物語序章 第一版 87章
海を繋ぐ中継拠点 ― 世界を動かす港湾網の形成
新大陸、オーストラリア、そして日本本土を繋ぐ巨大な航路。
それは、海の動脈と呼ばれるようになっていた。
だが、いくら強力な船と技術があっても、
世界の海を渡り切るには、燃料も食料も限りがある。
そこで政府は、航路上の要所ごとに**中継港湾群**を設置する大計画を立ち上げた。
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【羽合港 ― 太平洋の心臓】
その中心となったのが、太平洋の中央に位置する羽合港である。
ここには大規模な燃料タンク群と冷凍倉庫が建設され、
一帯はまるで「海上倉庫都市」のような姿を見せていた。
燃料補給専用の桟橋では、
大型輸送船が次々と入港し、
石油パイプが蛇のように伸びて燃料タンクへと繋がれていく。
港湾管理局の無線塔からは常に船舶の位置情報が送られ、
接近する船を自動で誘導する仕組みが整備された。
ここに寄港する船は、燃料・食料・淡水の補給を一括で受け、
わずか一昼夜の停泊で再び洋上へと戻っていく。
夜になれば、桟橋の照明が海面に映り、
「太平洋に灯る灯台都市」と呼ばれるほどに輝きを放った。
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【汎名港 ― 世界を繋ぐ要衝】
大西洋と太平洋を結ぶ汎名港は、
運河と並行して作られた補給拠点である。
ここでは、水門の整備後に巨大な燃料備蓄施設が建設され、
タンクの数は羽合を上回った。
また、周辺には農作物を保存するための冷蔵倉庫群が並び、
赤道付近の湿熱を防ぐため、特注の断熱壁と風力冷却装置が備えられた。
汎名港では、東西海岸大陸間輸送の再出発地点として、
船員たちが必ず上陸して整備と休息を取るのが恒例となっていた。
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【副嶺港(フォークランド諸島) ― 南洋の守り】
南半球を行き交う船舶にとって、
副嶺港は欠かせない命綱であった。
ここには強風と寒波に耐えうる耐寒倉庫と燃料タンクが設置され、
南極方面へ向かう探査船の中継基地としても運用された。
雪嵐の合間には、補給船が港に入り込み、
凍りつく甲板の上でクレーンが静かにコンテナを移していく。
厳しい気候にもかかわらず、
この地は「極地の玄関」として、確実に世界を支えていた。
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【サンフランシスコ・横須賀・東京湾 ― 本土と外地を繋ぐ鎖】
太平洋航路の両端には、山番市港と東京湾の中央港湾群がある。
両港は常に多数の輸送船で溢れ、
港の管理局は一日中、入出港スケジュールを更新していた。
東京湾では、房総半島の石油備蓄基地から直接燃料が供給され、
桟橋には燃料パイプが張り巡らされている。
山番市港では、オーストラリアから来た鉄と石炭を一時保管し、
アメリカ大陸内の鉄道輸送へと引き渡す拠点となった。
港の上空では無数の信号灯が点滅し、
夜の海はまるで星空が地上に降りたかのように輝いていた。
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【世界を繋ぐ生命線】
こうして整備された中継港湾群によって、
燃料も食料も絶えず補給される「絶えぬ海の道」が完成した。
日本の船は、
日本本土を出てから再び帰るまで、
どの海でも同じ港湾規格、同じ燃料、同じ整備器具を使える。
それはつまり、太平洋を日本の内海として統一された海上インフラの誕生だった。
明賢は、その報告を受けて静かに呟いた。
「これで、我らの国の鼓動は、海の果てまでも届く。」
第八十七章 太平洋を守る者たち ― 海上保安庁の創設
新大陸と本土、オーストラリア、羽合、汎名、そして副嶺島——
いまや、太平洋のあらゆる海路が日本の輸送船で埋め尽くされていた。
燃料、鉄、木材、農産物、そして人々。
海はすでに国家の血脈であり、その流れが止まれば世界が止まる。
その中で、嵐や事故、そして一部の密航者や海賊行為も報告されるようになり、
政府は輸送と防衛の間に立つ新たな組織の設立を決断した。
【海上保安庁の誕生】
「海の安全は、国の生命線である。」
明賢のその一言で、
太平洋の治安維持・航路防衛・救助支援を担う新組織——
**日本海上保安庁(Marine Safety Bureau of Japan)**が正式に発足した。
本庁は東京湾に置かれ、
副庁舎を羽合・汎名・山番市・副嶺島の各主要港に配置。
それぞれの港には**海上保安基地(Maritime Safety Base)**が設けられた。
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【艦艇群の配備】
海上保安庁は、海軍とは異なる設計思想をもつ艦艇群を運用する。
•沿岸警備艇:全長30~40メートルの小型船。港や沿岸都市の周囲を巡回し、
不審船の取り締まりや救難活動を担当する。
•中型巡視船:全長70~90メートル。羽合や汎名などの中継港を中心に配備され、
輸送船団の護衛や航路点検を行う。
•大型巡洋監視艦:全長150メートル級。太平洋中央を航行し、
遠洋での災害救助や海上テロの阻止、遭難信号への即応を任務とする。
艦首には軽速射砲、艦橋には高倍率の双眼鏡と無線中継塔が備えられ、
必要に応じて小型ボートを艦尾から射出して現場へ急行する。
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【任務:太平洋の秩序を守る】
保安庁の任務は、単なる治安維持ではない。
それは太平洋そのものの維持管理であった。
•航路上に敷設された通信ケーブルの点検
•海底地形の測量と安全航行ルートの更新
•各港湾への燃料補給支援
•船舶同士の衝突や漂流物の除去
•漁船や民間船の事故救助
•船舶火災への消火出動
嵐により遭難した輸送船が出れば、
すぐに近海を巡回中の保安庁艦艇が現場に急行し、
救助隊員が波濤の中に身を投げて乗員を引き上げた。
その姿を見た民間人たちは、
彼らを敬意を込めて「海の守人」と呼んだ。
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【海軍との連携】
保安庁の艦艇は海軍艦艇より武装は控えめだが、
機動性と通信能力に優れており、有事の際には即座に軍と連携できるよう設計されていた。
年に一度、海軍との合同演習が行われ、
海上封鎖や救助訓練が実施された。
演習では、海上保安庁が避難民輸送と救難を担当し、
海軍が防衛線を張る形で連携し、
「平時の安全と有事の防衛が一本の線で繋がる体制」が確立された。
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【太平洋、内海となる】
こうして、太平洋の全航路は海上保安庁の監視下に置かれた。
衛星通信網こそ未だ存在しないが、
海上無線と定期報告航路、港間ケーブル網によって、
太平洋全域の船の位置がほぼリアルタイムで把握されていた。
太平洋は、かつて「果てしない外洋」と呼ばれた。
しかし今、人々はそれをこう呼ぶ。
**「日本の内海」**と。
太平洋監視網の誕生 ― 海を覆う日本の眼
輸送路が安定し、海上保安庁が本格運用を始めると、
次に明賢が掲げた構想は「太平洋の全域監視網の構築」だった。
それは、ただの警備計画ではない。
国家の生命線である太平洋航路を「完全な管理圏」として組み込み、
嵐、漂流、災害、敵意の兆候、どれ一つも見逃さぬ巨大な海の神経網を作るという壮大な構想であった。
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【島嶼の組み入れ】
羽合を中心とし、南はグアム、パプアニューギニア沿岸、北は副嶺島の南端まで。
その間に散らばる無数の島々が、日本政府によって順次調査・接収され、正式に日本領として登録された。
島々には等間隔ごとに「三機能設備」が整備された。
1.救難基地
遭難信号を受けた際に即座に出動できる小型艇や医療物資が備蓄され、
無人島であっても定期的に保安庁員が交代で駐在した。
2.観測設備
風速計・気圧計・潮流計などのアナログ観測機器を設置。
データは銅線通信網を通じて中継島を経由し、日本本土へと送られた。
これにより、気象の変化や海流の異常を事前に察知できるようになった。
3.補給基地
燃料タンク、真水タンク、食料庫を備え、
航行中の保安庁艦艇や輸送船が寄港して補給を行えるようにした。
これらの島々は、単なる寄港地ではない。
日本にとっての「海上の血管」であり、
どの島も確実に機能することで、
太平洋全域が一つの統合システムとして息づくこととなった。
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【太平洋監視網(Pacific Observation and Rescue Network)】
この構想の中核となったのが「太平洋監視網」である。
羽合を中心制御局として、
副嶺島・汎名・山番市・グアム・パプアニューギニアの各通信基地が、
海底ケーブルと無線を併用して相互に連絡を取り合う。
各観測島の情報は一定時間ごとに中継され、
航路上の船舶は常に最新の気象と海流の報告を受け取ることができた。
やがて海上保安庁はこのネットワークを利用し、
船舶の通報位置を把握・追跡できるようになった。
嵐が起これば、
その進路上の船舶すべてに警報を発信し、
航路を変えるよう指示を送る。
太平洋は、静かな青の海の下に、
日本が築いた見えない通信の網が張り巡らされていった。
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【海の灯と守人】
夜になれば、島々の観測塔から灯台の光が海を照らした。
それはかつての孤立した灯火ではなく、
互いに連携し合う「海の灯の鎖」となって
太平洋を横断する船舶の安全を導いた。
嵐に飲まれかけた輸送船が救難信号を出せば、
近隣の島の補給基地から救難艇が出動し、
本土の海上保安庁本部に到達報告が届く。
「日本の海は、どこにいても見ている。」
それは人々の信頼を象徴する言葉となり、
航海者たちはその灯に祈りを込めて出航した。
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【太平洋、日本の内海】
このころには、太平洋のほぼ全域が日本の影響圏内に入っていた。
島々はただの地図上の点ではなく、
海の国家を支える根であり、眼であり、心臓であった。
副嶺島から羽合、羽合から汎名、
そして山番市、さらに日本本土へ。
そのすべてが網状の通信線で繋がれ、
太平洋は完全に“日本の海”として機能し始めた。