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お話にならない話―転生令嬢の目立ちたくないを本気にしないでよ!―
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お話にならない話シリーズ

お話にならない話―転生令嬢の目立ちたくないを本気にしないでよ!―

作者: 寒天

お嬢様のお言葉は絶対です。

「はぁ……私は目立ちたくないんだけどな」


 私がお仕えする公爵家のご令嬢であるお嬢様は、ある日一人ティータイムを楽しんでいられたとき、一人憂鬱につぶやいた。


 お嬢様はまだ、先日貴族学校の初等部に入学されたばかりの年齢。そんな憂鬱な表情をするよりももっと活発に元気よく……というのは幼くとも身分的に難しい話であるが、それでも目立ちたくないというのはどういうことなのだろうか?

 お嬢様は、専属お世話係として配置されている執事でしかない私が批評するなど失礼に当たるが、心の中だけでと言い訳をするのならば……可愛い。まだまだ幼さの方が前面に出ているが、成長すれば社交界で知らぬものなしと謳われるのではないかという資質を秘めている。

 中身に関してはまだまだ幼くどうなるかは今後のご経験次第ですが、身分と外見という強力なカードを二枚も持っているお嬢様はきっと人生を通して人の注目を集めることになることだろう。


 そんなお嬢様が、目立ちたくないと誰に聞かせるつもりもなく一人で――この場には紅茶を入れた私がいるが、使用人は空気として振る舞うのが流儀である――そんなことをつぶやくなど、非常事態である。

 もしや、学園で何かあったのだろうか? ここは差し出がましいが、お世話係として口を出さないわけにはいかないだろう。


「何かございましたか?」

「え? いえ、何でもないわ」


 お嬢様は儚げに笑みを浮かべるばかりで何も答えてはくれなかった。

 ……ありえないとは思うが、まさかイジメを受けているとか? いや、生徒の99%が貴族である学園には使用人も多く、王族を除けば最高位に位置するお嬢様ともなれば周囲には常に人がいる。その権力を使ってイジメる側に立つことなら可能だろうが、お嬢様をイジメるなど権力的にも物理的にも不可能だ。

 何かあれば即座に旦那様に、そして使用人のネットワークに連絡が来るはずだし、実際学園でも授業の邪魔をしない程度に一緒にいることがほとんどの私から見てもそんな兆候はなかった。

 考えられる他の可能性は――


「お嬢様。目立ちたくない、とは、どのような分野においてでしょう?」

「ど、どのような? とは、どういうことなの?」

「はい。目立つ、と一言で言いましても、その中身にはプラスからマイナスまで様々です。学業で言えば、特別優れた成績を出すことも、特別劣悪な成績を出すことも、どちらも目立つという意味では同一です。お嬢様はどちらに懸念を抱いているのでしょうか?」


 ――能力面における不安。これ以外には考えられない。

 お嬢様は公爵家の令嬢として最高峰の教育を受けており、同年代にはほとんど個人の技能という評価から見ても同格などほとんどいない。精々が同学年に在籍していらっしゃる王太子殿下くらいか。


 ならば、高すぎる能力で嫉妬を買うことを恐れている可能性が第一に来る。

 こればかりは仕方が無いのだが、容姿端麗頭脳明晰な上に家柄も権力も財力も揃っているお嬢様を妬む者は必ずいることだろう。

 直接攻撃に出るようなら全力を持って闇に葬るが、やっかみくらいは仕方が無い。


 また、逆に何かしらの懸念があり自信喪失状態とも考えられる。お嬢様は謙遜が過ぎるところがあることですし、能力の高さと自信は比例しないものだ。

 お嬢様は繊細なお心の持ち主。他が60点しか取れない中で自分が99点をとったとしてもそれを喜ぶのではなく、1点を逃したことを悔やまれるお人であるはずだ。そうでなければ何万という人の上に立つ人間に相応しくない。


 そのどちらかだろうと思ったのだが――


「いや、その……どっちもいや、というべきかしら?」

「どちらも、ですか?」

「ええ。その……劣っていると言われるのも嫌だけど、優秀だと騒がれるのも、ね」


 ……? お嬢様のお心は難しい。

 しかし、それを理解できないのは執事である私の不徳。私はお嬢様の望みを叶えるためにここにいるというのに、そのお嬢様の望みを理解できないなど無能の極みだ。


「優秀、と評価されるのも無能と評価されるのも嫌、ですか……かしこまりました」


 何故そんなことを仰るのか、それは私にはわからない。

 しかし、使用人が主人の指示の意図を一々考える必要はない。本当のことを言えば完全に主人の狙いを理解した上でサポートしたいところなのだが、理解できないから動きませんだけはありえない。

 お嬢様が目立ちたくないと口になされた。ならばそれが正しいのだから。


「お嬢様は、お目立ちに……つまり注目を集めたくはない。理解いたしました」

「え? いや、その……そうね。私は目立ちたくないのよ……断罪フラグ立っちゃうから」

「断罪?」

「いえ、気にしないで」


 意味ありげにぼそりと何かを付け加えられたが、気にするなと言われたら気にしないのが私の務めだ。

 何故ならば、私はお嬢様にお仕えする執事なのだから。



 ともあれ、私はお嬢様から新たなミッションを受けたわけだ。

 お嬢様が寝室に入られた後、夜中に自室で今後の方針を一人考える。

 お嬢様を目立たせない……本来ならば如何にして主人を輝かせるかを考えるところを、真逆のオーダー。

 難しいことだが、考えていこう。まず、目立たないの定義からだ。


(目立つというのは、つまり普通ではないということ。他者の中に埋もれない個性を持つということだ)


 その定義から言えば、お嬢様は既に条件から外れている。何せ公爵令嬢だ。その時点で特別感満載であり、嫌でも注目を集めてしまうことだろう。

 加えて、持って産まれた美貌。パーティーの中心で踊っていても、壁の花に徹していても注目せざるを得ない。

 そして、才覚。とても年齢からは考えられないほどの思慮深さと頭脳の持ち主であり、もしかしたらの未来ではあるが、統治者として領を納めるようなことになれば並み居る貴族を抜き去る発展をもたらすことだろう。

 それが、私がお仕えするお嬢様である。


(……なるほど、確かに、注目されたくないと思うのも無理はないかもしれませんね)


 今までお屋敷の中だけで過ごしてきたお嬢様が、いきなり見知らぬ他人の注目を一身に集めることになったのだ。

 もちろん、今年は殿下がいる分お嬢様一人に集まる視線は減っているだろうが、そんなことなんの慰めにもなりはしまい。


(公爵令嬢であるという身分は変えようがない。ならば、そこで注目を集めてしまうストレスだけはお嬢様の成長を期待するほかないか)


 一時的な変装やお忍びで気分転換させるくらいは可能だが、根本的な解決にはならない。だが、その根本が生まれついた身分である以上、そこの解決は執事の私が手を出していい領分を越えている。

 まさかお嬢様が勘当されるように動くわけにもいかないし、革命でも起こして身分制度を崩壊させるわけにもいかない。それはどう考えてもお嬢様に更なる不幸を招くだけだ。

 執事として主人の努力に期待するというのは恥ずかしい話であるが、私ではどうしようもないことだ。


「ならば、目指すべきは『公爵令嬢としては普通』という評価、になりますね」


 当面の目標を口に出して確認した私は、すぐさま行動を開始する。

 本来ならば使用人であっても眠っている時間だが、最も優先されるべきはお嬢様だ。執事として常に主人を最大限サポートできるよう独自に考案した執事トレーニングによって、私は三日までならばパフォーマンスを落とすことなく不眠で活動することができる。

 まずは朝までに、お嬢様が求める資料を作るとしようか。



 ――次の日。


「お嬢様。おはようございます」


 私は一睡もしていないが、そんな素振りは一切見せることなくお嬢様に朝の挨拶を行う。

 いかに専属の世話係とはいえ、私は男性。幼いとはいえレディであるお嬢様の寝室に入るわけにはいかないため、朝の身支度はメイドたちの仕事だ。


「おはよう。今日のスケジュールは?」

「はい。本日は――」


 今日はお嬢様の学園はお休みの日だ。寮生活を送っている生徒は別だが、お嬢様は自宅であるお屋敷からの馬車通学であるため、休みの日は完全にフリーとなる。

 今のお嬢様が休日に行うべきことは、自己の研鑽である。つまり習い事などで自身の能力を高める……ということだ。


「――より昼食。その後、学業のお勉強となります」

「わかったわ」


 私が徹夜で仕上げた資料が火を噴くのは、午後からだ。

 午前中はピアノやマナーのレッスン。その間は専属の教師が付くため、私はフリーになる。

 その間に、少しばかり休息を……などという暇はない。お嬢様よりのミッションを達成すべく、時間はいくらあっても足りないのだ。


 ……そんなこんなであれこれ動いて午後の時間。お勉強の講師は恐れながら私が担当していますので、ここからは私の時間です。


「お嬢様、こちらをどうぞ」

「え? えっと……なに? これ?」

「はい、私が独自の調査によって纏めました、歴代の学園生徒の成績、でございます」


 私が徹夜で集めた、歴代成績表。つまり、これを見ればお嬢様が目指すべき『低すぎるわけでもなく高すぎるわけでもない目立たない成績』がわかるということだ。


「え゛? こんなもの、どこから……?」

「それはお嬢様のお耳汚しになりますので」


 一晩でどうやってそんなデータを集めてきたのか?

 それは気にしない方がよいというものです。世の中には知らない方が幸せになれることもありますので。

 そしてもちろん、お嬢様の幸せを望む執事である私がそのような情報をお嬢様の可憐なお耳に入れるはずがありません。


「これによりますと、歴代全生徒の成績の平均値は、このようになります」

「え、ええと……結構低いのね」

「上から下までの平均値になりますので。しかし、当然ながら、お嬢様にこのような成績を取ってくれなどというつもりはございません」


 成績最底辺から最高位までの平均値など、公爵令嬢に相応しいとはとても言えない。

 そんな成績を取れば『公爵令嬢のくせに』という言葉と共に嫌な方向で目立ってしまうことだろう。そうなればお嬢様の望みに反する上に、この国の貴族家をいくつ消してしまわねばならないかわからない。

 そうならないためには、そこからさらに歴代の高位貴族たちの成績を参照し『物心ついたときから高等な教育を受けてきたのならこのくらいは当たり前』という範疇で収まる好成績を取らねばならないということになる。

 その評価を受けるための点数も当然算出していますので、お嬢様にはこの成績を目指していただければ目的達成だ。


「な、なるほど。こっちの数字は中々高いのね。これは頑張らないと……」

「いえ、頑張ってはいけません。お嬢様は優秀ですので、現段階でテストを受けたとしてもこの目標数値域を軽く超えてしまいます」


 親バカならぬ執事バカ、あるいは教師バカと言われてしまうかもしれないが、お嬢様は本当に優秀なのだ。

 まるで中身が成熟した大人であるかのような理解力を有しており、特に算術に関しては教えたわけでもない解法をいくつもお一人で編み出してしまわれるほどの天才性を有している。はっきり言って、既に知識という点では学園で学ぶことなどほとんどない。地理や歴史といった分野は苦手のご様子だが、基本的に学園にはあくまでも貴族の義務として、そして他家との交流の場として入学している状態だ。

 その天才性を端的に証明するのは、お嬢様が独自に考案された『そろばん』なる計算器具だろうか。お嬢様の発案の中でも特に優秀で、いずれ領内を中心として広めようと旦那様と話しているほどだ。

 最も、お嬢様が目立ちたくないと考えられている以上、発案者は誰か他の人間にしなければならないが。


「で、でも、そうなると難しいですわね。まさか手を抜くわけにも……」

「清廉なお嬢様には手抜きなど心苦しいことでしょう。それに、下手に手を抜いてしまえば教師たちにもばれる恐れがあります。そこで、私が現在の学園教師の性格と傾向を元に卒業までのテスト問題の予想を作成しておきました」

「……へー」

「あくまでも推測を元にしたものであり、今後の学園人事によって変化することもあると思いますが、ひとまずここに書いておいた問題と解法を見ていただければお嬢様の望まれる成果を出せるかと」


 もしわからない問題を私がこのような方法でサポートしてしまえば、それはお嬢様の成長を妨げることになってしまう。

 しかし、ここに用意した問題など、お嬢様ならば容易く対応できる。となれば、別に影響はないだろう。


「……これじゃ、トップ成績を取って嫉妬からの出会いフラグが――」

「ご安心ください。これならば、決していわれのない嫉妬など受けることはございません」


 フラグ……旗? という言葉が若干引っかかるが、とにかく好成績を取ってしまうことで嫉妬を買うことを嫌っているのはわかった。

 決して高すぎることも低すぎることもない微妙な線を狙ったつもりだが、愚か者というものはどうしても出てくるだろう。その辺のアフターケアも万全にしておかなければ。


「そ、そうね。さすがだわ」

「もったいないお言葉です」


 これで、お嬢様の成績に関しては問題ないだろう。

 こんなことは口には決して出せないが、午前中にやっていた芸術関連に関しては本当に身分相応の実力なので、特に口出しする必要はない。勉学に関しては1を知って10を知るどころか1教える前に100を知っているとでも言いたくなるほど優れられているが、芸術に関しては10教えて9覚えるくらいの、必死にやれば誰でもそのくらいはできるというレベルなのだ。


「……ところで、今日はジョンは来ていないの?」


 私の力作を見て引きつった笑みを浮かべていたお嬢様は、ふと思い出したかのように私に尋ねてきた。


 ジョン……とは、数ヶ月前からお嬢様がこっそりと会っている少年のことだ。

 ある日ぼんやりと公爵家の庭に入り込んでいた幼い少年をお嬢様が見つけ、それ以来叱咤するわけでもなくなぜか侵入を許している。

 本来ならばお嬢様に近づく正体不明の輩などいくら幼い少年であっても許すはずがないのだが、実はその少年、本名をジャック・フランシスといい、旦那様とも交流のあるフランシス侯爵家の長男なのである。

 お嬢様はそれを知らず、またジャック様も知られているとは思っていないはずだが、当然屋敷の大人たちはすぐに調べて承知している。


 なんでも、フランシス家は今大変な騒動の最中らしい。

 当主である侯爵が原因不明の特殊な病にお倒れになり、感染の恐れがあるということで隔離状態に。他家との交流会のため母である侯爵夫人と共に一時的に領を離れていたお二人は被害から免れたが、何もかも不明としか言いようのない病を前に現状唯一の跡取り息子が帰るわけにもいかず、この公爵領で足止めをされていたのだ。

 しかも、当主が倒れたのをいいことにその親族が良からぬ動きを見せているため、万が一を恐れて身分を隠してのお忍び状態となっている。

 急遽決まった慣れない環境で暮らす中、ついついご実家に似たお屋敷に忍び込んでしまった――というのが事の顛末であり、旦那様が黙認しているということもあって我々もジャック様……ではなくジョン君の侵入を見てみぬふりをしてきた。


 しかし、それももう終わりだ。

 何せお嬢様は『目立ちたくない』のだから、優秀で容姿端麗と評判のジャック様とこっそり会っているなどという、噂の的にしかなりえない事実は消してしまうに限る。


「何でも、ジョン君の父君が回復に向かったとのことで、急遽ご実家に帰られたとか」


 ジョン君としても、彼はお嬢様に父が病気でという話くらいはしていた。

 そこで、私は全てを知っているということは気が付かれないように、話題に気を使って真実のみを伝える。

 しかし、お嬢様は何故か私の言葉に心底驚いたという様子であった。


「うそ……」

「お寂しい気持ちはわかりますが、ここは彼の幸せを願って――」

「じゃ……ジョンのお父様が回復したの!?」


 おや? 何故そこに驚くのでしょうか?

 確かに、今のところ治療法がない病ということで回復は絶望視されてはいたが、そんなことをお嬢様が知るはずもないのに。


「あれの回復にはユニコーンの角が必須――」

「おや? よくご存じですね?」

「え、あ、いや、その……」


 ……驚くべきことに、お嬢様はフランシス侯爵の病状を把握しているらしい。

 お嬢様がその情報を得ることができるのは、ジャック様とのとりとめのない会話くらい。まだまだ幼いお二人の会話の中に専門的な医学知識など出るはずもなく、その証言だけで症状を当てることなどプロの医者でも不可能に近い難易度であるが……さすがはお嬢様というべきだろう。

 しかも、そこから治療法まで見出してしまうとは、もはや天才という言葉すらお嬢様を飾るには相応しくない。その輝きを上手く隠して目立たない生活をとなると、やはり私も一層気合を入れなければなりませんね。


「聡明なお嬢様に、これ以上の隠し事はできませんね」


 私は少し話が長くなると思い、紅茶を入れなおした。

 今はお勉強の時間であるが、これもまた一つの勉強。問題はないだろう。


「実は、お嬢様のお友達ということで、私の方でも独自に調査をしておりました。そこでジョン君のお父様の病気のことを知り、少々おせっかいをいたしまして」

「どうやって……?」

「執事として、主人に何かあったとき即座に対応できるよう、医学の知識も身に着けております。その私の知識を総動員して研究した結果、その病を治すためにはお嬢様の仰るとおり、ユニコーンの角を原料とした薬を使うのが効果的ではないかと判断いたしました」

「え、自力で?」

「もちろん、公爵家の医療研究機関にも特別に協力していただきましたよ?」


 流石に、私に専門家を超える成果が出せる――などと自惚れる気はない。

 主のためならば専門家が頭を捻っても答えの見つからなかった回答に挑むくらいは当たり前だが、一から十まで自分一人でやろうなどと考えているようでは組織人失格というものでしょう。


「いや、でもユニコーンはレベル60以上推奨で……」

「レベル……というのが何なのか、不勉強で申し訳ありません。ですが、私も執事として、常に暴漢に襲われても完璧にお嬢様をお守りできるよう鍛えております。早急な解決のため、夜中にこっそりと二、三匹捕獲しておきましたのでご安心を」


 執事たるもの、あらゆる状況を想定すべし。悪漢暴漢に襲われたときはもちろん、それ以外のあらゆる危険から主人を守らねばならない。

 私独自のトレーニングには当然戦闘訓練も含まれており、まあドラゴンくらいまでなら何とか一人で撃退できるように仕上げている。ユニコーン程度ならば問題はない。


「……ええー……いろいろすっ飛ばしていきなりイベントクリアって、えぇー……。私もまだ見ぬヒロインもえぇぇとしか言いようがないでしょこれ……」


 何やらお嬢様が頭を抱えていらっしゃるが……何がまずかったのだろうか?

 いや、もしかしたら、執事である私が出しゃばってしまったことにいら立ちを感じられているのかもしれない。自分の執事が手を出したとなれば、それは間接的にお嬢様の功績にも悪評にもなる。それでは目立ちたくない計画に支障をきたす……というお考えだろう。

 実際、私も研究中はそのようにするつもりではいた。お嬢様の手柄としてしまえば執事冥利に尽きるというものだと。

 しかし――


「ご安心ください。私の名も、そしてもちろんお嬢様の名も今回の一件で表に出ることはありません」

「え?」

「私はあくまでも、一介の執事にすぎません。ユニコーンの捕獲は偽名で登録してある冒険者として行い、研究成果は協力していただいた医療機関のものになっておりますので、我々が目立ってしまうということはありません」

「へ? えっと、つまり……この一件で感謝されたり注目されたりとかは……」

「一切ないように手を回してあります」


 お嬢様の命に逆らうようなことは致しません、と一礼する。


「いや……フラグ消えたわ……これジャックルートどうするんのよ……」


 また理解できない言語で何かをつぶやかれたが、お嬢様のオリジナル言語だろうか?

 お嬢様ほどの才覚があれば、独自の言語を作ることも可能だろう。人に知られたくないちょっとした暗号のようなものだと思えば珍しいものでもない。

 そして、お嬢様が知られたくはないと思っているのならば、深く立ち入らないのが執事の役目。ここは聞かなかったことにしよう。


「とにかく、そんなわけでジョン君は来ません」

「わかったわ……幸せなら、それでいいのよ、うん。別に迷子を辛辣に追い返した性悪女って印象になってないだけ成功よ、うん」


 何やらお嬢様は自分に何かを言い聞かせているようですが……何でしょうね?


 まあ、とにかく、現在お嬢様が特別目立ってしまいそうな問題は解決した。

 成績が良すぎて目立つという可能性と、正体不明の美少年を抱えているという問題。間違いなく注目の話題になる種を潰した以上、お嬢様も安心して生活できることでしょう。





 と、安心してしばらく……


「……お嬢様? 一体何をなさっているのですか?」

「ええ。最近時間に余裕ができたから、新しい美容用品を作ってみようと思ったの」

「美容用品?」

「ええ。ハンドクリームよ」


 お嬢様が私にも知られないように独自に開発したという美容品の効能は、確かなものであった。幾つかの植物や果実を材料に作ったというそれは、塗っているだけで肌の輝きが増すというものだ。

 執事としては、もし失敗してお嬢様の輝く美貌に傷でもついたら一大事だからそんなことはしないで欲しいと言いたいが、成功している以上は仕方が無い。

 まず、これは間違いなく売れる。間違いなく話題の商品として主力にすることもできる。それはもう、開発者はもの凄く目立つこと間違いなしだ。


「……お嬢様? 目立ちたくない……んですよね?」

「え? ええ。もちろんよ。ちょっとした暇つぶしで作ったものがこんなに上手くいってしまうなんて、想定外だったわ」


 お嬢様はドヤ顔……失礼、何やら失敗してしまったという表情を作った。

 ……執事たる者、主人の言葉を疑うことなどあり得ない。お嬢様が白と言えば黒いものも白になる。

 よって、お嬢様が目立ちたくなかったのについうっかり非常に目立つ製品を作ってしまった……というのは真実なのだ。


 と、なれば……


「それで、このハンドクリームというもの……広めますか?」

「ええ。せっかく作ったのだし、お父様の役にも立つでしょう?」

「確かに、財源一つとして有効でしょうね……もちろん、不特定多数に使用しても問題は無いか、大量生産が可能か、などクリアすべき課題はありますが、捨てるには惜しいと私も思います」

「でしょう?」


 お嬢様は自分の発明が認められてほくほく顔だが、さてどうするかは私任せのようだ。

 今口にした問題以外にも、考えておかねばならない問題は多々ある。商売とは良いものがあれば成功するというほど単純ではなく、まだまだ未知の部分が多いお嬢様製ハンドクリームの安定供給、品質管理、保管保存法の確立……いろいろ大変だ。

 しかし捨てるのは惜しいというのは本心であり、旦那様も研究の価値ありと判断なさるだろう。


 というわけで、私はハンドクリームの実物を持って旦那様に報告を行い、諸々の調整を行った。


 その結果、ハンドクリームは爆発的な人気を博した。お嬢様が私に内緒で作れてしまうほど材料が安価であるということもあり、思った以上に商品化が楽だったのだ。


「……ねえ?」

「なんでしょう?」


 と、そのように大成功し旦那様もお喜びになったのだが……何故かお嬢様は不機嫌であった。


「その、ハンドクリームの開発者なんだけど……」

「はい。お嬢様の目立ちたくないというご希望どおり、お嬢様の名が外に出ないよう別に開発者を用意いたしました」

「いや、その、えっと……そうよ。そんなことをしても、いつかバレるんじゃないかしら? ほら、なんで開発できたのかーとかその人が聞かれたときの対応とかで……」

「もちろん、それに関しては私も懸念しておりました。ですが、ご安心ください。万が一にも漏れることがないよう対策しております」

「……対策って、どんな?」

「製法を教えるのでは、どうしても開発者としての誇りを持つことができずに、そこから情報漏洩が発生する恐れがあります。また、お嬢様に近しすぎる者ですと、勘の良いものならば疑いを持つこともありえます。そこで、お嬢様とは直接接点が無い開発者として目をつけた研究者の周りにヒントとなるものを配置し、自力で一から発明していただきました。これなら正真正銘の開発者ですので一切の心配はございません」


 本当に、これは苦労した。

 美容関係の商品開発を行っているお嬢様とは一度も会ったことの無い公爵家所縁の研究者に、ハンドクリーム作成に関係性のある既存の研究データを見せたり、偶然に見せかけて材料が混ざるところを見せたり、深夜に忍び込んで洗脳……もとい睡眠学習を行ったりと、あれこれ工夫して正真正銘の開発者になっていただいた。

 その成果もあり、お嬢様のお望みどおり、ハンドクリームを公爵家を潤す形で、しかしお嬢様の名前は一切外に漏れないまま普及したのだ。


「……そこは代理を立てるにも我が家の使用人くらいにしておきなさいよ……隠していても王子様とかその辺の察せる系イケメンに目をつけられるところでしょうよ……」

「お嬢様?」

「いえ、気にしないでちょうだい……って言ったら本当に気にしないのよね、このドストレート執事は」


 はい、何を仰りたいのかはわかりかねますが、お嬢様が気にしないでというのならば何があっても話題にすら出しませんとも。


 と言った具合で、時よりお嬢様は革新的な発想を口にしたり、やんごとなき身分の美少年美男子と関わりを持ったり、ふと思いついて画期的な発明をなさることがある。

 しかし一貫して『私は目立ちたくない』と仰られるので、私も全力をもってお嬢様の才能を殺すことなく世に広め、しかしお嬢様の生活には影響がないよう誠心誠意努力させていただいているのだ。


「新しい料理のレシピを考えたの」

「近々くる……かもしれない日照り対策について考えたの」

「領内の孤児達に文字を学ばせる学習教室を開きたいの」

「子供向けの物語を書いてみたの……とりあえずシ○デレラと赤ず○ん、それに白○姫辺りを」

「ご婦人向けの着やすいドレスの作り方について考えたの!」

「水蒸気の力を利用した機械の構造を考えたのよ!!」

「気球……じゃなくて暖めた空気の力で空を飛べる乗り物を考えてみたんだけどぉ!?」


 などなど、もう天才という言葉が裸足で逃げ出すような分野を選ばぬ画期的すぎる発案発明を次々と行い、それらは全て国の民に還元されるよう広めるようにしつつもお嬢様の周りを騒がせないように手はずを整えた。

 ……本当に、お嬢様がもし「もっと自分の功績を広めたい」と思ってくれていればと一瞬不敬なことを考えてしまうくらいに、頑張って隠蔽したのだ。

 今ならば国家お抱えの裏工作部隊にも負けない仕事ができる自信がある。本業の執事よりも情報操作の方が得意になってしまったかもしれない……。

 まあ、後半の提案はお嬢様と言えども大雑把な理念の提唱までであり、実際に頑張ったのはお抱えの職人達だったので情報操作の点ではさほど苦労はしていないとも言えますが。


 そんなある日――


「ねえ? 今度王子様の婚約者を決めるパーティーがあるはずなんだけど、私に招待状は来ているのかしら?」

「招待状……いえ、まだです。お嬢様は、王太子妃になりたいとお望みなのですか?」

「そんなわけがないでしょう? 私は目立たず平穏な暮らしを送りたいんだから」

「畏まりました。それなら、招待状が来ても旦那様にお断りしていただくようお願いしておきます」

「え? いや、王家からの招待を断るなんて……」

「ご安心ください。お嬢様の才覚は外には知られないようにしてきましたが、旦那様にだけは全て報告しております。お嬢様の才覚を余所の家に――例え王家であっても渡すのは惜しいというのが旦那様のお考えですので、後は何とでもなりますとも」

「……悪役令嬢としてのスタートライン、遠すぎない……? ヒロインと恋愛対決どころか、物語に関わりを持てないんだけど……」


 また未知言語を口にしながら何故肩を落とされるのかわかりませんが、私はただただお嬢様のお望みを叶えるだけでございます。

 お嬢様が望むのならば、王太子妃の地位だろうが次期国王の座だろうが、私は全力を持ってご用意いたします。

 誰もがうらやむ名声を望むのならば、輝かしい財力を望むのならば、身分違いの恋を望むのならば、それがどれほど困難であろうが私はお嬢様の望みを叶えます。

 目立つことをお嫌いになられるということならば、神仏を敵に回してでもお嬢様の平穏な暮らしをお守りいたします。


 なぜなら私は、お嬢様の望みを叶えるためにここにいるのですから……





























「殿下の前で最近の経済について話しちゃったら、興味を持たれてしまったみたいなんだけど――」

「ご安心ください。最近の令嬢の間で経済学が流行っているということにして、お嬢様の特異性を速やかに消させていただきます」

「え? そんなことできるわけ――」

「学園には公爵家の工作員が入り込んでおりますので、情報操作はなんとでもなります。それとも、御目立ちになりたくないというお考えが変わったのでしょうか?」

「……いや、そんなことはないわよ? 私の望みは平穏な暮らし……だから……」


 ……何故そんな悲しそうな声で、何かに葛藤しているとしか思えない震え声でご命令を口になさるのか、私にはわかりません。

 ですが……本当に不敬な考えであり、絶対に口にはしないと誓いますので、一つだけ、一度だけ心の中でお嬢様に疑念を持つことをお許しください。


(お嬢様……本当に、目立たずに生きるつもり、ありますか……?)

目立ちたくない転生者令嬢の皆さん、この執事君雇いませんか?

彼がいれば何があろうが絶対に目立たないよう全力を尽くしてくれますよ。

もちろん忠義の人なので、不敬にも主に恋愛感情を抱くようなこともないので親御様も安心でございます。


面白いと思っていただけたのなら感想、評価(下の☆☆☆☆☆)よろしくお願いいたします。


現在同作者が連載中の


魔王道―封印から復活したら元配下の子孫達が文明も肉体も超退化していたので進化させた。いざ戦うとなったら何故か魔王を殺した人類も退化していた

URL

https://ncode.syosetu.com/n5480gp/


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。これもある意味ざまぁなのかな? いやー目立ちたくないという願いが叶ってよかったねえ!
[良い点] ☆5 この執事が主人公の物語がみたい、、 今回のお嬢様に限らず、 「平穏な暮らしがいいと主張してるはずなのに目立ちまくる行動しかしない主人公」のサポートとかしてほしい デッドマウントデス…
[良い点] やれやれ系チート陰キャ主人公みたいになってるw [気になる点] 実は逆ハー(友情限定)とかしたいんじゃ?w [一言] もう執事を夫君にすれば…… 目立ちたくない=デメリットを受けたくない…
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