夢の話ーその4
「お前のこのところの様子は、なんだか普通じゃないし、普通じゃないことを言い出しても納得できるっていうか、本当にありそうっていうか。まあ、探してみるよ」
「じゃあ、こんな店を知っていますか? 煉瓦の壁に囲まれた細い路地が在って、鶏の絵の看板がかかっていて、木の分厚いドアに黄色いランタンがある店ですけど」
「ああ、それは人気の居酒屋だと思うけど。下町のあまり治安の良い地域じゃないし、お前は行ったことないだろ?」
「その路地でメリーが男と相談事をしている夢を見たんです。それで、その路地を抜けた場所にある小さな小屋に、メリーが倒れていました」
兄は顎に手をやって考えてから、「二時間もあれば、そこら辺を調べて帰って来られる。今からいってくるよ」
そう言って、出ていった。ロイドも付き従い、紛失した小物入れについて、詳しく伝えているようだ。
部屋に残ったベルは、腕を抱えて小さくなっていた。
「お嬢様、今朝の夢ですか?」
「そうでもあるわ。メリーの死は、つい今、うたた寝していて見たの。何でこんな夢を見るのか、私にもわからない。一体なんでしょうね」
「その夢が当たっていなければいいですね。悪人だとしても、それは怖いです」
エリック兄さまは、二時間と言ったのに、夕方になっても戻って来ない。
私は、今日もまた落ち着かない気分で、部屋をうろうろして待った。
「エリック様の帰宅が遅いですね。何かあったのでしょうか。もしかして、本当に侍女の遺体が見つかったとか?」
ベルが恐々と口にする。
そしてぶるっと体を震わせた。
その夜、遅くになってから、ロイドが私の部屋にやって来た。
「お嬢様、エリック様がお話があるとお呼びです。ただ、お嬢様の体調と、ご気分がすぐれないようでしたら、明日にすると仰っています」
「行くわ。どうせ気になって眠れないもの」
私はベルと一緒に、エリック兄さまの部屋に向かった。
ロイドがドアをノックし、「マリア様をお連れしました」と声を掛けると、「入れ」と声が返って来た。
ベルが、ごくりと喉を鳴らす。私も緊張しているので、手を体の前で、強く握り締めた。いつも持っている扇子が欲しかった。そう言えば扇子も、あの小物入れに入れていたのだった。
兄は、私を椅子に座らせ、じっと目を見つめた。
これは……多分。
「見つかったよ。お前の言った場所で倒れていた」
「そう、ですか」
覚悟していたので、冷静に答える事が出来た。ベルは隣で、目に見えるほどびくっと体を震わせた。
「その傍に、小物入れがあった。俺がザッと見た感じでは、アクセサリー以外は残されていたと思う。それの確認を、明日お前にやってもらいたい」
「承知しました。どこにあるのでしょうか」
「近衛騎士団の押収品の保管場所に置かれている」
「ずいぶん、遅くに戻られたようですが、何があったのでしょう」
兄は、ロイドとベルにお茶を頼んだ。
「時間がかかりそうだ。軽く摘む物も頼む。実は何も食べていないんだ。お前は腹は減ってないか?」
そういえば、私もちゃんと食べる気が起こらず、クッキーを二枚摘んだだけだった。
「私も食べていないので、何かいただきたいです」
ロイドがスッと前に出て、「では、軽い食べ物と……」
そこで兄の顔を見て、「簡単に食べられる物を見繕って持ってまいります」と言い、ベルと出て行った。
兄がこちらを向いた。
「お前の言った場所に真直ぐ行ってみたんだ。それこそすぐに見つかったよ。お前が見たのは、コック・ヴァンという居酒屋で、鳥の煮込み料理が有名な店だ。そこの路地を抜けた所に、ボロボロの小屋が在ったので入ってみた。お前はどこまで見たんだ?」
「床に倒れていて、首が変な方に曲がっていたわ」
兄が、手を組んで下を向いた。そして息を吐き出すように言う。
「本当に見たんだな。その通りだ。首が折られていた」
私は声を出さないよう、口を手で押さえた。
「俺は、その後、ジェイソンの所に行ったんだ。まず一発、奴を殴り、それからメリーらしき人物を、あの路地で見たことがあると告げた。そして一緒に彼女を探しに出た。その後は、あの小屋にジェイソンを誘導して、奴に彼女を発見させた」
ああ、それで、こんなに遅かったのだ。
「発見の理由を作ってくださったんですね」
「うん。お前が夢で見たから、なんて理由を話す訳にはいかないし、例の居酒屋なら、俺も何回か行ったことがあるからな。彼女の顔は、二年前に一度しか見たことが無いんだが、俺は人の顔を覚えるのが特技だ。奴も、多分他の者たちも、疑わないだろう」
「ありがとうございます」
「その後は、近衛騎士団に出向いて、事件の報告を行った。この件は、このまま近衛で調べることになると思う。どういうことなのか、話す気はあるか?」
「実は私にもわからないのです。でも、結婚式の後から、少しずつ夢を見るようになって、それで今日、彼女が男に首を絞められる夢を見たんです」
その時、私のお腹がキュウッと小さく鳴った。
「腹減ったな」
兄が言う。
私は恥ずかしくて、お腹を押さえてしまった。
丁度、ロイドたちが、湯気を立てる皿を載せたワゴンを引いて来た。
銀の蓋をどけると、そこには大きな肉と野菜が刺さった鉄串が二本載っていた。それと焼き立てのパンと、カップに入ったスープ。
「さすがロイドだな。まずは食べるか」
ロイドが串から肉を外し、食べやすい大きさにカットして皿に取り分けてくれた。
それを、兄はパンに挟んでかぶりついた。
「うまい。遅くにすまないって、ジョンに伝えておいてくれ。マリア、これいけるぞ」
あまりに美味しそうに食べるので、私も真似して、パンで挟んでみた。
ロイドにソースがこぼれないように、肉を小さめに切ってもらった。
ベルが、「マスタードはいかがですか」と勧めてくれたので、マスタードと玉ねぎのソースを少し掛けてもらった。それを少し齧ってみたら、凄く美味しい。
「お兄様、マスタードと玉ねぎのソースをかけると、凄く美味しいですよ」
「そうか、じゃあ俺も、もう一切れ大盛で切ってくれ」
二人でしばらく黙々と食事をし、お腹がいっぱいになったら、なんだかほっとした。
「美味しい物を美味しいと思って食べられるのって、幸せですね」
私はつい、しみじみと言ってしまった。
「何だよ。食べられない時期があったみたいな言い方だな。そんな事あったか?」
「実はあったのだと言ったら、信じてくださいますか?」
兄は口元をナプキンで拭きながら、私をまじまじと見る。
「今日は夢で侍女の居場所を当てているんだから、何を言われても信じるしかないな」
私は離れて立っているロイドに目を向けた。ロイドがゆっくりと頷いた。
「ロイドは何か知っているのかしら。私は自分に起った出来事が何なのか、全くわからないでいるの。知っている事があるなら教えて」
「私も何かを知っているわけではないのです。ただ、大奥様からマリア様にお守りを譲ったとお伺いしたことがございます。とても大きな力があるけど、本人が本当に望まなければ叶わないのよ、と仰っていました。それがどういうことなのかは、全く存じません」
メリーの行動の意味が分かった。多分それを探していたのだ。
ならば……
「お兄様、それならば一回目の人生での出来事、それから夢で知ったことが繋がります」
「何? 何だって?」
「私、一度死んでいるのです。あの結婚式で言ったことは、自分で体験したことなのです」