メイドを追跡
騎士達は仕事を終えた。屋敷から淡々とした表情で出ていく。どれだけ危機感を持ってくれたかわからない。
オリオンは自分でも戦えたのだから騎士達ならどうとでも出来ると考える。
バレルがいっていたように神から愛されている者しかいない騎士団の精鋭ともなれば、神々しいほど理不尽なスキルを持っていてもおかしくない。
それゆえに、ルークス帝国は他国を占領しようとせず、この地にとどまり、世界の荒事を牛耳っている。
神から与えられた役割を全うするために、鉾を納めているのだ。おそらく、本気になれば世界の国々を全てルークス帝国の植民地にしてしまうことも可能だろう。だが、女神キシリアはそれを望んでいない。
「荒事などせず、男は女の尻を追っていればいいと思うんだがな」
オリオンはポードンと共に後始末をこなすため、屋敷の中に戻る。優雅に朝食をとっている暇もない。料理長にサンドイッチを作ってもらい後始末しながら食った。
乱れた庭園の整備。噴出した資料がないか調査。壊れた壁を直す業者への依頼。半日があっという間に過ぎた。
オリオンは懐中時計を開く。すでに正午。後は父に全て任せる。その後、ジントン公園に走って向かった。
ジントン公園は帝都公園ともいう。建物ばかりのドンロン内に作られた自然豊かな公園だ。
広大な面積がある。待ち合わせ場所を決めていなければ、一日歩いても出会えないだろう。
元は自然を残すための計らいだったが、今やドンロン内のカップルが待ち合わせする場所に成り代わっていた。
有名な待ち合わせ場所が数カ所ある。その中でも、皇帝の像が建てられている場所はわかりやすいため、人気の待ち合わせ場所になっている。
オリオンはヴィミの兄を一目見てやろうという気持ちで来たわけではない。
明らかにバレルと繋がっている。いやリプバリク王国と繋がっている可能性があるため、容疑者の確保に来ていた。
屋敷の中でヴィミの姿を見なかった。こっちに来ているのは間違いない。
昨晩、聞きだしていた場所に到着すると、メイド服を身にまとうヴィミが三名のフードを被った者たちと言い合いになっていた。
ルークス語ではなく、バーラト語が使われており聞き取りづらい。
ヴィミから少しだけバーラト語を聞き齧っていたオリオンだが、真面に勉強した覚えはない。彼女から聞き齧った単語を必死に思い出し、バーラト語を無理やり覚えていく。
「久しぶりだね、ヴィミちゃん。いやあ、大きくなったね」
「ほんとほんと、あんなに小さかったのに、もう、こんなに大きくなっちゃったんだ」
「時間が経つのはほんと速い……」
「す、すみません、誰ですか。私は兄を待っているんですが……」
「まあ、ヴィミちゃんが赤ちゃんの時しかあっていないから、そうなるよね。驚かせてごめんね」
「俺たちはカルティクから話を聞いてここに来たんだ」
「カルティクが言っていたことを伝える」
ヴィミたちは周りに声が聞こえないよう小声で話す。
そのため、オリオンは何の話が飛び交っているのか理解できない。
風下にいるため、まだ気づかれていないが、鼻がいいヴィミなら自分のにおいに気づいてしまう。メイドの私生活を覗くのもあまり褒められた行為ではないため、後ろめたい気持ちはあった。
――あの者たちはヴィミを知っている様子だった。だが、ヴィミは知らない様子だった。何者かがあそこにヴィミがいると伝えていたと考える。手紙でやり取りしていたならば、ヴィミの兄が仕向けた経緯が濃厚か。
バレルが疑わしいと思った理由が二つ。ヴィミの存在を知っている点。現在地を知るはずがないヴィミの兄の手紙をポードンの経由なしに彼女のもとに届けられる人物だった点がある。
奴隷になった者の居場所を知るなど普通ならあり得ないからだ。少なくともバレル以外にリプバリク王国の者がルークス帝国を落とし入れる目的で滞在している可能性がある。
その駒にバーラト王国の者が使われているとするならば、すぐさまやめさせなければリプバリク王国の失敗をなすりつけられてしまうかもしれない。
オリオンは木の裏に隠れているつもりだが、大きな体は完全に隠しきれていない。再度、皇帝の像を見るとそこにヴィミと三名のフード姿の者はいなかった。
「つっ、移動速度が早すぎだろ……」
目を離した時間は三〇秒もない。その間に忽然と姿を消した。だが、昨晩は大雪で地面に足跡が残っている。
ただ、今日は聖典式、この場を待ち合わせ場所にしているカップルは数多くいる。すでに雪の状態が押し固められ、水っぽくなり足跡が判断できるギリギリだった。
オリオンは地面を食い入るように見つめた。彼らの特徴は皆長身だったということ。
その分、靴は大きくなる。ルークス帝国の男の平均身長は一七七センチメートルほど。彼らはそれよりも少し高いくらいだった。靴の大きさで探るのは難しいといわざるを得ない。
「まて、何だこの足跡……」
見つけたのは右足と左足が重なったような足跡だった。まるで、前を行く者の後ろを他の者が同じ場所を踏んだような形状。猫が前に出した足の場所に後ろ足を持って行く歩き方に似ている。
他の場所を調べても、同じような足型は見つけられなかった。
馬車に乗って移動されると足跡を終えない。だが、ドンロンでバーラト王国の者を乗せる御者がいるかといわれたらいないだろうと答える。俊足と体力があるのに馬車を使うと思えない。
「とりあえず、追うしかない……」
オリオンは奇妙な足跡をたどった。どこに向かうのか想像できないが、ヴィミの安否が気になって仕方がなかった。
多くのカップルや家族でにぎわっているリージェンツストリートに入った。このまま進まれていたら足跡を追うなど不可能だったが、すぐに裏路地に入ってくれたおかげで追いやすくなった。
自分の足跡を残すのは危機感を覚えた。追っている者と同じ大股で歩く。股が避けそうなズボンが悲鳴を上げる。
足跡が途切れたのは、酒場の前だった。内部を少し除くとバーラト王国の者たちばかりで埋め尽くされている。
――バーラト王国の者たちがこんなに……。ここまで大量に集まるなどあり得るのか? いや、誰かが意図的に集めたとしか思えない。