癒やしの時間
「わからないことがあったら聞いてもいいが、その裁縫妖精もある程度詳しいだろう」
『任せて~』
エーリク様は忙しいだろうから、今後はふわりんを頼ることにしよう。
その後、解散を言い渡される。
「エーリク様、いろいろとご親切にありがとうございました」
私が魔法と縁のない生活をしていたからか、屋敷の機能について丁寧に教えてくれた。
「全体の一割も説明できてないが、まあ、その辺はおいおいでいいだろう」
教わったのは六割くらいだろうと思っていたが、どうやら違ったらしい。
他にいったいどのような魔法が仕込まれているのか、気になるところである。
「エーリク様、それではまた明日」
「ああ」
一度深く頭を下げてから、転移の腕輪で私室に戻った。
「はーーーーー……」
一日のうちに、とてつもない情報を叩き込まれた。完全に容量オーバーだろう。
座り込んだら二度と立ち上がることができなくなりそうなので、先にお風呂に入ろう。
「ふわりん、お風呂の入り方を教えていただけますか?」
『いいよ~』
ぱたぱた飛んでいくふわりんのあとに続き、浴室へと移動する。
脱衣室にはふわふわのタオルがあって感激してしまった。
「まあ、タオルがこんなにたくさん!」
タオルはパイル状に編まれた大判の繊維製品で、魔導工場で一枚一枚丁寧に作られた高級品である。
聖教会では魔法で作られるタオルを目の敵にしていて、五年ほど前に使用を禁じられていた。そのため、ここ数年は大判の布で代用していたのだが、水分を吸い取らない上に拭いただけで肌が赤くなるので、タオルを使いたいと心の奥底から願っていたのである。
メクレンブルク大公家と縁が切れたので、タオルも使い放題なのだ。
なんて素晴らしいことなのか、と嬉しくなった。
脱衣所には他に、タオル地で作られたバスローブに絹のナイトドレスなどもあった。
香油や化粧水、乳液なども用意されている。
至れり尽くせりだと思った。
浴室は床も壁も天井も大理石で、真珠みたいな輝きを放っていた。浴槽は金の猫足で、とてつもなくかわいらしい。
「こちらは、どのように使うのでしょうか?」
聖教会の浴室には、水が入った樽が置かれていて、膝が浸かる程度の水を張って入浴する。
お湯を使って洗うと、体を清めることができない。そのため、真冬でも水風呂が基本である。
正直辛かったが、修行だと思って入っていたのだ。
そんなことはさておいて。
樽など見当たらないので、まさか井戸から水を運ぶのかと思っていたが――。
『ここだよ~』
ふわりんが浴槽の縁に刻まれていた呪文の上で跳ねる。すると、浴槽の底に魔法陣が浮かんで、あっという間に水で満たされた。
それで終わりではなく、一瞬で水からお湯へと変化したようだ。
ほかほかと湯気が漂っている。
「こ、これは……!」
夢にまでみた温かいお風呂だった。
「このようないいお風呂に、入ってもいいのでしょうか?」
『いいよ~』
ふわりんが許してくれたので、ありがたく入るとしよう。
浴槽に浸かる前に、体がびっくりしないようお湯をかける。
「――!」
ほどよい温かさで、これまでの入浴との違いに驚いてしまった。
足先からゆっくり湯に浸かる。
「~~~~~っ!」
最初は体が冷えていて足先などがじんじんと痛いくらいだったが、次第に慣れてくる。
入浴というのはなんて心地よいのか、と感動で震えてしまいそうだった。
「これまで入っていたお風呂とはなんだったのでしょうか……」
まるでご褒美のようだ、と思う。
ふわりんが石鹸を運んできてくれたのだが、薔薇の濃厚な香りが漂い、かいだだけで幸せな気分になる。
もこもこな泡は肌触りがよくて、洗浄成分も申し分ない。
聖教会の泡立たない石鹸とは大違いである。
何もかもが素晴らしい、優雅な入浴時間を堪能したのだった。
お風呂から上がったあとはすぐに眠ろうと思っていたのだが、お風呂に入った効果なのか思いのほか体に元気が戻ってきた。
そのため、持ってきた荷物を整理する。
とは言っても、ワンピースと靴、日記帳があるばかりだったが。
よくよく確認したらメイド用のエプロンも入っていた。
これは私の私物ではないのだが、シモンかイゾルテがしっかり働くようにと入れてくれたのだろう。
明日から厨房で調理を行うので、ありがたく使わせていただく。
それから今日あったことを、忘れないように日記帳に認める。
ペンとインクは先代オルデンブルク大公夫人の私物を使わせてもらった。
書いてみると、一ページでは収まらず、最終的に三ページ分も書いた。
本当に、今日一日でいろいろあったものだと思う。
礼拝堂でエーリク様に出会わなければ、今頃私は路頭に迷っていたに違いない。
感謝しなければ、と改めて思う。
その後、私は泥のように眠ったのだった。
◇◇◇
すっきり目覚めた朝――顔を洗い、歯を磨いて、軽く化粧を施す。
私物のワンピースに袖を通し、エプロンをかけた。
眠っていたふわりんも目を覚ましたようで、小さな羽をぱたぱた動かしながら飛んでくる。
『ギーゼラ、おはよう~』
「おはようございます、ふわりん」
ふわりんは私の肩に着地すると、『よく寝た~』という。
昨晩は私の隣で眠っていたのだ。
「さて、働きますか!」
新しい一日のはじまりだった。