暴徒化した信者
エーリク様が出勤した時間帯には、すでに魔導噴水は破壊された状態だったらしい。
騒ぎを聞いた魔導省の職員が駆けつけたものの、止めることはできなかったようだ。
魔導噴水は王都で排出される汚水を浄化し、生活用水として各家庭に送り込む機能があるという。市民の生活基盤を支える大事な物なのに、そうとは知らずに壊してしまったようだ。
「困った方々ですね」
「まったくだ」
以前から聖教会の信者の、魔導会に対する憎悪を抱く者達についての話は耳にしていた。
定期的に過激な思想を持つ信者を集め、説教を読んで気持ちを穏やかにさせる活動もしていたのだが、やはりそれだけで気持ちを鎮めることなどできないようだ。
これまでは軽い抗議活動や、魔導会の解散を願う署名活動など、大きな問題にならない程度だったという。
「以前から、聖教会の信者の中には魔導会を恨んでいる者達がいると聞いていたのだが、今日みたいに大きな被害があったのは初めてだった」
魔導噴水が破壊されたことにより、中央街の半数以上が断水となったという。
話を聞いていると、直接関係があるわけではないのに、申し訳なく思ってしまった。
「捕まえた信者に話を聞いてみたら、活動を蜂起するように刺激するような発言をする者がいたとかで」
「それはどなただったのですか?」
「わからない」
信者の感情を昂らせ、利用する者がいるようだ。
明日までに聞き出せなければ、自白魔法を使うという。
「騎士隊は今すぐにでも自白魔法を使うように言っていたのだが、あれは稀に精神汚染を及ぼすから、なるべく使いたくない」
意思に反して喋らせるという魔法は、対象の精神に負担がかかるという。
まずは騎士隊の事情聴取で聞き出すよう誘導し、それでも難しいようであれば自白魔法で真実を聞き出すようだ。
「今日はお前が作った弁当がなければ、疲労で倒れていただろう」
朝から修繕に追われ、お昼になっても魔導省に戻ることができなかったという。
「感謝する」
「お役に立てて何よりでした」
夕食ができていると言うと、すぐに食べると言ってくれた。
「夕食はビーフシチューを作りました」
「それは手が込んだ料理なのではないのか?」
「まあ、ほどほどに」
「休むように言っていたのに、しっかり働いているではないか」
私は十分のんびりできた一日だったと振り返っていたのだが、エーリク様にとってはそうではなかったようで。
「お前は休むという言葉の意味を知らないようだな」
「具体的に、どう休めばいいのかわからないのですが」
「猫を参考にしろ!」
それは一日十五時間以上眠る習性に由来するものなのか。
「見本となる猫がおりませんので」
「猫など、どこにでもいるだろうが」
とにかく休日は料理を作らなくていいし、ゴロゴロ転がって過ごすようにと言われてしまった。
その後、エーリク様と共に夕食を囲む。
頑張って作ったビーフシチューを褒めてもらったので、調理の苦労は吹き飛んだ。
夕食後、少し歩きたい気分だったので、廊下を歩いて行く。
ふわりんは付き合ってくれるだけでなく、屋敷内の案内もしてくれた。
『ここ、遊戯室~』
ビリヤードにダーツなど、さまざまな娯楽が用意されているという。
『こっち、地下部屋~』
ワインセラーや魔法書が収納された部屋があるようだ。
『あっち、サンルーム』
ガラス張りの部屋は、昼間は太陽光がさんさんと降り注ぎ、冬から春にかけてはぬくぬく過ごせるという。
「ふわりん、あちらの扉は――あら?」
前方から、白いモフモフとした生き物が歩いてくる。
よくよく見てみたら、それは長毛の白猫だということに気付いた。
「まあ、猫さんですわ!」
白猫はしなり、しなりと上品な歩みを見せていた。
「あの子は、エーリク様の使い魔ですの?」
『うーん、不明~』
怪しい者ではない、とアピールするためにゆっくり接近する。
自己紹介も忘れない。
「あの、わたくし、ギーゼラ・フォン・リンブルフと申しまして」
声をかけると、白猫は歩みを止める。
アーモンドみたいな大きな瞳の瞳孔がカッと一気に開く。背中の毛も逆立っているので、警戒されているのは見て取れた。
実を言えば、私は大の猫好きだった。
飼育したかったのだが、聖教会の教えの中で猫は悪魔の使いとされており、目にすることすら禁じられていたのだ。
今、私は聖教会から離れ、シモンから改宗するように言われたのだ。教えから背いても咎める者はいない。
つまり、猫と触れ合っても問題ないというわけだ。
白猫の毛並みは美しく、触れたらふわっふわなのは間違いないだろう。
しゃがみ込んで、白猫に懇願する。
「あの、あの、撫でても、よろしいでしょうか?」
白猫はぷいっと顔を背け、私を避けるように歩いていった。
どうやら猫に好かれる才能というのはないらしい。
がっくりとうな垂れてしまう。
にゃんこ教に入信したら好かれるのだろうか? 誰か教えてほしいと心の奥底から思ったのだった。