弱点
「オリオン様……、頑張ってください。どうか、兄さんを止めてください」
ヴィミは意識を取り戻した。だが、体が思うように動かなかった。視線の先にオリオンとカルティクが戦っている姿が見える。無意識に嫌いだと思っていた主を応援していた。
「勝ったら、おっぱいのほくろを見せてあげます」
オリオンの性格を熟知している。痴漢しようとするときの彼の盛り上がりは誰にも止められない。
経験則に基づき、自分が差し出せる最大の報酬を口にする。
「言ったな。もう撤回できないぞ。ぜーったいに見るっ!」
「させるかっ!」
オリオンとカルティクは間を埋めるように走り出した。
「『スリップロー』」
オリオンは無詠唱でも使える魔法にわざわざ詠唱を使った。
カルティクはすでに対処方を知っている。滑った後に手を地面について攻撃すればいい。身体能力の高い者にしかできない方法だ。
何度も使われた。何度も対処してきた。詠唱を聞いたら体が咄嗟に反応した。足を床から放す。手を床につける。
「はっ……?」
その瞬間、つるりと滑った。頭の中がこんがらがる。滑ってから対処したのか。対処してから魔法が使われたのか。
無防備に床に叩きつけられる。攻撃を受けると察した。抵抗しようと顔を持ち上げる。
オリオンの体は真横を通り抜けていく。
攻撃しない? 何が目的なんだ? と行動が全く予測できない。視線を後ろに向けた。
「捕まえた」
オリオンはカルティクの尻尾をムギュっと掴んだ。尻尾と背骨は繋がっており、強く握られると感覚がマヒする。屈強なバーラト王国の戦士たちの弱点部分だ。
カルティクは尻尾を掴まれ手足に力が入らない。起き上がれなかった。
「思った通りだ」
ヴィミの尻尾に強く握られたような跡が残っていた。カルティクが握りしめたと考えた。
普段から彼女も尻尾に障られないよう注意していた。眠る時は抱きしめ、隠そうとする。
超高速で動く尻尾を戦闘中に掴むのは至難の業。相手の意表を突き、意識を少しでも反らせれば勝機はあると踏んでいた。
「カルティク、そのまま話を聞け。ルークス帝国はバーラト王国を見捨ててなどいない」
大声を出すとカルティクに与えられた傷が身に染みる。涙が出そう。
他のバーラト王国民に自分の嘘偽りのない言葉が届いた。ならば、彼にも届くとオリオンは信じた。
「なにを言っている。少量の物資しかとどけず、貿易を止めたじゃないか」
「そこに大きな間違いがあったんだ。皇帝陛下も俺様の話を聞いてください」
オリオンはカルティクの尻尾をしっかりと捕まえた状態で、わかっている内容を事細かに伝えた。
「なんだと、二万人の者が疫病で亡くなっていたのか……」
皇帝は、思わず立ち上がった。
自分の過ちと敵の策謀に踊らされた無念が混ざり合う。殺そうとしてきたカルティクという名の青年の気持ちが少し理解できた。
「今すぐ、追加の物資と研究者たちをバーラト王国に送るべきです。一刻の猶予もありません」
「当時は夏から秋にかけて収穫した作物が大量にあったから可能だった。今は冬場だ。備蓄がなくなれば、帝国民が飢えてしまう」
「では、ガリア王国に物資の支援を頼みましょう。あそこは冬場でも温暖な気候の地域があります。作物以外のポーションや医療器具はルークス帝国からバーラト王国に送るんです」
「それならば、すぐに準備ができるな……」
皇帝はオリオンの話を聞き、すぐに信じることはなかった。
リプバリク王国の陰謀、バーラト王国の者たちが撒いた毒物による魔物の狂暴化。
全てオリオンの口から聞いたに過ぎない。確実な証拠と事実を確かめる必要があった。
「その者の裁判は後日行う。今は早急に事態の状況を把握する必要がある」
皇帝は意識を取り戻し始めた近衛騎士達に命令を下す。ハワード公爵家の当主であるポードンを呼ばせた。
ドンロン研究所所長のスージア、イーリス冒険者ギルドギルドマスターのキアズという具合に、各件をよく知る者から事情聴取を得る。
その間、オリオンの手によってカルティクは皇城の地下に作られている牢屋に入れられた。
「お前は、ヴィミが言っていた通り、優しい奴なんだな。誰も死者を出していないとは」
「皆、当たりどころが良かったんだろ……。たまたまだ」
カルティクは分厚いコンクリートの壁に背を任せる。疲労困憊と言わんばかりに力を抜く。
「ポーションでも用意させようか? 体の傷が痛むだろう」
「気にするな。男の傷は戦士の証だからな。一気に増やされちまったが……、消すのも惜しい」
カルティクは頬に着いた血をぬぐう。穏やかに笑った。
皇帝の迅速な対応とオリオンの話を聞き、自分がリプバリク王国の者にまんまと踊らされていたと知ってから、手名付けられた犬のように話を聞くようになった。
「俺様と死闘を繰り広げ、俺様の強さをさらに引き延ばしてくれたカルティクに特別に俺様をリオンと呼んでもいい権利を与える。親しい者は皆、そう呼ぶ」
「なんだそりゃ……、まあ、いいか。ヴィミはリオンのメイドになっていたんだよな。酷い扱いを受けていなさそうでよかった」
「おっぱいの間に顔を入れたり、スカートを捲ったり、夜中の下着姿に抱き着いたりさせてもらっている」
「……ちょっと心配になって来た」
薄暗く、外の寒さが直接伝わってくるほど極寒の中、オリオンとカルティクは先ほど剣をまじ合わせていたとは思えないほど言葉を交わした。