り乱れる。どっしりと構えた要塞の様な怪物に対し、エクレールは縦横無尽に動き続けた。時には周囲の家屋や岩場を足場にし、三次元的な軌道を見せる。
1秒ごとに白銀の刃が怪物の肉を削り、鉛色の刃が鎧に火花を散らせた。数瞬の内に行われた10合以上のぶつかり合いが、轟音を奏で家屋や大地を余波だけで破壊していく。
飛んでくる泥や木片をヘルメットや防弾チョッキで受けながら、自分は盾を拾いに行った。よろめきながらも握り直せば、大きな亀裂が盾に入っているのが見て取れる。
たぶん、この盾では奴の斬撃を防ぐ事は出来ない。
だが……。
「幸太朗!奴の名前は『ドラウグル・バロン』!異能は『呪術』と『怪力』!呪いの方はともかく、怪力に注意!」
「応っ!」
スマホを掲げながら叫ぶ友人に答えながら、重心を低くする。
エクレールと怪物……『バロン』の戦いは、徐々に敵が圧し始めた。巨剣と大剣が撃ち合う度、火花を散らして騎士が後退している。
両者全身に幾つもの傷を作っているが、決定打には至っていない。だが、互いに斬撃が直撃したとしても与えられるダメージが違う。
バロンの刃は一撃で鎧を引き裂く力を持つものの、エクレールの剣は胴や胸に当たった程度では仕留めきれないだろう。少なくとも、数度は同じ個所に斬りつける必要があるはずだ。
だが、何度もそんな事ができるはずもない。『豊穣の祭儀』も魔力が足りず連続での発動はできないのだから、やはりこちらも一撃ないし二撃で仕留める必要がある。
どうする?どうすればいい?
奴をこの手で殺す為ではなく、自分達が生き残る為にひたすら脳みそを回転させる。
ちらりと、藤田さんの遺体を見た。
痛ましい、恩師の姿。それに歯を食いしばって、強引に頭を冷やす。
……叩きつけられたかのように、背後の家屋がへこんでいた。そして、エクレールが胸甲を破壊された時のことを思い出す。
あの時、拳を受けた騎士は自分から背後に跳んでいた。その時、バロンの右腕が振り上げられていた気がする。
……これ以上、考えている時間は無いか。
エクレールが巨剣に押され、すぐ傍まで後退してくる。バロンがそれを追って視線を動かし、こちらを見た後騎士の方へ視線を戻した。
なるほど、頭が冷えたのはあちらも同じらしい。───好都合と、思っておこう。
「巴君!」
サーベルを浮かせ、攻撃の機会を窺っていた友人に声をかける。
「僕の防弾チョッキ、後ろに紐があるんだ。掴みやすい様に」
「……刺さっても文句言わないでよ」
「いや、たぶん言う。だから頼んだ。……エクレール」
半壊した盾で、騎士の腰鎧を軽く叩く。
「やろう」
コクリ、と。兜が上下した。
『■■■■■■────ッ!!』
バロンが咆哮をあげ、右手を振り上げ走ってくる。
その速度は十分に速いが、しかしエクレール程ではない。だが、重さはかなりのものだ。
1歩踏みしめる事に地面が揺れ、土煙がたつ。その突進から繰り出される一撃は、戦車の装甲すら破壊するかもしれない。
それに対し、自分とエクレールは前進。歩幅と速度差もあって、騎士が前に出る。
巨剣と大剣のぶつかり合いは、やはり巨剣が勝った。
腹に響く轟音をあげて振り抜いたバロンと、1歩後退したエクレール。どちらが先に次の攻撃に移れるかは、明白である。
剣を振り抜いた勢いものせて、バロンが左の拳を繰り出した。
────それは、もう見た。
ならば、対処できるかどうかは自分の気合次第。
「う、おおおおおお!」
引けば、負ける。盾を信じて飛び込め!
左手で壊れかけの盾を構え、更に右手に持つ警棒をその上に合わせる。
迫る拳が、妙にスローで視えた。それに、本能的な恐怖が胸の内から湧き上がる。
死にたくない。恐い。逃げたい。
────生きる、ために……!
「ぅぅうううう!!」
即席の二重防御。そこに巨大な拳が衝突し、天地がひっくり返った様なインパクトがこの身を襲った。
「っ……!?」
エクレールに放たれるはずだった拳を受けた直後、気づいたら自分は背中から地面に叩きつけられていた。
視界が明滅し、立ち上がろうにも手足が言う事を聞かない。痛みどころか、感覚と呼べるものがなかった。
それでも、バロンが右の剣を自分へ振り上げている事はわかる。
あの時、拳を受けた際にエクレールは自ら跳んだから追撃の刃を受けずに済んだ。
そして、たぶん藤田さんは拳を受けてしまい、それで即死したにも関わらず追撃の袈裟懸けを受けたのかもしれない。医学にも武術にも無知ながら、直感的にそう思った。
ならば、この連撃────癖の様なものじゃ、ないのか?
「『A・A』!」
ぐい、と。体が後方に引っ張られる。急な加速で視界内のものが動く中、自分が先ほどまでいた位置に巨剣が振り下ろされたのを見た。
武術というのは、コンビネーションを覚える必要がある……らしい。
彼に教わった事だ。間違いない。だから、この動きも予測できた。恐らく、この一連の技に『怪力』とかいう異能も使っているのだろう。この時だけ、明らかに腕の振りが速かった。
そして、読めている故に、
「えん、ちゃんと……」
折れた骨も、潰れた肉も戻ってきた。同時に、思い出した様に脳を焦がす痛覚が完全に回復する前に。唇を動かす。
視界の中では、叩きつけられ屋根まで届くほど土砂を巻き上げた刃を握る巨大な右腕を。
白銀の足が、踏みつけた。これで、即座に剣で攻撃も防御もできない。
『■■■ッ!?』
驚愕するバロン。奴が振り払おうと腕を上げた勢いも使って、エクレールが跳躍する。
ひらりと宙を舞う騎士に、人差し指を向けた。
「『ストレングス』……!」
上から、怪物の顔面目掛けてエクレールが降ってくる。
体重300キロの巨躯に、強化された膂力。それらが合わさった刺突が狙うのは、バロンの右目ただ一点。
驚愕に見開かれた白濁した瞳に、白銀の刃が突き込まれる。
『ギ、ガ………ッ!?』
ビクリと痙攣する奴の巨体。エクレールが柄を支点にする様に体を横回転させた後、バロンの左肩を蹴って刃を抜きながら着地。
よろめいた怪物は、しかし地面に踏ん張った。
『■■■■■■■■■■■■────ッッ!!』
咆哮。眼球から脳にかけて貫かれたというのに未だ動く怪物は、雄叫びをあげて剣を振りかぶった。
それに合わせ、エクレールも再度刺突の構えをとる。
衝突する2つの巨体。そこに、舞い込む1振りのサーベル。
「『A・A』」
回転しながら迫るそれが、遠心力も乗せて怪物の右手に……柄を握る手の親指に叩き込まれる。
サーベルは折れた。しかし、横からくわえられた衝撃で僅かに巨剣の軌道がずれる。
故に、敵を貫いた刃は1つだけ。
『■■■、■■■■■ァァ……!』
白銀の刃が鳩尾から背中まで貫いていた。他のドラウグル同様にどろりとした、ゼリーの様な血が流れ出る。
バロンの巨体がエクレールにのしかかった後、脇に倒れ込んだ。地面に転がった巨体が、ゆっくりと粒子になり始める。
同時に、『ビシリ』という音をたてて空間にヒビが入った。
ダンジョンが崩壊するのだ。この拠点が消えれば、ドラウグル達は人界に長居できない。人間を食い殺し続けたとしても、消滅が先に来るだろう。
戦いが、ようやく終わったのだ。
膝に手をついてどうにか立ち上がり、自分の体を見下ろす。
ほんと、酷い有り様だな。盾も警棒も大破。防弾チョッキも壊れ、ヘルメットにもたぶんヒビが入っている。盾の裏側に仕込んでいた魔石は、一応無事だが。
直後、自分の頭に雨水が降ってくる。地面はアスファルトに代わり、周囲を囲う建物は現代のそれに。
戻ってきたのだ。顔を上げれば、白銀の騎士がこちらを向いている。
足元にバロンが握っていた巨剣を転がしながら、エクレールが親指をたてた。それに、苦笑を浮かべながらサムズアップで返す。
そして、
「………」
振り返れば、地面に彼の遺体が横たわっていた。見間違いでも、幻影でもなく。どうしようもない、現実として。
「……幸太朗」
「……大丈夫」
心配そうに眉を八の字にする友人に答えながら、我ながら何が大丈夫なのかもわからない。
黄泉帰り……。その言葉が頭をよぎって、首を振った。
代わりに、そっと歩み寄って恩師の瞳を閉じさせる。
「お疲れさまでした。……お巡りさん」
雨が、彼の血を流していく。
幾分か汚れが落ちて、眠っている様な顔が見えるようになった。
上空をヘリが飛ぶ音。救急車のサイレンも聞こえだし、自衛隊か警察かは知らないが救助に向かうと言う声があちらこちらから響いていた。
空は雲があるにしても真っ暗で、随分と長い時間が経っていた事を実感する。
「……帰ろう」
「ええ」
彼の遺体を抱え、近くの店舗の軒下に置いた後。友人に向かってそう告げる。
だって、僕らは……生きて、いるのだから。
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